第92話 AIろくの覚醒
今日も陽が昇る前、私たちは星環機に跨っていた。
互いに顔を見合わせ、頷き合うとゴーグルを装着する。
「気が引き締まる瞬間だね」
私が言うと、隣の紗良が頷いた。
「今日は、いよいよ最高速で走って、河原と山岳の練習に入るね」
周妃が頬を赤らめ、呟くように言う。
「なんだか、胸がわくわくします」
私は琴葉に視線を移した。
「琴葉、市内はゆっくり走ってよ……じゃあ、リニアモノレールの巴東市入口駅に行こうか」
その言葉と同時に、一斉に超電導モーターが唸りを上げた。
リニアモノレールは夢咲連環政府の巴東市の外周に沿って長安へと向かう。
長安でも同じように府の外周を囲むように走る予定で、市内は環状線、市街は複線構造になる計画だ。
今日は、そのリニアモノレールの橋梁の上を最高速で走る予定だった。
「見えてきましたな」
徐庶の声がゴーグル越しに響く。
まだ暗い巴東市の入口に、ひときわ高い建物――巴東市入口駅がそびえていた。
私たちは駅の前で星環機を止め、一直線に伸びる二本の橋梁を見上げる。
「もう十粁以上は完成しているそうよ」
孫尚香が私に視線を移して声をかける。
「じゃあ、この橋梁脇の星馳が踏み固めた道で練習しましょうか」
皆が私を見て頷いた。
「ボボボボ!」
ロックモービルが一気に加速し、その脇をジャイロバイクが抜き去っていく。
(加速は数段ジャイロバイクの方が上なのね)
――ビシッ!
「キャー、痛い――!シュッ、シュッ、シュッ」
私は慌ててロックモービルを停止させた。
他のみんなはどんどん小さくなっていく。
「大丈夫?何かあったの」
紗良の声がゴーグル越しに届く。
「みんな気を付けて。虫よ、虫に当たると怪我するかも……スピードは出さない方がいいわ」
「了解」
他のみんなから返事があり、やがて道の先から引き返してくる姿が見えた。
「みんな、大丈夫だった?」
私が心配して尋ねると、琴葉が不安そうに私を見つめて答えた。
「大丈夫だよ……それより、星愛のおでこ赤くなっているよ」
「えっ」私は驚いて額に手を当てた。
「うーん、分からないし、そんなに痛くないから大丈夫かな」
劉明が慌ててロックモービルから飛び降り、私のおでこをまじまじと見つめた。
「これを塗れば大丈夫です」
そう言って、軟膏を丁寧に塗ってくれた。
「このお薬、新しいものなの?」
私が尋ねると、劉明はにっこり笑って答えた。
「ええ、従来の夢咲の楓軟膏に多能性獲得細胞を混ぜたものです。治りがとても早いのですよ」
劉明の説明に、小喬が言葉を継ぐ。
「夢咲の診療所でも使われていて、評判がいいんですよ」
「ふーん、そうなんだ。未来を先取りするように夢咲は進化しているね」
私は額をさすりながら感心していると、ミレイアを乗せた星馳が近づいてきた。
「あら、皆さん、もう練習していたのですね」
ミレイアが声をかける。
(いやいや、絶対にミレイアは私たちが朝練していることを知っていて来たんだよね)
私は今あったことを説明すると、ミレイアは従者に指示を出した。
従者は頷き、星馳に戻って顔まで覆う流線型の兜と風よけを持ってきた。
「皆の星環機に風よけを付けてあげて」
ミレイアは従者に命じ、兜を私に渡して続けた。
「この兜は転倒時に頭を守るためのものよ。必要な人は星馳に積んであるから持ってきなさい」
私たちは顔を見合わせたが、誰も取りに行こうとはしなかった。
ミレイアは苦笑して言う。
「皆さん、髪型が崩れるのが嫌なのですね……まあ、人を振り落とさないようにAIで監視しているから大丈夫でしょう」
そんなやり取りの間に、それぞれの星環機に風よけが取り付けられていった。
ミレイアが取り付けられた風よけについて説目を始めた。
「みんな、それぞれの星環機に跨ってみて」
「おお」どこともなく漏れる感嘆の声。
その声に満足の微笑みを浮かべる。
「分かったでしょ、風よけにゴーグルと同じ映像が映し出される。
風よけがゴーグル代わりになるのよ」
徐庶が手をあげて質問した。
「ところで、ゴーグルが記憶した私たちの声や視点のデータはどうなるのですか?」
ミレイアは徐庶に視点を移し答えた。
「大丈夫、データは風よけに送っておいたから大丈夫よ。
そして今跨っている星環機はあなた達専用になったと思っていいわ。
乗ればのるほど、AIがあなた達の行動を解析して、より快適なものに進化していくわよ」
