序章ー戦鎚使いと漆黒ー
王国エストリスが大陸西部屈指とされるのは3つ挙げられる。
中立たる七聖教団を保護し国民に広く才の発露を促すという政策。
隣接する五カ国をエストリス公路を用いて繋ぐ商業的優位。
それによる人材と財政を背景とする強力な騎士団である。
しかしながら、それらは様々な軋轢を生む。完全なる人の王国などというものは、大陸に未だ存在してはいないのだった。
「賊か。我が物顔で暴れやがって・・」
親友ルディスに呼ばれたジュドーが見たのは街道から道を外れ、横倒しになった馬車とその周囲で戦う者達だった。護衛と見られる者は居なく、旅人と思われる八人程と御者の若者が、十五人程の賊に抗う。
おそらく、馬車数台の商隊が一台を犠牲にしたのだろう。下働きの若者と同行を望んだ旅人、そして一番襤褸の馬車と稼ぎにならない荷。こういった事態に犠牲にしやすい一台を準備する商人も少なくはない。
「な!?聞いてねぇぞ!」思わず叫んだのは賊の首領だった。寄せ集めの旅人が、長物を振り回し接近を妨げようとしている。荒くれの賊は予想していなかった抗いに数瞬を無駄にし、その結果二人が打ち破られる事となった。旅人の一人、大柄な男が長柄の戦鎚を手に突っ込んでかたからだ。
凪払うように一人の脇腹を腕ごと打ち砕き、向かいくる賊の頭部を振り上げ、降ろす一撃で割る。「聞いてない?商隊、いや俺達を襲うのは謀と言う事なのだな」
精悍さを感じさせる男の言葉にしかし答えず、首領は叫ぶ。「射殺せ!」その言葉と、いきなりざわめく茂みに戦鎚使いははっとそちらを睨む。
伏兵六人。弓を構えるそれへ注意を殺がれた彼に三人が斬り掛かる。
「うおおお!!」裂帛の気合い。それと共に放たれた戦鎚は易々と賊三人を砕き飛ばす。その姿は脅威そのものであったが・・
放たれた。
五本の矢が馬車で奮戦する旅人達へ。
「エリゼ!」戦鎚使いは叫ぶ。
旅人達は悲鳴をあげた。
そして、賊達は驚愕した。
「退け、此処は我が領域なり」
いくつもの悲鳴にかき消された声。だがそこに秘められた力はなんら影響を受ける事はなかった。襲いかかる矢と旅人の間に淡い力場が生まれ、矢は中空で弾かれる。
「術士だと!糞が、どんどん撃ち・・」
驚愕しつつも指示を飛ばそうとした首領は射手の悲鳴に気付く。そして六人いた筈の射手のうち三人が倒れ伏し、残る三人は背を向け逃げ出していた。制止するより早く、一人が背を矢に貫かれた。
嵐のように荒ぶる戦鎚使いは更に二人を砕き、旅人の中には術者が居て、見えぬが射手が正確にまた一人を撃ち倒した。
もはや、手勢は崩れ、退く。首領もまた逃げようとした時、左膝に激痛が走る。矢に貫かれた左膝を抱えてのたうち回る彼は気付かなかった。首領を見下ろすように、戦鎚使いが立っている事に。
「射手よ!助力に感謝する!」のたうち回る首領を黙らせて、戦鎚使いは叫ぶ。
「私はゲイル!姿を見せては・・」
「固いやり取りは苦手!礼は受け取るから肩の力を抜いてくれ」言葉を遮り現れた男は漆黒であった。
緩く波打つ髪も。
その狭間から覗く双眸も。
身にまとう戦衣、手袋、長靴も。
腰に吊す長剣、矢筒。左手に所持する長弓までもが漆黒であった。旅人がその姿にざわめき、ゲイルが口を開く前にまだ若い漆黒の男は言う。
「言っておくが夜徒じゃない。まぁ彼らであればこんなに喋らないから、言うまでもないかな?」そう告げ、漆黒ではない白い肌に在る双眸と唇に笑みを浮かべると、とたんに先までの威圧感が消えて若く、魅力的な若者に見えた。彼の言う夜徒とは7つ聖が五聖である慈愛を司る月神の異端信仰者で、月神が統べる夜に紛れし闇を殺す。月神に背く武力を用いながら絶対の信仰を持つ者達であった。彼らもまた漆黒の姿であるが、白き面によりけして顔を見せないと言うし、自らの体のみを武器として用いるので、間違っても刃物や弓は持たないだろう。
「さて、災難だったね。近くに小さな集落があるが、案内しようか?ゲイル殿」