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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第93話 桟道行軍


陽が昇るにはまだ早い刻、巴東庁舎前の広場はすでに兵で埋め尽くされていた。

私と紗良、琴葉、孫尚香、小喬、龐統は、その様子を庁舎の最上階から見下ろしていた。


龐統が私に視線を移し、力強く告げる。

「星愛様、兵はすべて揃いました。そろそろ参りましょう」


私は静かに頷き、仲間へ声をかけた。

「いよいよ趙高討伐の時です。

我らで玄冥原を奪還し、囚われの魂を冥府へ帰してさし上げましょう」


皆が私の目を見て頷いた。

私は外套を翻し、執務室をあとにして広場へと向かった。


庁舎の玄関に姿を現すと、一斉に声が湧き上がる。


「ウォー!!」


カン、ザン、ザン、カン、ザン、ザン……


石畳に槍を突き、足踏みをする音が響き渡る。

私たちが手を振ると、再び兵の声が轟いた。


「ウォー!!」


カン、ザン、ザン、カン、ザン、ザン……


(これが夢咲流の出陣式なのね。胸が引き締まるわ)


兵士たちのリズムに歩調を合わせ、私と行軍の総指揮を取る龐統は壇上へと進んだ。

壇上に立つと、広場は鏡面のような静寂に包まれる。


私は気持ちを引き締め、声を放った。

「皆の者、これより龐統隊、救護班、竈班の行軍を始めます。

行きつく先には勝利が約束されています。

我が炎と灯が必ず皆を守りましょう。

我を信じ、ついてまいれ!」


「星愛!星愛!星愛!」


続いて龐統が手を挙げ、声を響かせた。

「儂はかつて、大巴山の桟道を登り、玄冥原へ千の兵を率いた。

その時目にしたのは、奸臣趙高のなれの果て――邪神の姿じゃ。

そして我が同朋も冥迷邪鬼に身を窶し、操られていた。

華蓮様より賜りし神器にて、英霊の魂を解き放つのだ!」


「ウォ――!!」


広場に響く雄叫びが、夜明け前の空気を震わせる。

驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていった。


ジャイロバイクに跨った周循が先頭を務め、三千の兵が進軍を開始した。

行軍の中段には龐統が位置し、殿には竈班と救護班が陣を固める。


遠くには大巴山がそびえ、侵入を拒むかのように六百米級の山々が鎮座していた。

行軍はロックモービルの力によって多くの物資を輸送でき、夏の炎天下にもかかわらず、百二十粁の行程をわずか三日で麓へと到達した。


私はいつものように焚火を焚いていた。

火が爆ぜる音、揺らめく炎、漂う匂い――そのすべてが私は大好きだった。

やがて私の周りには人の輪ができ、談笑する者、歌をうたう者、それぞれが陽の落ちた平原で思い思いに過ごしていた。


後ろから龐統が近づき、静かに声をかけてきた。

「不思議ですな……行軍中の夜など、皆疲れ果て眠るだけなのに、この軍では安心して過ごしている。

そして疲れを癒し、朝には活力を取り戻す。こんな行軍、私は経験したことがありません」


私はふと閃き、紗良に声をかけた。

「ねえ、今日は満月ね。皆に勇気を与えたいと思うの」


紗良が怪訝な表情で私を見てきたので、微笑み答えた。

「久しぶりに炎月星紡ぎの舞を披露してみない?」


紗良は微笑んで答えた。

「そう言えば、しばらく舞っていなかったね」


孫尚香も嬉しそうに同意する。

「良いと思うわ。これから厳しい山越えや桟道が待っている。皆に力と勇気を与えられるはず」


小喬が明るい顔で大きく頷いた。

「学術院の生徒や卒業生は皆、星紡ぎの歌をうたえるから、学生たちの励みにもなるわね」


周妃が嬉しそうに加わった。

「本物の星紡ぎの舞が見られるなんて……私、頑張って歌うわよ」


龐統が目を細めて笑う。

「沙市の星紡ぎの舞の話は、関羽や張飛、趙雲から聞いていましたぞ。盗賊に捕らわれていた者たちに、生きる力を与えたそうですな」


