焼け跡の幽霊屋敷は異世界への入り口
2026年秋のテーマ旅に因んで、旅する側で無く、受け入れる側を、少し捻った感じで書いてみました。
ここは、人口二万五千人程の狭間境町と言う何処にでもある様な田舎町。
主な産業は農業で、米や畜産がメインの静かな町だった。
一カ月程、前の事だった。
この町には珍しく、和洋折衷の洋館風の家があったのだが、原因不明の火事で全焼してしまった。
ここの住人だった老夫婦は、焼け跡からは発見されず、今も行方不明のままとなっている。
老夫婦の評判は大変良く、物腰も柔らかい夫婦で、近所の人たちからも慕われていたと聞いている。
「笹坂さんの家だけど、焼け跡に幽霊が出るらしいよ」
つい先日まで、全焼家屋老夫婦失踪事件とテレビ、ネットを騒がせ、様々な考察で溢れていたが、今度は幽霊騒ぎと、話題に事欠か無い事件に、狭間境町は静かな田舎町から一転、全国から注目を浴びる様になっていた。
「うん、聞いた聞いた。パートの高野さんと田中さんも見たって」
俺は荷下ろしの作業をしながら、スーパーの男性従業員の話に耳を傾けていたが、つい口を挟んでしまった。
「本当に出たんですか?幽霊」
「あ、大木場食品さん聞こえてた。どうやらそうらしいよ。笹坂さん夫婦の幽霊じゃないかって、みんな噂しているって」
「確か、ここの住人…笹坂さんですが、行方不明って聞いてましたが」
未だ行方不明の夫婦が幽霊となれば、何処かで死んでいると言う事になるのか?発見されたとの正式発表はない。
「まぁ、噂だしね。本当のところは分かってないみたい」
家は全焼し、そこの住人だった老夫婦は行方不明…。
当初は、旅行にでも行ったのでは…と思われていたが、警察が捜索した結果、旅行に行った形跡も無く、情報提供を求めているとの事だった。
そんな事もあり土日ともなれば、ちょっとしたオーバーツーリズムが発生する様になっていた。
物好き達が、わざわざ焼け落ちた和洋折衷の洋館、幽霊屋敷を見に来る訳だ。
それまでは、地元の農産物を細々と販売する程度の、閑散としていた近くの道の駅は、収容数500台の駐車場が満車寸前になり、国道沿いにある5軒のコンビニにファミレス、ラーメン店も、人で溢れ返っている。
人混みの中、何処ぞのテレビ局が、笹坂邸の近くでインタビューをしているのが見えた。
「面倒くさいな。別の通り行くか」
俺は地元では無いが、笹坂邸の近くは配送の仕事で通る事が多く、何度かインタビューされていた。
この周辺に住んでいる人は、最低一回はインタビューされていると思う。
混雑を避ける為、手前の路地を左へ曲がった先にも、人集りが出来ていた。
「駄目だ。今日はどの通りも似た様なもんだ」
止まっていると、車のガラスを叩く音がした。
「すみません。ウサギTVと申します。宜しかったら、お話をお聞かせ出来ませんか?」
聞かないテレビ局だったが、少し窓を開けると名刺を差し出してきた。
「勤務中なので」
「そうですか。失礼しました」
きっと、地方のテレビ局なのだろうと思いながら、配送の遅れを取り戻そうと、トラックを発進させた。
翌日の朝、テレビから狭間境町で、新たな行方不明者のニュースが聞こえて来た。
「へぇ、また行方不明者かぁ。続く時は立て続けだな」
この時は、そんな感想だった。
会社に到着すると、何となくザワついているのが分かった。
「何かあったの?」
「牧原さんの息子さんが、一昨日から帰って来ないんだって」
朝のニュースで聞いた行方不明者は、同僚の息子さんだった様だ。
「それは大変だな。もしかして牧原さんは休み?」
「そうみたい。明日も休むだろうって」
牧原さんの息子を含め、三人の高校生が行方不明と言う。
彼らの原付バイクが見つかったのが、例の笹坂邸の前だった。
「じゃあ、中に入ったって事?」
「それが、はっきりしないらしくて…中には誰もいなかったらしいとだけ」
笹坂夫妻と同じく行方不明だが、関連の有無は警察の捜査に委ねるしかなかった。
「声が聞こえる」
牧原さんの息子達が消えてから、笹坂邸から人の声がすると言われる様になった。
