第96話 もう一つの戦
私たち竈班と華蓮、そして謎の男の霊四人が続いていた。
傍から見れば異様な光景だろう。だがさらに異様なのは、浮島夢咲から四柱の女神が来て、戦場でお茶会を開こうという華蓮の発想だった。私には理解できず、困惑するばかりだった。
(ところで、この人たち誰なのかしら……二人からは劉星や劉明のような雰囲気が感じられるけど、もう一人は文官かしら、そしてこちらは武官かしら)
私たちは出陣前の徐庶隊の陣へと辿り着いた。
華蓮がニヤリと笑う。
「丁度いいわね。扶蘇よ、これから出陣する徐庶の隊に檄を飛ばしてくれるかしら」
扶蘇は慣れているのか、動じることなく恭しく首を垂れ、面を上げた。
その顔は凛々しく、気品を漂わせていた。
(扶蘇って言うんだ……どこかで聞いたことがあるような)
私は琴葉を見るが、琴葉も首を振り知らないようだった。
華蓮が徐庶と龐統に声をかける。
「扶蘇に、あなたたちの隊へ檄を飛ばしてもらうと思うのだけど、どうかしら」
華蓮の言葉に、扶蘇を見た徐庶と龐統がお互いに顔を見合わせて表情が一変した。
徐庶が驚きの声をあげる。
「ま、まさか……もしや、扶蘇様以外の御三方は……」
龐統が頷く。
「ああ、間違いない、間違いない」
華蓮がニヤリと笑い、扶蘇と他の三人の霊を手招きする。
徐庶は扶蘇の横に立ち、声を張り上げた。
「先陣を切る我らに、扶蘇様よりお言葉がある!皆の者、心して聞け!」
一瞬どよめきが起こり、やがて扶蘇の身なりを見て歓声と足踏みに変わった。
「ウォー! ザン、ザン! ウォー! ザン、ザン!」
扶蘇が前に立つと、刃物のような空気が一瞬で場を覆い、鏡面のような静けさが訪れた。
「兵たちよ、聞け。
我は扶蘇、始皇帝の子として帝位を継ぐはずであった。
だが奸臣・趙高の偽りの詔により、我が命は奪われた。
その無念は、今もこの胸に燃えている」
私は琴葉の肩を叩き、思わず声を上げた。
「そう、そうよ……あの扶蘇よ!」
琴葉は興味がないのか、ぽかんと私を見つめるだけだった。
孫尚香はそんな私たちを見て、口元を隠し微笑んでいた。
そして、周囲の兵たちのどよめきは歓声へと変わり、玄冥原の大地を揺らしていた。
扶蘇が静かに手を掲げると、再び静寂が訪れる。
「だが今日、我らは立ち上がる。
魂を奪われし者たちの嘆きを、正義の炎で晴らすために。
冥迷邪鬼に惑わされるな。
敵は幻影を操り、恐怖を植え付けようとする。
だが、真実を見極める心こそが勝利を呼ぶ。
兵たちよ、我らの刃は未来を切り拓くためにある。
この突撃は、ただの戦ではない。
奪われた魂を取り戻し、欺かれた歴史を正すための戦だ!」
「ウォー! ザン、ザン! ウォー! ザン、ザン!」
扶蘇は満足げに頷き、右手を鋭く振り下ろした。
「進め!
我らの声を天に響かせ、趙高の闇を打ち払うのだ!」
「ウォー! ザン、ザン! ウォー! ザン、ザン!」』
龐統は目を細め、檄を終えた扶蘇の姿を見送りながら声を張り上げた。
「亡霊の無念を晴らすのは我らの知と力だ!
敵は幻影を操り、数で押し寄せる。だが恐れるな。
我ら龐統隊は鶴翼の陣で翼を広げ、仲間を守り抜く。
徐庶隊が道を開けば、我らがその道を勝利へと導く!
