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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第71話 龐統(建安十九年/214年4月)


―― 時代の背景 ――


建安十五年(210年)。

赤壁の戦いから数年が経ち、荊州は徐々に劉備の支配下へと移りつつあった。周瑜の死は孫権の密かな計らいによるものとして外界には伏せられ、荊州の帰属をめぐる駆け引きは一層緊張を増していた。劉備は江陵を拠点に着実に勢力を固め、次なる一手を探っていた。

その頃、劉備のもとに異彩を放つ男が現れる。龐統――「鳳雛」と称される才気溢れる軍師である。

建安十六年(211年)

劉備は荊州南部を平定し、益州への進出を視野に入れる。龐統は劉備に「連環計」などの策を進言し、蜀への進軍の道筋を描き始める。

建安十七年(212年)

劉備は益州の劉璋から援軍要請を受け、これを機に益州へ入る。龐統はその軍師として随行し、劉備に「まずは劉璋を討つべし」と進言するが、劉備は即断せず、時間をかけて益州内部に足場を築いていった。

建安十八年(213年)、劉備は益州での影響力を強め、ついに劉璋との対立が表面化する。龐統は軍略の中心として劉備を支え、成都攻略の布石を打った。

建安十九年(214年)

成都攻略の途上、龐統は落鳳坡にて伏兵に遭い、落石と矢に倒れる。


一方の夢咲連環政府では210年に周瑜を迎え、妻の小喬は貂蝉に師事して医の道を志した。

長男の周循(しゅうじゅん)は夏口の夢咲学術院・学術院部・防衛学科に入学し、洞庭湖の高等部に次男の周胤(しゅういん)が、初等部には周妃が入学した。

周瑜は防衛学科の学科長とし、戦乱に苦しむ民を救うため、夢咲の星環機を活かした戦術の研究と後輩の指導と育成にあたっていた。

213年には王佐の才・荀彧、影の王佐・徐庶を迎え入れ、徐々に人材の層が厚くなってきた。

また、教育や研究に力を入れた夢咲連環府は戦乱に苦しむ民を救うため、洞庭湖から長江を遡り、夷陵(宜昌)、巴東(三峡)、白帝城(奉節)、そして成都に星環府を設置。214年の時点で西域への道を拓き、さらに海への進出を視野に入れていた。




◇◆◆ 夢咲学術院執務室 ◆◆◇


14歳になった私と紗良、曹英、碧衣、琴葉は執務室の卓を囲んでいた。


そして卓の上には『214年4月20日』と書かれた封筒が置かれていた。


琴葉が、「急に招集がかかったから何ごとかと思ったら……封筒だったのね」

にこやかに私を見た。

「うん、救える命があるなら救いたいと思うでしょ」

と私が言うと、紗良が頷いた。

「ホント、星愛(ティア)は優しんだよね……」

「あら、私はそんな星愛(ティア)が大好きなのよ」

曹英は私の腕を取り、頬を寄せてきた。

「コラッ、曹英!そんなこと私が許さない……離れなさい」

と言いながら、私と曹英の間に割って入って来た。

「もう、あんたらは十四になっても変わらないんだから」

すまし顔で碧衣が二人を諭した。


ビリッ――


「あっ」


皆が封筒の方見ると、目を光らせて封筒の中身を出している琴葉の姿があった。


「あー、ことは!」私は思わず叫んだ。


「良いでしょ」と言いながら、赤い紙をテーブルに置いた。

私たちの視線が一斉に、異様な気配を放つ赤い紙に注がれた。




――――――――――


建安十九年(214年)四月二十七日


成都攻略の途上、龐統は落鳳坡にて伏兵に遭い、その隊はほぼ壊滅。

生き残った兵は「落石と矢に倒れた」と劉備に報告した。


しかし実際には、龐統は落石を避けた際に谷へ転落し、骨折により動けず、雨天の寒気に衰弱していった。


死因:低体温症による衰弱死


裁定:延命を許可す


――ペルセポネの記録――

「汝の志、未だ果たされず。夢咲にて再び歩むを許す」


――――――――――



「落鳳坡かあ……遠いね」と碧衣が呟く。

「それに、遭難しているみたいだから探すのにも手間取りそうね」

曹英が腕を組みながらため息を漏らした。


「みんな、諦めないで……」

紗良が、「澪星で洞庭湖から成都まで……逆流を遡るから三日は見た方がいい」

「あまり時間が無いけど、私が先に成都へ転移して救助隊を組織しようか?」

心配そうに私を見つめる琴葉。


(琴葉の優しさには感謝するけど、やみくもに探しても意味ないわね……)


