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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第74話 討論会


私たちは雨が降りしきる丞相府の階段をゆっくり降りていく。

曹操と程昱が階段の上から私たちを見送っていた。


私たちが黒の遮光塗装の澪式零抵星馳に乗り込むのを見て、

丞相府の謁見の間へと姿を消していった。


私は乗車すると同時に琴葉に目配せをする。

「琴葉、すぐに謁見の間に戻って」

「フフフ、何かを画策するのは客人が帰った後ですよね」

そう言い残し、琴葉は気配を消すように姿を消した。


―― 丞相府謁見の間(琴葉視点) ――


(フフフ、二つの目はごまかせても、八百の目はごまかせんな……

それに、澪開発の気を消す衣を纏ったこの私は無敵ですなぁ)


私は、じっと曹操と程昱が謁見の間に戻るのを、息を潜めて待った。

暫くすると、二人の足音と話し声が聞こえてきた。


「曹操様、あの黒い得体の知れぬ乗り物は何なんでしょうか……」


曹操は目を細めて頷く。


「夢咲自体が得体の知れぬ物よ……あの乗り物は氷山の一角に過ぎぬことよ」


「敵に回すと、厄介な連中ですな……それに、あの徐庶が生きていたとは」

いまだに信じられぬ顔をしている程昱。


曹操も、「もしや、荀彧も……」


「いやいや、さすがにそれはないと思います。

あれだけの爆発で生き残れるとは到底思えません」と、慌てて否定した程昱。


「うむ、しかし徐庶が生きていたのであろう……

荀彧が生きていてもおかしいと思わぬか?」

「左様でございますな――

しかし曹操様に弓を引くような真似はしないと思います」

「うむ、魏に縛られているが故、荀彧がそのような真似はしないであろう」

「もしや、曹操様は荀彧に生きていて欲しいとお思いなのでは……」


……程昱の問いかけには答えず、黙って奥の椅子に座り足を組む曹操。


灯火が灯る謁見の間にいるのは、曹操と程昱だけだった。

外の雨音は静まる気配がなく、風も加わり障子を揺らす音が響いた。


「伏皇后は反骨の女だ」曹操は低く呟いた。

「献帝を骨抜きにするには、あの女を排さねばならぬ。

幽閉か、処刑か……いずれにせよ、残しておくわけにはいかん」


程昱は目を細め、静かに頷いた。

「しかし、ただ処刑すれば民心は乱れましょう。

皇后を慕う者も少なくはない。大義名分が必要です」


曹操は杯を傾け、苦笑を浮かべる。


「大義名分、か。ならば夢咲を利用するのも一手だろう。

あの若き者たちに伏皇后と舌戦させ、正統を否定させればよい。

民の前で皇后の言葉を打ち砕けば、処断も容易になる」


程昱は扇を軽く打ち合わせ、言葉を継いだ。


「なるほど。夢咲は己の理想を語らずにはいられぬ。

彼らの言葉は鋭いが、同時に未熟。

伏皇后の矜持を逆撫でし、反逆の意志を露わにさせれば……

その場で断罪できます」


曹操の目が細く光る。


「そうだ。討論の場を設け、官も民も集める。

そこで伏皇后の反骨を示し、夢咲の理想を利用して彼女を追い詰める。

……これで献帝は完全に骨抜きだ」


二人の間に沈黙が落ちる。外の風が一層強く吹き込み、灯火が揺らめいた。

程昱はその揺らぎを見つめながら、低く囁いた。


「ただし、殿。夢咲は侮れませぬ。彼らの言葉が民心を奪うこともありましょう」


曹操は一瞬だけ目を細め、やがて笑みを浮かべた。


「ならば、それもまた利用すればよい。勝っても負けても、我が策の内だ」


その笑みは冷たく、夜の闇に溶けていった。


曹操は杯を置き、口元に冷笑を浮かべた。


「勝っても負けても、すべて我が策の内よ。

伏皇后も夢咲も、この手のひらで転がしてみせる」


程昱は扇を閉じ、しばし沈黙したのち、低く呟いた。


「……されど殿。夢咲は理想を語るだけの若者ではございません。

もしや、民心を奪うのは伏皇后ではなく、彼らの方かもしれませぬ」


曹操の笑みは崩れなかったが、その瞳に一瞬だけ影が走った。

夜風が吹き込み、灯火が揺らめく。

二人の間に落ちた沈黙は、嵐の前触れのように重かった。


(おやおや、曹操は私たちと伏皇后を討論させて、伏皇后を断罪するつもりか。

話がトントン拍子に進んだから何かあるとは思っていたけどそう言う事だったのね

やっぱり、曹操は夢咲をも駒にするつもりなのね。

でも駒は時に盤を覆すのを覚えた方が良いわね……)


私はこれ以上得る物はないと思い、星愛の肩へと戻って行った。




―― 迎賓楼・大鳳浴場 ――


私たちは宿泊先の迎賓楼の大鳳浴場に来ていた。

七年前に来た時はまだ八歳の娘だった私たちはもう成人の身体になっていた。


私は冷たくなった身体を湯船に入ってゆっくり温めていた。

湯煙に霞んだ綺麗な身体の小喬が私の横に入って来た。


「わあ、小喬さんは身体もとても美しいですね……」


私は自分の胸に目を落とし思った。

(うう、私の完敗ね……)

ふと、浴場の入り口の方に目を移すと、娘のような琴葉が飛び込んできた。


バシャーン!


