一
気まぐれ、思い付きで書き始めたものなので、続きを書くのは遅れそうです。
頭の中ではなんとなく形になってるので、気長に形にしていけたらと思ってます。
ディープブラッド・グラトニィ
ソレは、ゆっくりと人々を蝕んでいった。
だれも気付かない。誰も気付けない。
そうして世界は終わりを迎えていく。
だけど、僕だけは気が付けた。
だから、せめて君だけは。
何があっても助けに行くよ。
たとえ何を犠牲にしても。
一
「サーキちゃん! 一緒にかーえろ!」
一人の少女が、放課後の解放感に包まれる教室内で帰り支度をしていた時だった。聞きなれた親友の声とともに、ヘッドロックをかけられてもがいていた。
「ちょっと、サユ、くるしいよ……!」
「んー、やっぱりこの黒髪ロング最高ね! さわり心地とか、にほひとか!」
「古典十二点のくせに、にほひとか言ってるんじゃないっての!」
サキと呼ばれた少女、藤宮真咲は、なんとか親友の腕から抜け出すと、渋い顔で彼女を睨み付ける。
「もう、サキちゃんってばそんな顔しないの! 美人が台無しだゾ!」
「なによ、そのヘンテコなしゃべり方は……」
「邪険にしないでよお、あたしだって誰にでもこんなことしてるわけじゃないのよ?」
そういいながら体をくねくねさせて、上目づかいで真咲を見つめる少女、本郷小百合はあきれる真咲を無視して話を続ける。
「あたしが世界で唯一抱かれてもいいと思ってるのはサキちゃんなんだゾ!」
「だからね、そういうこと言うとみんな勘違いするからやめてってば。私何度も注意してるよ?」
「もう、昨日はあんなことした仲じゃない……」
「夏休みの予定とかしゃべってただけでしょ? ほんともう、そういうの嫌だよ」
「こんなに愛を訴えても、サッキーには届かないんだね……あたしゃ悲しいよ、およよ」
おいおいと泣くふりを始める小百合に、真咲はため息を漏らす。いつもいつもこんな感じだ。小百合はいつも真咲をからかって楽しんでいる。そのくせそっけなく対応すると今みたいに面倒くさいことをし始める。
しかし真咲は彼女のことを嫌いではない。小百合は勉強もできないしお調子者だが、明るくて楽しくて、男子にも人気がある。そういうところは自分にないもので、真咲はそんな小百合が羨ましかったりもする。
「もう、泣くふりなんていいから。早く帰ろうよ。見たいテレビもあるし」
「あ、それはだめだよサッキー。面白い話みっけたんだから。聞いたらきっと驚くよ?」
ニシシっと笑う小百合に、真咲は少し思案顔。
こういう風に小百合が話を持ってきたときは、大体いつも本当に面白い話だったり、あっと驚くような話が多い。もちろん、あまり興味をひかれないような話などもあるが、なんだかんだ後で役に立つような話が多い。
聞く価値があると判断した真咲は、本日三度目となるため息をついて、小百合に質問する。
「それ、テレビより面白い?」
「絶対面白いよ。少なくとも、サッキーがいつも見てる昼ドラよりもね」
「だから私、そんなの見てないってば……ていうかサッキーってなに?」
「とりあえずカモメ公園でもいこっか。あそこなら人も来ないし」
「聞いてないし……。なに? 人に聞かれたらまずい話なの?」
「んっふー。それは聞いてからのお楽しみだよー!」
彼女たちは、そんなことを言いながら教室を出ていく。
錆びついた遊具に、伸びきった草。木でできた朽ちかけのベンチに二人は座り、どこからやってきたかもわからない飼い猫を愛でながら話をする。