最後に琴葉がニコニコ笑いながら口を開いた。

「うわあ、また炎月星紡ぎの舞が見られるんだね。うれしいなあ」


こうして急遽、私と紗良、孫尚香が炎月星紡ぎの舞を披露することになった。


龐統が周囲に声を張り上げた。

「皆の者、炎月星紡ぎの舞を見たいか!」


「ウォーー!!」

麓の平原に兵士たちの雄叫びが広がり、大巴山の入口の山々に反響して夜空を震わせた。


「では、薪を持ってまいれ!」


「ウォーー!!」


灯花の灯が蜘蛛の子のように散り、蠢く光の列となる。

遠目には蛍が舞っているかのような幻想的な世界が広がった。


薪は瞬く間に山のように積み上げられる。

「うん、いいわね。これなら天まで届きそうな火を起こせるわ」


これまで星紡ぎの舞を披露したのは二度。

一度目は沙市で賊の本拠地を陥落させた後、囚われていた子女を勇気づけるため。

二度目は許都にて、曹英を夢咲に迎え入れるため――曹操やその陣営を招き、盛大に披露し

た。


そして、三度目の披露。

「私たちはこれより入山し、険しい山岳路を越え、危険な桟道へ入る。

玄冥原には、囚われの身となり冥迷邪鬼と化した英霊たちがいる。

その魂を解き放ち、我らの力を邪神・趙高に示そう。

この炎を皆の勇気に捧げる!」


私は炎を見据え、声を張り上げた。

「見える……炎の流れが。我らを守ろうとする力が……荒れ狂う怒りが!」


薪を手に取り、炎の口へと捧げる。

まるで生きているかのように炎は夜空へ舞い上がり、月の光と絡み合った。

その瞬間、小喬が指揮を執り、夢咲学術院の卒業生と在学生が一斉に星紡ぎの歌を歌い始める。


歌に合わせ、孫尚香が膝を落とし足を広げ、八尺の朱纏(しゅてん)の槍を水平に構える。

歌の中に静を生み、刃は妖艶に輝いた。


紗良が月弓を構え、弦を引く音が歌に溶け込み青白く光る。

刹那、矢を放つと無数の青白い矢が炎を守るように降り注いだ。


続いて孫尚香が朱纏(しゅてん)の槍を振り抜き、見えぬ敵を薙ぎ払う。

槍に仕込まれた華蓮の銀糸からは無数の星の粒子が舞い散る。


琴葉は炎と月に祈りを捧げる舞を披露した。


皆が私の炎の舞を守るかのように、月と星、そして祈りを重ねて舞う。


やがて炎は月光と星の粒子と絡み合い、天へと燃え上がった。

舞が終わると、拍手は鳴りやまず、兵たちの心は趙高討伐へと燃え上がっていった。


そして炎は舞の後も朝まで燃え続け、皆に勇気を与え続けた。


―――――


翌日は、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。

それにもかかわらず、兵の気力は漲っていた。


私がAIろくに跨ると、風防のモニターが点灯し、声が響いた。

星愛(ティア)様、おはようございます」

「おはよう、ろくちゃん」

「いよいよ出発ですね。ただ申し上げにくいのですが、天気はこれから悪化していきます」


出発前の打ち合わせに集まっていた紗良、琴葉、孫尚香、龐統、小喬の顔が曇る。


私は皆の表情を見てから頷き、AIろくに問いかけた。

「ろくちゃんは、天気の回復を待った方が良いと思う?」

「いえ、兵士たちの気力は充実しています。待つのは得策ではありません。

そうですね……私に案内役を任せてもらえませんか?」


「えっ、ろくちゃんが案内するの? でも、これから入る道は不慣れだし、大丈夫?」

星愛(ティア)様が前段の龐統の隊に入り、中段を紗良様と孫尚香に任せれば、盤石です」


私は皆の顔を見回す。ゆっくりと頷く仲間たち。


「じゃあ、私が前段に入るから、ろくちゃんが水先案内をしてくれる?」

「お任せください。必ず皆様を安全に導いてみせます」


こうして、私は龐統隊に加わり、行軍を開始した。


山道へ入る道は木々がうっそうと茂り、蒸し暑さを増していた。

「龐統さん、ここから山をいくつ越えねばならないのですか?」

