制服には夢がある
制服には夢がある、特に背後から見るそれに。それは間違いない。
日々、車やバイクで道を走っている時に、制服を着た女生徒を見かける、すると目は極々自然にそれを捉える。勿論それは、車両を運転する人間が持つ、最低限のマナーとして当然の安全確認だという側面は大分ある。が、眼球運動を調べられる機器があれば、私の目が制服を着た女生徒を、他の人間に比べ僅かに長く捉えているのが分かるだろう。詰まり、私の目は夢を追いかけるものなのだ。
制服、とわざわざ書くとおり、女子高生そのものに意味はない。イヤ、もっと自分勝手な言い方をしてしまえば価値が無い。だからと言って制服そのものに劣情を催すような変態じゃない。大体私は変態じゃない。
私が高校生時分、日々目にしていた制服に興味は無く、制服に関心を持っている連中を理解する事が出来なかった自分に、歳の離れた姉が言ったものである。曰く「中年が高校生に欲情するなどロリコン、詰まり変態嗜好だ」と。しかし、中年とは言わないまでも良い大人になった私が、お世辞にも鋭いとは言えない視線で世の中を見るだけでも、あの発言の間違がよく分かる。世の中には制服、特に女生徒の制服が溢れている。
アダルトビデオを含む性風俗では言わずもがな人気のジャンルであるし、芸術の領域に於いても、某写真雑誌のコンテストで、明らかに制服を着るには違和感がある年頃の女に制服を着せた写真が賞を撮っていたりする。(尤も写真に関しては、その違和感を敢えて出している、という可能性は否定できないものかもしれないけれど。尤も、評論を見ると、撮影者の意図は分からないとしても、其処を評価されている訳では無い様で、あくまであの被写体は「女子高生」という事になっているらしい。)漫画や小説で、制服を着た生徒諸君を主役にした作品がどれだけ多いか。まさに世の中は制服だらけだ。
制服、勿論ここでは高校生の、それも女生徒のものに限定するとしても、その種類は種種雑多だ。とはいえ今この場はそれを云々する所では無いし、そもそも詳しくない。正直な所、私はセーラー服だろうがブレザーだろうとどうでも良い、なんでも良いのだ。全てをを含んだ制服、それが良いのである。それでも多少注文を付けるならば、スカートは長すぎない方が良い。それが中学生の制服を除外している所以であって、着ている人間そのものには興味が無い。勿論三次元の幼女に性的な興味は当然の事としてなく、中学生は如何にも幼すぎるというのもある。他方、シルエットは大事で、太っているのは論外だ。
世の中に制服好きが多いからと言って、先述した姉の発言を否定する根拠にはならないかもしれない。詰まり世の中にはロリコンの変態が多いだけなのかもしれない。私がセーフティーラインだと思っている所は、完全にロリコンラインなのかも知れない。だとすると絶望だ。勿論あの姉の発言が正しいとしてだが。
分からないし分かりようのない事は置いておいて、「着ている人間に興味が無い」という先ほどの記述を説明しよう。それこそが「制服には夢がある」という事なのだから。
冒頭のシチュエーション。車なりバイクなりで走行中に見かける女子生徒。私は彼らの顔を確認する事は無い。例えば背後から眺め、追い越した彼らが、偶さかの信号待ちで真横を通ったとしても、私は彼らの顔を見るような事はしない。顔を見ない、之が大事なのだ。だから背後から見る制服には特に夢がある。前からでは見まいと思っても、顔が見えてしまう。
世の中に「振り向き美人」なる言葉がある。しかし悲しいかな、世の中に「美人」というものは少ない。勿論悲観的に、また自分を顧みず、「ブスばっかりだ」などと言うつもりも無い。ハッキリいうと世の中には「普通」の顔が多いのだ。
人間というものは想像力で物事を捉える。言わずもがなの事で、サモトラケのニケや、ミロのビーナスが至高の美となっているのはそこに想像の余地があるからだ。之は私の、服はマネキンが着てこそ美しい、という理屈とも相通ずるものではあるけれど、今はそれを詳述する場では無い。とまれ、制服をきた女子高生の後ろ姿に夢があると言うのは、その想像力の広がりなのだ。
そこにやましさがあるか、エロチシズムがあるかという話になると、コレは難しい。絵画や写真におけるヌードとエロチシズムの関係、人間が美しいと感じるモノと、繁殖生命としての本能との関係などと言った、とても自分には手に余る話になってくる。少なくとも私は、スカートの中を盗撮したような写真を喜ぶ事は無い。が、スカートをたくし上げた様は大好きだ。下品にならない程度に短いスカートも大好きだし、生足にも夢がある。まあ男はみんなそれらを好きなはずだ。生足と、パンツと短いスカートと、ホームセンターの工具売り場が。だから私は変態じゃない。多分。きっと。
この場では制服を女生徒の物に限定してきたけれど、実際は男子生徒の物にも夢はあるのだろう。但しそれは女生徒の物とはだいぶ意味が違く、高校生時代への郷愁なのだ。が、考えても見れば女生徒の物にしても、根本は同じなのかもしれない。詰まり高校生に戻って、女生徒と恋愛限定の青春を謳歌したいという事なのかもしれない。そう考えると、明るい高校生生活を送っていた連中には共感できる事ではないのだろうか。尤も真偽は分からず、之が只々自分の思う事を書き連ねる文である以上、確かめる気も必要もないけれど。
とまれ、制服には夢がある。それは間違いない。私は今後も、女子生徒の制服姿を後ろから見るたびに、そこに最上の美を見出すのだ。これからも。ずっと。