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     五


 呼びかけたと同時。その大きな怪物に変化があった。

 突如体が激しい炎に包まれたかと思うと、その炎は一気に燃え盛り、そして急激に収縮する。


 炎がはじけ飛び、中から姿を現したのは。


 全身に火傷を負った、小百合の姿だった。


 「サユ!」

 「真咲ちゃん……助けに……来た……よ……」


 肩で息を切らしながら、小百合は真咲に手を伸ばす。が、それは真咲に届くことなく、直前で倒れ込む。

 真咲は慌てて彼女の体を支えると、必死に呼びかける。


 「サユ!? サユ! しっかりして!」


 ひどい火傷だった。皮膚は爛れ、たんぱく質が焦げたような異臭が彼女から漂い、真咲の鼻を刺激する。


 「……真咲ちゃんのお母さんが、娘が行方不明になったって、言ってたから……それで……」

 「しゃ、喋ったらダメ! きゅ、救急車! 救急車を呼ばないと!」


 そう思ったが、真咲は自分のカバンを漁っても目的の物は出てこない。小百合のポケットも探したが、携帯電話は熱で変形し、電源も入らないような状態だった。


 「どうしよう、どうしたら……」

 「真咲ちゃん……体が、熱いよ……」


 小百合がそんなことを言い出す。きっと、火傷のせいで全身が燃えるような痛みに襲われているんだろう。そう考えていたのだが。


 「熱い……あつい……あつぅい……あつううううあああああああああああああ!!!」

 「きゃあ!?」


 突如、小百合の体が発火する。

 火傷しかけて、真咲は彼女の体から離れる。


 「あつああああ、あつういいいいいいあああああああああ!」

 「さ、サユ!」


 どうしたというのだろう。何が彼女の体に起こっているのか。

 真咲には何もわからない。ただわかるのは。


 再び小百合が、怪物の姿になろうとしているということ。




 「どう、して……」


 なぜ今、このタイミングで再び変身したのか。

 なぜ彼女はこんなことができるのか。




 なぜ、そんな憎悪を込めた目でこちらを見ているのか。


 真咲には何もわからなかった。ただ一つだけ、死の予感があった。


 「ガアアアアアアアア!!!」


 殺される。小百合に。


 なんで。




 どうして。











 「俺を忘れてんじゃねえよ、クソ猿が」




 怪物の叫び声が響く倉庫内で聞いたその声は、はたして本当に聞こえた物だったのか、それともただの幻聴だったのか。真咲にはわからない。


 全身を炎に包まれながら再び化け物に変わろうとする少女は、突如動きを止める。


 その胸からは、銀色の切っ先。




 「お前がこのタイミングで変身解くことは知ってたんだよ。だから……今、ここで殺す」


 「が、オ、お前が、真咲ちゃんを、お、オオオォオォォォォォ!!!」


 「うるせえ、死ね」


 貫かれた銀色が引き抜かれ、今度は小百合の腹部から飛び出す。その光景に唖然としながら、真咲はただ茫然とそれを眺めていた。


 「死ね、死ね、死ね、死ね!」


 狂ったように何度も刃物を突き立てる男。血塊を吐き出しながら、小百合の変身は止まり、元の人間の姿を取り戻す。


 にも関わらず、男は一心不乱に突き刺し続ける。その凶器を何度も何度も。彼女が床に倒れ伏しても、馬乗りになって、何度も。何度も。




 どれだけそうしていただろう。真咲はただ怯えきった表情で固まったまま、男を眺める。


 小百合は。小百合だったものはとうに動かない。炎の熱で衣服を失った半裸の少女に、容赦なく包丁を突き刺し続ける男。

 とっくにその刃は折れ、少女の腹部は破け、中身も何もかも飛び出してしまっても。

 何度も金属を叩きつける音だけが倉庫に響く。


 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 「……っ、……」


 状況が呑み込めない。分からない。分かりたくない。


 「はあ、は……ぁ……」


 突如、男は包丁を取り落して真咲の隣に倒れ込む。真咲が見ると、男は左腕を失っていた。そして、そこからは尋常ではない量の血液が溢れ出している。


 ―――死んじゃう。


 真咲はそう思った。でも、自分にはどうしていいのかわからない。どうしてあげれば、彼が治るのかが分からない。そもそも、彼を治療するべきなのかもわからない。


 「ま、さき……注射を……俺に……」

 「……、」

 「俺に……打ってくれ……たのむ……」


 わからない。

 真咲には、もう何が正しいのかが分からない。ただ、指示されたことだけをこなす。


 「み、ぎの……ぽけ、……っとに……」


 言われたとおりに動く。何も、考えられないから。ただ、指示通りに。


 ポケットを探ると、そこには没収された注射器があった。それを彼の首筋にあてがい、突き刺す。


 刺さると同時に、機械的な注射器は独特な作動音を小さく響かせながら男の体内にウイルスを送り込む。


 「おふぅ……う……ぅ……」


 手の震えが止まらない。

 血だらけで、生臭い。

 肉が焦げた匂いで鼻が曲がりそうだった。


 それでも真咲は、ただ茫然と震えていることしかできない。それ以外に、どうすればいいのか、もうわからない。


 誰も、何も教えてくれない。

 男が静かに寝息をたて始めても、彼女は一睡もすることもなくただ注射器を眺めつづけていた。


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