捻くれ者と天邪鬼
俺はアルバイトをしている喫茶店の裏口で、制服から私服へとクラスチェンジをして立っていた。
現在、時刻は9時45分。
冬がもう直ぐ終わるこの時期に夜の9時はまだまだ寒く、風のあまり吹かない裏路地とは言えただ突っ立ているのは正直辛い。
さりとて此処から動くつもりは未だ無く、自分の果たすべき義務を全うするためこんな寒空の下で待ち続けているのだ。
それじゃあ暇だし自己紹介でもしましょうか。
俺の名前は楠木 誠。一時期某アニメを見てから嫌いになった名前だが、今では至って普通の名前を授けてくれた両親に感謝している高校1年生。
まぁ正確には高校生になってから初めての春休み真っ最中であるので、二年生と言っても過言では無いのだけれど自分に未だ二年生という実感が湧いていないので、自ら名乗るのは些かな違和感を感じなくは無い。
その最たる原因は恐らく部活などに所属せず、ここ半年近くバイトに勤しんでいたせいで学校における先輩後輩の感覚を養って来なかったせいかも知れない。
不幸自慢をするつもりは無いが我が家は現在母一人、子一人の二人家族。
今時珍しくは無いシングルマザーと言う奴だ。
収入源は母の仕事と父親が支払う養育費のみ。
父はきちんとお金を払っているが、いつ終わるとも分からないものに縋るのはいただけないし、何より高校生になっても親におんぶにだっこでは恥ずかしいではないか。
そんな数秒で思い付いた理由を捲し立てて周囲を説得し、担任からバイトの許可を勝ち取った俺は将来的に詐欺師が向いているのではと考えた事もある。
さて、話が随分それたがラノベ風に言えば俺は至って普通の何処にでもいそうな高校生と言う訳だ。
そんな主人公に成りうるのではと勘違い出来そうな俺が、こんな吐く息もまだ白い寒空の下に居るのかと言うと━━━
「ごめんなさい、着替えに時間が掛かってしまったわ」
━━━この台詞の主を待っていたからだ。
声に反応して振り返れば、俺が数刻前に出てきた喫茶店の裏口から姿を表し、その身を冷たい外の外気に晒す所だった。
声の主は外の寒さに軽く身震いすると、手に持っていたマフラーを首に巻き付け、入口からちょっと離れた所で缶コーヒー片手に屈んでいた俺の方へと近寄ってくる。
「さ、行きましょう。私が風邪を引いたら大変だわ」
寒い外で待っていた俺に御礼の言葉は無しですか、そうですか。
「さいですか」
既に歩き出していた人物の後を追いかけ、狭い裏路地を抜けて表通りに出てから真横に並ぶ。
今真横を無言で歩いているのは、バイトの先輩兼高校の先輩である言峰 澪。
黒い長髪に陶器の様な白い肌、厚着で分かりにくいが服の下にはグラビアアイドルですら裸足で逃げ出すプロポーションを持っているに違いない。
まぁ、胸は大人しめなのでデビューは無理そうかな?
「今、とてつもなく失礼な事を言われた気がするわ」
「そうですか、やっぱり美人さんは辛いっすね」
「ええ、要らぬ嫉妬を気付かない内に貰ってしまうもの」
美人なのは否定しないんですね、俺も彼女の美貌を否定できる要素を見つけるのは困難だけどもさ。
「でも、さっきの感じからするとすごく近くの人からその念を感じたわ」
「そりゃ怖い。良かったですね先輩、途中まで俺と帰り道が一緒なのでその間は襲われませんよ。
しかし先輩の悪口を言う奴が居るなんて、許せませんな」
「暗に貴方の事を指して居るのだけど」
はて?何の事だか私には分かりませんな。お互い前を向いて話合っていたが、先輩が足を止めたので俺もそれに合わせて足を止める。
「惚けても無駄よ、私は貴方の視線が胸元に集中していたのを確認済みよ」
「先輩は自信過剰ですね、先輩の何処に注目すべきお胸様が?」
おや、本音がちゃっかり。
「喧嘩を売っているのなら、今だったら高く買うわよ?何なら今すぐ路地裏で始める?」
どうやら先輩のお胸様についての会話はタブーらしい、しかも随分気にしていらっしゃるご様子。折角の希少価値が台無しだ、何のとは言わないが。
面倒な事に成ったら厄介だし、此処は当り障りのない事を理由に断ろう。
「折角の魅惑的なお誘いですが、夜も更けつつあるのでまた後日でお願いします」
「そう、残念。仕方ないから明日にでも人のコンプレックスで虐めてくる後輩がいる事を先生や友達に相談しなくちゃ」
おっと、さっきの選択肢は藪蛇だったか。このままでは面倒どころか災厄だ。
そんな根も葉も無い噂を流されては俺の高校生活が道半ばで途絶えてしまう。
先輩こと言峰 美鈴は我が校でのアイドル的人物でありながら、成績優秀・品行方正で通った優等生である。