夢咲の軍よ、心を一つにせよ!」
「ウォー! ザン、ザン! ウォー! ザン、ザン!」
徐庶は静かに頷き、兵たちを見渡した。
「扶蘇殿の言葉、胸に刻んだな。
だが我らが勝利するには、ただ勇むだけでは足りぬ。
隊列を乱すな、互いを信じろ。
この突撃は、未来を切り拓くための刃だ。
我ら徐庶隊、先鋒として道を開くぞ!」
「ウォー!」
「我につづけーー!」
砂塵を巻き上げながら休門へと切り込む徐庶隊。
先鋒の陣は、中央にジャイロバイク隊を並べ、突撃の刃を形作っていた。
槍を掲げたジャイロバイクが土煙を上げ、地を震わせ、歩兵がその後に続く。
徐庶は後方中央に立ち、声を張り上げた。
「突撃せよ!未来を切り拓け!」
鬨の声と共に、ジャイロバイク隊が矢のように敵陣へと突き刺さる。
朝焼けにはためく「徐」の文字。
槍に刺された英霊たちが、銀の粒子となり天へと舞う。
その様子を、腕を組み、鶴翼の中央後方で眺めていた龐統が呟いた。
「再び、徐庶の旗印を見ることになるとはな」
そう言う龐統の両脇には、『龐』の旗印が緩やかに流れていた。
炎の半球状の結界の内側は、瞬く間に土煙と銀の粒子で満ちていった。
私は思わず呟いた。
「これが陸の戦なのね。水の上とはまた違う」
孫尚香が私の肩を軽く叩く。
「三国でいがみ合っている今、夢咲が中華を守るために立ち上がる時がきっと来ます。
しっかり、この戦を目に焼き付けておいてください」
琴葉が私の手を静かに握り、その手に力が入ったのが分かった。
私も琴葉の手を強く握り返した。
幽霊たちは満足げに頷き、扶蘇が口を開いた。
「我が子孫たちは、我らの血をしっかり受け継いでおるな」
武官らしき幽霊が頷く。
「我ら秦の兵に劣らぬ動き、決断で戦場を手の内に収めていますな」
文官らしき幽霊が戦況を見つめ、目を細める。
「それに、あの乗り物は何じゃ。あのような乗り物は我らの時にはなかったぞ」
(はいはい、今でも実はないんですね。夢咲だけが持つ乗り物なんですよね)
そして、皇族らしき少年の幽霊は目を輝かせ、じっと戦況を眺めていた。
結界の土煙の中から徐庶の声が響く。
「長居は無用だ、一気に開門を切り崩すぞー!」
「ウォー!」
やがて静けさが戻り、土煙と銀の粒子が消えると、趙高の軍の乱れた陣形が露わになった。
そして、生門の陣から新たな冥迷邪鬼が湧き出し、乱れた陣を補充していくのが見えた。
華蓮がニヤリと笑う。
「思った通りね。じわじわ趙高の魂を削ってあげますわよ」
(華蓮様、あなたはやっぱり鬼女です……)
キッとした顔で私を睨む華蓮。
「さ、これから生門でお茶会をいたしましょう。
きっとそちらの方が楽しいわよ、うふふふ……」
華蓮は四人の霊を引き連れ前へ歩み出したので、私たち竈班もその後を追った。
―――――
生門の竈の前に辿り着くと、紗良と碧衣が待っていた。
華蓮が怪訝な表情で紗良に尋ねる。
「あら、あの人たちはまだ来ていないのかしら」
紗良の視線がリニアモノレールの橋梁へと移る。
そこには、卓を囲み紅茶を楽しむ女神たちの姿があった。
「まったく、戦場の横で飲む紅茶の方が美味しいに決まっていますわ」
(ちょっと、不謹慎だと思うのですが……華蓮様)
紗良が弱った顔で口を開いた。
「妃良様が、土煙が入るのは嫌、あの上の方が気持ちよさそうねと仰って、急遽、橋梁の上に席を移されたのです」
華蓮は腕を組み、少しムッとした顔で呟いた。
「まったく、女神様は我儘で困りますわ……さあ、あなた達、行きますわよ」
(ご自分のことはどこかに置いていらっしゃいませんか)
「星愛、あなたはいつも一言多いですわよ」』
―――――
橋梁の上に辿り着くと、テーブルが用意され、白い幕が張られ柔らかな日差しを遮っていた。
