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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第94話 八門金鎖の陣


私たちは玄冥原を望む平地で、一晩の休息を取ることにした。

私が焚火に灯を入れると、自然と人の輪ができ上がる。


炎を見つめていると、子どもの姿が火の中へと歩み入り、私に笑顔を見せた。

光の粒子の尾を引きながら、その魂は天へと昇っていった。


私は驚き、思わず声を上げた。

「今……子どもが火に入っていかなかった?」


紗良や他の者も気付いていたようで、真剣なまなざしで一斉に頷いた。


その様子を見て、孫尚香が口を開いた。

「古の頃より、漢中を囲むように四つの霊道があったのよ」


琴葉が眉を寄せ、小首を傾げる。

「霊道?」


孫尚香は頷き、静かに続けた。

「霊道は冥界へ通じる道。人の魂はそこを通って冥界へ向かうの。

定軍山・陽平関の霊道は戦霊道――戦死者の魂が集う。

褒斜道・子午谷の霊道は隠れ霊道――名もなき霊が集う。

嘉陵江の霊道は水霊道――舟や水軍の戦死者の魂が流れるの」


ここで孫尚香は一息入れ、龐統が話を継いだ。

「そして、玄冥原こそが漢中最大の霊道でしたな」


孫尚香は大きく頷き、忌々しげに言葉を重ねた。

「この玄冥原に趙高が居座り、魂を喰らい続けた。しかも巧妙に、目の前を通る魂の一部だけを奪い続けた、数え切れぬ魂を」


紗良が確かめるように問いかける。

「だから、間引かれても冥界は気付けなかったのね」


孫尚香は紗良を見て答えた。

「秦の時代から四百年の間に、五万もの魂が喰われてきた」


私たちは、孫尚香の話に深く引き込まれていった。


孫尚香が私を見て、目を潤ませて訴えた。

「聖女である私には、はっきり見える。声も聞こえる。

趙高の存在に気付いた魂が、玄冥原へ行けずにここを彷徨っているの。

星愛(ティア)の灯りで、どうか成仏させてあげて」


私は、さっきの子どもの件もあり、孫尚香の言葉を信じた。

「でも……私にはよくわからない。どうすればいいの?」


孫尚香は涙を拭い、静かに説明した。

「焚火の周りに灯花を円形に並べ、東西南北に道を描くように灯花を置いて。

星愛(ティア)は焚火と灯花の火を守るだけでいい。

周りの者は、魂の幸せを静かに願ってほしい」


兵たちは黙って頷き、円を作って集まった。


やがて灯花が置かれ、私は火を点け、薪を焚べた。

(炎月星紡ぎの舞の時のように……炎の口が見える)


