散歩
イライラしながら家を飛び出した。
ホントにムカつく。何回も何回も同じことばっかり。いちいち癇に障る。
良い学校? なんだそれ。くだらねえ。ベンキョーなんか何の役にも立たねえし。オレはオレのやりたいようにやるんだ。ツマンナイ大人の言うことなんか聞くもんか。
門を通り抜けて早足でズンズン進んでいく。
「おにいちゃん!」
リンの声が背中を追ってきた。チビの相手をするような気分じゃない。むしろ余計にイライラして、さらに足は早くなる。
リンはバタバタと音を立てながら、必死に後を追いかけてきた。
鬱陶しいから、オレは少し駆け足になって振り切ろうとする。それでもバタバタという足音は諦めない。
「おにいちゃん! どこいくの?」
「ウルサイ! ついてくんな!」
振り返りもせず、吐き捨てるように言った。ほんの少しだけ胸の奥がチクリと痛む。そのことがさらにオレを苛立たせて、誰彼構わず当たり散らしたくなる。
でもそんなことはリンにはわからない。
「ねえ、おにいちゃん。どこいくの? ねえ?」
「ついてくんなって言ってるだろ。散歩だよ! だから帰れ!」
適当なことを言って帰らせようとしても、リンは息を切らせてついてくる。
「おさんぽ、りんもいっしょにいくー」
「帰れってば!」
「いやー! りんもいくの!」
足元にあった石を思い切り蹴飛ばした。電柱にぶつかって跳ね返る。もちろんそんなことで気持ちが晴れるわけもない。くそったれ、と舌打ち。
大通りに出た。
自転車の前かごに荷物をいっぱい詰め込んでるオバサン。疲れ切ってヨレヨレ歩いているオッサン。ギャハハと騒ぎながら屯している若いチンピラみたいな連中。その近くを厭そうにしかめっ面で通りすぎて行くオネエサン。イヤホンで外界を完全にシャットアウトしている学生もいる。
人通りが多いからリンも簡単にはついてこれないだろう。
それでも足を緩めることはしない。とにかく早く一人になりたかった。
自転車がけたたましいブレーキ音を立てた。でもオレは振り向かない。
ドンっと何かがぶつかる音がした。だがオレの知ったことじゃない。
どさっと倒れたような音がした。けどオレは無視を決め込んだ。
「……おにいちゃん、まってよー!」
リンの泣きそうな声がした。……知るもんか。チビが勝手についてきてるだけ。
「おーい、ダイジョウブかー?」
「どうしたー?」
「おチビちゃーん、どこ行くんですかー?」
揶揄の色を隠しきれない、若い男の笑い声。
それには聞く耳を持たず、再びバタバタという足音がして、またどさっと倒れた。
……ああ、もう。なんでついてくるんだ!
オレは後ろを振り返って、帰れ! って怒鳴り散らそうとした。
目に入ったのは、オネエサンに助け起こされて服についたヨゴレを払ってもらっている姿。涙が今にも溢れそうな大きな目は、しっかりとオレを捉えて離さない。
リンは顔をぐしゃりと歪め、オネエサンの手を振り払い、オレに向かって走り出した。勢いよくぶつかってきて腰にしがみつく。わあわあと大声で泣かれて、オレは自分の気持ちをぶつける都合のいい場所を失った。
「リン。離せよ」
イヤイヤと首を振る。泣き声はさらに大きくなって手が付けられない。
さっきのオネエサンが心配そうに見つめている。オレが軽く頭を下げると、気にしないでというかのように少し笑って、ひらひらと手を振った。
「離せってば」
「いやーだー」
「離せって。……家に、帰るから」
諦めのような溜息を一つ。なんだか急激に何もかも馬鹿馬鹿しくなった。チビに八つ当たりしているオレも、ツマラナイ大人と一緒だ。
「……ほんと?」
「ホントだ。散歩は終わり」
涙と鼻水で汚れた顔は、まだ信じられないというようにこちらをじっと覗き込んでいる。
オレはシワの寄った眉間にデコピンしてやった。リンはギュッと目をつぶって小さな両手を眉間に押し当てた。
ゴメンな、と心の中で呟いて、頭をポンポンと優しく撫でてやる。
「兄ちゃんと、帰ろう」
両手を眉間に当てたまま、リンは安心しきった顔でふにゃんと笑った。
オレ達は来た道を逆に辿り始めた。今度は二人、手を繋いで。
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