六
六
日にちの感覚を失ったまま、何度か日が昇り、沈んだ。
真咲は血まみれの制服を着たまま茫然としている。
「……お腹、減ってないの?」
男は真咲にそう語りかけるが、彼女は何も返さない。
「……困ったな。もう二日だよ。何も食べてないじゃないか」
本当に困ったような表情を浮かべながら、男は狼狽えている。
小百合の死体は、男が捨てた。どこに捨てたかは教えなかった。真咲は友人の悲惨な死と、それを行った男がなぜ息を吹き返したのかと、色々と考えているうちに。
心が壊れてしまったようだった。
「……君は、弱かったんだな」
男が唐突にそんなことを言う。
「もっと、強い人なのかと思ってたよ。人の死なんて、目的のためなら割り切れるような。そんな人だと思ってた。……俺の、思い違いだったんだな。ごめん」
そんな声も、彼女の耳には届かない。心には届かない。
完全に涙も枯れ果て、彼女は生ける屍のように、ただ呼吸をするだけの物になってしまっていた。
「真咲」
男は真咲の前に跪くと、片方だけになった右腕で彼女の手を取る。
「ひどいことしてると思うだろうけど、それもあと数日の辛抱だ。君はもうすぐ、自由を手にすることができる。『フェンサー』が来れば、後は彼らが保護してくれる」
「……」
「つらいだろうけど……でも今後、ルーイン・バイラスだけは絶対に使わないでくれ。それだけを守ってくれるなら……君はもうすぐ自由だ。いいね?」
頷くことも、泣き喚くこともしない彼女に、男は少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「……ごめん」
こんなはずじゃなかったんだ。
そんなつぶやきは彼女に届かなかった。
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「……反応はあそこの倉庫からか?」
「いやあ、間違いないっすよ。それにほら、あの扉見てよ先輩。見事に吹き飛んでるっしょ? 『ジャーム』でもなければ、あんなことできませんって」
楽しげにそう言う少女と、長髪の男は双眼鏡を渡し合い、ビルの屋上から何かをずっと確認する。
「……だが静かすぎる。もう『ジャーム』は逃げた後なんじゃないか?」
「じゃあいるのはお仲間っすかねえ?」
「……違ったら斬るだけだ」
そう言い放った男は、時代に相応しくない日本刀の柄に手をかける。
「先輩ったら、血の気が多いんだから~」
「……お前にだけは言われたくないな」
先輩と呼ばれた男はそう言うと双眼鏡を少女に返す。
にひひっと年相応にかわいらしい笑顔を浮かべる少女だったが、今度はパーカーに手を突っ込み、何かを取り出す。
「まああたしもどっちでもいいんすよねえ。撃てれば」
懐から取り出したのは、ピストル。
ニューナンブM60と呼ばれている物だった。
回転式拳銃で、装弾数は五発。日本の警察でも使用されているモデルだ。
「刀も良いですけど~。やっぱあたしはこっちっすね~」
「……また盗んだのか」
「やだなあ、死んだ警官からちょろっといただいただけっすよ~」
「……何人殺した?」
「五人。ちょっと撒くのに時間かかっちまいまして、つい~。えへへ」
恐ろしい発言をする少女に、長髪の男は眉を顰める。それを見て少女は妖艶に微笑む。
「そんな顔の先輩もぷりちーっすね!」
「……無意味な殺戮はするな、シズク。俺たちは無法者の集まりじゃあないんだ」
「わかってるッすよ。ちょっと変態を懲らしめただけっすから。害虫が数匹死んだだけですって。だいじょぶだいじょぶ!」
恐ろしい発言をする少女と物騒な男は、そんなやり取りをしたのちに、ビルの屋上から飛び降りる。
三十メートルはありそうな高さから飛び降りたのに、のちにそこで人が死んだなどの騒ぎは起きなかった。
日が暮れ始める。
まるで鮮血のように真っ赤に空を染め上げながら。