2.太陽の王子
私が彼と出会ったのは、故郷を遠く離れた異国の地、ある大きな街の狭い路地でした。勝手の分からない土地で好奇心の向くままに歩いていたら、いつの間にか人通りの少ない道に入ってしまい引き返そうとした時、三人の男の人に囲まれてしまったのです。この国では珍しい容姿が目を引いたのでしょう。
「私は今急いでいるのです。ですから、あの、通してくださいませんか?」
「つれねぇなあ。ちょっとぐらい付き合ってくれてもいいじゃねぇか」
下卑た笑い声を上げる彼らは私にとって恐怖の対象でしかありませんでした。好奇心の強い自分の性格をこの時ほど恨んだことはありません。活気のある街や行き交う人々の賑やかさが物珍しく、浮かれて羽目を外している自覚はありました。故国には一年の多くを雪に閉ざされる気候を反映するかのように、静かでどこか陰鬱な雰囲気の漂う街が多かったのです。どちらかと言えば活発な私には、その空気は窮屈で仕方がありませんでした。こうして正反対な異国の風を一身に浴び、明るい陽射しの下で駆け回ることは幼い頃からの夢でもあったので、冷静でいるなど無理な話です。しかしこのような事態になっては反省しなければなりません。いえ、本当はもっと早く反省するべきでした。後になって己の不用心を呪っても、何の解決にもならないのです。
そうして体を竦ませた瞬間でした。彼の声が、聞こえてきたのは。
「おい、お前ら止めろよ。その人嫌がってるじゃねぇか」
「あ゛ぁ゛!? 何だよ、テメェには関係ねぇだろうが。部外者は引っ込んでろ!」
取り囲む三人が壁となって、私にはその姿が見えませんでした。三人はその声のした方を睨みつけて不穏な気配を漂わせます。喧嘩慣れしていそうな男性三人に対して、助けに入ってくれた人はおそらく一人。明らかにその彼が不利でした。私はどうか見知らぬ誰かが傷つかずに済むようにと、ただ祈ることしかできませんでした。しかし、それは杞憂に終わりました。
「何だよ・・・やる気かゴルァ。俺に素手で挑む気があるならかかって来いよ」
強気な彼の言葉を聞いて、たじろいだのは三人の方でした。どうやら彼は三人が束になっても敵わないような、戦闘の心得のある人物だったようです。近くには武器になりそうな物も無く、彼の言う通り素手で挑んでも返り討ちにされると判断したのか、三人は結局何もせずに去って行きました。
ようやく解放され、私は静かに深呼吸することで落ち着きを取り戻せました。恩人にお礼を言おうと顔を上げた時、再び私の鼓動は早鐘を打つことになってしまいましたが。
露わになった彼の横顔は端正で、油断無く男たちの去る姿を見送る濃い茶色の瞳には鋭い光。同じ色の髪は無造作に跳ねていながら品を損なわず、生気に満ち溢れた小麦色の肌と相まって、若い力強さを与えていました。
「大丈夫です、か―――」
剣呑な雰囲気のままであったなら怯えてしまったでしょうが、私を気遣う低い声や険しさの無いその表情は、彼が優しい人物であると私にはっきりと伝えてきました。
正直にお話しましょう。私は彼を、幼い頃憧れた物語に登場する、太陽の国の王子様だと心の底から思ったのです。
「はい、ありがとうございます。私はセレスティアと申します。・・・あの、もしよろしければ、お名前を伺いたいのですが・・・」
お礼だけ言って別れようとは全く思いませんでした。舞い上がっていた私はなんとしてでも彼と親しくなりたくて、男性に自分から名前を尋ねるという、私の国ではあまり行儀の良いとは言えない行為をしてしまいました。それぐらいその時の私は必死だったのです。しかしやはりというか、彼は瞠目して口を噤んだきり私を見つめて、何も言ってはくれませんでした。不躾で恥知らずな女だと思われてしまったのでしょう。また馬鹿なことをしてしまったという後悔と、交流を深めるどころか嫌われたかもしれないことへの悲しみで、高揚感は一瞬で掻き消えてしまいました。
「迷惑でしょうか・・・?」
「へ!? あ、いや、違います! ええと、俺はリオって言います!」
彼は想像以上に優しい方でした。私の落胆を感じ取ったのか、躊躇っていた様子だったのに名前を教えてくださったのです。
「リオ様とおっしゃるのですね。素敵なお名前です」
その心遣いが嬉しくて、自然と思ったことを口に出していました。この国では一般的な短い名前。その軽やかで親しみのある音は、彼にとてもよく似合っていました。
「ぜひお礼をしたいのですが、どこかでご一緒にお茶でもしませんか?」
名前を知るだけでは飽き足らず誘いをかけるだなんて、今思うと本当に大胆なことをしたものです。ですがその時の私はもっと彼と話したい、もっと彼を知りたいという想いで一杯だったのです。
「よ、喜んで・・・」
ぎこちなく笑みを浮かべて了承してくれた彼。どんな想いで図々しい私を受け入れてくれたのかなんて、今でも怖くて聞けない事です。心底困っていたのだなんて答えが返って来たら、私は勝手に夢中になって彼を振り回した最低の女だと悲嘆に暮れて、彼の顔をまともに見ることが出来なくなってしまうでしょうから。
一目惚れでした。誰に聞いても認めてくれそうなほど見事に、その時私は、太陽の王子に恋をしました。