僕は異世界に召還されてしまったのだ
隣り町に隕石が落ちた。
隕石はすさまじい衝撃波と太陽にも負けない閃光を発しながら山の中腹に激突した。街の建物のガラスと、山火事で燃えた木々が犠牲になった。そして、多分だが山の動物たちも。それは深夜のことで、衝撃は遠く離れた僕の家をもはげしく揺らし、地震がきたかと飛び起きたのを鮮明に覚えている。
それからしばらくは、警察や消防、報道、研究者たちに大勢の野次馬が隕石の落下地点を訪れ騒がしかったが、そのうちにぽつりぽつりとひとあしは減っていき、半年もするとその地を訪れる者はほとんどいなくなっていた。
ある日のことだ、僕は突然、隕石の落下地点に行ってみたくなった。
降り立った駅から見える山肌は、まだ山火事のあとも生々しく、焦げ臭いにおいが漂ってくるようだった。
山裾にたどり着いた僕は、自動販売機でジュースを買い、ベンチに腰かけて一休みした。空き缶を捨てようとくず入れに近づいたとき、くず入れのそばに落ちていた小石に気を引かれた。その小石は、小判のような大きさと形をして、明るい灰色で表面はつやつやとしていた。手に取ってみると、ずしりと重く、1㎝ほどの厚みがあった。そのとき、軽いめまいがしたかと思うと目の前が暗くなり、身体が軽くなる感覚に襲われた。
僕は意識を失っていたらしい。目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。部屋の中だろう。天井は真っ白で全面がほのかに発光していた。すると低い男性の声が聞こえた。もじょもじょと話しているが内容は分からない。何語だろうか、聞いたことのない言葉だ。声のする方に顔を向けると、そこには大きなナマズが立っていた。ナマズには両手と両足があり、左の掌のなかの小さな箱型の機械を懸命にいじっていた。あまりにも予想外の出来事を目にすると、どうやら思考は停止するらしい。僕は無言でナマズを見つめていた。
「ごがぎょ……あーあー、これならどうかな。分かるかい」
ナマズの表情というものは知らないが、どうやら笑顔のように思えた。僕はつられて返事をした。
「はい、分かります」
「よかった、やっと通じたぐげむ……うーむ、まだ安定しないな」
部屋を見てみると壁も床も真っ白で病室のようだった。8畳ほどの広さで部屋の隅にはいくつかの、多分機械であろう物体が置かれていた。どれも真っ白で、見たことのない記号が青い光で浮かび上がっていた。
「気分はどうかな」
「少しめまいがしますが、大丈夫です」
こんな状況で、普通に大ナマズと会話している自分が面白く思えてきた。こんなに落ち着いていられるのは、おそらく夢を見ているんだろうと直感していたからかも知れない。
身体を起こしてみると異様に重く感じた。身体中に重りを巻き付けられているようだ。そのとき、僕はとてつもない衝撃を受けた。足が立方体を繋げたものだったからだ。腕も見てみると、やはり同じだった。材質はカーボンかプラスチックのようで、マットなブラックだった。首がうまく曲がらなかったので確認は出来なかったが、胴体も多分立方体を繋げたものなのだろう。そう、僕はマインクラフトのキャラクターのような姿になっていた。
「うわーっ」
「おっと、落ち着いて。大丈夫だから」
「落ち着いてって、この姿は。僕の身体は」
「大丈夫。それはただの受信機だから。君の身体は元の場所にちゃんとあるよ」
このナマズは何を言っているんだ。
「受信機。元の場所。なんのことだよ」
「おーけー、おーけー。順を追って説明するから、まずは落ち着いて。いいね」
「……はい」
「まずは君の身体だけど、さっきも言った通り元の場所、君がここに来る前にいた場所にちゃんとある。それは保証する」
「そして、その身体だけど、それもさっき言った通り受信機。機械なんだ。君の精神、というか感覚というか、それだけが入っている状態と言えばいいのかな」
「そもそも、ここはどこなんですか。あなたは誰なんですか」
「ここは君たちの星から遠く離れた宇宙の端にある星なのか、別の宇宙にある星なのか、それとも平行世界に存在するのか、残念ながらそれは僕たちにも分からないんだ」
「案外同じ銀河のすぐ近くの恒星系に存在する星なのかもしれない。でも、今のところそれを知るすべはないんだ」