これによって、幽霊騒ぎが更に加熱し始めた。
そして、日本のメディアだけで無く、海外のメディアまでもが、注目し始めたのだった。
「ここ笹坂邸の消えた住人、その後、消えた高校生3人は何処へ行ったのでしょうか?地元の住民にインタビューしました」
『もう、ウンザリだ』
『五月蝿い』
『早く終わりにして欲しい』
大半の狭間境町住民は、そう思っているだろう。
しかし、敢えてこの風潮を煽る輩も少数だが、いるのは事実。
面白がって、率先してインタビューを受ける者、ネット、SNSで考察し持論を展開する者、動画撮影で笹坂邸に不法侵入するYouTuber等、静かだった過疎の町は一変した。
何時になったら、この騒動は終わるのか…先が見えない。
そんな時だった。
俺は、取引先の量販店に荷物を届ける為、早朝たまたま笹坂邸の前をトラックで走っていた。
突然、辺りが大きく揺れ始め、道路に亀裂が入る。
「地震だ!」
私はトラックをその場に停止し揺れが収まるのを待っていると、亀裂から壁の様な物が突き出していく。
そして、あっという間に周囲は塞がれ身動きが取れなくなった。
仕方なくトラックを降りて周囲を見渡すと、まるで迷路の様に入り組んだ壁が、幾重にも重なっていた。
「一体、何が起きたんだ?」
トラックは、全く動かせない程に壁に挟まれ使い物にならない。
「あ、そうだ!」
ズボンのポケットからスマホを取り出し画面を見たが圏外の文字。
「スマホも駄目か…」
辺りは少し薄暗く、赤味掛かった色をしているが、見えない事はない。
仕方なく出口を探す為に、俺はトラックを降りて歩く事にした。
しばらく壁沿いに歩いて行くと、撮影用のカメラとマイクを持った二人に出会う。
「大丈夫ですか」
声を掛けると、俺に気付いたらしく、こっちに小走りで走って来た。
「はい、大丈夫です。私達だけじゃ無かったんですね…閉じ込められたの」
見覚えがあると思ったら、数日前に声を掛けてきたウサギTVの女性と、そのカメラマンだった。
「私は深月純、それとカメラマンの」
「大木戸正也です」
「射能鷹羽です。俺も配達の途中で閉じ込められてトラックが動けなくなったので、出口を探して歩いているところです」
ウサギTVのリポーター深月純とカメラマンの大木戸正也は、車で到着したところで、地震に遭い壁に閉じ込められたと言う事だった。
「一体、何なんでしょうね。ここ?」
「さぁ、俺にもさっぱりです。笹坂邸の前を走っていたはず何ですが…。兎に角、ここから早く抜け出さないと…」
しかし、この中は迷路の様に入り組んでいて、どっちに進んで良いのかさえ分からない。
まるでゲームの中のダンジョンの様だった。
「あれ…ここ、さっきも通りませんでした?」
無限回廊を思わせる様な、同じ場所が延々に続いている。
「喉渇きましたね。もしこのまま、ここ出られないと私達飢え死にしちゃいますよ」
縁起でも無いが、ここから出られなければ、深月が言う様に確実にそうなる未来が待っている。
「そうならない様に、早く出口を見つけましょう」
しばらく進むと人一人が、やっと通れる様な場所に辿り着いた。
「あそこを行ってみましょう」
僕達三人は、ゆっくりと左右斜めから突き出す壁を避ける様に進んで行く。
「ここは狭すぎて通れそうにないですね。あっちに行きましょう」
壁と壁の隙間から、何か動いているのが見えた。
「あれは…」
壁の向こうに見えたのは、大型犬程の大きさだが、見た事の無い奇妙な獣だった。
「見た目は、犬っぽいけど…」
しかし、犬では無いと分かるのは、体が硬そうな鱗の様な物に覆われているからだ。
そして、その犬の様な獣の足元に、ぼろ雑巾の様になった人の死体があった。
何かの見間違いではと思い壁の隙間に顔を近づけた時だった。
犬の様な獣が、こっちに気付き向かって来た。
「ガゥギャゥ」
俺は咄嗟に後ろに飛び退き、壁に背中と後頭部を強く打ち付けた。
「痛っ」
犬の様な獣の爪が、壁の隙間から突き出して、今にも届きそうな距離まで近づいてきたが、壁に阻まれ届く事はなかった。
