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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第91話 黒層鋼の橋梁


私たちは陽が昇る前に起き出し、星環機の練習に向かうことにした。


(なんだろう、この胸の高鳴り……もっと遠くへ行きたい、自由に駆けたい。

みんなも同じ気持ちだから、私の朝練の提案に楽しそうに賛成してくれたんだろうな)


巴東市庁舎の裏庭に停められた星環機は、まるで私たちを静かに待っているかのように見えた。


ゴーグルを装着すると、薄暗い裏庭が一瞬で緑色の世界へと変わる。


「この緑一色の景色……緊張感があるわね」

孫尚香が誰にともなく呟き、私は彼女を見て頷いた。

「私には幻想的に映る世界かな」


龐統が提案する。

「今日は港に朝一番で、浮島夢咲から船が入るそうです。行ってみませんか」


私は即座に賛成した。

「そうね、劉明が到着する予定だから、迎えに行きましょう」


紗良も頷く。

「うん、港までは階段や坂もあるし、練習にはちょうどいいね」


「ボ、ボ!」


声が響いたかと思うと、琴葉のロックモービルが早くも前へ飛び出していた。


「ちょっと待ちなさい、琴葉!」

私たちは慌てて後を追う――といっても速度制限がかかっていて、早足程度の移動にすぎない。


「ボ、ボ」


ゆっくりと動き出すロックモービル。ゴーグルの表示には『八粁/時』と赤字で速度が示され、それ以上は出せないようになっていた。


日の出前の巴東は、川風が心地よく頬を撫でていた。

灯花の外灯が街路をほんのり照らし、ラベンダーの香りが漂う。

白壁に赤・青・緑の屋根が並び、夢咲独特の街並みが幻想的な彩りを見せていた。


まだ暗いというのに、朝市へ向かう人々が露天の準備を始めている。

彼らは私たちの姿に一瞬驚いたが、星馳や澪星など星環機を見慣れているのだろう。すぐに笑顔を浮かべ、軽く会釈をしてきた。

私たちも笑顔で手を振り返す。


ところどころの家には明かりが灯り、パンを焼く香りが一日の始まりを告げていた。


遠くには、朝霧に霞む巴東城が姿を見せる。


(そういえば、ミレイアが言っていた……劉備陣営は巴東に兵や物資を集めていると)


「劉備の巴東城では兵や物資を集めているらしいわね」

私が何気なく口にすると、徐庶が答えた。

「恐らく、曹操と本格的に漢中をめぐって戦を始めるのでしょう」


小喬が続ける。


「巴東城内は戦の準備で、住人も落ち着かないでしょうね。城壁を挟んだ夢咲連環府巴東市は、こんなに平和な雰囲気なのに」


周妃も頷き、柔らかく言葉を添えた。

「お母様、周父様が連環府に属していて、本当に良かったと思います」


そんな話を交わしながら、ジャイロバイクとロックモービルの集団はのんびりと港へ向かっていった。


坂道を下り始めたとき、琴葉が大きな声を上げる。

「ほら、あそこの桟橋に立っているのは劉明じゃない!」


坂の上から桟橋を見下ろすと、劉明がこちらに向かって大きく手を振っていた。

私も思わず全力で手を振り返す。


ロックモービルを停めると、劉明が駆け寄り、私を抱きしめてきた。


(小さい頃から従者として、ずっと私と一緒にいた劉明……やっぱり落ち着くなあ。

でも、ちょっと強く抱きしめすぎじゃない?)

私は思わず声を上げた。


「劉明、ちょっと苦しいよ……もう私は子供ではないんだから」


顔を朱に染め、大きな瞳を潤ませた劉明。

「あっ、星愛(ティア)様……失礼しました」


「ううん、子供の頃から慣れているからいいけど。

それより劉明の瞳、綺麗だね。眼鏡はどうしたの?」


私が驚いて尋ねると、劉明は静かに微笑んだ。

「多能性獲得細胞で治療して、視力が戻りました」


「えっ、多能性細胞って、そこまでできるの?」


劉明は頷き、穏やかに答える。

「人が持つあらゆるものを再現できるのですよ」


小喬が言葉を継いだ。

「今では医術に欠かせないものになりつつあります。今回の趙高との戦でも必要とされ、劉明は薬師として呼ばれたのです」


谷合から陽が昇り始め、山々からセミの声が響いてきた。


「さあ、そろそろ練習の場所へ移動しよう」

紗良が皆に声をかける。


私は劉明を後ろに乗せ、再び坂道を登り、昨日練習した平原へ向かった。


「ねえ、劉明。多能性細胞を使えば、不死の命を持つこともできるの?」

ロックモービルを操りながら尋ねると、劉明は静かに答えた。

「ペルセポネ様がおっしゃるには、人の子の魂は輪廻転生を繰り返すもの。若い肉体があっても、定められた日に魂は肉体を離れるそうです」


私は深く頷いた。

「でも、劉明も孫尚香や黄月英のように女神様の聖女になれば、永遠の命を得られるんじゃない?」

問いかけると、劉明は私の背に顔を埋めた。

「お誘いは芳美様以外の女神様からありました。

けれど、私には想う女神様がいるのでお断りしたのです。人の子として魂を帰し、その女神様にお仕えしたいと願っています」


「その女神様も幸せだね」

そう言うと、背中越しに「馬鹿」と囁かれたような気がした。


(あっ、昨日の練習した場所が見えてきた)