「三つ越え、徐々に標高を上げて大巴山の桟道へ入っていきます」

「予定では四日ですね」

「三千の行軍ですので、本来なら一山一日ですが、余裕を持たせています」


風防のモニターに地図が映し出され、新たな道なき道の線が点滅した。

星愛(ティア)様、桟道よりもこちらの道を進む方が良いでしょう」


地図を覗き込んだ龐統がAIろくに問いかける。

「ろくよ、これは徐々に標高を上げつつ山を回り込むということだな」


……


「どうなんだ、ろくよ」


……


龐統の問いに答えないAIろくに、私はたまりかねて声をかけた。

「ろくちゃん、どうしたの? 龐統さんの言っていることは正しいのかしら」


「はい、龐統が言う通りです。急ぐ行軍なら山道を行くのが常道ですが、一日余裕のある行軍なので、これからの天候と安全を考えれば回り込む道を選ぶのが得策です。

それと、私は星愛様の声しか認識しませんので、他の方とお話しすることはできないのです」


(何言ってるの、しっかり龐統さんの言葉に答えているじゃない……完全に聞こえているわよね)


「あなた、聞こえているでしょ?」

「はい、聞こえています。でも、私は星愛(ティア)様だけのためのAIです」


(はいはい、ろくちゃん、人以上に人っぽいところがあるのね。育てていかないといけないみたい。ミレイアとは全然違うわ)


そう考えていると、ぽつぽつと雨が降り出してきた。

AIろくの天気予報を信じ、兵士たちは斗篷(とほう)を頭からすっぽり被った。

雨を弾く外套は山の緑に紛れるような柄をしていて、私たちはシダの群れに身を隠すように進軍した。


大巴山系は亜熱帯性の湿潤な気候を持つ山岳地帯で、標高によって植生が大きく変化する。

低地には常緑広葉樹林が広がり、高地には冷温帯の針葉樹林が立ち並び、希少な動植物が息づいていた。


私たちの行軍は、獣道のような山道をシダや竹林、松や冷杉をかき分けながら進んでいった。


悩まされたのは、シダや竹をかき分けるたびに蚊やブヨが舞い上がり、湿った落葉からヒルが這い出してくることだった。


ロックモービルやジャイロバイクに乗る者は難を逃れたが、歩兵たちはヒルに悩まされ続けた。


「ねえ、ろくちゃん……思った以上にヒルが多いけれど、どうしたらいいかしら」

「そうですね。ヒルの少ない道を選んでいますが、どうしても避けられない場所があります。

これからは、その道に塩をまくよう指示します。そうすれば這い出てくる数は減ります。

噛まれたら無理にはがさず、塩や火で離してください。無理にはがすと口が残り、出血が止まらなくなります。

最後に、素肌を見せないこと。それから、ロックモービルは三人、ジャイロバイクは二人まで乗車可能です。乗れば噛まれることはほとんどなくなるでしょう」

「ありがとう、ろくちゃん」


私は隣を並走する琴葉に声をかけた。

「ろくちゃんのヒル対策を、中段の紗良と殿の小喬に伝えて」

琴葉は明るい声で「了解です」と答え、伝令のために姿を消した。


AIろくの指示は全軍に周知され、それ以降ヒルの被害はなくなり、行軍は進み、最後の難関――大巴山の隠れ桟道へとたどり着いた。


ここで、私は紗良、孫尚香、龐統、小喬、そして琴葉を招集した。


皆の顔を見回し、私は口を開いた。

「いよいよ桟道区間に入る。龐統さん、あなたは劉備殿に仕えていた頃、この道を通ったことがあるのですよね」


龐統は少し難しい顔をして頷いた。

「はい。裏桟道と呼ばれるだけあって、かなり朽ち果てていました。梁一つに馬一頭と人一人だけを乗せるように移動したのですが、それでも軋む箇所がいくつもありました。祈るような気持ちで渡ったことを、今でも鮮明に覚えています」


紗良も険しい表情で口を開いた。

「この作戦は、桟道が崩れれば即座に失敗に終わります。理由は明白です。玄冥原で示し合わせた時刻に、こちらの三千の兵とリニアモノレールの六千の兵が同時に布陣して初めて成立するもの。どちらかが遅れれば、布陣した側が崩れるのは必至です」


