1.月の乙女
初めて彼女に出会ったのは、大きな街のそれなりに賑やかな通りから、少しだけ逸れた路地。なんでまたそんな所に居たのかは知らないが、彼女はそこで所謂ナンパをされていた。柄の悪そうな男三人に囲まれて、姿は見えないけど拒絶の声が聞こえてきたから、咄嗟に俺は助けようと声をかけたんだ。
「おい、お前ら止めろよ。その人嫌がってるじゃねぇか」
「あ゛ぁ゛!? 何だよ、テメェには関係ねぇだろうが。部外者は引っ込んでろ!」
ありきたりな台詞、お約束の展開、予想通り一触即発の雰囲気。睨みつけてくる三人に対して、俺も対抗して目元に力を込めた。悲しいことに、俺の目つきは故郷の村でも散々いじり倒された程度には悪い。何もしていないのに子供に泣かれた回数は数え切れないし、こうして馴染みの無い街に出れば道行く人が悉く目を逸らす。たぶんこの三人を俺が「柄が悪い」と思ったように、知らない人々は俺のことをそう思うんだろう。
でも実際は、自分で言うのもなんだが、ごく平凡な田舎者だ。暴力は嫌いどころか喧嘩になるのは避けるタイプだし、子供や動物と遊ぶのは好きだし、家業を継ぐ前も後も変わらず積極的に働いてきた。自分では平穏に生きたいと思っているから、厄介事に繋がりやすいこの容姿はあまり好きじゃない。でもそれがこういう場面では意外と役に立つ。
「何だよ・・・やる気かゴルァ。俺に素手で挑む気があるならかかって来いよ」
適当な事を言って凄む。これが俺なりの乱闘を防ぐ方法だ。野良仕事で鍛えられた俺の体格はそれなりにゴツイ。単純な力は筋肉に現れている通りだし、運良く護身用に帯剣していたから傭兵に見えなくも無いだろう。何より悪人面と相まって堅気に見えないと知り合いのお墨付きだ。全く嬉しくない。でも三人は都合よく勘違いしてくれたようで、互いに目配せして逃げて行った。
三人が居なくなったのを確認してから詰めていた息を吐いた。喧嘩は得意じゃないから、内心冷や汗ものだったんだ。助けた人の様子を確認しようと思って、声を掛けながら顔を向けた。
「大丈夫です、か―――」
ようやく露わになったその人の姿を見て、俺はまた息を呑んでしまった。だってそこには、今まで見たことも無いような美女がいたんだ。
「はい、ありがとうございます。私はセレスティアと申します。・・・あの、もしよろしければ、お名前を伺いたいのですが・・・」
彼女の言葉を、俺は半分夢見心地で聞いていた。鈴を転がすような声とはこういう声のことを言うんだな、とか考えていた俺は、たぶん相当な間抜け面をしていたんじゃないかと思う。腰まで届く長さの真っ直ぐな髪は、この国では珍しい月光を思わせる銀色。俺を見つめる琥珀色の大きな瞳はきらきらと輝いて、透き通るような白い肌は頬の部分がほんのり紅く染まっていた。これで人形のような無表情だったなら近寄り難さを感じただろうが、その時の彼女は感謝の念を全面に押し出して、花が咲きそうな微笑みを浮かべていた。
恥を承知で告白しよう。俺は彼女を、小さい頃信じてた言い伝えに出て来る、月に住む乙女だと本気で思ったんだ。
「迷惑でしょうか・・・?」
「へ!? あ、いや、違います! ええと、俺はリオって言います!」
「リオ様とおっしゃるのですね。素敵なお名前です」
反応の遅れた俺がしどろもどろに名乗ると、彼女は一瞬不安げに曇らせた顔をすぐ嬉しそうに輝かせた。様付けで呼ばれたこともだが、初対面の女性に美し過ぎる笑顔を向けられて、俺の身体は謎の緊張で固まってしまった。顔に熱が集中しているのが分かった。
「ぜひお礼をしたいのですが、どこかでご一緒にお茶でもしませんか?」
「よ、喜んで・・・」
信じられないような彼女の誘いに、俺はそれだけしか言えなかった。むしろ頭が真っ白な状態で意味のある言葉を発することができた俺を褒めてほしい。自分がどんな表情をしていたかなんて、今となっては知りたくもない。きっと酷いニヤけ顔だったに違いないから。
一目惚れだった。これ以上何とも言えないぐらい見事に、その時俺は、月の乙女に恋をした。