そこでは、白いトガを纏った妃良、芳美、理沙、美優、ペルセポネが優雅に談笑していた。
「あらあら、皆さん私を差し置いて、先に優雅にお茶を楽しんでいるのですか」
皮肉を込めて微笑みながら席に着く華蓮。
「あなた達も席に座りなさい……幽霊さんはそこに立っていてね」
華蓮に促され、私と紗良、碧衣、琴葉が席に着き、美優の聖女である孫尚香は美優の背後に控えた。
「さあ、始めましょうか……」
妃良が言うと、女神たちは静かに頷いた。
「まずはあなたからが良いわね。扶蘇、そちらに跪きなさい」
言われるままに扶蘇が跪く。
「いい子ね。では、これよりあなたの転生先を言い渡すわ」
妃良がそう告げた瞬間、雷鳴が轟き、突風が巻き起こった。
その中から二人の男が姿を現す。
妃良は目を細め、二人を睨みつけた。
「あらあ、何の用ですか……ゼウスにヘルメス、そしてアルティメット」
ゼウスは鋭い眼差しで女神たちを睨み返す。
「お前たち、少し度が過ぎるぞ。転生の申し渡しは冥界で行うのが習わしだ」
「誰が決めたのかしら……理沙(法と掟の女神テミス)は知っているかしら」
「お姉さま、私は存じませんわ。そもそも、浮気男の言葉なんてあてになりませんもの」
「そうよね。そのせいで、この世に出られぬ神核が天界に溢れていると言うではありませんか」
ゼウスの顔がみるみる赤くなる。
「お前たち、我を愚弄する気か!」
妃良は皮肉を込めた笑みを浮かべる。
「愚弄も何も、事実ですわよね。そう言えば、美優(芸術の女神ミューズ)にも言い寄ったと聞きましたが」
「ええ、わたしのお父様だと言うのに……本当に困ったことで、私の分身である九姉妹全員に声をかけてきました。その度に断るのが大変でした」
「あら、兄弟に飽き足らず、一体何を考えているのやら」
妃良は目を細め、ゼウスを見据えた。
「ご盛んなことで何よりですわね。光の女神・芳美はすべて見てきたのでしょう?」
「はい。私の姉妹ムネモシュネとのこと、そして生まれたミューズ(九人のムーサ)……恥ずかしくて口にはできません」
アルティメットがヘルメスの脇腹を肘で小突く。
「おい、こんな神々の諍いを見に来たわけじゃないぞ。地上界で転生の申し送りをすると聞いたから来たのだ」
ヘルメスは困惑の表情で、ゼウスと女神たちの間に立とうとした。
「まあまあ、皆さん。地上界で転生の申し送りを行おうとする禁忌を犯そうとしたから、私たちはここに来たのです」
畳みかけるようにゼウスが言葉を繋ぐ。
「しかも、神用の多能性獲得細胞とやらで肉体まで与えようとしていると聞いたぞ――
まさしく、神への冒涜だ!」
妃良は負けじとゼウスを睨みつけた。
「あらあら、どこぞの男神は浮気を繰り返し、神核を天界に溢れさせていると聞きますわ。
これこそ、女神に対する冒涜ではありませんか」
「うぬがああ……」「うぬぬぬぬ……」
睨み合う二人から視線を逸らし、アルティメットは他の女神を見て凄みを利かせた。
「禁忌を犯してみろ。儂がぬしらに呪縛を与えてやるぞ」
その言葉は華蓮の逆鱗に触れた。
「この爺が悪いのよ!何が禁忌よ……おかげで唯一の創造神・澪は三千年、人として生きることになったのよ。それだって爺の思いつきの呪縛でしょう!」
アルティメットは苦い顔を浮かべる。
「可愛い我が孫よ、どうか儂を嫌わないでおくれ」
華蓮は吐き捨てるように言った。
「気持ち悪いのよ、爺!」
私と紗良、琴葉、碧衣、そして幽霊たちは、ただポカンと成り行きを見つめるばかりだった。
突然、ヘルメスが私を見て声をかけてきた。
「叔母さん、長女として何とかまとめてください!」
私は驚いて本音を口走ってしまった。
「そこの叔父さん(ヘルメス)に叔母さんなんて言われる筋合いはありません!
