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7.太陽は昇り、月は沈む

 通された屋敷内は見たことも無いほど煌びやかで、その広さが俺とセレスの間にある身分の差を表しているかのようだ。これが没落気味の貴族の住む家だというなら、全盛期はどんなお城に住んでいたんだと聞きたい。きっと俺の想像を遥かに超えた世界なんだろう。座るように促された椅子に恐々腰掛けて、セレスの母親が何を言い出すかと身構える。

「リオさん、まずはあなたとセレスティアの『本当の』関係を教えてください。あの子からも他の人たちからも、懇意にしている友人としか聞いていないので」

「・・・恋人、です」

 本当のと言ったということは、答えには薄々勘付いていたんだろう。セレスの面影のある微笑みを浮かべて、驚くことなく俺の答えに頷いてみせる。

「良かったわ。春までに、あの子が恋をしてくれて。あの子を愛してくれる人が現れて」

笑みを深めて何度も首肯する。何を考えているのか分からない俺は、その人が話すことを黙って聞いていた。

「なんとなく予感してはいたんです。あなたの事を話す時のあの子は、いつよりも生き生きとしていて。恋仲は否定していたけれど、私に嘘を吐いてでもあなたと居たいのだろうと思って、深くは追及しませんでした」

 その人はやはりセレスの味方をしてくれていた。娘が幸せそうならと思って、黙認してくれていたんだろう。もしかしたら使用人たちにも口止めをしてくれていたのかもしれない。

「あなたの人と成りは、あの子から十分聞いていますから、確かめたいことは一つだけです」

どれだけセレスが俺のことを話していたのかは分からないが、この様子だと良い所悪い所全てを話していそうだ。でなければ突然押し掛けて来た俺の性格を、この短時間で判断できるはずがない。確認したいことだって山ほどあったはずだ。知らぬ間に築かれた信用を壊すわけにはいかない。次の問いには、慎重に答えないと。

「あの子は貴族の家で育ちましたから、庶民の生活には慣れていません。あなたと一緒になるならば、あの子は今の生活を捨てなければならない。そして、あの子はそれでも良いと言うでしょう」

 俺が思っていた事と、同じことをその人も考えていた。最初は良くても、後から辛くなるかもしれないことにも、思い至っていた。

「あの子には支度金も持たせられないでしょう。あなたには相当の負担になるはずです。それでもあなたはあの子を愛せますか? あの子に同じ犠牲を求めませんか? どんな時でも」


――あの子に幸せだけを、願えますか?


 慎重に答えようなんて思ったけれど、すでに決まっているのだから、今更考える必要なんてないだろう。

「俺には金も名誉もありませんが、セレスに我慢は強いません。俺は全てを捨ててでも、彼女を幸せにすると誓ったんだ。愛する人の願いを叶えるために、本人に対価を払わせてたら意味が無い。セレスの幸福が俺の譲れないものなのに、それ以外を優先させたら俺は俺じゃなくなってしまう」

 涙なんて流させるものか。我儘放題に振る舞ってくれていい。全力で俺を振り回してくれるなら、俺は全力で応えるだけだ。セレスの笑顔こそが、何にも勝る宝だから。


 途中から申し訳程度の丁寧さすらも捨てて、想いの全てをぶつけた。睨むようにその人を見つめ続けて、下される判断を待つ。琥珀に映る俺は、一体どう見えているのか。

「・・・『没落しつつある僕の家だが、君は何も心配しなくていい。僕が全力で君の幸福を約束する』」

「え?」

「私が夫、つまりあの子の父親から求婚の際に言われた言葉です。あなたの答えを聞いたら、もう何年も前のことを思い出してしまいました」

 懐かしいと言って目を細め、その人は頬を染めている。プライドばかり高くて娘の気持ちが分からないと聞いていたセレスの父親が、俺と似たようなことを言っていたというのか。

「さっきの確認も、格上の貴族家から嫁ぐことになった私が、彼に聞いたことです。そしてその答えが今の言葉。やはり親子とは、好きになる人も似るものなんですね」

ふふ、と笑うその人は何やら恥ずかしげだ。それはそうだろう。言葉こそ違えど、過去にその人が受けた求婚を、本人の前で再現したようなものなのだから! 恥ずかしいのは俺の方だと言いたい。何だか嵌められたような気分だ。

 セレスの母親の前じゃなければ、奇声を上げて転げ回っていたかもしれない。そのぐらい恥ずかしくて顔も真っ赤になっている。そんな俺を見て面白そうに笑うその人の顔は、悔しいぐらいセレスに似ていて憎めない。

「セレスティアの部屋は廊下に出て、奥から二番目の扉です。夫には私から話をつけておきますから、気兼ねなく攫ってください」

笑顔でとんでもないことを言っているが、とにかく障害は全て取り除かれたようだ。後はセレスに了承を得るだけ。

「ありがとうございます」

「いえ、母親としてあの子にできる最後の仕事ですから。リオさんこそ頑張ってくださいね」

感謝の念を伝えてから、その人に見送られて部屋を出る。廊下を歩いている間に逸る気持ちを落ち着かせ、目的の部屋の前まで来る。ノックしてみたが返事は無い。もしかして別の部屋に行ってしまったのだろうかと不安になりつつ、一応扉を静かに押してみた。


 開いた扉の向こう、窓辺に彼女は佇んでいた。背を向けていたけれど、震える肩や押し殺した声で、彼女が泣いているのは分かった。

「なんで泣いてるんだ。・・・笑ってくれよ、セレス」

そうしてくれないと、俺はさっそく誓いを破ったことになる。

 そう言いながら手を差し出したら、勢いよく振り返った彼女はそのまま飛び込んで来てくれた。そういえば、抱き締めたのはこれが初めてかもしれない。今までで一番近い所に、セレスが居る。ああ、本当に、これ以上の幸せは無い。


 太陽は彼女の隣に昇っていた。最早何にも遮られること無く、彼女に向かって輝き続ける。

 月は彼の隣に沈んできた。最早何にも曇らされること無く、彼の側で美しく在り続ける。


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