炎の口に薪を入れると、炎は天へと燃え上がり、彷徨う魂が人の形を取って姿を現した。

皆、亡くなった時の姿のまま立ち尽くしていた。

戦火に焼かれ、刃に斬られ、子を抱いたまま炎に呑まれた母もいた。

そこにあるのは勝敗の栄光ではなく、奪われた命と涙の痕ばかりだった。


兵士たちは息を呑み、誰も声を発せられなかった。

槍を握る手が震え、目を伏せて涙をこらえる者もいた。

「これが……戦の果てなのか」

列の中から漏れた小さな呟きが、重苦しい沈黙を広げていく。


その時、兵士たちの胸に刻まれたのは、敵への憎しみではなく、戦そのものへの深い嫌悪だった。

そして同時に、目の前の魂を救わねばならないという思いが、彼らの心をひとつにしていった。


気付けば、私の周りには子供たちが集まっていた。

一人ずつ私に抱きつき、涙を手で拭い、土にまみれた手を振りながら炎の中へ消えていく。

泥だらけの顔、片腕を失った子、びしょ濡れの子――様々な姿のまま。

それでも皆、涙を拭い、頭を下げ、最後には笑顔を浮かべて光の中へと消えていった。


琴葉は泣きながら子供たちと遊び、別れを惜しむように手を振って見送る。

紗良は子供の頭を撫で、小喬は肩を震わす子供を抱きしめて愛情を注いでいた。


その光景を、孫尚香と龐統は静かに見つめていた。

龐統が吐き捨てるように言う。

「これほどの若い命を、大義のために犠牲にして良いものか!」


紗良は強い意志を宿した瞳で龐統を見返す。

「だからこそ夢咲なのです。夢咲の方法で、この悲しみを終わらせるのです」


孫尚香は目を潤ませながら微笑み、静かに言った。

「何百年もの間、亡くなった時の姿のまま、霊道を塞ぐ趙高のために耐えてきた。

きっと次の転生では、報われるはずよ」


炎と魂の粒子が尾を引き、絡み合いながら天へと昇っていく。

その先に、玄冥原が闇の中に不気味な輪郭を現していた。


―――――


陽が昇る前に竈班は動き出した。

私と紗良、琴葉、孫尚香は互いに顔を見合わせ、静かに頷く。


それぞれの星環機には、レンガと灯花を山積みにした荷車が牽かれていた。


私はAIろくに跨り、声をかける。

「ろくちゃん、いよいよ本番ね。よろしくお願い」

星愛(ティア)様、ろくにお任せください。ただ一つ、お伝えしておきたいことがあります」


琴葉が興味津々に身を乗り出す。

「え、ここで爆弾発言?」


「爆弾ではありません」と前置きしてから、ろくは淡々と告げた。

「私は魂というものを理解できません。ですので、感知することができないのです」


「……それ、十分爆弾発言じゃない?」

私が驚くと、ろくはいつもの調子で続けた。

「大丈夫です。見えなくとも、星愛(ティア)様は孫尚香と紗良が守ります。安心してください」

「そう……運転はろくちゃんに任せるより、私がした方がいいかしら」

「はい、その方が安全です」


紗良と孫尚香は苦笑し、琴葉は「なんだー」と笑いながらロックモービルのボディをペシペシ叩いた。


(ろくも万能というわけではないのね)


そう思うと、星環機のように見えていたAIろくが、少し戦友のように感じられた。


見送りに来た龐統に手を振ると、彼は声を張り上げた。

「日の出とともに我ら隊も動き出します。玄冥原で再び会いましょう!」


静かに進むAIろく、琴葉のロックモービル、紗良と孫尚香のジャイロバイク。

荷車のレンガがカチャカチャと音を立て、靄に包まれた玄冥原の入口へと踏み込んでいった。


私たち竈班は南西の方向から玄冥原に侵入した。

南西の門は『傷門』と呼ばれる陣。地に生える草は赤く、鋭い歯のように群生していた。

冥迷邪鬼はまだ姿を見せてはいない。


私は素早くAIろくから飛び降り、レンガで竈を組み立て、最後にオリーブチップを入れる。

華蓮の話では、炎が灯れば冥迷邪鬼が現れるという。だから火を入れるのは竈と灯花をすべて設置してからに決めていた。


「ここに生えている葉は、各門を象徴しているのかな」

私が言うと、紗良は周囲を警戒しながら頷いた。

「傷門――まさに傷を与えるための鋭い赤い雑草が群れているね」


そんな話を交わしながら、次の門へ灯花を置きつつ移動していった。


琴葉は無言で灯花を渡し、私はそれを置いていく。

練習通り、私と琴葉の息はぴったり合っていた。

琴葉は冥迷邪鬼の影を見据え、真剣な表情で役割をこなしていた。


緊張の中、南の『休門』へ到着した。

休門――休息と安定を意味する門。青々とした芝が広がり、兵を誘うように柔らかく揺れていた。


(本当に名前の通り……ここに龐統隊が鶴翼の陣を引くのよね)


私は、鶴翼の陣を広げる龐統隊と、休門に潜む冥迷邪鬼が睨み合う光景を幻視し、思わず身震いした。

すぐに気を取り直し、素早くレンガの竈を組み上げる。


視線の先には、完成したリニアレールの橋梁の影が浮かび上がっていた。


紗良が橋梁を確かめ、耳元で囁く。

「じゃあ、私はあの橋梁の上から見守るね」

そう言って私を軽く抱きしめ、優しく微笑んだ。


胸に温かいものが広がり、私は紗良に微笑みを返す。

「ありがとう、紗良……私をしっかり守ってね」

紗良は親指を立ててにっこり笑い、琴葉と孫尚香に視線を向けた。

星愛(ティア)のことをお願いします」


琴葉と孫尚香は静かに頷く。孫尚香は紗良を見据え、力強く言った。

星愛(ティア)には指一本触れさせない。安心しなさい」

琴葉も胸を張り、笑みを浮かべて答える。

「任せなさい」

紗良は片手を上げ、橋梁を目指して闇に消えていった。


紗良と別れた後、私たちは灯花を置きながら南東の生門を目指した。

門の前には池があり、戦場の中にあって唯一の癒しを感じさせる場所だった。


「この配置、池を挟んで対峙すれば攻めるのは難しいけど、守るには楽な地形ね」

私が呟くと、孫尚香が頷いた。

「それは双方に言えることね。そしてここに特攻を仕掛ける徐庶隊の控えと救護班が陣取る。まさに生門にふさわしい」


「本当にその通りだわ……今回の布陣を考えた華蓮様は、まるでこの地を見て決めたみたい」

私がそう言うと、琴葉があっけらかんと笑った。

「そうだよ、華蓮は静止衛星でこの地形を見て知っているんだよ」


(うわぁ……二千三百年先取りした技術、ちょっとずる過ぎね)


