一章ー奇跡ー
「おい!大丈夫か!」
その叫びにざわめきが起き、ゲイルとジュドーは顔を向ける。「怪我人が出てたのか」舌打ちするジュドー。
芸人風の男が御者の若者を支えていた。戦いが終わり張りつめていた緊張が解けた、というだけでなく、腹部に赤い染みが広がりつつあった。
駆け寄るゲイル。他の旅人も周囲を囲んでいた。
「横たえるんだ。・・刺されたんだな、止血布じゃ難しい」指示を出し横たわった若者の腹部を見てゲイルは眉を顰める。
「集落ならば医者も薬師もいるが、一時間程かかる。」ジュドーの言葉にゲイルは旅人の方へ視線を向ける。捨て駒扱いに、商隊の人間であった若者に怒りをぶつけた数人が狼狽える。「必死に、戦ってたぞこいつ。こいつだって見捨てられた側なのに」 若者を支えていた芸人風の言葉と視線に口を開こうとする旅人達、しかし機先を制したのは旅人達の間をぬいが進み出た小柄な少女であった。。腰の鞄から銀の水差しを取り出す姿に、ジュドーは呟く。「蒼鯨神の儀術士か」
奇跡。それを具現する方法は二つ在る。それは祈願と、儀術であった。
祈願とは、神殿に仕える神官の祈りの業で、各々が神に祈り、奇跡を引き出す術である。
儀術とは、奇跡を紐解き、媒介を通じ奇跡を再現する術。
七つ聖が始まりの聖たる蒼鯨神の奇跡を儀術で再現するには、媒介に銀製の、水に関連する道具が必要であった。
「とりあえず消毒だ。エリゼ、清浄の力を」その言葉に頷く少女に、ジュドーは片眉をあげ旅人。儀術には才覚と熟練が必要なのに、成人にも満たぬ少女が用いるという事に驚いたというのと、血をみても怯む素振りがない、という点に興味を感じていた。
そして思い出す。先の矢を弾いた奇跡を。
「流れ、消え去れ、穢れよ。蒼き力の奔流に」水差しから蒼き力が溢れ、若者の傷口へ注がれる。その力は水のように体表を滑りこぼれていくが、それに触れた部分に付着していた血液もすべて痕跡を消した。
パン。
奔流に自らの手もさらしていたゲイルがその手を傷口に当てた。そしてその瞬間、赤い力が放たれた。その赤は雄大なる大地、赤竜神の奇跡である証だ。見知った中で、それも互いに奇跡を操るとは・・
「補え。大地の生命よ」その言葉に赤い光は力を増し・・
ゲイルが手を退けると、傷口が開いていた筈のそこには薄皮ではあるが確かに、皮膚が覆っていた。「流れた血は戻らないし数日は寝たきりだが、まずは大丈夫だ」その力強い言葉に、旅人達は安藤の笑みを浮かべた。
道案内のジュドーとゲイルが先頭に立ち、唯一生き残らせた賊の首領を引きずる。御者の若者はジュドーが手早く作った担架で芸人風の旅人と、御者の若者を非難していた三人が交代で運ぶ。残りの者達は荷運びを手分けしていた。「こういった状況で保護を投げ出した場合の荷は、商隊に所用権はない」とジュドーが言い、とりあえず近隣の村集落で使えそうな物資を運ぶこととなった。
「長老はできた人だが羽振りがいい訳じゃない。飯と寝床、あと近場の街までの路銀とそれを交換って事にしよう。」
ゲイルには妥当に思え、反対する者もいなかったのでその案は採用されたのだった。
そして、ジュドー達は村についた。