俺達は、元来た道を必死に戻った。
「何なんですか。あれは!何処かの動物園から逃げ出した猛獣ですか?」
この辺りに、動物園は無い。
もし、飼われていた猛獣が逃げ出したとしても、あんな動物は見た事が無い。
赤茶色の皮膚に、大きく鋭い3本の鉤爪と額の中央にあった角の様な突起、明らかに地球上の生命体では無いと思われるフォルムに、頭が着いて行けてない。
「兎に角、ここを離れましょう。話はそれからです」
数分後、俺達を絶望が襲って来た。
先ほどの獣が目の前に立っていた。
それと、もう一匹の熊の様な獣と対峙して睨みあっている。
黒く長い毛に覆われ、頭は細いが2本の大きな角が突き出ている。
「ここは危険です。今のうちに」
別な通路に入った時だった。
「わぁ、助、助けて」
「大木戸さん」
カメラマンの大木戸は、天井から這い出して来た何かに引き摺られて、天井の穴の中へと消えた。
「大木戸さんが、大木戸さんが」
深月純は、その場に座り込み動けなくなっていた。
連れ去られた大木戸には悪いが、このままここに居たら次は我々の番だ。
逃げなければと思い深月純に声を掛ける。
「さぁ、行きましょう。深月さん立って、そうじゃ無いと…」
『奴がまた来る』と言おうとしたが、彼女の言葉に遮られ言えなかった。
「もう私はいいです。一人で逃げて下さい」
「えっ?」
仕事のパートナーもしかしたら、付き合っていたのかもしれない大木戸正也が居なくなった事で、絶望が頂点に達した深月純の瞳は、既に光を失っていた。
「そんな事言わずに、さぁ行きましょう」
生きる気力を失った彼女は、立ち上がろうとしない。
『ここで諦めたら…』とか『彼は、きっとまだ大丈夫』とか、そんな無責任な事は言えない…。
ここはドラマでもアニメでも映画でも無い、現実の出来事、助かる可能性は1%も残されいないであろう迷路と謎の獣が跋扈している世界。
上を見上げると、さっき大木戸を連れ去った獣が、こちらに顔を向けた。
白い体に鰐の様な口、首の長い蜥蜴に似た獣の姿が見えた。
「終わった…」
そう呟き、その場にへたり込んだ時だった。
右手にチクリと冷たい感触が伝わってきた。
そこに有ったのは一般的なスマホより、少し小さめのサイズで、緑色のボディに赤と青の線が重なる様に、幾つか描かれている金属の板らしき物だった。
「エネルギー供給機関確認、使用権限自由使用、起動準備完了、目標対象体確認、自動照準構築完了、目標に照準」
頭の中を一気に駆け巡る聞き慣れない声…どちらかと言えば電子音に近い。
右腕は既に、白い鰐口の獣に向けられている。
「対象消滅使用エネルギー20%、使用者生存率低下、使用エネルギー10%に修正、生存率上昇、使用可能条件クリア、対象体消滅遂行」
発射機能を有した形に変形した右手から、白く輝く発光体が発射されると、同時に俺の右手は弾け飛んだ。
そして、周囲の壁を破壊しながら、鰐口の獣の上半分が消し飛んだ。
その下にいた深月純は巻き込まれて、瓦礫の下敷きとなるのが見えた。
「深月さん、返事をして下さい。深月さん」
いくら名前を呼び続けても返事はなかった。
気付けば目の前に、焼けた和洋折衷の笹坂邸が、月に照らされて静かに佇んでいた。
そして、そのまま気を失って倒れる寸前、弾け飛んだ筈の俺の右腕が、緑色に輝きながら存在するのが見えた。
「彼が唯一、狭間境町失踪事件での生存者、射能鷹羽か」
「はい、発見当初から意識は戻りませんが、射能鷹羽で間違いないです」
あの日、射能鷹羽含む157人が一瞬にして消えた。
笹坂邸を中心に、半径約300mは立入禁止区域となり、高さ10mのバリケードが張り巡らされている。
のちに異世界獣と呼ばれる未知の生物との《最初の接触者》それが射能鷹羽だった。
鷹羽は、1年経過した今でも、目覚めていない。
そして、生命維持装置を装着していないにも関わらず、今現在も生き続けている。
エピソード0的な話です。
何時かは、この続きの話も書いてみたいとは思っていますが、方向性も決まっていないので未定です。




