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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第69話 周瑜(建安十五年/210年9月)


―― 時代の背景 ――


建安十三年(208年)十月、赤壁の戦いが勃発した。孫権・劉備連合軍は疫病に苦しむ曹操軍を火攻めで大破し、長江流域の覇権を守った。

戦後、劉備は荊州南部四郡を平定し、根拠地を確立する。

一方、周瑜は戦勝の余勢を駆って南郡を攻め、江陵を奪取して孫権の勢力を拡大した。だがその後も劉備との荊州分割を巡る駆け引きは続き、周瑜は幾度も調略や策を巡らせた。さらに西進して益州を狙う計画も立てたが、実現には至らなかった。


私たち夢咲連環府は赤壁の近くには夏口区があり……

そして漢川に上流に向けて、孝感(シャオガン)区と内陸に入った黒鉱谷区、襄陽府、老河口(ろうかこう)区。

長江には上流に向けて洞庭湖、沙市区、江陵区と拠点を持っていたが、敗走する曹操軍も、それを追う孫権・劉備連合軍も、夢咲の敷地には立ち入ることなく通り過ぎていった。

琴葉の情報だと、灯花用のオリーブの火種が入手できなくなるのを何よりも恐れているとのことだった。

そして、208年以降、新たな土地開発は中断していた。

それは、深刻な人材不足から土地開発を進める資材はあるが、人をまとめる人材がいない状況が続いていた。

209年1月より夢咲学術院を開校したが、まだ1年と9か月では効果は限定的で、人材不足を埋める程ではなかった。




◇◆◆ 夢咲学術院執務室 ◆◆◇


私と紗良、曹英、碧衣、琴葉は執務室の卓を囲んでいた。


卓の上には『210年9月20日』と書かれた封筒が置かれていた。


「みんな、開けていいかしら?」

私が問いかけると、真剣な顔で頷く紗良と曹英、碧衣……

そして琴葉が「開けていいよー」と元気に返事をした。


赤い封蝋の施された手紙を取り出し、卓の中央に置いた。

封を開け、中から赤い封筒を取り出し、中央のテーブルに置いた。

私を含めた五人が頭を寄せて内容を読んだ。


――――――――――


210年9月27日


益州遠征に向けて軍を進める途中、巴丘にて過労と長年の持病である胃潰瘍が悪化し、多量の吐血により行軍を止め静養する。しかし病状は悪化の一途をたどり、ついには左上腕の血栓による心不全心により、志半ばで世を去った。


死因:心筋梗塞 延命:許可    ペルセポネ


――――――――――


曹英が、「あっ、また……べるせぽねさんからだ……いったい何者なの」


聞き慣れない言葉に、手紙を読み終えた私たちは顔を見合わせた。


「ねえ、そう言えば昨日から呉軍が洞庭湖の入り口の巴丘(はきゅう)で、行軍を止めているね」

碧衣が私を見ながら言った。

私は「今日、動かなければ、明日目的を聞きに訪問するつもりだったよ」

と答えた。


曹英が「この死因のしんきんこうそくって何なのかしら……」

と言うと、私を含めた四人は一斉に首を横に振った。


曹英が、「これから、夢咲学術院診療所に行って、貂蝉(ちょうせん)に相談しようよ」

と言い、私たちは一斉に頷いた。


あまり大勢で行くと迷惑と考え、診療所には私一人で行くことにした。



◇◆◆ 夢咲学術院診療所 ◆◆◇


診療所に入ると、患者さんが何人か椅子に座り診察を待っていた。

私は受付の看護助手の人に声をかけた。


「あのー、貂蝉様はいますか?」

看護助手は私を見て、「あっ星愛(ティア)様、今、貂蝉(ちょうせん)先生に声掛けてきます」

と言い、慌てて奥に入っていった。


しばらくすると、「診察室にそのままお入りくださいとのことでした」

と、先程の看護助手が息を切らしながら伝えた。


私は診察室のドアをノックすると、「お入りなさい」と貂蝉(ちょうせん)の声が……

そっとドアを開けて中を覗くと、診察は貂糜(ちょうび)が行い、その横に実習生なのだろうか、桃色のトガを着た二人の女性が真剣な面持ちで、診察の様子を、メモを取りながら見ていた。

その後ろに腕を組んで立ち、頷きながら優しく見守る貂蝉(ちょうせん)がこちらを見て微笑んだ。


(わあ、もう貂糜(ちょうび)さんが診察しているんだ……それに実習生さんもしっかり勉強している)


