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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第73話 再び許都へ


まだ夜明け前、洞庭湖の水面は薄い靄に包まれていた。

湖畔の発着場に並ぶ二台の澪式零抵星馳は、灯花の光を受けて静かに輝いている。

その姿は、まるで未来へと走り出す獣のようだった。


先頭の一台には、紗良が操縦席に座り、私と劉明、徐庶、小喬、琴葉、そして護衛の兵士六名が乗り込む。

もう一台には十四名の兵士が配置され、後方支援と護衛を担う。


私は小声で、「……いよいよね。今日の道程が、夢咲の未来を決めると思うの」

と言うと、徐庶がゆっくり頷き優しい表情で話す。

「伏皇后の懐柔が成功すれば、また一段私たちは成長できます」

小喬が、「大丈夫よ、必ず成功します」と硬い表情で頷く。


護衛の兵士たちの武具が振れる音が後部座席からは聞こえた。


(これは、一歩間違えれば曹操と事を構えることになるかもしれないわ……

気を引き締めないといけないけど、何このわくわく感)


私は微笑みをこぼしながら、前方の窓を見た。


そして紗良は操縦桿に手を置き、短く答える。

「任せて。必ず許都まで運ぶ」

闇を照らしていた灯花が一つ、また一つと消え、代わりに東の空が白み始めた。

夜と朝の境を越えるように、私たちの旅も始まった。


澪式零抵星馳の車輪が低く唸りを上げ、地を滑るように動き出し、超電導モーターが甲高い音を響かせ、靄を裂いて進んだ。

兵士たちは無言で頷き、槍の柄を握る手に力を込めていた。


湖畔に残った者たちが、静かに手を振って見送る。

その姿は、祈りにも似ていた。


澪式零抵星馳は、山間の街道を滑るように疾走していた。

車体の振動はほとんどなく、外の風景だけが猛スピードで後方へ流れていく。

朝の光が差し込み、車内には淡い金色の光が満ちていた。


私は前方の窓を見つめながら、静かに口を開いた。


「旅の本当の目的は……

彼女を夢咲に迎えることができるかを見極める旅よね」


紗良が操縦席から声を投げる。

「許都の空気は重い。曹操の牙城に踏み込む以上、外交だけじゃ済まない覚悟はしてる」


私が、「先ずは曹操に挨拶をしないといけないわね。ないがしろにすれば怪しまれる」

と言うと、徐庶が答えた。

「幸い、夢咲は長江全域にわたり影響力を持つようになりました。

ここは、次に黄河を上るので挨拶に参ったということにするのが良いでしょう」


私は頷いた。

「ただ、曹操は寿春で荀彧の暗殺に巻き込まれ、徐庶さんも亡くなったと思っています」

私の言葉に徐庶は頷き答えた。

「夢咲に命を救われたということにしましょうか……

そしてその恩義に応えるため、私が夢咲に力を貸す約束をしたということにしましょう」

「それでは、曹操に儀が立たないのではありませんか?」と私が尋ねた。


徐庶は微笑みを浮かべ、「この件は、私が誠意をもって処理します。理念を通すために」

と言ったので私は、「徐庶さんがそこまで言うなら、この件は任せるわね」と答えた。


私は皆に声をかける。

「表向きの第一の目的は黄河進出にあたり曹操に挨拶に来たという事で良いわね」

と言うと、皆が頷いた。


曹英が腕を組み、窓の外を見ながら言った。

「そして本来の目的の伏皇后です……

伏皇后が私たちの理念を受け入れるなら、夢咲は背を支える。

でも、血統に縋るなら……私はその背を斬る覚悟で来ています」


琴葉が地図を見ながら、少しだけ眉を寄せる。

「許都の民意は複雑よ。伏氏の名に期待する者もいれば、恐れる者もいる。

空気を読むのは難しいけど……彼女が“民の声”に耳を傾けるなら、道はあると思う」


そして劉明が静かに頷く。

「彼女は、漢王室の象徴として生きてきました。

でも、夢咲は“血統”ではなく“理念”で立つ地。

その違いを、彼女が理解できるかどうか……それが鍵ですね」


徐庶が目を閉じていたが、ゆっくりと開き、言葉を紡ぐ。

「民の声は、過去を赦すためにあるんじゃない。未来を選ぶためにある。

伏皇后がその声を受け止めるなら、夢咲は彼女を迎えるべきだ」


小喬が膝に手を重ね、遠くを見つめるように語った。

「彼女は、かつて江南で民の声に耳を傾けていた。

伏皇后としてではなく、一人の人として。その姿が、今も残っているなら……私は信じたい」


私は皆の顔を見渡し、静かに頷いた。

「この旅は、過去を赦すためのものじゃない。未来を選ぶためのもの。

その選択を、彼女ができるかどうか――私たちは、それを見届ける」


車内は静かになった。

外では、村人たちが畑に出て、流星のように駆け抜ける車列を見上げていた。

子供たちが歓声を上げ、兵士たちは無言で警戒を続ける。

澪式零抵星馳は、理念を乗せて、許都へと向かっていた。


そして、昼下がり、旅路の途中からぽつぽつ降り出した雨が強くなり、

その雨に煙る許都の城門が見えた。

その城門は、まるで過去の亡霊を隠すように、静かに佇んでいた。



―― 許都 ――


澪式零抵星馳は思っていた通り、城門で止められた。


曹英が傘を差し車から降りた。

車内にも雨が傘を叩く音が心地よく聞こえてきた。


曹英が城門の兵を一瞥して、「曹兄(曹操)に伝えて、夢咲の曹英がきたと」

城門の兵は訝しむように、澪式零抵星馳と曹英を睨め回していた。


曹英が威厳をもってもう一度言う。

「これが最後よ、曹兄に曹英がきたと伝えなさい」


それでも怯む様子がない兵士たちが澪式零抵星馳から降りてきた人物を見て驚いた。


「徐庶様、何ゆえこのような得体の知れぬ乗り物に乗られているのですか?」

と尋ねた兵士を一喝した徐庶。

「お前らはこの私が乗る乗り物を得体の知れぬものと言ったな――

また、曹操様の妹君にも無礼な態度を取った、万死に値する行為だぞ!

