表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/126

第84話 曹英の縁談騒動


建安二十二年(217年)五月。


魯粛の病んだ心臓も、ようやく日常を支えられるほどに回復し、

黄河の河口――東営の開発は着実に歩を進めていた。


(いよいよ、黄河進出ね。

長江と漢水に星環府の拠点を築くのに九年かかった……)


私は静かに息を整え、議長席に腰を下ろす。


(あの頃は妃良様や芳美様の力に頼って拠点を広げていた。

けれど今は、私たち自身と、層を厚くした仲間たちの力で星環府を動かしている)


胸の奥に去来する思いを押し隠し、視線を上げる。

次の一手をどこに打つか――夢咲の未来を左右する会議が、今まさに始まろうとしていた。


議場を囲むのは、紗良、曹英、碧衣、琴葉、荀彧、徐庶、龐統、周瑜、孫瑜、魯粛、そして星蓮。

歴戦の知恵と若き情熱が一堂に会し、空気は自然と張り詰めていく。


私は一人ひとりを見廻し、微笑を浮かべてから前を向いた。


「本日の議題は二つです」


声が会議室に響き渡る。


「ひとつは、洛陽に赴き曹操殿へ開発の挨拶を行うか。

もうひとつは、済南の開発を優先するか――あるいは一気に洛陽の開発へ踏み出すか。

皆の意見を伺いたいと思います」


最初に口を開いたのは荀彧だった。

「洛陽に赴くことは、魏との関係を深める好機となりましょう。曹操殿は黄河の治水に強い関心をお持ちです。挨拶を怠れば、かえって疑念を招きかねません」


徐庶が頷き、言葉を継ぐ。

「ただし、洛陽は政治の中心。行けば必ず政略に巻き込まれる。済南の開発を進めれば我らの独自性を示せますが、魏の警戒を強める恐れもあるでしょう」


星蓮が静かに口を開いた。

「私は洛陽に行くべきだと思います。かつて血統に縛られた者として言いますが、曹操殿は血筋よりも実利を重んじる方。黄河の開発を示せば、夢咲の存在を認めざるを得ないはずです」


曹英が小さく眉をひそめる。

「でも……洛陽に行けば、また政略婚の話が出るかもしれない」


その不安を和らげるように、琴葉が茶をすすりながら笑った。

「まあまあ、私は曹操様や程昱様とは茶飲み友達みたいなものよ。案外、話してみれば悪くないかもしれないわ」


紗良がすかさず口を挟む。

「曹英様が嫌がるのは当然です。ですが、魏との関係を無視するわけにもいきません」


周瑜や魯粛もそれぞれ意見を述べ、議論は次第に熱を帯びていく。


私は皆の言葉を聞き終え、静かにまとめに入った。

「皆の意見を聞きました。結論として――我らは洛陽に赴き、曹操殿に挨拶を行います。黄河の開発を魏に認めさせるために」


その瞬間、場の空気がぴんと張り詰めた。

次なる舞台は、漢王朝の都・洛陽。


夢咲と魏の思惑が交錯する、新たな幕が上がろうとしていた。

「ミレイア、第一機動艦隊の超電導モーター化の改修は終わったのかしら?」


会議室に淡い光をまとったフォログラムが現れ、ミレイアが姿を結ぶ。

「ええ、すべて完了しているわ。いつでも出航できる状態よ」


私はその言葉に頷いた。

「洛陽へは第一機動艦隊で向かいましょう。……長江と違って、黄河は夢咲の勢力が及んでいない。賊が潜んでいるかもしれないから、慎重に行動します」


出席者たちの表情が一斉に引き締まった。


(そう……黄河は夢咲にとって未踏の地。何が待ち受けているか分からない)