私と小喬の顔めがけて湯船の飛沫がかかる。


「こらー、琴葉!飛び込まないでよ」


といいつつ琴葉の身体を見てニンマリ笑う私がいた。


小喬は口に手を当て微笑んだあと、琴葉を後ろから抱えながら、

「あらあら、いけない子ね……でも、元気があっていいわね」

と言いながら琴葉の頭を撫でた。


「テヘへ、小喬さんの胸が背中に当たって気持ち良いです」

と、言いながら朱色に頬を染めていく琴葉だった。


その様子を見ながら体を洗い終えた紗良と、曹英が湯船に入って来た。


「琴葉、丞相府はどうだった?」と紗良が尋ねた。


「もちろん、ばっちしだよ……後でお部屋で話すね!」と上機嫌のこ琴葉だった。


曹英が私の横に来て静かに身体を寄せてきた。

「ねえ、碧衣がいないけど……

こうやってみんなでお風呂に入るのは久しぶりね」と嬉しそうに話した。


「あっ、曹英……なんで星愛(ティア)の横に座るの?」と少し怒り気味に言った。

「だって、ここが空いていたんだもん」と微笑む曹英。

「でも、なんで腕を組んでいるのよ」と目を吊り上げる紗良だった。


私は二人の胸を見て、再びしょんぼり顔になった。

そんな私を見て心を読んだのか、小喬が私の耳元で囁いた。


星愛(ほしあい)ちゃんはまだまだこれから成長していくの……

寂しい顔は似合わないわよ」と言いつつ身体を寄せてきた。


私はずっとこの時間が続けばいいのになあ……と、少しの休息時間を楽しんだ。

楽しい会話がしばらくの間、湯煙に溶け込んでいった。


楽しいお風呂の後は部屋に戻り、徐庶を交えて琴葉からの報告を聞いた。

雨も上がり、雲の合間からは光輝く星が私たちを見守っていた。




―― 翌朝 ――


私たちが朝食をとっていると、曹操の使者から書簡が届いた。

皆が顔を見合わせて、朝食を給仕に下げさせ、書簡を卓の上に開いた。

そして声に出して読み上げた。


―――――――――――――――――――――


建安十九年十一月九日

丞相曹操


夢咲の星愛殿並びに一行へ


汝らの来訪、確かに受け取った。

魏は礼を重んずる国なれば、汝らの求めに応じ、

十一月十二日、丞相府前庭にて謁見を許す。


ただし、謁見のみにて終わらせることはせぬ。

この機に、官と民の前にて公開の討論を行う。


題は一つ。

「王朝の威徳と、経済の富国、いずれが民に安寧をもたらすか」


伏皇后も列席させる。

汝ら夢咲の理念を、余の前で、また天下の前で示すがよい。

その言葉が真に民を動かすものか、あるいは虚妄に過ぎぬか、

この場にて明らかにしよう。


――丞相 曹操


―――――――――――――――――――――


読み終えた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。


紗良が眉をひそめる。

「やっぱり来たわね……公開討論。これは歓迎じゃなくて、試練よ」


曹英は腕を組み、静かに頷いた。

「曹兄らしいわ。正面から理念を試すつもりね。

でも、伏皇后を断罪するための舞台でもある……」


琴葉はにやりと笑った。

「ふふ、罠と分かっていても飛び込むしかない。

でも、罠は逆に仕掛け返すこともできるんだよ」


