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     三


 ルーイン・バイラス。

 それは、人の血液に影響を与え、体を変異させてしまうウイルス。

 ウイルスとは言うが、その感染力は非常に弱く、空気感染も接触感染もしないといわれている。

 感染経路は、血液感染。感染したものの血液が目などの粘膜に触れる、注射などの医療器具の使い回しなどで感染することが確認されている。

 あるいは、性交渉など、粘液同士が触れ合った場合などがあげられる。


 体を変異させる、とは言うが、腫瘍ができるとかそういったレベルのものではない。

 まるで細胞自体が、別の生き物になってしまったかのように、一目で異常だとわかるほどに異形と化す。

 全身に爬虫類のようなうろこが生える。

頭部が抜け落ち、まったく別の頭が再生される。

体長が三メートルを超え、まるで狼男のような姿になる等、例を挙げるときりがない。


 そして極稀に、そのウイルスに耐性をもっている人間がいる。そういった者たちは、異形にこそ変異しないものの、常人では考えることのできない『力』を手に入れることになる。いうなれば、体の変異に耐えるための抵抗、一種の拒否反応。それは一般人から見れば、超能力そのもの。


 それが、世間で騒がれている『超能力』の正体だった。




 「う、嘘よ! でたらめよ!」

 「嘘じゃない。俺は嘘はつかない。」

 「うそ……うそよ……」


 真咲は、頭を抱えて蹲る。

 信じない。信じられない。信じるわけにはいかない。

 だって、小百合は……すでに。


 「落ち込みたい気持ちもわかるし、慰めてあげたいけど。でも、そんなことしてる場合でもないんだ。奴がここに来ないとも限らない。それまでは、おとなしくしていてくれ。幸い、ここはいろんな廃品やゴミが倉庫の周りにあるから、ある程度ごまかせるとは思うけど、今まで一度も成功してないんだ。……俺も、不安なんだよ」


 少し目を伏せながら、男はそうつぶやく。しかし、真咲は見た。見てしまった。

 その男の眼に、殺意の炎が揺らめいているのを。


 「いかれてる……あなたは、いかれてる……」

 「そう思いたければそれでもいいさ。俺は、君を守れればそれでいい」


 男はそういうと、真咲に背を向けて、倉庫の奥へと歩き出す。光源が遠ざかったことで、真咲の周りは暗闇と静寂に包まれる。


 あんな妄言を言って、私をどうするつもりだろう。


 真咲の家は裕福ではないし、お金目当ての誘拐とは思えない。かといって、衝動的に拉致監禁されるほどかわいいわけでも美人なわけでもない。スタイルなんて小学生に間違えられるくらいのものだ。真咲は自分自身をそう評していた。


 ならばなぜ、自分はこんな目に遭っているのか。あの男の妄想のせいとしか思えない。彼女は、男の言葉の一切を信じず、この場をどう乗り切るかだけを考えることに集中する。

 少なくとも、今の真咲は自分の心を保つためにはそれしかなかった。


 長い沈黙を破り、男が足音を響かせながら真咲のもとに戻ってくる。その右手にはコンビニの袋をぶら下げていた。


 「コンビニで買ったものだから大したものはないけれど、食べなよ。晩御飯」


 男はそういうと、真咲の目の前に袋を置き、そそくさと元の椅子の位置まで戻っていき、何もなかったかのように倉庫の入り口を見張っていた。

真咲は恐る恐るコンビニの袋を開けて、驚愕する。


 そこに入っていたのは、シュークリームとカロリーメイト。それからペットボトルの紅茶だった。


 なぜ、と真咲はそう思った。どうして、と。そう考えずにはいられなかった。


 「どうしたの? 食べないの?」

 「……」


 真咲はその言葉に反応することができない。それもそうだ。

 その袋に入っていたものは、真咲の好物しかなかったからだ。


 真咲は、普段コンビニで食事を買ったりしない。小さいころから両親にコンビニで買い食いすることを禁じられていて、彼女自身もまた健康を害するような食事をわざわざしようとは思っていなかったからだ。

 おにぎりも、サンドイッチも、真咲は買わない。だから友達と買い食いするとなっても、彼女はカロリーメイトくらいしか食べない。でも、シュークリームだけは、彼女の好物だった。ゆえに、コンビニで何かを買うときは、いつも決まってシュークリームとカロリーメイトだった。


 なぜ、この男が私の好物を知っているのか。


 真咲は気持ち悪くなる。

 自分に向けられたその理解不能な気遣いと、意味不明な情報量に。

 この男は、自分を知っている。なのに、自分はこの男のことを何も知らない。それが恐ろしくなって、真咲はとても食事を取ろうとは思えなかった。


 「? おかしいな、嫌いな食べ物は入ってないはずだけど?」

 「……」

 「……何も言ってくれないんだね、今回は」


 男はそういうと、再び視線を倉庫の入り口に戻し、頬杖をつく。


 「……なんで」

 「なんで私のことを知っているの、かな? その質問には答えられない。いろいろとややこしくなるから。それに……」


 言いかけた男の表情が曇り、舌打ちが響く。何事かと真咲は男の方を見る。


 「……もう来たのか。結局時間稼ぎにもならなかったな」


 男は立ち上がり、包丁を握りしめるとそのまま真咲の元へと歩き出す。その動作に、真咲は恐怖するが、男は彼女の前で立ち止まると振り向き、倉庫の入り口の扉を睨み付ける。


 「……どうしたの?」

 「ああ。気付かれた。でも大丈夫。今度はきっと。……大丈夫だ」


 男はそういうと、ジーンズのポケットから耳栓を取り出す。そして何度も何度も、狂ったようにつぶやく。


 「大丈夫だ、大丈夫。今度はしくじらない。大丈夫。対策も打った。あれもこっちにある。俺がちゃんとすれば大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。いける。問題ない。勝利条件は、二人が生き残った状態であいつを倒すか、もしくは時間切れを待つか……。くっそそれだけかよ他に勝つ方法なかったのかよくそったれ。ああ、違う違う。大丈夫だ、大丈夫。ちゃんと動けよ体、頼むぞマジで。よし、いける、いくぞ、やってやる。絶対やってやる。しくじるもんか、やってやる。大丈夫、大丈夫……」


 唖然として、声を出すこともできないでいる真咲。彼女からは、彼の表情が見えない。それが、真咲には怖かった。

 どんな表情でいるのだろう。

 得体がしれない。怖い。

 彼の言葉を理解できない。怖い。

 何を見て、そんなことを言っているのかわからない。怖い。


 そして、それは突然にやってきた。




 野獣のような咆哮と共に、倉庫の扉が吹き飛ばされる。


 そこにいたのは、とても大きな『猿』だった。


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