友達という名の何か
先日14日、小社発刊「週刊 近衛」の記者である高崎良和(28)が殺害された事件で、容疑者の1人である甘木依都(32)に特別に話を聞くことが出来た。
「甘木依都です。よろしくお願い致します」そう丁寧に頭を下げる姿は、とてもじゃないが人を殺した人物とは思えない。自分が容疑者であることに関しては、「当然です。だって、最後に会った人物なんですもん」と、涼しい顔。底知れぬ違和感を抱きつつ今回の事件についてコメントを求めると、「人が亡くなったことに関しては痛惜の思い。ただし、やはりそれなりの理由があるのでは」と第3者の視点を崩さなかった。
作家として活躍する甘木には、やはり、殺人の動機もなければその時間もないということだろう。
取材を行った小生の意見としては、甘木容疑者は犯人ではない。……そう願いたい。そうでなければ、甘木容疑者はとてつもなく無機質な人間に見えてきてしまう。…………
◇◇◇
「ちょ、ちょっと何なのこの記事!」
静かな午前中のカフェ。テーブルの上には甘めのコーヒーが2つ。――そんな優雅なひとときをぶち壊したのは、私の怒号。
「……どうしたの?」
「ちょっと読んでみてよ! 絶対おかしいから!」
とんでもない記事だ。小さな週刊紙とは言え、ふざけているとしか言い様がない。だって、甘木なんとかが、最後に会った人間なんだよ? 全く無関係なわけないじゃん! この記者頭おかしいんじゃない?!
あー、いつもの雑誌にしとけば良かった。唯一これだけがインタビューに成功してたから買っちゃったけど……こんな記事なら、インタビューなしの、事件についての推測でも読んでた方が、まだ面白い。
本を読んでいた直子に雑誌を渡す。
「ふむふむ……」
「読むの早っ」
さっさと返って来た雑誌を受け取りつつ驚く。日頃から本を読んでいる人は、やっぱり読むスピードが違うのだろうか。
「これ、この人だね」
「え?」
「ほら、私が今読んでた」
「携帯いじってたじゃん」
「う……うるさいなぁ。この本だよ」
伏せられていた本を持ち上げ、背表紙を指差す直子を無視。
開いたままのガラケーを手に取る。
「え、『森の図書館』……?」
「あ、ちょっ、ダメ!」
ものすごい剣幕で怒られた。出会い系かな?
「ほら、見て! この本だから!」
「……囚われの姫君、甘木、依、?」
「いつ、ね」
さっきの騒動で顔を真っ赤にした直子が、涼しい顔で答えるのが何だか可笑しい。
「へぇー……あまぎいつって読むんだ? 何でそんな変な名前にしたんだろ」
「さぁ?」
さして興味もなさそうに――いや、まるでもう答えは分かっているかのように、素っ気なく答える。
何となく悔しくて、質問を続ける。
「これ、どんな本?」
「まだちょっとしか読んでないから分かんないよ。でも少なくとも『姫』って感じじゃないね。囚われの姫をイケメン騎士が助けに来る感じを期待してたんだけど。まぁ、新人賞取った作品だし最後まで読むつもりでは」
そうだった。コイツは昔から本について語らせると長いんだ。慌てて遮る。
「へぇ~、でさ、この記事読んだ感想は?」
「え、ああ……うーん、この記者本当にこの人に会ったのかな?」
「それは多分……会ったと思うけど…………」
「根拠は?」
「うぇっ?! え、えっとそれは……ほら、ここに写真あるし!」
次のページの2ショット写真を見せる。気の弱そうな男性が記者で、髪の長い優しそうな方が甘木さんだろう。
「ふーん……」
うわぁ、考えてる顔だ。しかもマジな方の。これは先に答えを出さないと、永久にこのままだ。
「えと……ふ、ファンとか…………」
「ファン? 甘木依都の?」
「うん」
これなら辻褄が合うはず。……合うのか?