はよ、丞相府に伝えよ」


血の気が失せた兵士の一人が慌てて馬に飛び乗り城門の中へと消えていった。

暫くすると馬に跨った、従兄の曹洪と曹英のことを幼いころから知る夏侯惇が現れた。


傘をさして澪式零抵星馳の前に立つ曹英に曹洪が声をかけた。

「おお、曹英ではないか……なんじゃ、この面妖な乗り物は」

「あら、曹洪までそのようなことを言うのですか。あんまりですわ」

「はは、でも面妖なのには変わりがあるまい」と夏侯惇が曹洪を援護した。

「まあ、叔父上までそのような……」


そして澪式零抵星馳を降りた徐庶が声をかけた。

「お二方ともご健在で何よりです。しかし、曹英殿いじりはいささか大人気ないと思いますぞ」

「ぬぬ、ぬし、本当に生きておったのか……

荀彧と一緒に寿春で亡くなったものと思っておったぞ」


驚きを隠さず曹洪が唸った。


「ははは、こうやって生きています。

私の件も合わせて曹操様と大切な話がしたいのですが……

取り次いではもらえんか」

曹洪が「分かり申した。

夢咲は魏にとっても大切な相手……しかも曹英もおる。

断る理由がないであろう、ついてまいれ。儂が案内する」

曹洪と夏侯惇は馬に跨り、澪式零抵星馳の前に立ち丞相府へと先導するかのように歩き出した。


二頭の馬の蹄の音と澪式零抵星馳の甲高いモーター音は、許都に降る雨の音にかき消されていった。



―― 丞相府 ――


二頭の馬を先頭に澪式零抵星馳ゆっくり丞相府へと入っていた。

やがて、謁見の間へと続く階段の前で車はゆっくり停車した。


階段を見上げると、三人の黒い人影がこちらを見下ろしていた。

私は、車から降りて傘を差しゆっくり階段を上った。

傘を叩く雨の音が激しさを増し、上から流れてくる水で足元は濡れた。


階段を上りきると、曹操と程昱、そして文官であろう男が後ろで傘をさして待っていた。

三人はこちらに向かってゆっくり頭を下げ、こちらも礼に応えた。


顔を上げた私たちの顔ぶれを見た曹操と程昱に、静かな緊張が走ったのを私は見逃さなかった。

それは徐庶の姿を見た時、程昱が目を見開き、曹操が眉をひそめた。


「……徐庶、貴様……生きていたのか」

程昱の声は驚きと警戒を含んでいた。

曹操は目を細めて、徐庶を見据えた。

「寿春で荀彧と共に命を落としたと聞いていた。

それが、夢咲の使者として現れるとは――これは、裏切りか?」


徐庶は静かに頭を下げ、言葉を選びながら口を開いた。

「寿春で命を落とすはずでした。

ですが、夢咲の医療と民の手によって命を救われました。

理念に殉じることこそが、荀彧殿の志を継ぐ道だと、私は思ったのです」


程昱が低く唸った。


「理念か……それは魏を捨てる理由になるのか?」


徐庶は一歩進み、曹操を真っ直ぐに見つめた。


「私は魏を否定したのではありません。

むしろ、魏が掲げた“民のための政”を、夢咲で実現したいと願ったのです。

夢咲は、血統ではなく理念で立つ地。

私はその理念に命を預けると決めました」


曹操はしばらく沈黙し、やがて小さく笑った。


「……荀彧の志を継ぐか。

ならば、夢咲に属することもまた、一つの道かもしれんな」


程昱は腕を組み、徐庶を見つめたまま言った。


「理念は剣にはならぬ。だが、民を動かす力となる。――その剣が、魏に向けられぬことを願うぞ」


