8.幸福の音を
「セレスティアったら、あんなにはしゃいで。・・・だから私は言ったんですよ。あの子は私に似ているから、絶対にあなたのような人を好きになるって」
「それでも、あの子が不自由な生活をしないですむように、僕は色々考えて縁談を進めていたんだ」
「『裕福な暮らしなんてどうでもいいんです。私はあなたの愛があれば生きて行けます』」
「・・・僕の求婚に対しての君の返事じゃないか。あの子もそう言うと?」
「言いますよ。だって私たちの娘ですもの」
「全く。・・・あの子は本当に、君に良く似ているよ」
母は何と言って説得したのか教えてはくれませんでしたが、最終的に父は私とリオの結婚を許してくれました。ただし家名に傷を付けてしまうことには変わりないので、勘当同然の扱いにするとのことでした。一生故国に戻ることはありません。母にはこの国での療養中は会えますが、故国の寒気が緩む頃には帰ってしまうようです。寂しさが全く無いと言えば嘘になりますが、それ以上にリオと共に居られることが嬉しいのです。
私の両耳には紅いピアスが光っています。彼には青色の物が。この国では結婚指輪ではなく、揃いの装飾で色違いのピアスを贈るそうです。別れを告げたあの日からリオが私を攫いに来るまで間があったのは、このピアスの代金を工面していたからなのだとか。
「高価な贈り物を、今までは用意できなかったから。・・・その、こういう大事な物は、ちゃんとしたのを、贈りたかったんだ」
「そういえば、リオとお揃いの物を持つのはこれが初めてね。ふふ、本当に夫婦になったんだって、実感できて嬉しいわ」
そう言うともともと赤かったリオの顔が、ますます赤くなっていきました。照れ屋さんな所も素敵です。
セレスと結ばれてから、また沢山の思い出ができた。牧場の仕事を手伝うのだと言って譲らない彼女に、餌やりから少しずつ教えてみたり。本を読んだことが無い俺に、実家で読んだ物語――「太陽の国の王子様」とか言う童話を語る彼女が、妙に楽しげだったのを覚えている――を聞かせてくれたり。そんなことをしているうちに、月日は流れて。セレスが来て二人になった俺の家の住人は、今日から三人になる。母親に良く似た銀色の髪で真っ白い肌の男の子。俺に似ているのは目元ぐらいか。あまりよろしくない部分が似たもんだ。
「男で良かった。母親似の女の子だったら、嫁にやれなかったかもしれない」
「あら酷いお父さんね。・・・この子の名前、どうしましょうか」
本気で懸念していた事を呟いた俺に、セレスはくすくすと笑いながら聞いてくる。男の子だったらと二人で考えた名前は、いくつかあるがまだ決めかねていた。セレスのように長い音の方が、異国の風貌を受け継いだこの子には合う気がする。普段はたぶん発音しやすい愛称で呼ぶのだろうけど。
「リオみたいな素敵な男性になってほしいから、リオの音は入れたいわ」
「じゃあ『フィリオン』? でも俺は、こっちの名前が良い意味だから好きだな」
俺が選んだ方は聞いただけでは分からないが、文字にすれば一応変形して「リオ」が入っているらしい。俺に似たって格好良くはならないと思うが、彼女がそこは譲らないので俺は何も言わない。でも彼女が考えたいくつかの名前の中で、それが一番良い意味を持っていたから、それにすると決めた。
「元気に育ってくれよ」
彼女の故郷の言葉で「幸福の音」。俺たちが幸せを願ったように、この子にも。
「ライオネル」
幸福の音を、紡いでほしい。
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