私はあることが閃いた。


「碧衣、私と一緒に行ってくれるかしら?」

しばらく考えて、合点がいった碧衣。

「銀の鉄扇で龐統を探すのね」

私は微笑みながら頷き、他の医療班について話した。

「今回は劉備さんの兵がいるかもしれないので、貂糜(ちょうび)は連れて行けないね……

小喬(しょうきょう)と劉明からなる医療班に同行してもらいましょう」

曹英が、「これなら必ず見つけて、救うこともできそうね」

と言い、自信に満ちた笑顔を見せた。


こうして、私たち救出班は彗星に三台の星馳を乗せ成都へ向けて出発した。




◇◆◆ 落鳳坡(龐統視点) ◆◆◇


山道は不気味なほど静かだった。

木々のざわめきが耳にまとわりつき、胸の奥に嫌な予感が広がる。


「……妙だ」


そう呟いた瞬間、頭上から轟音が落ちてきた。

巨岩が崩れ落ち、兵たちの叫びが谷に響く。

矢の雨が闇のように降り注ぎ、前後の隊列は瞬く間に乱れた。


私は咄嗟に馬を飛び降り、岩陰に身を滑り込ませた。

矢が石に突き刺さり、火花を散らす。兵の悲鳴、馬の嘶き、血の匂い――

すべてが渦を巻いて押し寄せる。


「退け! 散開せよ!」


声を張り上げたが、混乱は止まらない。落石が道を塞ぎ、退路は閉ざされた。

私は必死に駆け、崩れ落ちる岩を避けた。だが足元の土が崩れ、視界が反転する。


「しまった――!」


身体は宙を舞い、次の瞬間、谷底の岩肌に叩きつけられた。

鈍い衝撃が全身を貫き、右脚に焼けるような痛みが走る。


骨が折れたのだと直感した。


息を整えようとするが、肺に冷たい空気が突き刺さる。

立ち上がろうとしても脚は動かず、ただ泥に沈むばかりだった。

頭上ではなおも矢が飛び交い、仲間の叫びが遠ざかっていく。

私は谷底に取り残されたのだ。


やがて雨が降り出した。


最初は細い滴だったが、すぐに冷たい豪雨となり、衣を濡らし、体温を奪っていく。

震えが止まらない。指先の感覚が薄れ、唇が痺れる。


「……ここまでか」


声に出すと、雨にかき消された。

私は空を仰いだ。灰色の雲が低く垂れ込め、稲光が一瞬、谷を照らす。

かつて諸葛亮と並び称された「鳳雛」としての志――

劉備の天下を支えるはずだった夢が、冷たい雨に溶けていくように思えた。


意識が遠のく中、私は奇妙な安堵を覚えた。

戦場の喧噪も、血の匂いも、今はもう届かない。

ただ冷たさだけが、確かな現実として身体を包んでいた。


「まだ……終わっては……」


最後の言葉は唇の動きだけで、声にはならなかった。

視界が暗転し、世界は静寂に沈んだ。




◇◆◆ 落鳳坡(星愛視点) ◆◆◇


私たちは星馳で落鳳坡に到着した。

春の長雨でぬかるんだ地面に、力強いキャタピラの跡が残っている。


私は碧衣の顔を見て頷くと、碧衣は静かに銀の鉄扇を水平に構えじっと見る。

「生きている人はいないわね……」


冷たい雨に晒された、劉備軍と思われる無数の亡骸。

雨に濡れた兵の顔を一人ひとり布で覆い、祈りを捧げ、灯花の灯で弔う。


星馳の爪が濡れた台地に穴をあけ、亡骸を集めて埋めていく。


「もう少し、北へ移動してみて……」

碧衣が指示を出し、水音(みおん)が谷を避けるように星馳を操作する。


強くなった雨が、星馳に容赦なく振り注ぎ、車内は雨音で満たされていく。


「止まって!」


碧衣の緊張した声が雨音を分断した。


「この下、間違えない……生存者がいるわ」


直ぐに救助隊がロープを降ろし、谷へと降下を始める。

そして、クレーンにつるされた担架に生存者を横たえ、引き上げていった。




◇◆◆ 冥府の入り口(龐統視点) ◆◆◇


闇に包まれた静寂の中、龐統は一人歩いていた。

足元には霧が立ち込め、空も地もない世界。