そんなことを考えながら、灯花を置きつつ東の開門へと歩を進めた。


そこは見通しが効き、玄冥原の奥までよく見渡せる位置だった。

「ここに華蓮隊が鶴翼の陣を張り、睨みを利かせるのよね」

孫尚香が頷く。

「三千の兵で鶴翼を張るには少ないけれど、見通しが効くからこそ意味があるのだと思うわ」


私は華蓮が、大鎌を担ぎながら口角を上げ、敵陣を睨んでいる姿を想像してしまい、思わず頭を振った。

そんな私を見て琴葉が問いかける。

星愛(ティア)、急に頭を振ってどうしたの?」

「華蓮様が大鎌を担いで、ニヤニヤ笑いながら敵陣を睨んでいる姿が浮かんだのよ」


「ふふふ、今回の相手は邪神だし、大鎌は意味ないでしょ。流石にそんなことはしないわ」

孫尚香が笑いながら言った。


(尚香は美優様の聖女だから、華蓮様のことをあまり知らないのかしら……)


私と琴葉は顔を見合わせ、同時に口を開いた。

「それがあるのが、華蓮様なのです」


孫尚香は私と琴葉を見て、苦笑いを浮かべた。


そして、北東の死門へと進んだ。


「うわ……何、この異臭」

琴葉が思わず声を上げる。


眼前には白骨の山が広がっていた。

恐らく八門金鎖の陣に破れ、最後に足掻(あが)いた者たちの成れの果てなのだろう。


孫尚香が低く呟く。

「八門金鎖の陣に特攻を仕掛け、迷い、死門へ攻撃を重ねれば……こうなるのよ」


私は息を呑み、琴葉と顔を見合わせた。

「これほど強力な陣を張っている場所なのね」


私は白骨に追悼の意を込めつつ、黙々とレンガの竈を組み上げた。


「ここにいると、呑み込まれそうで怖いわ。次へ行きましょう」

孫尚香の言葉に、私たちは頷き北の驚門へと向かう。


ヒュー――。


周囲には大きな岩が点在し、強い風が吹き抜けていた。

岩にぶつかった風が笛のような音を響かせ、声はかき消される。

冥迷邪鬼に気付かれるのを恐れ、誰も言葉を発せず、ただ黙々と作業を続けた。


竈が完成し、私は孫尚香に目で合図を送る。

孫尚香は静かに頷き、次なる北西の門――景門へと歩を進めた。


そこは大地から薄く霧が湧き出ていた。

その霧に草木が影となり、幻影を見せつけられているような錯覚を覚える。


竈の土台を作っている時に気付いた。

「尚香、ここの土、他よりかなり温かいような感じがする」

尚香は私を見つめて頷いた。

「ここは地熱を持つ場所で、地下には温泉が湧いているのよ」

「それで薄い霧なのね……草の影が無数に見えるわ」

「そう、この陣に入った者は、無数の敵に囲まれている錯覚に陥るの」


琴葉が不思議そうに尋ねる。

「それは敵も同じじゃないの?」

孫尚香はゆっくり首を振った。

「複数に見えない位置があるのよ。敵はそのことを知っていて、その位置に冥迷邪鬼を配置してくるはず」

「なるほど……幻影に囚われた瞬間、敵に取り込まれてしまうのね」

琴葉は感心したように頷いた。


竈が完成し、「できたわよ」と孫尚香に伝える。

孫尚香は微笑みながら頷いた。

「次で最後ね。西の門、杜門へ向かうわよ」


私たちは灯花を設置しながら杜門へと移動した。


「わあ、石が沢山あって、濃い霧に影を映しているね」

琴葉が言うと、孫尚香が頷いた。

「石の影を兵士と見間違え、兵士たちは興奮状態になる。

そして気付いた時には魂を奪われている――それが杜門なの」


最後の竈を作りながら、私は孫尚香の言葉を継いだ。

「この玄冥原は、八門金鎖のための地形なのね」

「そう。そして、おのずと地形に合わせて布陣するから、各門の位置は容易に推測できる」

孫尚香が答えると、琴葉が笑顔を見せた。

「各門の位置が分かれば戦術も立てやすい。敵に有利な地形だけど、私たちにも有利な地形とも言えるわけだね」


孫尚香は琴葉を見つめ、満足げに笑った。

「さあ、傷門まで灯花を並べ、火を灯していきましょう」


こうして私たちはほぼ予定通り、最初に竈を築いた傷門の前に立っていた。

日の出まであとわずか。

玄冥原の大地の麓からは、華蓮隊と龐統隊の気配が近づき、大地を震わせていた。

その震えは、戦いの幕開けを告げる鼓動のように響いていた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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