「突っ込んだ質問をしてないのが気掛かりだけどね。まぁ、そこはこの甘木さんの力量と、あとは所詮弱小週刊紙ってことかな?」
「そうだよ! ねぇ、甘木さんが犯人だと思う?」
「え?」
本に再び目を落としつつ、直子は栞を口元に当てる。
「晴海はどう思うの?」
珍しくこっちを見ない。質問する時はいつも必ずこっちを向くんだけどな。まるで人の心を覗き込もうとするように。
「え、それは……分かんないけど……」
「じゃあ私も同じ。そろそろ行こうか? 放課後の補習は出るんでしょ? 私はいつもの書店にいるから」
「そうだった。今回テスト悪かったんだった……」
本を閉じてさっさと歩き出す直子に遅れまいと、私も慌てて後を追……おうとして叫んだ。
「ちょっと直子、片付けてってよー!」
◇◇◇
「おっす晴海」
「うす美也子」
「まーたテスト悪かったの?」
「まあね。珍しいでしょ?」
「何がよ。最近ずっとじゃん。……悪いことは言わないから晴海、あの人からは手を引きな? 晴海が巻き込まれるのはもう見てらんないんだよ」
「う……ん……やっぱりそうかな?」
「だよ! アンタがあたしらみたいにバカの道一直線になるのはあたしが許さないから!」
「はは、バカの道って……」
「あれ、晴海じゃん」
「おっすー美波。あれま、みんな揃って補習?」
「やかましわっ! いーんだよほら、あたしら偉いから」
「まぁ、確かにあんたらが補習真面目に受けてんのも笑えるわ」
爆笑。軽いノリ。回転の早い会話。……あぁ、懐かしい。それに、温かい。
そうだった。この人たちは誤解されやすいんだ。ちゃんと人のことを考えて動いているのに、むしろ「マトモ」と呼ばれている人よりもっとたくさん考えてるのに、邪魔者扱いされたり敬遠されたり……酷い話だ。
「久々の晴海だし、補習終わったらどっか行かない?」
「良いね! 晴海、どーせ暇でしょ?」
「あ、えと……ごめ、今日は先約ある」
頭を掻きつつ言うと、「なんだとー! 彼氏か? 成敗してやる!!」と短い髪をくしゃくしゃにされた。
「じゃあせめてもうちょっと顔出せよー。寂しいだろー」
「ごめんごめん。明日からはなるべく来るわ」
「よっしゃよく言った! 褒めて遣わす!」
「何でそのノリなの」
……私がわざと赤点を取っていることは、絶対内緒だ。
◇◇◇
「直子ー、やっと終わったー……」
「お疲れ様」
いつものように、近所の書店での待ち合わせ。補習組とのテンションの落差に戸惑う。
「別に……疲れてませんけど?」
体力がないと言われているようで嫌だ。……なんていうのはうわべの理由で、本当は心配されるのに慣れてないだけだけど。――「お疲れ様」はただの挨拶代わりって? 分かってるわよ!
「そういえば直子、そろそろ授業数ヤバいんじゃない? 時々1人でもサボってるでしょ?」
「んー……まぁ、大丈夫」
「まぁ、大丈夫……ねぇ……」
もうどうでも良いのかな? 学校なんて。友達なんて。楽しい仲間がいるんだよ、って教えてあげたい。直子には伝わらないかも知れないけど。
直子はこの世界よりもっと魅力的な世界に住んでいると思い込んでいる、そんな気がする。だから、こんな狭い世界で奮闘なんかしたくないんだろうな。
そんな人にこうやって諭すことに、果たして意味があるのだろうか?
「直子」
「……どうしたの?」
本を選ぶ直子。私のことなんて振り向きもしない。
「本当に……大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるでしょ」
「……うん」
出来ることならこっちの世界に連れ戻したい。お願いだから、どうか戦って。私も隣にいてあげるから。
「消えちゃいそうで怖いよ。直子も、この時間も」
「何言ってるの」
「だって、直子がいなくならない保証はどこにもない」
「…………」
本を見ていた手が止まる。
「晴海」
澄んだ声。明るい表情。
「大丈夫だよ」
どうして帰って来ないの? 昔の日々を忘れちゃったの? 周りのことなんて、気にしなくて良いんだよ?
「……うん」
直子の素敵な笑顔は、ただただ私を不安にさせるだけ。
あぁ、こんなとき、補習組のみんななら、どう声を掛けるんだろう。私にもあの温かさと勇気があれば、直子を連れ戻せるのかな?
直子がこうなったのは、私のせい?