クリスマスソング
…年越しちゃった。テヘ。
「…やるねぇ…お兄ちゃん」
「まさちゃん、流石我が息子だ」
そんな、将人の背伸びしたセリフが家族に盗聴されているとは、本人は夢にも思うまい。
「ほほぅ、梓ちゃんと言うのか…なるほどなるほど、可愛い子じゃないか」
「お父さん、気持ち悪い」
しっかりと彼女の名前まで押さえられているとも、将人は夢にも思わないだろう。
将人と梓のカップルが商店街を歩く数メートル後方を、歳の離れた男女が自然体を装って尾行していたという事実がそこにはあった。
てゆうか、穂波家大黒柱と穂波家長女だった。
前述したような殺し屋風の服装の明人と、短めのプリッツスカートとピンクのTシャツ、黒のハイソックスという薄着の上に、モコモコとしたファーのあしらわれたダウンベストを羽織った、今風女子高生ファッションの音羽だ。
漫画でよくあるコソコソとした尾行ではなく、自然な親子連れを装っての尾行ではあったが、いかんせん『殺し屋風の男と女子高生』という《アンバランスここに極めり》みたいな二人組が歩いているので、否応なく人目を集める。
もう少し将人の注意力が周囲に向いていれば、簡単にバレていただろう。
尾行対象であるカップルが店に入っていくのを、少し離れた場所から確認する二人の耳元には、黒色のイヤホンが片耳に装着されていた。
そのイヤホンからは、今店に入って行ったカップルの会話がリアルタイムで流れている。
盗聴だ。まごうことなき盗聴だ。
『あ! マサト見て見て。コレ懐かし~』
『お、コレ俺持ってるぜ。小さい頃コレで遊んだな』
店の中で行われている初々しいカップルのやり取りが、丸聞こえである。
「所でお父さん」
「何だい音羽ちゃん」
明人の傍らに控える音羽は、長い時間気になってた事を確認するために明人に問いかける。
その問いに対して、明人はサングラスの奥の眼光を光らせて対応する。
アンタはゴルゴ13か。と言うのは音羽の心の中の突っ込みである。
「ずっと気になってたんだけど、何で私達は盗聴なんて犯罪チックなことが出来てるの?」
犯罪チックというよりは下手すればモロ犯罪なのだが、それを言及する勇気は音羽には無い。
「フフフ、よくぞ聞いてくれました」
それに対して明人は、鋭い眼光に少年のような無邪気な光を灯すと、サングラスのふちをクィと持ち上げた。
「まさちゃんの服の襟元には、小型盗聴器が付いている」
「…………」
音羽は無言であるが、心の中では「アンタはどこの名探偵だ」と肩を落としている。
「ある一定の距離を保てば、俺の持っているトランシーバーまでリアルタイムで会話が聞けるとゆう優れものさ!!」
「…あんまり深入りしたくないんだけど、何でお父さんこんなこと出来るの?」
「そりゃ仕事で使ってるのさ!!」
「そ、そうですか…」
人生16年目にして、初めて音羽が父親の職業に疑念を抱いた瞬間だった。
◇◇◇◇
将人と梓は、長い時間おもちゃ屋にとどまった後、また商店街を歩いていた。
最初は子供向けの店に入ることを少し躊躇していた将人ではあったが、いざ入ってみると将人の子供のころに遊んだおもちゃも健在のようで、懐かしい思い出を梓と笑いあって、中々有意義に過ごせたのであった。
しかし、少し長く過ごしすぎていたようで、昼ごはんの時間を過ぎてしまっていた。
仕方なく将人と梓は、近くの某ファーストフード店で手軽に食事を済ませた。
本当ならば、将人はもう少しクリスマスらしい食事をしたかったのだが、梓も特に不満は無いようなので、二人で遊べる時間を増やすために安くて速いファーストフードに頼った次第だ。
将人も梓も高校生。丁度身の丈に合った所に落ち着いたともいえる。
時刻は14:30。
二人は次の遊び場所をさがしてブラついていた。
「次はどこ行こうか?」
「う~ん…」
しかし、これが実際には中々うまくいかない。
クリスマスイブと言うこともあって、街はカップルであふれている。
同じようにクリスマスを二人で過ごそうと考えている人は多いようで、カラオケやゲームセンターは、どこも人でいっぱいだったのだ。
「私はこうやってブラつくだけでも楽しいから別にいいんだよ?」
お金のかからない彼女に、将人は苦笑する。
こういう日は少しぐらいお金がかかってもいっぱい遊びたいものだと思っていたのだが、しかし、将人自身もこうやってブラブラするのは嫌いじゃないので、二人は街を散歩することにした。
ふと、梓が足を止めた。