それが冥府――魂が次の行き先を選ぶ場所だった。


やがて、白銀の門の前に一人の女性が現れる。

その姿は神秘的で、冷たさと慈しみを併せ持っていた。


門の見慣れぬ白い絹を纏った、若い美しい女性が立っていた。

その女性は自身をペルセポネと名乗り私に声をかけてきた。

「鳳雛。あなたの命は尽きかけているわよ。

でも、まだ選ぶことはできるの……

次の転生を受け入れるか、夢咲に拾われて志を完遂するか――」


私は言葉を返せず、ただ彼女の指差す鏡を見つめた。

そこには、血に染まった自分の姿と、必死に蘇生処置を施す夢咲の医師団の姿が映っていた。

美しい女医が額に汗を浮かべながら心臓の鼓動を探り……

その傍らで、どこかで見た娘が「まだ生きている……!」と叫んでいた。


ペルセポネが「ほら……あなたの命は、まだ誰かに望まれているでしょ。

でもね、選ぶのはあなた自身。志半ばで次の命を歩むもよし。

夢咲と共に、未完の志を完遂するもいいのよ――」


私は鏡の中の自分を見つめ、静かに目を閉じた。

そして、ゆっくりとペルセポネに向き直る。


「私は……まだ終われぬ。

この命、夢咲に預けよう。志を果たすために」


ペルセポネは微笑み、門を閉じると、霧が龐統を押し戻した


「まだ果たせぬ志を……」


その瞬間、私の胸に再び鼓動が走り……指がわずかに動いた。

そして、全身に激痛が走り、同時にと生きているという感覚が蘇る。




――― 星馳車内(星愛視点) ―――


「あっ!動いた、動いたよ……指が動いた」


私は指が一瞬動いたのを見て、思わず大きな声でさらに呼びかけた。


「ほうとうさーん!……ほうとうさーん!!」


龐統の腹に馬乗りし、必死で胸を押し込んでいた小喬(しょうきょう)の手が止まり、私の肩に手を添えて、微笑んだ。


星愛(ティア)様……もう、大丈夫です。しっかり心が命を刻みだしました」


額には玉のような汗が浮かび、髪を伝って顎まで滴った顔がこちらを見て満面の笑みを浮かべていた。

私は小喬(しょうきょう)の汗を袖で拭いながら、自分の目頭も片方の手で拭った。


星愛(ティア)様は泣き虫なんですね」

小喬(しょうきょう)が私の傍らに立ち、そっと頭を撫でた。




――― 星馳車内(龐統視点) ―――


揺れる振動と、低く唸る機械音が耳に届いた。


瞼を開けようとしても重く、視界はまだ霞んでいる。

冷たい雨の感触は消え、代わりに温かな布が身体を覆っていた。


「……脈、戻った!」


誰かの声が近くで響く。

ぼんやりとした視界の中に、光が差し込む。

星馳の天井に埋め込まれた灯花の灯りが、雨雲の下とは思えぬほど明るい。

横に座る少女が必死に私の手を握っていた。

涙で濡れた頬、しかしその瞳は強い光を宿している。


「龐統さん、聞こえますか? あなたは……まだ生きている」


その声に導かれるように、私はかすかに唇を動かした。


「……ここは……」


答えの代わりに、胸に温かな衝撃が走る。心臓が再び力強く鼓動を刻み始めたのだ。

夢か現か分からぬまま、私は確かに感じていた。


――まだ終わってはいない。


星馳の車内には、雨音と機械音、そして仲間たちの安堵の吐息が混じり合っていた。




――星馳車内(星愛視点)――


星馳の車内は、雨音と機械音が混じり合い、緊張の空気に包まれていた。

担架に横たわる龐統の顔は青白く、唇は紫がかっている。

心臓の鼓動が戻った今も濡れた衣が体温を奪い続けていた。


「体温、32度台……低体温症の進行が早いわ」


小喬(しょうきょう)が素早く毛布をかけ、加温パッドを龐統の胸部と背部に挟み込む。

彼女の手は震えていない。夫が救われたあの日から、彼女は医師としての覚悟を持っていた。


