第78話 ミレイアと夢咲学園
皆がそれぞれの丸テーブルを囲い座った。
澪が真ん中に立ち挨拶を始める。
「皆さん、今日はお疲れさまでした。
残すところは、ミレイアの紹介だけとなりました。
ささやかですが、温かい紅茶とお茶、焼き菓子を用意したのでしばらく歓談してお過ごしください」
挨拶が終わると、準備があるのか奥の方に澪は姿を消していった。
ふと、私の横の女神テーブルを見るといつの間にか華蓮も座っていた。
「あっ、華蓮様だ。こんにちわ」
琴葉が笑顔で手を振ると、こちらを見てニヤリと笑った。
その笑みは柔らかいのに、どこか試すような光を帯びていた
(華蓮様は相変わらず心の奥が見えない方だな)
曹英が私を突いて、耳元で囁いた。
「ねえ、隣の円卓だけど、華蓮様がそろって女神のお茶会でも始めるのかしら」
「えっ、女神のお茶会のためにわざわざ襄陽からここまで来たの」
紗良が話に加わった。
「間違いないよ、理沙母さん目を細めて一点を見ているよ」
「えっ、なになに、何か良からぬことでも話すの」と琴葉が私の顔を覗き込む。
碧衣が唇に人差し指を当て、「聞こえないから静かにしなさい」
冷静な顔で私たちをたしなめた。
紅茶が冷めないうちにと、ティーカップに手を伸ばした。
「静かに!」
唇の前で人差し指を立て、紗良が珍しく小声で私をたしなめた。
他のテーブルからは楽し気な会話や、お茶や焼き菓子を楽しむ姿が目に入った。
その様子を見て、焼き菓子を楽しみたいのにと思いながら、結局は私も紅茶だけを口に運びながら、耳を澄ませてしまった。
紅茶の香りが漂う中、女神たちは円卓を囲んで笑みを交わしていた。
どうやら学術院の話をしているようだった。
芳美の穏やかで理性的な声色が聞こえた。
「共学でいいじゃない。男神も一緒に学べば、互いに刺激になって成長できると思うの」
落ち着いた声を聞き、私も頷いた。
そこに妃良の強引な声が割って入った。
「男子が混じったら、授業中に鏡ばかり見て落ち着かないでしょう? 女神の学びは女神だけで完成するのよ」
珍しく感情を込めて断言するように言った。
華蓮は芳美の刺激という言葉に、カップをくるりと回しながら皮肉を込めた。
「刺激? ふふ、むしろ余計な視線ばかりで、女神の集中力が削がれるわ。男神は見惚れるのが仕事でしょう?」
そう言うと、挑発的にニヤリと笑った。
ペルセポネは冷ややかにカップを置く。
「でも女子だけだと、秘密話ばかりで勉強が進まないのでは? 冥府では静けさが一番の学びよ」
美優はにこやかに微笑み、柔らかい口調で話す。
「それもまた学びよ。女神に必要なのは知識よりも駆け引きだもの。秘密話も立派な訓練になるわ」
さらりと核心を突き、理沙に視線を移した。
理沙は現実的な視点に少し毒舌を混ぜ、女学院を後押しする。
「共学にしたら、男神が女神に見惚れて試験どころじゃなくなるわね。結局、授業が進まないのは男神のせいよ」
共学派の芳美はお手上げといった様子で妃良を見て苦笑した。
ペルセポネも呆れた顔で妃良を見て頭を左右に振った。
そんな二人を見てニヤリと笑う妃良。
「では決まりね。夢咲学園は女神と女神に転生する者のための学び舎としましょう」
その瞬間、紅茶のカップを軽く鳴らす音が合図のように響き、場が一瞬だけ静まり返る。
次いでまた笑い声が弾けた。
他のテーブルの将や聖女、子どもたちが女神のテーブルに視線が向けられたが、
談笑している五柱の女神を見て、再び自分たちのテーブルの話に戻った。
最後に妃良がつけ加えた。
「ペルセポネ、ここにいる人の子の将は亡くなったら女神に転生させなさい」
呆れたというよりは、諦めの表情を浮かべながらも妃良に問いただすペルセポネ。
「……冥府の秩序を乱すおつもり?」
妃良は当然といった顔で言い放った。
「私も結婚の神としての務めはあります。
ゼウスを見なさい、ゼウスを……男神は別な存在。
信仰する人の子に対して多すぎる神、生まれることのできない神核をどう思うの?