劉明は冷静に曹操から書簡を覗き込みながら言った。

「王朝と経済……これは単なる理屈比べではありません。

民心をどちらが掴むか、その一点に尽きます」


小喬は少し不安げに手を胸に当てた。

「伏皇后様……あの方がどう応じるかで、すべてが変わるのね」


徐庶は目を閉じ、静かに言葉を紡いだ。

「討論は剣よりも鋭い。だが、理念は盾にもなる。

我らが語る言葉が、民の未来を照らすと信じよう」


私は皆を見渡し、深く息を吸った。

「これは挑戦状よ。

でも、夢咲は理念を掲げる地。逃げる理由はない。

――受けて立ちましょう」


その言葉に、仲間たちは一斉に頷いた。

外では再び雨が静かに降り続いていたが、部屋の中には確かな決意の熱が満ちていた。




―― 建安十九年十一月十二日、丞相府前庭 ――


冬の空は雲一つなく澄み渡っていた。

丞相府の前庭に、すでに群衆が集まり始めていた。


丞相府に用意された高座には献帝と曹操が腰を下ろし、程昱や荀攸、夏侯惇ら重臣が左右に控える。

その下段を数千の禁衛の兵が石畳に槍を突き立て、幾重にも整然と並んでいた。

そして、討論の席を囲むように民衆が集められ、ざわめきは波のように広がっていた。


「本日、伏皇后の去就を定める」


曹操の声が響く。彼の眼差しは冷たく、すでに結論を決めているかのようだった。

献帝は隣に座していたが、顔を伏せ、言葉を発しない。

献帝の反応とは対照的に、群衆が息を呑み、ざわめきが広がった。


やがて伏皇后が進み出る。幽閉の日々を経てもなお、その姿には威厳が宿っていた。


「民は正統の旗の下にこそ安らぐ。漢の血脈を絶やしてはならぬ」


その声は澄み渡り、民衆の胸を打った。

対する私と曹英、劉明の三人。私は一歩進み出て、灯花の灯りを指し示す。


「旗ではなく、この灯りこそが人を導きます。民が求めるのは血統ではなく、明日の糧と温もりです」


曹英が続く。「私は魏の血を引く者。しかし血よりも、未来を選ぶ勇気を信じたい」


劉明は深く頭を垂れた。「私は漢の末裔。だが、血を誇るよりも、民のために生きることを選ぶ」


伏皇后の瞳が揺れる。彼女はなおも言葉を返す。

「だが、正統を失えば世は乱れる。民は寄る辺をなくし、混乱に沈む」


私は静かに応じた。

「寄る辺は血ではなく、共に灯す明かりです。ここにいる誰もが、その証人です」


民衆の間から「そうだ」と声が上がり、灯花の光が一層強く揺らめいた。


曹操は眉をひそめた。彼の思惑は、伏皇后を反逆者として断罪することにあった。

だが、民衆の空気はすでに夢咲に傾いている。


そのとき、伏皇后は献帝を見やった。

彼はただ沈黙し、何も語らない。皇后の目に涙が浮かぶ。


「あなたは……何も言わぬのですか」


献帝は答えず、ただ視線を落とすばかりだった。


小喬が静かに伏皇后に歩み寄り、耳打ちをした。

「もうこれ以上は何も言いますまい……

明朝、私たちは洞庭湖に立ちます。

皇后の位を返上し、夢咲と歩み、民の幸せを願うのなら、私たちと一緒に歩みましょう」


その言葉に伏皇后は唇を一文字に結び、民衆の声に一瞬耳を傾ける。

胸を抱くように組んだ指先には力が入り、下をうつむき、肩を震わせるだけだった。