「あ、この曲…」
突然足を止めた梓に、少し遅れる形で将人も足を止める。
歩道で突然止まるのは他の歩行者に迷惑なので、そっと道の端に梓を移動させながら将人は梓を見る。
すると、梓はゆっくり目を閉じ、静かに何かを聞き始めた。
不思議に思った将人も、耳を澄ます。
すると聞こえてきたのは、有名なクリスマスソング。
「…それはきのうの夜~♪」
不意に、梓が聞こえてくる曲に合わせて歌う。
それは小さな声で、そばに居る将人にしか聞こえない歌声であった。
「サンタのおじさんが~♪ おもい袋~肩に担いで~♪」
透き通るような歌声。
サラサラと流れる小川のような、曇りの無い声。
そして、雪のように綺麗で、太陽のように暖かい。
将人は、声を掛けることも忘れて、聞き入った。
「そっとおへやに入ってきたら~♪」
それは、クリスマスの時期になれば、必ず流れる曲だった。
将人自身も、何度も何度も聞いたことがある曲。歌詞。
どこからか聞こえてくるその歌に、梓は目を閉じ、心をこめて歌う。
「ママ~は寄り添いながら~優しくキッスして~♪」
雪が舞う。
透き通る声。
目の前に天使が居るように思えた。
「とてもうれしそうにお話してる~でも、そのサンタは~パパ~♪」
ゆっくりと、惜しむように歌い終えた梓はほほ笑んだ。
表情を見た将人は、そこで夢が覚めたかのように意識を覚醒させ、そして一気に鼓動が速くなった。
梓は普段の幼げな笑顔とは違う、とても穏やかで綺麗な笑顔をしていた。
「…どうだった?」
「綺麗だ」
思わず、将人は即答した。
冗談とか照れ隠しも何もない、純粋な賞賛がスルリとこぼれおちていた。
一泊遅れて、自分の発言に羞恥が追いつき、将人の顔がほんのりと赤くなる。
「あ、いや…その…」としどろもどろになりながら、次に続くフレーズを必死に考える。
「…ふふ」
それに対して、梓は照れたように顔を薄くピンクに染めて、ほほ笑む。
どうやら将人の直球の賞賛が嬉しかったらしく、上機嫌になったまま将人の腕に軽く抱きついた。
「ねぇ、将人。この曲のタイトルって知ってる?」
「この曲の? ……そういえば知らないな」
乱れた心を戻す意味も兼ねて、将人は思案するが、脳内の検索にヒットする曲名は無かった。
街中でよく聞くクリスマスソングではあるけども、こうしてみれば、案外将人は曲名でさえもよく知らなかったのである。
将人がウ~ンと唸る様子を見ていた梓は、また小さくほほ笑む。
「『ママがサンタにキスをした』っていうんだよ」
「へぇ~」
結構そのままな曲名だな。と内心で思う将人である。
もう少し小粋な曲名を想像していた将人であるが、実際のタイトルは詩の内容をそのまま反映したものだった。
「私ね。この曲好きなんだ」
不意に、梓は歩き出した。
少し俯き加減に、下を向いて人混みの流れに乗って歩き出す。
それを追って、将人も流れに乗り、梓の話に耳を傾けた。
梓の声は、独り言のように小さく、注意深く聞かなければ聞き逃してしまいそうであった。
「だってね。すっごく伝わるんだ。この曲に出てくる家族が幸せだってこと」
「?」
梓の意外な着眼点に、将人は疑問符を浮かべた。
梓の述べた好きな理由は、少し変わっていた。
「子供が寝静まった夜にね、サンタさんがやってくるんだよ。そのサンタさんはパパで、ちゃんと子供の夢を壊さないようにサンタの格好してプレゼントを置きに来てるんだ」
梓は雪の積もった歩道を眺めながら、まるで自分の思い出話を語るように、ゆっくりと丁寧に、愛するように詩の物語を語る。
将人は、そんな梓にどこか神秘的な雰囲気を感じ取っていた。
「でもね、パパは実はママを驚かせるってイタズラもしててね。部屋に入ったらまずはママを驚かせるの。そしたら、ママも優しく笑って、頑張ったパパにキスのプレゼントを渡すんだ」
パパの小さな悪戯。
子供へのプレゼントのついでに、ママへのプレゼント。
そして、ママからも、パパへのプレゼント。
それは子供には内緒のパパとママだけのクリスマスの聖夜。
「でもね。子供もちょっと覗いて見てたりして、バレバレなんだ。パパとママがキスしてる所もしっかり見られてるの」
幸せだよね、と梓は呟く。
後ろを歩く将人からは、梓の表情は見えない。
「皆幸せなの。皆が皆。幸せなクリスマス。幸せな聖夜」
パパとママのキスもバレバレで。
サンタさんがパパだってこともバレバレで。
でも、皆幸せ。家族皆が幸せなクリスマス。
「素敵…だよね…」