秩序を守るためよ。女神の秩序をね」
再び女神たちは顔を見合わせて笑い合っていた。
思わず心の中で呟いた。
(女神にそこまでこだわるの……人の子である私には理解できない世界だわ。
でも、これが女神たちの常識なのだろう)
隣の女神たちの話にいつの間にか夢中になっていて、後ろの気配を感じなかった。
「星愛、盗み聞きなんてあまりいい趣味じゃないわね」
ドキッとして後ろを振り向くと、白いトガを着た澪が立っていた。
「澪さん、驚かさないでください」
私が言うと、澪は片眉を上げ、ニヤリと笑った。
「あら、驚いたの。それは心にやましい所があるからではないのかしら?」
私は澪から目を反らし、同じテーブルの紗良、曹英、碧衣も目を反らした。
唯一、琴葉だけは目をそらさなかった。
「わあ、澪さん。早くミレイアさんを紹介してくださーい」
「そうね、早く紹介しないと日が暮れてしまうわね」
そう言うと、囲むように並べられた丸テーブルの真ん中に立ち手を叩いた。
「みなさん、休憩は楽しめましたかしら……
これから夢咲島の管理人のミレイアを紹介するので私の後に続いてきてください」
そう言うと、部屋の奥へと澪が歩きだしたので、私たちはぞろぞろと澪の後を追った。
(あら、澪さんがいるのに華蓮さんも一緒にいる……
それに、何か一瞬だけど澪さんが光ったような気がするけど気のせいかしら)
そんなことを思い、澪の違和感について頭を巡らせていた。
そんな違和感も一瞬に吹き飛ぶ物が目に入った。
横に立つ澪の倍はある高さの、夢咲澪の箱だった。
そしてその箱の中には、幾億の光の線で結ばれた天空の星々が輝いていた。
澪は得意げになり箱の前で両腕を広げ紹介した。
「これが――量子コンピュータ『ミレイア』よ」
曹英が青い顔になり声を上げた。
「りょ、りょ、りょーしこんぴゅーた、ミレイヤ様」
(あー、曹英はもう駄目みたい……)
私はそっと曹英の横に寄り添うように立った。
他の者たちは、理解できない物を見て圧倒されていた。
しばらくすると、龐統が箱に近づいてじっくりと中を覗き込んだ。
「正に天空の星の集合体……これは宇宙の再現ですか?」
「そうね、未来で言う光量子のニューラルネットワーク型コンピュータよ」
澪の得意気な笑顔を見せた。
「何だかよくわかりませんが、天空の定理にかなった形をしていますね」
龐統は感心するように、目の前に広がる宇宙に見入っていた。
その様子を見て満足気に頷く澪。
「星がニューロン、光の線のシナプスで接合した自立型AI光量子モデルを採用したわ」
占星術に明るい周瑜や徐庶、荀彧も龐統と議論を交わしながら箱の中をじっくり見ていた。
「この筐体は二枚の夢咲澪を重ね、その間は真空にして温度の影響を受けない構造よ」
紗良や碧衣、劉明、小喬、星蓮、貂糜の女性陣はその美しさに釘付けになる。
「そして、処理能力は1Gキュービット……ありえないでしょう」と説明を続ける澪。
(正直よく分からないけど、とんでもないものだってことは伝わってきた)
そしてキラキラ大好きな子どもたちや琴葉は大はしゃぎ。
そして私は曹英を抱え、女神の方に目を移すと、意地悪な笑顔でその様子を見ていた。
「さて、私は面白いもの見たし襄陽に帰るわね」と、澪に声を掛けた。
「はい、華蓮様。神殿はございますので、どうぞいつでもお越しくださいませ」
ミレイアが声を掛けると、華蓮は微笑んでこの場を後にした。
(会っている事見たことなかったけど、会話までしている。
そして澪は敬語を使っていた。神同士なのに……そもそも敬語は使わないでしょ。
やっぱり澪は何か隠している)
そんなことを考えていると、後ろから足音が聞こえてきたので思わず振り向いた。
「えっ、ええっ!? み、み、澪さーん!?」
私は思わず大声を上げてしまった。
そして、私の声につられ他の者も皆後ろを振り向いた。
一瞬にざわめきが広がった。
そのざわめきにつられ曹英も澪を見た。
「あっ、澪さんだ」
(えっ驚きの上書き……曹英が元に戻った)
「ふふふ、人の子の皆は驚いているわね。
そうよ、私が澪。そしてそこに立っているのはミレイアよ」
「えーーー」一斉に声が上がる。
「ミレイア、内部投影を切って見せてあげて」
「はい、承知しました、澪様」
ここにいる者全員の視線がミレイアに注がれた。
そこに立っていたのは、夢咲澪星で作られた澪の人形だった。