「お前はいっつもここにいるよねー、ゴロウ」
「へー、サキちゃんこの子のこと知ってるんだ?」
「うん。ここに寄ったらいつもいるんだよね」
「ふーん。ゴロウっていうのかお前。ほら、草だよー、お食べー」
「……サユ、さすがに草は食べないよ……」
「あ、食べた」
「ウソ!?」
驚いてそちらを見れば、灰色と黒の縞々模様の彼が、小百合の差し出している草にかじりついていた。
「……猫って、草食べるの?」
「……さあ?」
「さあって……体に悪いかもよ?」
「うーん。人間がくれるものは全部エサだと思ってるのかな?」
そんなことを言っていたら、ネコはあっという間に差し出された草を食べきってしまった。満足そうに舌なめずりをして、そのままゆったりとどこかへ去っていく。
「あ、行っちゃった。またね、ゴロウー」
「バイバーイ。……ゴロウって、どこの飼い猫なの?」
「わかんない。そもそもゴロウなのかどうかも」
「え? じゃあサキちゃん勝手にゴロウとか呼んでたの?」
「だって名前ないと呼んであげられないもん」
「ふふ、人の飼い猫に勝手に名前付けるとか……!」
「なに?」
「しかもゴロウって……! あはは、だめだ面白いわ!」
「もう、笑わないでよ! かっこいいじゃん、ゴロウ」
「カッコいい!? ふふは、すごいセンス! ふはははは!」
「もー!」
ふくれっ面になる真咲と、それを見てさらに笑う小百合。ひとしきり笑い転げ、落ち着いたのを見計らって真咲は話を本筋に戻す。
「それで? 面白い話ってなに? 面白くなかったら私帰るからね?」
「もー、そんなに怒んないでよ、怒った顔もかわいいんだから」
「……そんなふうに言われても、馬鹿にされてるみたいで嫌」
「えへへぇ」
「気持ち悪いなあ……」
小百合は短い髪の毛を弄りながらこんな話を振ってくる。
「知ってる? 超能力が実在するって話」
「……知らない。っていうかソレはさすがにウソでしょ」
「いやいや、それがあるのだよ、すーぱーすきるって奴が」
「……サイコキネシスとかじゃなくて?」
「似たようなもんよ。英語苦手なんだから察してよもう」
そう言いながら、小百合はかばんをごそごそとあさりはじめる。鞄の横の小さなポケットから、少し変わった形の注射器のようなものを二つ取り出す。針の部分が短く、全体が金属製で中は見えない。
「ハイこれ」
「……注射?」
「そ、コレ打ったら超能力使えるようになるんだって」
「……」
さすがに真咲は、非難するような目を向けた。それもそうだ。こんな如何にもアレなもの、怪しすぎる。
「サユ、まさか使ったりとか……してないよね?」
「ううん、もう使ったよ」
「……!」
言葉を失った。まさか、自分の親友が怪しげな薬に手を出しているなんて。
真咲は小百合に怒鳴りつけようと立ち上がったと同時、小百合もまた立ち上がり、その掌を前方に突き出していた。
「まあまあ、落ち着いて。まずはこれを見てよ」
そういうと、小百合は目を瞑り、数秒意識を集中させる。
その時、突如彼女の手のひらから炎が噴き出す。
「キャッ!?」
突如明るくなったことに驚き、真咲は悲鳴を上げて目を瞑る。
「あはは、びっくりした? 実はあたし、この薬使ったら超能力使えるようになっちゃったの! すごくない!?」
彼女は子供のようにはしゃぎ、指先に火を灯したり、雑草を燃やしたりして遊んでいる。
……今のは何? 本当に超能力? 何かトリックが?