(漢王室復興を願うのであれば……

明日、曹操により「過去の暗殺計画を企てた」として罪を問われ、その場で断罪される。

伏皇后に過去の名を脱ぎ捨てるのであれば……

夢咲の「星」と、皇后の清らかさを象徴する「蓮」を合わせる、星蓮(せいれん)として再び輝く)


私はペルセポネの書簡を思い出し、

「生きるも死ぬも、あなた次第……」と呟く。

一瞬、伏皇后の指先が反応したように見えた。


私は伏皇后を一瞥し、曹操に頭を下げこの場を後にした。




―― 建安十九年十一月十三日・許都 城門前 ――


冬の朝の空気は澄み、白い吐息が立ちのぼる。

城門がゆっくりと開かれると、その前に伏皇后の姿があった。

両の手には二人の子の手をしっかりと握り、背筋を伸ばして立っている。

昨日まで「皇后」と呼ばれた衣はすでになく、質素な衣に身を包んだその姿は、

むしろ一人の母として、そして新たな道を選んだ一人の女性としての威厳を放っていた。

群衆が遠巻きに見守り、ざわめきが静まる。

私は一歩進み出て、深く頭を下げた。


伏皇后は長く息を吐き、星愛の方へと向き直った。


「私は、もう献帝には託せぬ。

……夢咲よ、もし私と子らを受け入れてくれるなら、あなたたちと共に歩みたい」


その声は震えていたが、確かな決意を帯びていた。

私は静かにその手を取った。


「もう孤独ではありません。ここからは、私たちと共に」


伏皇后の頬を涙が伝い、遠巻きに見ていた民衆には涙する者、手を合わせる者……

そしてざわめきが波のように広がり、歓声が湧き上がった。

後ろから見ていた曹操らの馬上の集団は沈黙したまま、朝の陽に照らされる伏皇后と私を見つめていた。彼の思惑は崩れ去ったが、その場を覆う光と声を前に、もはや断を下すことはできなかった。

こうして、漢の正統を象徴する皇后は、夢咲の一員として新たな未来を選んだのである。


「お待ちしておりました。共に参りましょう」


そう言うと伏皇后は短く頷き、子供たちを促して澪式零抵星馳へと歩み寄る。

小喬が子供たちを優しく迎え入れ、曹英が扉を開いた。

その瞬間、伏皇后はふと立ち止まり、振り返って許都の城壁を見上げた。

長く過ごした宮廷の影がそこにあった。

だが、その瞳には涙ではなく、決意の光が宿っていた。

彼女は子供たちの頭に手を置き、静かに言葉を紡いだ。


「子よ……これからは血統ではなく、共に歩む道を選びましょう。

母はもう、過去には縛られない。あなたたちと共に、新しい未来へ向かいます」


子供たちは小さく頷き、その手を強く握り返した。


「……さあ、行きましょう」


伏皇后は小さく呟き、子供たちと共に車へと乗り込んだ。

澪式零抵星馳の車輪が低く唸りを上げ、石畳を離れていく。

城門が遠ざかり、やがて視界から消える。

こうして伏皇后と二人の子は、夢咲と共に新たな旅路へと歩み出した。

その行き先は――洞庭湖。

未来を選ぶための、新しい朝が始まっていた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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