「そして僕は科学者。名前は、えーと君たちの世界の言葉で『アルファ』とでも呼んでくれればいいか。どうせ本当の名前は発音できないから」
アルファの説明をまとめてみると、どうやら僕は別の星に意識だけ召還されてしまったらしい。山で手にした小石が発信機だったのだ。あるとき、彼らは星系の端っこに特異点を発見した。そこで彼らはその特異点に発信機を取り付けた航次元船を放り込んだ。そう、あの隕石は彼らの航次元船だったのだ。どこに繋がっているのかは分からない、まさに神のみぞ知る行いだった。
「あんな物騒なものを送り込んで、相手の星が攻撃をされたと受け取るとは思わなかったの」
「そうかな。そんな考えもあるのか」
アルファは不思議そうな顔をした。僕にも段々とアルファの表情が分かるようになってきていた。
「ところで、僕の身体だけど、山裾に魂が抜けた状態で置きっぱなしなんだよね」
「それは大丈夫。君の世界では時間が止まっている状態になっているんだ。君の感覚の上ではね。それは過去のデータからも立証されている」
僕はいささか不安に感じたが、今は彼の言うことを信用するしかなかった。
「で、そもそもの話なんだけど。僕をここに呼んだ理由って」
「そうそう、肝心なことを忘れていた。これから本題に入るけどいいかな」
「うん……」僕は生唾を飲んだ。何をやらされるんだろう。まさか魔王と戦えとかは、さすがにないか。
「君に物語を話して欲しいんだ」
「物語」
拍子抜けした。意味がよく理解できなかった。もっとも、ここに来て以来ほとんどの事が意味不明だったのだが。
「そう、物語。おとぎ話でも昔ばなしでも、創作された話だったらなんでもいい。君の世界には沢山あるんだろう」
「そりゃあるけれど。でも、どうして」
「話せば長くなるんだけれど……」
アルファの話はこうだった。
彼らの星、彼らの種族には『想像』というものが欠けていた。もともと存在していなかった。高度な文明を持ち、宇宙を自由に旅するようになった今でも、彼らは空想の物語を紡ぎだすことはできなかった。
あるときのことだ、彼らの持つ高度な人工知能、コンピューターが警告を発した。『想像』という概念を持たない彼らは、もしも他の文明と争いになったときに相手の手の内を読むことが出来ずにあっさりと負けてしまうだろう、と。他の文明との戦争にならなくても、将来的に災害に対応できず滅んでしまうだろう、と。もちろん、コンピューターに任せるという手もあったが、それにも限界があるとコンピューターは非情な予言を告げた。彼らは驚き、慌てた。長い年月を会議に費やしある結論に達した。そして、さらに長い年月をかけた計画に着手したのだ。それが今回の計画というわけだ。彼らは宇宙空間の特異点から、別の宇宙、別の世界の『物語』を集めることにしたのだ。
僕は彼らが気の毒に思えてきた。こころよくアルファの申し出を受けることにした。
僕は覚えている限りの物語、『桃太郎』や『人魚姫』、星新一のショートショートに落語の古典、それこそありとあらゆる話を思いつくままにした。それを機械に記録しながら、アルファは興味深そうに耳を傾けていた。もっとも、彼の耳がどこについているのかは分からなかったが。
そうこうしているうちに、数日が過ぎ、僕は機械の身体に慣れてきた。
いつものように、記録器とアルファーを前に僕は物語を語っていた。映画の『ミスト』のストーリーを話終えたそのときに、僕は嫌な考えが頭に浮かんだ。
「ねえ、アルファ」
「なんだいユージ」
アルファはたった今記録を終えた物語を整理しているのだろう、機械をいじりながら答えた。
「嫌なことを思いついてしまったんだけど」
「いやなこと。なんだろう」
「あのさ、僕たちはこうして『物語』を集め、記録しているだろう」
「うん、君の協力には本当に助かっているよ。星を代表して感謝してる」
「でもさ、アルファ。こうして『物語』を集めたとしても、それは単に収集しているだけで『物語』を創っていることにはならないんじゃないのかな。『創作』とは違うんじゃないのかな」
アルファは無言になった。彼の表情が分からないのではなく『表情が無くなった』ということを、今の僕には分かる。しばらく沈黙の後、彼は重い口を開きゆっくりとしゃべりだした。
「……そうかもしれない……。その考えは『想像』できなかった……」