澪はつかつかとミレイアの横に歩み寄り、満足げな表情を浮かべ、説明を始めた。
「ミレイアは私の身体をそのまま3Dプリンターで再現した人形と思っていいわ。
そして、内部の投影機で私を映し出しているのよ」
周瑜が目を細めて澪に尋ねた。
「それは以前、衛星があった工房で見たホログラムなるものですか?」
「あら、いい記憶しているわね、その通りよ」と言いながら喜ぶ澪。
「澪さーーん、今日はもう疲れたので説明はこの辺で終わりしませんかー?」
と琴葉が声を掛けた。
「まったく、あなたって子は、天界……」言いかけて、口を噤む澪。
(あー、また怪しいこと言いかけた……ひょっとして澪さんってドジっ子なのかしら。
それにしても、澪さん絶対に何か隠している。)
咳払いをして、他の者を見る澪。
二千百年後の技術を目の当たりにして、皆すっかり疲れ果てた顔をしていた。
「みんな、情けないわね。
まあ、ここに住めば徐々に理解していくからいいかしら」
ここにいる人の子は皆一斉に頷いた。
「ミレイア、また投影を始めなさい……
そうそう、ミレイアと私の違いは、ミレイアの頭の中心の髪の毛が立っているでしょ。
それで私かミレイアは区別がつくわよ」
琴葉がすかさず聞いた。「何で髪の毛が立っているの?」
「それはね、アンテナの役割があるのよ」
眉を動かし新しい言葉に反応した紗良。
「アンテナってなんですか?」
「あら、気概がある子がここにいたわね。
アンテナって言うのは電波を拾う……そう、鼓膜と一緒のようなものよ」
「電波って何……」と言いかけ、周りの疲れた人を見て質問を止めた碧衣。
(また新しい言葉……頭が追いつかない。正直よく分からないけど……)
「情けない人の子たちね、最後に妃良から重要発表があるから、しっかり聞きなさい」
そう言うと、澪は私の横に来た。
「あんたが、これからみんなを引っ張っていくのだからしっかりしなさい」
「えっ、何を突然言い出すんですか?」
「前から言ってきたけど、あなたは世界の中心に座る宿命を持っているのよ」
「は、はい」
(なに、急にそんなこと言うの……澪さんいなくなっちゃうのかな。
沙市の澪工房を作ったときも、その後荊州に帰ったわよね)
そんなことを考えていると妃良が皆の前に立った。
「皆さん、今日はお疲れさまでした」
優しく微笑む妃良に、皆が一斉に頭を下げた。
「これから皆さんは夢咲島に移住することになります。
ただ、ここは二千百年後の技術を集めた島です。
さすがに、理解を超えた新しいもの、新しい言葉にお疲れだと思います」
(ああ、ホント、今日は長い一日だったなあ……)
紗良と碧衣、琴葉の顔を覗くと、目を輝かせて妃良の話を聞いていた。
曹英はというと肩を落として、疲れ果てていた。
(理沙様と美優様は嬉しそうな顔しているけど、お母さんとペルセポネ様は複雑な顔をしているわね……ひょっとしてあの発表をするのかしら)
そんなことを思っていると、妃良がゆるやかに両手を広げた。
「ここに集う者たちよ。今日をもって、夢咲学園を創設する」
(あっ、さっきお茶を飲みながら決めたことだ)
その声はお茶会の軽やかさとは一変し、神託のように厳かに響いた。
(うわぁー、そんなに厳かな言い方になって、有無は言わせない気ね)
「この学園は女神と女神に転生する者のための学び舎。
そして、ここにいるミレイアが、未来を導く教師となる」
龐統が何かを言おうとした時、理沙が睨みを聞かせ黙らせた。
その隣にいたお母さんは困った顔をし、妃良の隣にいるペルセポネは苦笑いを浮かべ頭を左右に振るのみだった。
ついさっきまで笑っていたのに、今は誰も逆らえない雰囲気になっていた。
そして、神の女王の威厳のもと、女神も人の子も、ただ静かにその言葉を受け止めていた。
それは笑い混じりで決まったはずの学園が、いまや神話の舞台として立ち上がる瞬間だった。
(本当に始まってしまったんだ……)
こうして、星愛と紗良の宇宙神への物語へとつながる夢咲学園が、ここに誕生したのであった。
そして夢咲島は、千八百年もの間、静かに海に眠り続けた――誰にも発見されることなく、現在に至るまで。
海風にさらされながらも、誰にも気づかれず――
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。
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