まぁ、ラノベあるあるのファンクラブみたいな傍迷惑極まりない組織は存在しないし、学内での人気も交流のあるグループ━先輩と同じ教室だったり、同じ委員会に所属しているとか━での話だが。
とは言っても教師や学生間の信用は高いし、特に女子の間で下手な発言をされるとこちらの信用はガタ落ち間違いなしだ。
舌の根も乾かぬ内だが、ここは前言撤回を速やかに行わなければ。
いのちだいじに。
「分かりました、相談相手には是非俺をご指名下さい。なんなら喧嘩を今すく買って頂いてもいいんですよ、路地裏行きます?」
自慢じゃないけど、小中と通信空手に励んで居たから先輩の1人や2人ぐらいならなんてことは無いぜ。
今まで誰にも見せなかった二回転バク宙土下座もお披露目しようではないか。
「…やだ、路地裏に連れ込んで一体何をする気なの。飢えた獣が身近に居るなんて私、怖いわ」
どーしろちゅーねん。
俺が一生懸命出した口説き文句を簡単にへし折ってくれた先輩はそのまま歩き出したので、俺も遅れる事無く彼女の横を歩く事にする。
その後は会話らしい会話もなく、ひたすら街灯が煌々と照らす夜道を歩く。
何故彼女の様な美人の先輩と帰路を共にしているのかと聞かれれば、会話にも出たが帰り道が途中まで彼女と一緒であり、バイトのシフトも似た感じで入っていたので、喫茶店の店長に一緒に帰る様に厳命されたからだ。
他にも理由は在るけども。
「じゃあ、今日はここまでね。送ってくれてありがとう」
して、そんな事を考えて居れば既に先輩と俺の歩く道が別れる交差点。先輩はもう向きを変えて自分の進むべき方向を向いていた。
さっきの会話ではボロッカスに言い負けたので、このまま負け越すのは頂けない。
意趣返しに別の話題を振るとしよう。
「先輩、そう言えばこの間の返事を頂けますか?俺としてはあまり長引かせたく無いんですが」
「…そうね」
俺の言葉を聞いて言峰先輩は振り返る。その際に偶然見れた先輩の流し目の様に成った表情に息を呑む。
ズキューん!!
そんな安っぽいオノマトペが聞こえて来そうな程だ。
「お返事、頂けますか?」
再度の要求にさすがの先輩も瞼を閉じた。そんな行動ですら俺の視線は釘付けだった。
やっぱり美人な人の動作は様になる。と、しみじみ思う。
「残念だけど、貴方の彼女には成れないわ」
「…そうですか、態々呼び止めてすみません」
俺が無感動に言うと彼女は踵を返す。何を隠そう、俺は二日ほど前にこの場所で、同じ様な状況下で彼女に告白したのだ。
何を血迷ったか店長や他のバイト仲間に脈ありだの、100%大丈夫だの言われて告白してしまった。
しかしその余計な助言のせいで俺はこうして醜態を晒している訳なんだが…
まぁ過ぎたことを悔やんでいても仕方無い。ここは男らしく潔く去るとしよう。
「本当に残念です、折角手に入れたケーキ屋ロベールの季節限定苺タルトの販売整理券が二枚分無駄になりました。本当にざんn「それを早く言いなさい。彼女に成ってあげる…いいえ、彼女にしてください誠様」
この人チョロイわー。
「じゃあ、言峰先輩。その券は今週末のまでなんで日曜にでも一緒に行きませんか?」
「ええ問題無いわ、時間とかは其方に任せるからちゃんとエスコートしてね」
そんな事を言いつつ、彼女は俺の前まで歩み寄る。
「それと2つだけ聞いて欲しい事があるの」
「何でしょう?」
「今回は釣られてけれど、釣られてしまったけれど。私を物で釣れる安い女だとは思わないで欲しいわ、それと……」
先輩は今更な前向上を述べるとくるりと身を翻し、住宅街の路地を数歩進んで手を後ろ手に組んだまま顔だけ振り返る。
「名前で呼んで」
まるでグラビアアイドルを彷彿とさせる見事なポージングに、俺はまんまと見とれてしまった。
「実現に向けて善処致します」
「素直じゃないわね、直ぐに名前で呼ばさせてみせるわ」
俺が肩を竦めて言うと、彼女は不吉な言葉を嘯きながらクスクスと笑い、分かれ道の先へと姿を消した。
…なんともまぁ、苦労の続きそうな日々が始まりそうだ。
さて、人生の最終セーブ地点は何処だったかな。
まずはこんな駄文を読んで頂き誠に有難うございます。
この小説を書き始めたのは連載作品の筆が進まず、気分転換に全く違う方向性の物を書こう。
そう思ってしまったからです。
なのでこんな中途半端な感じではありますが、一応完結しております。
もし仮に、万が一にも続きが気になった方がいらっしゃいましたら、続きを書くかも知れません。
まぁ多分居ないとは思いますが。
それでは、感想・御指摘・その他諸々お待ちしております。