孫尚香が静かに頷いた。

「慎重に進むべきだ。しかし、約束の時刻に遅れるわけにもいかぬ」


AIろくは会議に加わるのではなく、私に直接声をかけてきた。

星愛(ティア)様、どうかお任せください。桟道の梁の耐荷重を二千瓩(キログラム)に設定し、行軍を進めます。ロックモービルまたはジャイロバイク三台に兵士九人と兵糧を組み合わせ、一つの班としましょう」


紗良が興味深そうに問いかける。

「なるほど……班ごとに一つの梁に乗せて進む、ということですね」


「……」


私は苦笑しながらろくに確認した。

「紗良の言っていることで間違いないのよね」

「はい、その通りです」


紗良は黙って微笑を返した。だが、このままではAIろくが孤立してしまうのではと心配になり、私は問いかけた。

「ねえ、ろくちゃん……どうして私にしか答えないの?」

「それは、私は星愛(ティア)様だけに、この英知を捧げているからです」


「その気持ちは嬉しいけれど、命令します。これからは皆の話にも答えなさい。さもないと、私は他のロックモービルに乗り換えるわよ」

星愛(ティア)様の命とあらば、従います」


「きゃはは……ろくちゃん、これからよろしくね」

琴葉がふざけ半分に挨拶すると、ろくは即座に応じた。

「琴葉、よろしく。私がタコの糸をしっかり握りますから、覚悟しなさい」


(あちゃあ……話さないよりはましだけど、少し高圧的すぎないかしら)


その瞬間、集まった面々は一斉に吹き出した。私の心配をよそに、皆の心には余裕が芽生えていた。


―――――


そして、私とAIろくが先陣を切り、検査をしながら桟道を渡ることになった。

思いのほか桟道はしっかりした造りで、ほとんど修復の必要もなく進むことができた。


しかし、最後の桟道に到着した私たちは思わず目を疑った。

そこには、崩れかけた板道が断崖に沿って一直線に伸びていたのだ。


「ねえ、これ……どう見ても無理じゃない?」

隣に並んでいた龐統が腕を組み、険しい表情を浮かべた。

「おそらく、我ら劉備の調査隊が趙高に敗れ、慌てて撤退した時の影響でしょう。

あの時は冥迷邪鬼どもが恐ろしく、隊列が乱れて退却したため、桟道に過大な負荷がかかったのだと思います」


私は息を呑み、AIろくに問いかけた。

「ろくちゃん……この桟道を渡って、本当に大丈夫だと思う?」


AIろくは即座に答えた。

「渡る人数を減らせば可能かもしれません。ただし、その場合は時間がかかり過ぎます」


後方から紗良が姿を現し、声をかけてきた。

「行軍が止まっていたから心配になって来てみたけれど……これは酷いわね」


今にも崩れそうな桟道を見つめる紗良の表情は重かったが、やがて明るさを取り戻した。

「ねえ、縄を二本張って、その縄で桟道を吊り上げるのはどうかしら」


「紗良、なかなか良い意見だ。その方法なら桟道にかかる荷重を分散できる。

星愛(ティア)様、紗良の案を採用することをお勧めします」

そう進言したのは、龐統ではなくAIろくだった。


「龐統さん、紗良の意見をどう思いますか」

私が尋ねると、腕を組んで難しい表情をしていた龐統が頷き、顔をほころばせた。

「いいでしょう。その方法が最善だと思います」


私たちは紗良の案に従い、二本の杭を打ち縄を括り付けた。工兵が桟道を渡り切った側にも杭を打ち、縄を張り上げながら固定していく。

やがて縄は桟道の梁に結ばれ、つり橋のような補強が完成した。


でき上がった桟道を見て、私は静かに微笑んだ。

(これで皆を玄冥原へ導ける)


隊は最後の桟道を渡り切り、ついに玄冥原を視界に捉えた。


明日はいよいよ玄冥原入りだ。

灯花の灯りが疲れた兵を癒し、満天の星空が彼らを照らす。私たちの隊は、束の間の休息を得た。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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