そう考える真咲だったが、小百合はそんなことにも気がつかない様子で興奮したように話しかけてくる。
「いやあ、ずっとコレ見せたくってさぁ! 朝からうずうずしてたんだよね! でもさすがに学校じゃ使えないからさ! ねえねえどう、すごくない、コレ!?」
「……サユ……それ、本物? 本物の超能力なの?」
「そそ、本物! 半袖だから、種も仕掛けもないのはわかるっしょ?」
彼女の言うとおり、二の腕が半分くらい見える半袖のブラウスを着ているから、袖口に何かを隠すのは不可能だ。しかし、真咲にはどうしても信じられなかった。
薬を打つだけで、超能力が使える? そんなことが、本当にあるのだろうか。
いや、現に目の前で見てしまった。種も仕掛けもないことはわかっている。小百合はこの手の手品もたまに披露してくれるのだが、ひとしきり驚かせたあとは簡単に種明かしをしてしまうような少女なのだ。彼女がこういう風に言うということは、おそらく本当なのだろう。
「……でも、なんか怪しいよね、その薬。中身はなんなの?」
「さあ? でもお父さんがくれた奴だから、そんなにおかしなものじゃないと思うな」
「ああ……サユのお父さんって、確か製薬会社の人だったっけ?」
「そ。だから安心、ってわけ。ねえ、サキも使ってみてよ!」
「……えー……」
真咲は、あからさまに嫌そうな顔をする。というのも、彼女は注射は大の苦手だ。注射のプロであろう、看護師に刺されるのでも嫌なのに、ど素人の自分で刺すのなんて、想像しただけでも身震いがする。
でも、親友がこういっているし、無下にするのも……。
「あー、そう言えばサキ注射死ぬほど嫌いだったっけ? ……まあ、無理にとは言わないし、今すぐにとも言わないけどさ。興味があったら試してみてよ。これ、渡しておくから。なんか、お父さんの話だと人によって発現する能力が違うんだってさ」
「そう、なんだ……」
真咲が注射嫌いだと知っているため、小百合はあまり強引には薦めなかった。昔予防接種の度に泣いている真咲を見ているので、どれくらい注射が苦手かを理解しているからだ。
「でも実際、超能力使えたらなんか世界が変わったような感じがするねー! なんか、何が来ても大丈夫、みたいな? 心にゆとりが生まれるしさ」
「……ふーん」
そう言って、小百合は自分の鞄を掴んで肩にかける。
「まあ、そういうわけだよサキちゃん。とりあえずあたしは今日からサイコキネシス少女として、超能力の特訓を日常生活に取り入れるよ!」
「……それを言うならサイキッカーとか、エスパーじゃないの?」
「そうともいう。ま、そういうことだからさ。考えといてよ!」
厳密にいうと、今見たようなものはパイロキネシスと呼ばれるものだろうが、真咲は特にそれに言及せずに、手を振って小百合を見送る。
「超能力かぁ……」
真咲は、先ほど渡された金属の注射器を見つめる。
もし、それが本物なら、少し羨ましいとも思う。正直、勉強するくらいしか取り柄のない自分だ。サユみたいにクラスで人気があるわけでもなし。もし、そんな自分が超能力を手にすることができたとしたら。
「……サユみたいになりたいなあ。それがだめでも、せめて人並みくらいに」
自分のことを振り返って考え、ため息を吐く真咲。
勉強なんて、やったらやった分だけ成果が出るものだ。逆に言えば、やらなければ真咲は勉強なんてだめだめだ。それでも成績上位に居られるのは、いつも家で勉強しているからだ。
でも、体育だとか、みんなを取り仕切っていくだとか、そういうことは本当に向いていない。人前では緊張してしゃべれなくなるし、運動神経は下の下もいいところだ。
何度目になるかわからないため息をつき、彼女は自分の鞄を持つと、家路につく。道中考え事をしながら歩いてる時、何かの鳴き声が聞こえて後ろを振り返る。
ネコの悲鳴のような声を聞いて。振り返った。
「見つけた……」
「……え?」
振り向いた先には、男の人がいた。見たことのない人物だった。
バチィッ! という音と、腹部に衝撃が走る。痛みのような刺激を受け、そのまま後ろに倒れる。
「う……ぅ……」
「……もう、離さないよ」
男の声だった。
口角を歪め、邪悪な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。
不思議なことに、彼の瞳は、真っ青な空と同じような色だった。それが、真咲の見た最後の光景。
男がしゃがみ、今度は首筋に衝撃が走る。
遠のく意識の中、最後に真咲が聞いた言葉は。
「……俺が、君を守ってあげるからね……」