昨日練習した平原には、すでにリニアモノレールの高架橋が伸びていた。

朝の陽を浴びて、黒層鋼が渋く光を反射している。


「工事は順調に進んでいるようですな」

龐統が満足げに目を細め、高架橋の先を見やった。


そのとき、土煙を上げながら星馳が勢いよく近づいてきた。私たちの前で停車すると、ミレイアが軽やかに降り立つ。


「みんな、やる気は十分のようね。劉明は薬師として小喬の隊に入ってもらうわ」


劉明は私の腰に手を回したまま頷いた。


その姿にミレイアは呆れ顔を見せる。

「もう……劉明は。あなたのロックモービルは用意してあるから、そちらに乗り換えて」


「このままでもいいような気がします。従者としては星愛(ティア)様から離れたくありません」


紗良がすぐに反応した。

「劉明、行軍では険しい山道を登ります。二人乗りでは速度に影響が出るし、何より危険です。自分のロックモービルに乗り換えてください」


劉明は渋々頷き、私のロックモービルを降りて用意された機体へと移った。


ミレイアは皆を見渡し、今日の予定を告げる。

「さて、今日は最高速度まで体験してもらうわ。紗良は夏口防衛学術院で教える立場だから、ここに残って劉明に操縦を教えてちょうだい」


紗良と劉明は一瞬顔を曇らせたが、やがて渋々頷いた。ミレイアは苦笑しながら続ける。


「残りはこの星馳の後ろを走ってついてきなさい。高架橋脇は工事や輸送で星馳が踏み固めているから、まずは脇道で練習よ」


そして不満げな二人に視線を向け、言葉を足す。

「人の歩く速度で操作できるようになったら、この降下線に沿ってきなさい。大好きな星愛と再会できるから……そのとき一緒に練習しましょう」


紗良と劉明は互いに両手を握り、瞳を見つめて深く頷き合った。


(なんなの、この二人……意味が分からない)


そう思いながらも、守り人と従者としての頼もしさを感じていた。


「じゃあ、ついてきなさい」

そう言い残して、ミレイアは星馳に乗り込んだ。


「みんな、聞こえるかしら。いま速度を毎時六十粁まで許可したから、しっかりついてきなさい」


ミレイアの声が終わるや否や、琴葉が叫んだ。

「ボ、ボ、ボッ!」


琴葉のロックモービルが勢いよく飛び出し、星馳に迫る。

「えっ、これ以上前に行けないよ!」


ゴーグル越しに聞こえる琴葉の声に、ミレイアが即座に応じた。

「琴葉、あなたの行動はお見通しよ。星馳の前には出られないよう、AIに命令してあるわ」


その声から、琴葉の悔しそうな顔が目に浮かぶ。


クスクス――。

周妃と劉明の笑い声が通信越しに伝わってきた。


(えっ、私たちの話し声が劉明にも聞こえるの?)