「すごい、まるで馬、いやそれ以上ですな」
龐統が目を細めて喜んでいた。
(また、龐統さんろくでもないことを考えているのかしら……)
「さあ、私についてきなさい」
そう言い残して、ミレイアは駅の階段を軽やかに駆け上がっていった。
そして、ミレイアが振り向いて、両足を肩幅に開き、腰に手を当てた。
ミレイアの後ろには、コイルなどを載せていない上り線と下り線のレールが一直線に山間部めがけて、伸びていた。
青みがかった空と、白い雲、黒層鋼のレールが朝の陽に浮かび上がっていた。
「さあ、ゲームをしましょう。ここから五粁離れた場所に“希望のパン”を置いてあるわ。
そのパンを一個持って帰ってきてちょうだい。パンは敵と識別するように設定してあるから、近づけばすぐに分かるはずよ」
琴葉が嬉しそうに尋ねた。
「勝負するからには、勝者には何か特典があるの?」
龐統がすかさず続ける。
「苦手な教科の単位免除がよろしいかな」
(えっ、龐統さん……本当に諸葛亮さんと肩を並べた大軍師様なのですか?)
ミレイアの目が鋭く光る。
「そうね。勝った方ではなく、負けた方に罰を与えましょう。苦手な教科について二十項に渡るレポートを提出してもらうわ」
「うぬ……」龐統は思わず声を上げた。
隣の徐庶は目を細め、じっと龐統を睨んでいた。
「始めるわよ。まずはロックモービル同士で行くわ。
上り線は星愛、下り線は琴葉ね。いい、私が――」
「ボ、ボ、ボー!」
ミレイアが説明を続けようとした瞬間、琴葉が飛び出した。
グングン加速していき、やがて点となり視界から消えていく。
「すぐ戻ってくるでしょうから、放っておきましょう。さて、説明するわね。
私が手を叩いたら競争開始。希望のパンを一個拾って帰ってくるのよ」
「琴葉はもう一度、私と走るのかしら?」
私が尋ねると、ミレイアは苦笑して答えた。
「琴葉は失格ね。諜報機関の人は気が早すぎるのよ。やっぱり華蓮の影響ね……
劉明が一人になるところだったから、星愛と劉明で競争しましょうか」
満面の笑みを浮かべる劉明。
「えっ、星愛様と一緒に走れるなんて……幸せです」
「あっ、見えてきましたね」周妃が下り線を指さした。
グングン、点が大きくなってくる。
「ひゃーーー!」大きな声とともに車輪がロックし、白い煙が立ち上る。
「キーー!」
路面とタイヤ、キャタピラが擦れる音が耳をつんざき、焼けたゴムの匂いが駅構内に広がった。
「ほらー、希望のパンだよ。私の勝ちね……あれ、星愛、どうしてここにいるの?」
私は呆れて声をかけた。
「琴葉……私とすれ違わなかったことに気付かなかったの?」
さらに追い打ちをかけるようにミレイアが言った。
「琴葉、あなたは開始の合図を待たずに飛び出したでしょう。失格です」
「えー、そんなあ……」琴葉はがっかりした顔を見せる。
「でも、毎時百四十粁は体験できたでしょ?」
ミレイアが問いかけると、琴葉は大きく頷いて笑顔を見せた。
「うん、面白かったよ」
「さあ、今度こそ私の番ね」
私がロックモービルに跨ると、突然声が聞こえてきた。
「お待ちしていました、星愛様。今回の目的は何ですか?」
「えっ……ロックモービルがしゃべった!」
ミレイアは少し困惑した表情を浮かべる。
「あなた、運転中にロックモービルにたくさん話しかけていたわね……」
私は頬を染めて尋ねた。
「えっ、どうして分かるの?」
「それはね、このAIは乗り手の感情や性格を理解するの。でも、しゃべる仕様はないはずなのよ」
ミレイアは考え込むように視線を落とした。
「いいなあ、星愛のロックモービル、しゃべるんだ……」
琴葉が羨ましそうに見つめる。
私は取りあえず今回の競争のルールをロックモービルに説明した。
そして小声で「お願い、私を勝たせて」と告げる。
「承知しました……安全ロック解除……AIマニュアルモードに切り替え。
しっかりおつかまりください、星愛様」
その様子を見てミレイアが呟いた。
「星愛はAIの世界でも中心に立つ子なのかしら……こんなこと、ありえないけど……恵まれ過ぎね」
――キュルキュルキュル。
ロックモービルのタイヤが空転し、白い煙が立ち込め、焼けたゴムの匂いが漂う。
劉明はその様子を見て、勝負の行方を悟ったように微笑んでいた。
「え、ろくちゃんを信じるしかないのよね」
「安心してください、星愛様。この“ろく”が勝利を約束します」
ミレイアが手を叩いた。
――パン!