私は貂蝉(ちょせん)の横に並び、ぺルセポネの手紙を手渡し、貂蝉がそれを読んだ。


「胃潰瘍に左上腕の血栓による心不全ね……」

貂蝉はそう言うと、腕を組みしばらく黙り込んだ。


そして、ゆっくりと私にもわかるように説明を始めた。


星愛(ティア)……彼の体は限界を越えてる。お腹の傷が深くて、血が止まらない。

それに、左腕の血がうまく流れてなくて、心が苦しんでるの。

このまま放っておいたら、きっと……もう戻ってこられない。

私たち夢咲の知識で、助けられるかもしれない。延命の許可を……お願い。」


私は驚いて、「そんなに悪いの?」と貂蝉に聞くと、静かに頷いた。


「治療が早ければ早いほどいいわ……」

「わかった、直ぐに始めたいけど……多分、孫権軍や周瑜は隠すわね」

「そうね、軍の大将が病気ということは伏せたいわよね……でも私たちは命を優先する」」


私はしばらく考え貂蝉(ちょうせん)に提案した。


「夏口にいる尚香(しょうこう)に、孫権をここまで来るように説得させて……

孫権と尚香で、治療を受けるように周瑜を説得します」


貂蝉(ちょうせん)が頷き、計算を始めた。

「夏口(武漢市漢口)から京口(鎮江市)まで移動したとして……

150里(約600km)。澪星なら22時間ね」

「往復で44時間、交渉を含めれば2日以上かかりますね」と私が答えた。


貂蝉が頷き計算を続けた。

「夏口から洞庭湖まで75里(約300㎞)だから8時間でしょ……」

「そうですね、最短で3日、余裕をもって5日……明日、出発して孫権が来るのは9月26日ですね」と私は言い、貂蝉(ちょうせん)を見つめた。


星愛(ティア)ちゃん、死亡予告一日前でも……助かる可能性があるのなら私は助けたい」


「私も気持ちは同じです、それまで貂蝉(ちょうせん)様は治療の準備を……

孫権にここまで来てもらうようにします」


私は学術院の執務室に戻り、皆に貂蝉と話したことを伝えた。

そして、琴葉に夏口にいる尚香(しょうこう)に説明し、京城に向かうようにと、伝言を頼んだ。




◇◆◆ 京口・孫権の執務室(9月22日夜半)・尚香視点 ◆◆◇


静かな孫権の執務室で、私は目を瞑り静かに孫権を待っていた。

密かにここに来たことを魯粛(ろしゅく)に伝え、孫権を案内するように頼んでいた。


やがて、魯粛(ろしゅく)に伴われ孫権が執務室に現れた。

私は目で魯粛(ろしゅく)に下がるように合図を送る。

かつて劉備の側室偽装の折に私に協力して以来、魯粛(ろしゅく)は密かに私の腹心となっていた。


魯粛(ろしゅく)が下がるのを見届け……

私は孫権に深く頭を下げ、震える声で切り出した。


「兄上……どうか、周瑜殿を夢咲に預けてください。

彼は胃の傷と腕の血の滞りで、心が苦しんでいます。このままでは……命が危ういのです」


孫権は眉をひそめ、机に置いた手を強く握った。

「……軍の大将が病に伏していると知られれば、呉の威信は地に落ちる。

敵に付け入る隙を与えるわけにはいかぬ」


私は一歩踏み出し、必死に訴える。

「兄上、威信よりも命です!