「ミレイア、このゴーグルの声って、どこまで届くの?」

思わず尋ねると、ミレイアは誇らしげに答えた。

「皆同じチャンネルに設定しているから、地球の裏側まで届くわよ」


「それは凄い……これなら大がかりな作戦にも重宝しますな」

龐統が感嘆の声を上げると、徐庶が静かに応じた。

「もう夢咲には狼煙は必要ありませんな。ミレイア先生、これは確か“通信”という技術でしたかな」


「そうね、もっと面白いものを見せてあげるわ」

ミレイアがそう言うと、ゴーグルの右上に緑色の円が三重に現れ、その中に緑の点が浮かび上がった。


「おお、これは緑の点が我らの星環機ですな。円は距離を示しているのでしょう」

龐統の感心した声が響く。


しばらく走ると、緑の点が円の外縁に現れ、やがて中心へと近づいてきた。


「さあ、左に寄るわよ」

ミレイアの指示に従い、先頭の星馳が左へ寄る。私たちの隊もそれに倣った。


すると前方から土煙を上げて走る星馳が迫り、すれ違っていく。その瞬間、ゴーグルの円から緑の点が外れていった。


「ね、分かったでしょう。緑の点は仲間の星環機。そして敵の移動体は赤い点で表示されるの」


「すごい……すごすぎる!」

琴葉の驚きの声が耳に届く。


やがて円の中に緑の点が次々と増えていった。


「さあ、着くわよ。リニアモノレールの先端の工事現場にね」


ミレイアの声とともに、夏の日差しの中に陽炎のように揺らめく陣幕や星環機の姿が見えてきた。

私たちは陣幕の横に星環機を並べて停車した。


ゴーグルを外しながら琴葉に声をかける。

「今日も、蒸し暑い一日になりそうね」

琴葉はキョトンとした顔で答えた。

「うん、でも私たちの衣は神軍の衣と同じ生地だから、夏は涼しいし冬は暖かいでしょ」

「そうだけど、この現場で働く人たちは違うでしょ」


そう言うと、私たちに気付いた碧衣が近づいてきて話に加わった。

「確かに、神軍の衣は芳美(テイア)様の光の粒子で編み込まれた神器で貴重だけど、現場の人たちには特別に白衣を作ってもらっているのよ」


私は碧衣に手を振り、微笑みながら尋ねた。

「えっ、そうなの?」

碧衣も微笑んで頷く。

「そうよ。現場を見れば分かるわ……そろそろマントルから柱を抜き出すから、ついてきなさい」


そう言って陣幕へ先に歩き出す碧衣に、私たちは続いた。

幕内は思いのほか涼しい。


その涼しさに周妃が思わず声を漏らした。

「随分と快適な環境で仕事をしているのですね」


ミレイアが得意げに答える。

芳美(テイア)様にお願いして、光の粒子で編み込んだ特製夢咲絹の幕なの。涼を求めるというより、安全のために幕と白衣を用意したのよ」


私は母のことを思い出し、少し誇らしくなった。

「やはり、神器は女神様しか作れないのね。女神様たちが五華を退いたとはいえ、私たちはその力を借りているのね」


ミレイアは深く頷き、同意する。

「神威は物理法則を超える絶対的な力。どんなに考えても理解できない部分があり、設計図に落とし込むことはできない。澪様もそれを嘆いていたわ」


そんな話をしていると、碧衣が隣に来て微笑んだ。

「さあ、始めます」


そう言うと、彼女の真剣な瞳になり、銀の鉄扇を水平に開いて目の高さに合わせた。


銀の鉄扇の上に黒層鋼の橋が現れ、碧衣は劉星の前に浮かぶホログラムを見ながら端を突き出した。大地に横たわる橋からは、地面を擦る低い音が響いてくる。


碧衣がホログラムを見ながら、鉄扇上の橋を軽く突いた。


――ポン。


ホログラムから音が鳴り、表示されていた橋が青色に変わる。


「位置はここで大丈夫ね」碧衣が小さく呟く。


その真剣な表情に、誰もが固唾を飲んだ。続いて碧衣が指を閉じるように操作すると、鉄扇上の映像が縮小され、地下の様子が映し出される。やがて真っ赤な部分が現れ、筆のような器具をそこに当てた。


ミレイアが小声で解説する。

「あの棒の先には柱が刻まれているの……これからいいものが見られるわよ」


碧衣は筆をゆっくりと移動させ、地表近くで劉星の前のホログラムに視線を移した。地表からは白い湯気が立ち、左右前後に揺らめいている。


――ポン。


湯気が橋の中心に集まった瞬間、再び音が鳴る。碧衣は筆をゆっくりと上方へ動かし始めた。


ミレイアが珍しく小さな声で呟く。

「マントルの柱は千六百度の層から抜き出したの。黒層鋼の溶解温度も千六百度……ゆっくりコーティングしながらせり上がるわ」


やがて、地表から静かに柱がせり上がってきた。


――パチン、パチン。


蒸気とともに地表の岩が爆ぜる音が響き、草が炭化した匂いが漂う。


――ピンポン。


持ち上がった橋が既存の橋と同じ高さに達したところで、再び音が鳴った。


「ふう……」


碧衣は一息つき、私たちに振り向いてにっこり笑う。

「これでお仕舞い。あっという間に高架橋の完成よ」


私たちは一斉に拍手を送った。


碧衣は頬を赤らめ、俯いた。

「ちょ、ちょっと……もう何十回も繰り返してきたことだし、拍手されると恥ずかしいよ」


周囲の工事関係者も苦笑いを浮かべていた。


私は納得したように頷いた。

「でも、いいものを見せてもらえた。これなら予定通り工事は進みそうね」


碧衣も満面の笑みで頷く。

「うん、予定より早く進んでいるし、安心して戦の準備に入ってね」


その横を、土煙を上げながら新たな橋を牽引するキャタピラ星馳が通り過ぎていった。


そして夕方、紗良と劉明も練習に合流した。山々の間に陽がゆっくりと傾き、私たちの影を伸ばし、黒層鋼の橋梁はオレンジ色に染まっていた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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