「さて、人選ですが――曹英、紗良、琴葉、それに星蓮も同行していただけますか」


名を呼ばれた星蓮は一瞬はっとしたが、すぐに微笑みを浮かべて頷いた。

「もう私は伏皇后ではありません。夢咲連環政府の星蓮です。ぜひお供させてください。

それと……ひとつお願いがあります」


私は首を傾げ、続きを促した。


「はい。私の子、劉星と劉蓮に、もう一度“民”として洛陽を見せてやりたいのです」


その言葉に、徐庶の眼が鋭く光った。

「それはあまりにも危険ではありませんか。洛陽には献帝の子がいる。血を分けた子が二人も現れれば、命を狙われるやもしれません」


周瑜が手を挙げ、徐庶を制した。

「劉星は河口防衛学術院中等部の二年生だ。兵法も学び、実技も優秀。十分に力となろう」


徐庶はしばし考え、私の方へ向き直る。

「……さようか。周瑜殿がそう言うのであれば、異論はありません」


私は頷き、人選を改めて告げた。

「私と曹英、紗良、琴葉。そして外交役として星蓮――星蓮は家族の同行も許します。ミレイア、第一機動艦の各艦に兵を八十人ずつ配置できますか」


「問題ないわ。明日には準備を整える。それと、洞庭湖にいる劉蓮と、夏口の流星を呼び寄せておくわ。明後日の出航でよろしいかしら?」


「ええ、お願いするわ。

それと、洛陽までの所要時間は?」

「私が自動航行を制御するから、八時間もあれば余裕よ」


私は琴葉に声をかけた。

「琴葉、悪いけれど――今から曹操殿のもとへ行って、明後日の夕方に洛陽の港へ入ると伝えてもらえる?」

「うん、お安い御用で」


頷いた瞬間、琴葉の姿はふっと掻き消えた。


「まったく、あの子は気が早いというか……」

会議に出席していた者たちは顔を見合わせ、苦笑を漏らす。

こうして、洛陽行きは正式に決まった。



◇◆◆ 洛陽丞相府 ◆◆◇


琴葉が蜘蛛の姿となり、丞相府の梁に張った巣に現れたのは、ちょうど昼過ぎだった。

「あら、曹操さんと程昱さん、美味しそうなものを食べてるわね」


その声に気づいた曹操が顔を上げる。

「おお、蜘蛛娘か。下りてきて一緒にどうだ?」


琴葉は雲の糸を垂らし、ゆっくりと床へ降りていく。

さすがに十七歳の身体では、昔のように曹操の膝の上に降りるわけにもいかなかった。


「おう、来おった来おった」

茶飲み友達が訪ねてきたかのように、曹操は嬉しそうに笑う。


そんな曹操を横目に、程昱が渋い声をかけた。

「して、人の姿を取って現れたということは……今日は何か用があって来たのか?」


そう言いながら、程昱は給仕を呼び、お茶と菓子を用意させる。

琴葉は程昱が呼んだ給仕に何かと注文を付けた。


「これ、琴葉殿!人の話を聞かんか」

半ば呆れ顔で声をかける程昱。


「ん?何か言いましたか、程昱さん」


とぼける琴葉に、曹操は腹を抱えて笑った。

「よいよい、ぬしは特別じゃ」


琴葉は出された菓子を一口かじり、茶をすすって安堵の息をつく。


「さて、一息つけたか。で、何か用があって来たのではないのか?」

程昱が改めて問いかける。


「そうそう。実はね、曹操さんに――黄河での開発を始める前に、星愛(ティア)が挨拶したいんだって」


程昱の表情が一変し、真剣な色を帯びた。

「して、いつ来られるのかの?」


「明後日の夕方には着くって言っていたよ」


程昱は顎に手をやり、さらに問いを重ねる。

「ほう……で、星愛殿と共に誰が来るのだ?」


「私と紗良と曹英、それに星蓮親子だって」


「星蓮親子……元伏皇后のことか?」


「そう。民として、もう一度子どもたちに洛陽を見せたいんだって」


曹操と程昱はしばし顔を見合わせ、沈黙ののちに曹操が口を開いた。

「……まあ、夢咲星環府の民として来るのであれば、拒む理由もあるまい」


「私もそう思います、丞相様」

程昱が静かに頷く。


続いて曹操は目を細め、琴葉に問いかけた。

「ところで、琴葉殿はいくつになられたのかのう?」


「え、十七歳だよ」


「ほう、曹英も同じ齢だったな……。曹英も、さぞや美しくなっておるのだろう?」


「私より背が高いし、胸も大きいし、巷では“夢咲の才女”って呼ばれているよ」


曹操と程昱は顔を見合わせ、意味ありげに頷き合う。

今度は程昱が口を開いた。


「曹英は、もう婚姻の儀を済ませておるのか?」


「ううん。みんな夢咲の“五華”のことを怖がって、近づいてきてくれないんだよね」


「さようか……」


程昱は口元に笑みを浮かべ、曹操へと視線を送った。

「曹真様と結ばせれば、魏と夢咲の絆はより強固になりましょう」


「うむ。二人が婚姻を結べば、お互いに安泰であろうな」


琴葉は心配そうに二人へ口を挟む。

「でも、曹英はそれが嫌で、来たくなさそうだったんだよ」


曹操は軽く笑い、安心させるように言った。

