第77話 澪の置き土産②
工房の更に奥に進んでいく澪。
大きな扉の前に立ち、「開けて、ミレイア」
そう言うと、扉が左右に動き、奥の部屋が見えてきた。
奥には、多分星鋼製であろうと思われる、大きな硬質な金属で編まれた、巨大な花の蕾のような構造物が置かれていた。
そしてその花の蕾を中心に円が描かれていた。
その円の外側まで歩いてきて立ち止まった。
「皆もこの円の内側に入らないようにしてください」
そう言われて、皆が白線の外側に弧を描いて蕾の周りに立ち止まった。
よく見ると、花びらは星鋼線で格子状に編み込まれた網だった。
そしてその奥には、ちょうど腰くらいの大きさの多角錐が置かれていた。
表面は虹色に反射し、無数の赤い光点が表面を脈打つように走り回っていた。
間違いなく星鋼製だった。
澪は楽しそうに口角を上げ、「これが静止衛星星環です」と言う。
ある者は口を開け、ある者は目を細め、ある者は澪の顔を見て……
皆意味が分かっていない様だった。
澪は肩を落とし小さくため息をついた。
「まあ、いいわ……ミレイア、花びらを開いて10㎝浮上させてくれるかしら」
すると静かに五枚の花びらが開き、少し床から浮いた。
姿勢を保とうとしているのか、花びらが微かに動いていた。
周りで見ていた者たちからは小さな感嘆の声が漏れた。
「どう、これが静止衛星星環よ」
澪は子供のように楽しげに微笑んだが、その姿には創造神としての揺るぎない威厳が宿っていた。
ただ、その言葉の意味を理解している者はだれ一人としていなかった。
「まあ仕方ないわね……ミレイア、天井を開けてくれる?」
皆の視線が天井へと移った。
天井に組まれていた細い板が静かに一枚ずつ収納され、冬の澄んだ青空が覗いた。
「あっ、天井が開いた」
私は思わず声を上げ、冷たい空気を吸い込んだ。
「さて、驚いてもらいましょうか……
星環のカメラ映像を3D光粒子ホログラムに接続して、60インチサイズで壁に投影して」
「えっ、壁に映像が出てきた!」
他の者たちも顔を見合わせ、目を映像に釘付けにした。
「角度を60度に立てて」
澪が指示すると、映像は立体的に浮かび上がり、まるで壁の向こうに別の世界が広がったかのようだった。
碧衣が気付いたように声を上げた。
「あの影……動いている。星環の影?」
澪がニヤリと笑い答えた。
「そう、これは星環の眼が捉えた映像よ。
ミレイア、推進システムを起動して。プラズマスラスターを点火、ゆっくり上昇して高度10メートルで停止して」
花びら状の外殻が開き、本体の周囲を囲むように展開すると、青白い光が縁を走り、静かに浮上を始めた。
やがて屋根を抜け、空中で停止する。
私たちは見上げていたが、琴葉が大きな声を出した。
「うわー、みんなあの映像の中にいるよ!」
視線をホログラムに戻すと、確かに小さな自分たちが映っていた。
澪が頷いて言った。
「わかったかしら? 星環は高解像度カメラを搭載していて、地上をリアルタイムで映せるの。
さて、ここからが本番よ。ミレイア、地磁場推進モードを最大にして」
星環の外殻に青白いプラズマ光が走り、低い唸りのような音が響いた。
推進システムが地球磁場を捉え、イオンを加速して反作用で本体を押し上げていく。
ホログラムには、湖と島がどんどん小さく映し出されていった。
「地球は北から南へ磁力線が流れているわ。その磁場を利用して、星環は推進力を得ているの」
皆は映像に釘付けで、澪の説明は半分も耳に入っていなかった。
「まあいいわ、3D映像を楽しみなさい」
鳥のような視点ではない。神になったかのような視界だった。
やがて雲を抜け、青い大気の層が薄くなり、漆黒の宇宙が広がる。
「見えるかしら? これが地球の姿よ」
澪の声に、皆は息を呑んだ。
映像の中で、青い球体の縁が光を帯び、夜側には都市の灯りがちらちらと瞬いていた。
誰もが言葉を失い、ただ黙ってその光景を見つめていた。
曹英が「まんまる、ちきゅう、わたしのおほし」と歌をうたい、顔を引きつらせながら映像に見入っている。
私は「曹英、しっかりしなさい」と声をかけるが。
「ええ、わたしならだいじょうぶー」
……顔が引きつったままだった。
「次は月を映してみましょう。ミレイア、望遠モードに切り替えて」
ホログラムの視界がゆっくりと動き、やがて灰色の月面が画面いっぱいに広がった。
大きなクレーターの縁や放射状に伸びる光条が鮮明に映し出される。
ただし細かな岩や着陸船のような小さな物体は見えず、地形の雄大な模様だけが浮かび上がっていた。
「静止軌道からの解像度では、月の表面はこのくらいが限界ね。
でも、地質の違いや大きな地形ははっきり分かるでしょう?」
固唾を飲む龐統やその他の将たち。
その横では小喬の子供たちが目を輝かせて映像を見ていた。