周瑜殿は呉の柱。彼を失えば、呉の未来こそ揺らぎます。

夢咲の医術なら、まだ助けられるのです!」


孫権はしばし沈黙し、私の真剣な眼差しを見つめた。

「……尚香、お前は夢咲を信じているのだな」


「はい。彼らは命を救うために全てを尽くします。

兄上が許してくだされば、私が責任を持って周瑜殿を夢咲へお連れします」


孫権は深く息を吐き、静かに頷いた。

「……よかろう。ただし、このことは極秘だ。

周瑜の病を知るのは、我らと夢咲のみ。

お前に託す、尚香」


私は涙をこらえ、深く頭を下げた。

「ありがとうございます、兄上……必ず、周瑜殿を救ってみせます」


孫権は魯粛(ろしゅく)を呼び、自分の影武者を京口に置いて、留守の間、魯粛が政務を代行するように命じ、私と共に夜陰に紛れ澪星に乗船した。


ボー!――


出航の汽笛を鳴らし、澪星は京口の港を後にし、洞庭湖へと向かった。




◇◆◆ 洞庭湖・巴丘(9月26日早朝) ◆◆◇


私と孫権、尚香(しょうこう)貂蝉(ちょうせん)貂糜(ちょうび)が、周瑜が伏せている陣幕へと入っていった。

陣幕の中は、血液の匂いと薬湯の匂いが混ざり、空気が重苦しく伸し掛かってきた。


周瑜は枕に身を預け、蒼白な顔で星愛と孫権を見つめていた。


尚香(しょうこう)貂蝉(ちょうせん)、そして桃色の衣を纏った貂糜(ちょうび)が控えている。


孫権は沈痛な面持ちで、周瑜の手を握り優しく語りかけた。

公瑾こうきん……お前の病は隠し通せぬほど深い。

だが夢咲の医術なら、まだ命を繋げる道がある。

私は妹と共にここまで来た。どうか治療を受けてくれ」


周瑜は苦笑しながら、「大将が病に伏す姿を晒せば、呉の威信は……」


私な周瑜の横に座り語りかけた。

「威信よりも、あなたの命です。

あなたがいなければ、呉も夢咲も未来を失います」


尚香(しょうこう)が一歩進み、涙をこらえて声を張る。

「周瑜殿、兄上も私も、あなたに生きてほしいのです。

夢咲に来てください。療養と共に、若者に軍略を伝える役目を担ってほしい」


その時、貂糜(ちょうび)が静かに前に出た。

「……周瑜様、私の顔を覚えておられますか?」

周瑜は目を凝らし、驚きに息を呑んだ。

「……糜夫人……? まさか……長坂の戦で……」

貂糜(ちょうび)は微笑みながら答えた。

「はい、あの時は死んだと思われていました。

けれど夢咲に救われ、今は医術を学び、人を救う道を歩んでいます。

命を繋げば、新しい生き方が待っているのです」


周瑜の瞳に揺らぎが走る。

「……死んだはずの者が、こうして未来を語るとは……」


貂蝉(ちょうせん)が静かに言葉を添える。

「周瑜様、あなたもまた未来を選べます。

戦場に立てなくとも、知恵を伝え、若者を導くことができる。

それが夢咲での役目です」


孫権は弟のように周瑜の手を握りしめた。

公瑾(こうきん)……私はお前を失いたくない。

呉のためにも、夢咲のためにも、生きてくれ」


周瑜はしばし沈黙し、やがて深く息を吐いた。

周瑜「……わかった。

この命、夢咲に預けよう。

そして、若者たちに私の知略を託す……」


尚香(しょうこう)の目から涙がこぼれ、私は胸を押さえて頷いた。


「さあ、一刻も早く治療を始めましょう……

正直、周瑜さんがこうやって話せているのが不思議なの」

貂蝉(ちょうせん)は周瑜を見て呟いた。


しばらくすると、貂蝉(ちょうせん)の助手が陣幕に入って来て、周瑜を担架に移し、君山にある夢咲学術院診療所へと移送した。




◇◆◆ 夢咲学術院・臨時手術室 ◆◆◇


周瑜は蒼白な顔で横たわり、胸の上下は浅く不規則だった。

劉明が周瑜の脈を取りながら、血管に麻酔液を流し込んでいた。


やがて、叩いても反応がないことを劉明は確認し、貂蝉(ちょうせん)を見て頷いた。


貂蝉は深く息を吸い、手術用の器具を整える。


私と尚香(しょうこう)は祈るように見守り、孫権は拳を握りしめて立ち尽くしていた。


貂蝉(ちょうせん)は左上腕を触診し周瑜の状態を皆に伝えた。

「……心臓への血の流れが塞がれている。

このままでは心が止まる。血の通り道を新しく作るしかない」


貂糜(ちょうび)が頷き、細い管を取り出す。

それは夢咲が用意した“人工血管”に相当する素材で、動脈の一部を代用するものだった。


貂糜(ちょうび)が口頭でこれから行うことを確認した。

「左腕の血管を一部移植します。これで心臓に新しい道を……」


灯花で明るく照らされた手術室に緊張が走る。


貂蝉(ちょうせん)は慎重に胸を開き、心臓の鼓動を見極めながら糸を通す。

劉明が周瑜の脈を見ながら、麻酔液と血液の流量を調整する。

貂蝉(ちょうせん)と劉明の額に浮く汗を助手たちが拭う。


汗が額を伝い落ちるたび、尚香は思わず私の手を握りしめた。


(どうか……どうか間に合って……)

神に祈る気持ちで、貂蝉(ちょうせん)の慣れた指先を見つめていた。


やがて、移植した血管が心臓に繋がれた瞬間――

貂蝉(ちょうせん)が静かに触診を行った。


そして、止まりかけていた鼓動が再び力強く打ち始めた。


貂蝉(ちょうせん)が「……通った! 血が流れている!」

そう言うと、孫権は大きく息を吐き、尚香は涙をこぼした。


周瑜の顔に、かすかな血色が戻っていく。

貂糜(ちょうび)が「これで……命は繋がりました。

あとは静養と、再発を防ぐための療養が必要です」


貂蝉(ちょうせん)は器具を置き、私に向かって静かに頷いた。

星愛(ティア)……これで彼は、未来を選べる」


この様子を一部始終見ていた孫権が呟いた。

「皮肉なものだ……夢咲には信頼と技術がある。呉が欲してやまぬものを、すでに備えている」


そう言い、目を潤ませ私に、

「呉の周瑜は今日、巴丘で病気が元で亡くなった……

実に惜しい漢を亡くした。

呉軍は京口へ引き上げる。

京口にいる周瑜の家族は、いずれ洞庭湖に移り住むでしょう。

……周瑜にはそう伝えてください」


私は静かに頷き、孫権と固い握手を交わした。

……夢咲星環府は、また一人の英雄を迎え入れた。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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