「大丈夫だ。儂から妹にはしっかり話しておこう」


そのまま二人は声を潜め、何やら策を練り始める。

話が終わりそうもないのを見て、琴葉は小さくため息をついた。


「……まったく、この二人は」


そう呟きながら、琴葉は静かにその場を辞し、浮島夢咲へと帰っていった。




◇◆◆ 浮島夢咲 執務室 ◆◆◇


「いやーーっ!!」


廊下にまで響き渡る大声。

声の主は曹英だった。


「だから言ったのです……やっぱりこうなった」


慌ただしく扉が開き、周瑜と星蓮、そして貂糜が入ってくる。


「いったい、どうされたのだ」

周瑜が震える曹英の肩を支え、私の方へ視線を向ける。

その場にいた全員の目が、一斉に私へと集まった。


(いえいえ、私はただ……曹英と紗良、碧衣と一緒に琴葉の報告を聞いていただけなのに)


「その……琴葉から洛陽での報告を受けていただけです」


私が答えると、周瑜が不安げに眉を寄せた。

「一体、どのような報告だったのですか?」


私は、明後日の訪問は問題なく受け入れられること、星蓮親子の入城も許される見込みであることを伝えた。

そして、言葉を区切りながら続ける。


「ただ……曹英と曹真を結ばせる、という話が出たことを」


「嫌なものは、嫌!」


再び曹英の叫びが響き、執務室にいた全員が思わず耳を塞いだ。


周瑜はすぐに兵を呼び、水を持って来させる。

「まずは、これをお飲みなされ」


差し出された水を曹英は一気に飲み干し、荒い呼吸を整える。

やがて、幾分落ち着きを取り戻したように小さく頷いた。


「少しは落ち着かれたかな?」


周瑜の問いに、曹英はこくりと頷く。


「曹英殿、曹真との縁談……めでたいことではないのか?」


その言葉に、曹英は激しく首を振った。

「嫌なものは、嫌でございます!」


「しかし、これほど良い縁談はないのではないか。夢咲と魏が強く結ばれるのだぞ」


私は周瑜の方へ向き直り、きっぱりと告げた。

「いえ。曹英が嫁ぐことは、夢咲にとって大きな損害です。魏に理はあれど、夢咲には理がありません」


「二人とも……国や連環府のことしか考えていないのですか?」


曹英の声が震え、涙がにじむ。

その肩に、貂糜と星蓮がそっと手を置き、私と周瑜を鋭く睨んだ。


「お二方とも……女の気持ちはどうなるのですか?

国のために、顔も知らぬ相手に嫁がされる者の気持ちが……分かりますか?」


執務室の空気が一気に張り詰め、誰もが言葉を失った。


紗良が私を見て、静かに言った。

「今のは、星愛(ティア)が悪いと思うな。私だって、そんなこと言われたら怒るよ」


星蓮が頷き、言葉を継ぐ。

「そうね。星環府は、個人の気持ちを大切にする場所だと思っていましたのに」


貂糜も頷き、真っ直ぐに私を見つめた。

「そう。戦乱の中でも、ここでは心が通じ合った者同士が結ばれてきた。……星愛(ティア)様ご自身は、曹英がいなくなったらどう思うのですか?」


「それは……寂しいです」

胸が締め付けられるようだった。


「そうでしょう。その気持ちを正直に伝えればよかったのです」

貂糜が優しく微笑み、私に頷いてみせる。


そのとき、曹英がうつむき、頬を朱に染めながら小さな声で言った。

「じゃあ……私を、ぎゅっと抱きしめて!」


(えっ、えー……どうしたの曹英、子供に戻っちゃったの?)


私が困っていると、紗良がすかさず割って入った。

「曹英、それは協定違反だよ」


「ふふふ……あと少しだったのに、残念ね」

曹英の顔に、ようやく笑みが戻る。


碧衣はうんざりしたように手を振りながら言った。

「もう……許都に向かっていた時から、あなたたちは全然変わらないんだから」


「きゃははは!意味は分からないけど、仲直りできて良かったね」

琴葉の笑い声が響く。


星蓮と貂糜は頷き合い、意味ありげな微笑みを私に向ける。


一方、周瑜は状況が飲み込めず、怪訝そうに皆を見回した。

「……まあ、そこまで嫌なら、何か策を考えておいた方が良いかもしれんな」


「そうよ。一流の軍師様が、良い策を考えてください」


曹英がピシャリと言い放つ。


こうして、周瑜は縁談を壊す策を練ることになった。

そして夢咲の軍師たちは縁談を阻むための議論のため、周瑜に招集されるのであった。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

■ 気に入っていただけたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをお願いします!

■ ご意見・ご感想はコメントへお気軽にどうぞ。


更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