やがて月の映像が静かにフェードアウトし、澪が声を掛けた。
「ミレイア、視線を地球に戻して。工房をクローズアップしてみて」
ホログラムの視界がゆっくりと回転し、青い地球が再び画面いっぱいに広がった。
雲の帯が白く流れ、大陸の輪郭が浮かび上がる。さらにズームが進むと、湖の輝きが見え、やがて夢咲島の輪郭がはっきりと映し出された。
「もっと寄って」
澪の指示に応じて、映像は島の上空へと滑り込む。
工房の屋根が見え、開いた天井から外に突き出した星環の影が、まるで自分自身を映す鏡のように画面に現れた。
「わあ……私たちがいる!」
琴葉が指を差し、皆も思わず声を上げた。
ホログラムには、工房の前に立つ自分たちの姿が小さく映っていた。
動きに合わせて映像の中の人影も揺れ、まるで空から覗かれているようだった。
「これが星環の眼よ。静止軌道からでも、こうして地上を観測できるの」
澪の声には、誇らしさと同時にどこか寂しげな響きが混じっていた。
皆は言葉を失い、ただ自分たちが映る映像を見つめ続けた。
「カメラは良さそうね、ミレイアこのまま映像データを蓄積していってね」
澪はホログラムを見つめながら言った。
「この映像はただの記録じゃないの。船の航跡や速度を蓄積して、将来の回避行動の基礎データにするのよ」
映像の中で、湖から流れ出る川に沿って小さな船が動いていた。
その航跡が光の線となって残り、やがて幾重にも重なって網目のように広がっていく。
「ミレイア、航行データを解析して」
ホログラムには船の動きが統計的なパターンとして浮かび上がったが、まだデータは蓄積されていなかった。
それはまるで、未来の安全を守るために星環が“記憶”を刻んでいるかのようだった
「さて、静止衛星がどんなものか、少しは分かったかしら」
澪の眼が皆を見渡すと、人の子は一様に呆然と立ち尽くしていた。
ただ、琴葉と小喬と星蓮の子供五人は澪を憧れの眼差しで見ていた。
「あらあら、大人の皆さん……あまりにも刺激が強かったかしら。
でも、もっと刺激的なものが残っているわよ」
ニヤリと笑い、「ミレイアに会いに行くわよ」と言った。
この時、澪の眼が一瞬だけ遠くを見たのを見逃さなかった。
私と琴葉、澪は肩を並べて、先頭を歩いていた。
「ねえ星愛、これからミレイアと会えるんだよー」
「そうね、ずっとミレイアさんのこと、気になっていたんだよね、私」
澪が私の顔を覗き、ニッコリ笑った。
「ふふふ、きっと気に入ってくれると思うわよ」
と言いながら後ろを振り向く華蓮。
「女神たちは天界で世の理を子供の頃に学ぶから大丈夫だけど……
その後ろを歩く人の子たちは衝撃的だったかしら」
少し不安な顔を見せる澪だった。
「大丈夫よ、紗良に碧衣はしっかり曹英を支えて歩いているでしょ」
「あなたと、紗良、碧衣、琴葉は特別よ……でも曹英は重症ね」
「ははは……交渉官としては一流だけど、根が真面目だからね」
「まあ、自分の世界観が半日で壊されたんだから仕方ないわね」
ため息をついた澪。
(やっぱり、澪さんは優しいな)
「ねえ澪さん、子どもたちを見て……みんな澪さんのこと憧れの眼差しで見ているでしょ」
澪はにっこり笑って答えた。
「まだ世界観ができ上っていないから、みんなこの世界をすんなり受け入れられるのよ」
「そういう意味では、きっと未来は住みやすい世界が広がっているのかな」
澪は少し顔を曇らせた。
「そうでもないわよ、私は創造神、人の子に私のロードマップに合わせて知恵を授けているの……
でも、発展すればするほど、人は貪欲になる。
ずっと先だけど、何十万の人を一気に燃やす武器も発明される予定よ。
怖いわよね……それ考えると知恵は授けずこのままが良いのかなと思う時があるわ」
私は澪のその言葉に驚いて顔を見つめた。
「えっ澪さん、何十万だなんて……」
「ええ、それでも創造を授けるのが私なの……
そして最悪な事態になったら、この地上をひっくり返すだけ。
誤った選択を人の子がしないのを祈るだけよ」
「神様なのに祈るの……そうなる前に人の子を導けばいいと思うのだけど」
「うーん、私は創造神だから文明の手助けはするけど、人の暴走は止められない……
だから夢咲の地上の財産を守るためこの船を作ったのよ」
「そうなの、何か澪さんが遠くに行きそうで嫌だなあ……」
澪は、私の話には答えず話を続けた。
「私の呪縛が解けるまで、この船は地上の財産を守ってくれるわよ。
それに……ミレイアが導いてくれるわよ」
「澪さん……」
「ほら着いたわよ、神の塔に」
澪がそう言うと、三十層の神の塔が、光を反射して目の前に堂々とそびえ立っていた。
(えっ、階段が無いけどどうやって上るの)
一、二層は黒層鋼の柱が剥き出しで中央に小さな円柱の部屋がある。