徐庶は深く頭を下げた。


「夢咲は、民の声を拾う地です。

剣を振るうためではなく、道を拓くために――私はここに立っています」


雨が強く降りしきる丞相府の空気が、静かに変わった。

生死を越えた理念の選択が、曹操と程昱に受け入れられた瞬間だった。


―――――


丞相府の謁見の間で、雨に濡れた衣を整えた両陣営が向かい合った。

夢咲からは星愛を先頭に、紗良、曹英、琴葉、劉明、徐庶、小喬が並び、

曹操側には程昱と文官一名、曹洪、夏侯惇が控えていた。


私は頭を下げ一歩進み、静かに口を開いた。

「夢咲はすでに長江全域に拠点を築き、理念を民に届けてまいりました。

このたびは黄河流域にも拠点を置き、民の暮らしを支えるべく参りました。

魏とは通商条約により、互いの理念と利益はすでに結ばれております。

本日はそのご挨拶のために参上いたしました」


曹英が続けて、毅然と声を添える。

「曹兄の治める許都と黄河の地に、夢咲の光を届けることは、

魏と夢咲双方にとって益あることと信じております」


広間に一瞬の静寂が落ちた後、程昱が口を開いた。

「夢咲の進出は、すでに条約により認められている。

黄河の流域が豊かになれば、魏の民もまた潤うであろう。

経済の発展は剣よりも確かな力をもたらす。歓迎しよう」


曹洪が頷き、笑みを浮かべる。

「黄河の地は広く、民の営みも多い。

夢咲がそこに拠点を置くなら、交易も活発になろう。

魏にとっても悪い話ではない」


夏侯惇が腕を組み、低く言葉を添える。

「理念はともかく、民が豊かになるなら異論はない。

曹公もまた、それを望まれるであろう」


こうして、黄河進出の挨拶は滞りなく受け入れられ、

会談の空気は形式的ながらも穏やかに流れていった。


(話すなら今ね)

私はそう思い、曹操にお願いをした。


「曹操さん、一つお願いがあるのですが……」

私は一歩進み、静かに頭を下げた。

「夢咲で織られた絹を、漢王室への献上品としてお納めいただけないでしょうか。

民の手によって織られたこの絹は、夢咲の理念と技術の象徴です。

伏皇后様に拝謁し、直接お渡しできればと願っております」


広間に一瞬の静寂が落ちた。

程昱が眉を動かし、曹洪が驚いたように私を見つめる。

夏侯惇は腕を組み直し、曹操は目を細め静かに私を見つめていた。


やがて、曹操が口を開いた。

「夢咲絹か……民の手によるものならば、漢王室にとっても意味がある。

伏皇后に拝謁したいというのも、礼を尽くす意志と見た。

よかろう。御用達として受け入れ、伏皇后との謁見の場を設けよう」


私は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。夢咲の民も、きっと喜びましょう」

こうして、夢咲絹の献上を通じて、伏皇后との謁見が正式に認められた。

理念と礼節が交差する場が、静かに幕を開けようとしていた。


雨音の中、次なる試練の扉が静かに開かれようとしていた。




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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