キュイーン――。
モーターが一気に最高回転へ。
「きゃーーー!」
「安心してください。星愛様はしがみついているだけで勝利が約束されています」
暴風カバーに目を移すと、すでに最高速の毎時百四十粁を示していた。
「劉明はどうしたの?」
私がAIろくに尋ねると、丸い円が表示され、緑の点が点滅していた。
「今は三秒分後ろを走っています。劉明さんは怖いのか、ゆっくり速度を上げているようです。予測では最終的に三十秒以上の差がつくでしょう」
「あっ、赤い点滅が現れた。希望のパンね」
「振り落とされないように、しっかりつかまってください」
希望のパンが視認できる距離まで近づくと、AIろくが叫んだ。
「行きまーす!」
――キュン。前輪が一瞬ロックし、続いて後輪もロックする。
キーーー! 白い煙とブレーキ痕を残し、横滑りしていくAIろく。
「えーーー!」
「大丈夫です、計算通りです」
「ぶつかるーーー!」
次の瞬間、後輪のロックが解除され、駅の方を向いて停車するAIろく。
「さあ、早く希望のパンを取って」
「待って」手を伸ばすと、簡単に一個つかめた。
「取ったよ」と言うと、再び走り出すAIろく。
まださっきの煙が残る中、切り裂くように走り抜けるAIろく。
「あっ、劉明だ」
片手を振って「がんばってー」と声をかけたが、一瞬ですれ違った。
駅舎がグングン近づいてくる。
大差をつけての到着だったので、駅に入る時にはゆっくりと進入した。
なぜか怖い顔をして私を迎えるミレイア。
「あなた、ずるいわね。ロックモービルに名前まで付けていたの?」
少し複雑な表情で尋ねられ、私は頬を赤らめて頷いた。
「ろくちゃんって言うんだ」
「ふーん……これも神威と同じで、図面には再現できない力がAIに働いたみたいね」
私が心配そうに見つめると、さらに言葉を続けた。
「AIと神核の融合反応……研究材料が増えたわね。さっそく澪様に報告しないと」
訳の分からないことを呟き、大きくため息をつくミレイア。
気持ちを切り替えるように、戻ってきた劉明を迎え入れていた。
この後の小喬と周妃の親子対決は、小喬が周妃に花を持たせた。
紗良と孫尚香の幼馴染対決は、ほぼ同着。
そして最後の徐庶と龐統の軍師対決は、徐庶に軍配が上がった。
ミレイアが意地悪そうに龐統へ声をかける。
「では、レポートは龐統君だけのようですね」
龐統が驚いた声で抗議した。
「ミレイア先生、他にも敗者がいます!」
ミレイアはニヤリと笑う。
「あら、小喬は医術の先生。同着の二人のうち、孫尚香は舞踊の先生、紗良は戦術星環機の先生。劉明は薬学と生物学の先生。生徒はあなただけなのよね」
「ミレイア先生、謀りましたね……」龐統が恨めしそうに睨む。
「謀りごとは龐統君の専門でしょう?そうね、AIと神の融合というテーマでレポートをお願いね」
「は、はい……」がっくり肩を落とす龐統だった。
「さて、最高速の体験もできたし、次は悪路の練習ね」
ミレイアの合図で、私たちは山岳路での練習に入った。
私はAIろくに命令するだけで、すべてが上手くいった。
翌日からは、龐統隊、徐庶隊、華蓮隊、医療班、竈班に分かれての訓練となった。
竈班の私は、レンガの山と灯花をAIろくで牽引し、素早く竈と灯花を設置する練習に明け暮れた。
そして、龐統隊・医療班・竈班合同の行軍の日を迎えるのであった
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