ダイヤモンドナノチューブに似たガラスで作られた壁、
ただ、上から八層目の壁は間違いなく虹色に輝いているのでダイヤモンドナノチューブの壁だ。
建物の枠は黒く、その表面を赤い光が走り、虹色に反射していた。それは星鋼でできている証だった。
巨大でこんな建物は見たことがない。
「ここが地上界で女神が暮らすための神殿で、ミレイアもここにいるのよ」
「澪さん、階段が無いけど上にはどうやって行くの?」
不思議に思い澪に尋ねた。
「ここは女神が住まう場所、そして住めるのは地上界に降り立つことができる女神だけ……
実は地上界に降り立つことができる女神はみんな空を飛べるのよ」
もう何を聞かされても動じない人の子たちは、黙って頷くのみだった。
ただし、目の奥の好奇心の灯は消えていなかった。
「ところで誰がこの建物に住むのですか」
「そうね、最上層は女神のお茶会用の層で浴場も備わっているのよ……
二十九層は妃良で順番に芳美、理沙、華蓮、美優、ペルセポネが二十四層ね」
「そして、二十三層がミレイアの部屋よ」
「あっ、ダイヤモンドナノチューブの壁の部屋ですか?」
思わず質問すると澪は微笑み頷いた。
「星愛ちゃん、よく分かったわね、その通りよ。
後はその下全部が私の書庫になるわ。
神の塔はね、骨格が黒層鋼、外枠は星鋼、そしてミレイヤの部屋は特別にダイヤモンドナノチューブで作られているのよ」
「え、えー、そんなにたくさん書き物があるんですか?」
「ふふふ、まだ少しだけど、これから二千百年であっという間に書庫は埋まるわよ」
澪は皆を見渡し、声を掛けた。
「さあ、真ん中のエレベータで二十三層のミレイアの部屋に行きますわよ。
このエレベータはミレイアが動かし、ここに住まう女神の声にしか反応しないようになっているのよ」
澪の声に皆は反応するが、誰一人質問する者はいなかった。
(神の前に出るということはこういう事なのかしら)
私はそんなことを考えながら澪を見つめた。
「ミレイア、エレベータを降ろしてくれるかしら」
澪がそう言うと、透明の筒の中を上層から星鋼の円盤が降りてきて、静かに扉が左右に開いた。
「さあ、一度にみんなはいけないから順番に行きましょうか」
澪がそう言い、女神にそれぞれ人の子がついて、グループに分かれて順番に二十三層を目指した。
◇◆◆ 二十三層ミレイアの部屋 ◆◆◇
私たち、紗良、曹英、碧衣、琴葉は芳美と一緒に最後に上っていくことになった。
芳美が「ミレイア、エレベータから他の人を降ろしたら迎えに来てね」と言うと、
エレベータの扉が青色に光った。
「これは、ミレイアの返事で青は『はい』、赤は『いいえ』なのよ。
本当は声も聞こえるのだけど、ミレイアを紹介するまでは聞かせては駄目と、澪に念を押されているの」
「お母さん、澪は何か隠し事があるの?」と尋ねた。
「ただ、あなたたちを驚かしたいだけだと思うわ。
あの子、昔からそういう幼心は抜けきっていないのよね」
時々遠くを見る目をする澪のことを聞こうとした。
「お母さん、澪さん時々……」
途中まで話したところで、エレベータの円盤が降りてきて、ドアが開いた。
「えっ、何かしら?」芳美が私の顔を見た。
「ううん、いいの」
少し気になるだけなので、聞くのは止めた。
エレベータに入るとドアが自動的に閉まり、静かに上昇を始めた。
中は明るく、春を思わせる暖かい風と花の香りが漂い心地よかった。
「この香り、天界で澪が好きな花の香りなのよね」
花の香りで落ち着いたのか曹英が目を輝かせて、芳美に質問をした。
「芳美様、天界ってお花もあるのですか?」
「ええ、もちろんあるわよ。
神々はそれぞれ神殿を持っていてそこに好きな花を咲かせている神が多いわね」
「えーそうなのですか、私も行ってみたいな」
「そうね、曹英ちゃんなら次の転生で神か人か選べるかもしれませんね……
しっかり得を積みなさい」
芳美は曹英に諭すように言った。
(あっそうだ、出生の秘密を聞くなら今だわ)
「ねえ、お母さん、私って……人の子……」
エレベータが二十三層に到着し扉が静かに開いた。
「えっ何かしら?」
先にエレベータを降りる芳美が振り返り私を見た。
「ううん、なんでもないの」
芳美は優しく私を見て頭を撫でた。
(えっ、お母さんは私の気持ち知っているのかしら)
そんな不安を抱えたままエレベータを私たちは降りた。
エレベータを降りると、見たことのない花が咲き、池や小川が流れ、とても落ち着く異国の音楽が流れていた。
そして花の香りと一緒に、紅茶と甘い焼き菓子の香りが心地よく鼻をくすぐった。
とても居心地がよく、懐かしい雰囲気と相まって、ミレイアと会うことに、胸の高鳴りを感じた。
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