「右足、脛骨の複雑骨折。出血は止まってるけど、固定が必要ね」


劉明が冷静に診断し、星環機から骨固定用のナノプレートを取り出す。

彼女は骨の角度を慎重に調整しながら、プレートを骨膜に沿わせていく。


私は息を呑みながら二人の動きを見守っていた。

龐統の胸がわずかに上下している。まだ、命の灯は消えていない。


「心拍、弱いけど……戻ってきてる」


小喬(しょうきょう)が脈を確認しながら、私に微笑んだ。

その笑顔は、雨の中でも確かに希望を灯していた。


「星愛、彼は……きっと戻ってくるわ」


劉明が言ったその瞬間、龐統がゆっくり目を開き呟いた。


「私は帰ってきた……」


私はそっと彼の手を握った。冷たかったはずのその手に、確かな温もりが戻っていた


小喬は優しく微笑み、「今は、ゆっくり休んでください」と龐統に声をかけた。

そして私の方を振り向いて「さあ、船に戻りましょう」と言った。


私は頷き、「船に戻るわよ。劉璋たちに気付かれないうちに、洞庭湖へ引き上げるわ」


号令をかける私を見て、水音(みおん)は滑らせるように星馳を前進させた。


水音(みおん)が、「星環府成都府でなくていいのね?」

と私に念を押すように尋ねてきた。

「ええ、医療設備や技術の先端を行くのは洞庭湖……

それに、今は劉備と劉表は交戦中よ」

碧衣が目を細めた。

「龐統を助けたことが知れれば、夢咲が戦に介入したことになるね」

私は碧衣を見て頷いた。

「今は彼を守ることが最優先。政治の火種は、後で考えるわ」

と自身の思いを言葉にした。


雨の暗闇を灯花の灯りで照らしキャタピラの跡を残し前進する星馳……

夢咲星環成都府の港で待つ彗星の格納庫に滑り込んだのは、もう明け方だった。


乗船後、すぐに龐統を星馳から医務室に移送した。


「ここまでくれば、もう安心ね」


私の言葉に全員が頷いた。


「うっ……」


痛みをこらえる声が漏れてきた……そして、全員の視線が声の主である龐統に向けられた。


龐統はゆっくりと瞼を開け、ぼやける視界に目を細めた。


「……ここは……」


声はかすれていたが、確かに生きていた。

その瞬間、傍らにいた私は、小喬(しょうきょう)に合図を送った。


小喬(しょうきょう)が静かに近づき、脈を取りながら微笑む。

「あなたは落鳳坡で命を落としかけた。

でも、夢咲の医術があなたを引き戻した。

今は静養中。体は無事よ。四肢も、心も」


龐統はしばらく沈黙し、遠くを見つめた。

冥府の入り口でペルセポネに言われた言葉が、まだ耳に残っていた。


「志半ばで転生するもよし。夢咲と共に志を完遂するもよし――選べ」


龐統はゆっくりと身を起こし、星愛に向き直った。


「私は……夢咲に命を拾われた。

ならば、この命は夢咲に預けよう。

戦場には戻れぬが、知略はまだ尽きていない。

この手で、夢咲と共に未来を描く」


龐統の言葉に私は目頭が熱くなるのを感じ、涙をこらえながら頷いた。

胸の奥には熱いものが込み上げた。

「ありがとうございます……龐統さん。

あなたの知恵が、夢咲の未来を導いてくれる」


小喬(しょうきょう)は静かに立ち上がり、診療記録に一行を記す。

「患者・龐統、意識回復。再起の意志、明確」


その筆跡は、命の再生を記す証だった。

龐統は窓の外を見た。

長江の水面が朝日に輝いていた。

その光は、まるで彼の新しい人生を祝福するかのようだった。


龐統の瞳から静かに涙が零れ落ちた。

こうして私たちは心強い軍師を夢咲の一員として迎えた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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