そもそも、そこのゼウスとかいう叔父さんがだらしないだけじゃありませんか?」
ゼウスが私に泣きついてきた。
「そんなこと言わないで、助けておくれよ、ねーちゃん!」
「なんで私があなたの姉なのですか?そんな年上に姉なんて言われる筋合いはありません。
それに私は一人っ子です。いい加減にしてください!」
女神たちがニヤリと笑った。
妃良は冷静な顔に戻り、アルティメットを睨みつける。
「今のヘルメスとゼウスの言葉を聞きましたでしょう。
言ってはならないことをこの二人は口にしました。呪縛をかけていただけませんこと?」
アルティメットは俯いて、何も言えなかった。
理沙が凄みを効かせて言う。
「あら、神の王に呪縛をかけられないとでも言うのかしら?」
華蓮も妖艶な微笑みを浮かべ、アルティメットの顔を覗き込む。
「嫌ですわ。私の祖父だというのに汗を浮かべて……
澪には簡単に呪縛をかけて、神の王にはかけられないのかしら。
これって問題ですわよね」
華蓮が妃良に目線を流した。
「どうでしょう、取引しませんか……
転生の申し送りは冥界のほかに、夢咲学園でも許可していただけませんこと」
冥界の女王ペルセポネは静かに頷いた。
「私はもとより賛成ですし、夫のハーデスも同じ意見です」
ゼウスは肩を震わせ、口を開いた。
「主ら、謀ったな……。
神の王として、夢咲学園での転生の申し送りを許可しよう」
妃良は軽く手を叩き、優しい笑みを浮かべてゼウスを見つめた。
「あなたはやはり素敵な夫であり王ですね。
さあ、これからは女神のお茶会の時間です。男神は天界に戻られ、楽しんでくださいませ」
華蓮が言葉を付け足す。
「ヘルメス、趙高の失態を尻拭いしているのは私たちよ。
よく憶えておきなさい……うふふふ」
言いたげに唇を動かした男神たちは、やがて天界へと戻っていった。
私は紗良の耳元で囁いた。
「ねえ、今の言い争いは何だったの?」
紗良はしばらく考え、答えた。
「ヘルメスとかいう神に情報をわざと流して、二人の神を呼び寄せたんだね。
そして、相手を怒らせて嵌めたって感じかな」
「ふーん、そうなんだ」
私は紗良と碧衣、琴葉の顔を見て尋ねた。
「ところで、話の内容は分かったかしら?」
皆は口を揃えて、
「わかりませーん」
結局、私たちには理解できなかった。
―――――
「さあ、少し時間がかかったから、手短にいきましょうか」
妃良がペルセポネに促した。
「冥界の女王の名において、あなたたちの転生先を言い渡します」
「扶蘇さんは――蘇我扶美にしましょう」
「何ですか、この名前は?」
「いいのよ。今は扶美と名乗るのはどうかしら?」
「はは、構いませぬが……これは女子の名前ではないのでしょうか?」
「そうよ。みんな女神になるのだから」
四人は驚きの表情を浮かべた。
「あら、性転換は転生では普通のことなのよ。
それに特別な能力も授けるから、これからは夢咲のために頑張ってね」
「扶美の神能は未来視。五分先までなら未来が見えるの」
「未来が見えるのはありがたいですが……五分先までですか」
「ええ、それで決まりね」
「次は蒙恬君。名前は蒙家恬香。
今は恬香と名乗りなさい」
「名前はどうでもいいのですが、神能が気になります」
「あなた、素っ気ないわね……。神能は鉄壁の守護。陣形を強化し、二倍の力を発揮できるわ」
「うーん、華蓮様のように龍を作ったりは……」
「高望みは禁物よ。徳を積めば覚醒するから、頑張りなさい」
蒙恬は不満げに眉をひそめた。
「次は李斯さん。名前は李志斯音。
今は斯音と名乗りなさい。
現世でもよく尽くしたから、特別に少し上の神能を授けるわ」
李斯は黙って頷いた。
「言霊を授ける。霊体を操る力よ」
しばらく考え、李斯はニヤリと笑った。
「最後は胡亥さん。名前は胡里亜亥。
今は亜亥と名乗りなさい。
あなたは大変だったわね……魂の再生能力を授けましょう。
疲れた魂を癒し、再び立ち上がらせる力です」
胡亥は静かに頭を下げた。
「さあ、みんな、夢咲の女官の服を着て、この薬を飲むの」
李斯は不安げな様子でペルセポネを見た。
「この薬は……何なのですか?」
ペルセポネは微笑みながら答えた。
「神用の多能性細胞です。
いま私が転生先を決めたから、あなたの魂は神核化したわ。
この薬を飲めば、永遠の肉体が形成されるのよ」
四人は恐る恐る薬を口に含む。すると、男の霊体は女の肉体へと変貌した。
「あら、本当に肉体が宿った……」恬香は驚きの声を上げた。
妃良は優しく微笑む。
「ようこそ、夢咲へ」
華蓮がニヤリと笑った。
「これから、あなたたちには役者になってもらう予定よ。
久しぶりの身体を動かして、人の子の身体能力と女神としての力の差を埋めておきなさい」
その瞬間、夢咲の空気は新たな光で満ちた。
こうして、新たな女神たちが夢咲に加わった。
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