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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第65話 襄陽へ


陽が昇るのを待っていたかのように、一斉に鳴きだす蝉の声が十層まで聞こえていた。

窓が開け放たれた十層の執務室には涼しい川風が吹き抜けた。

風が紅茶の香りを運び出したのを合図に朝会が始まった。


「みなさん、おはようございます」

芳美と華蓮、琴葉が笑顔で微笑み、挨拶を返した。


「朝会を始めたいと思います……

昨日は長坂で劉備軍と難民を巻き込んだ戦がありました――琴葉、報告をお願い」


琴葉は昨夜の糜夫人救出作戦から働き尽くめで、洞庭湖から帰ったばかりだった。

気持ちが高ぶっているのか、疲れを感じさせない口調で報告を始めた。


「糜夫人は無事救出しました……

ただ、馬車から振り落とされたときの怪我が酷く、右肩と右大腿の骨折、右ふくらはぎの傷が酷く、私の蜘蛛の糸で止血しましたが、それまでの出血が多く――

洞庭湖で血液の種類が一致する者との血液循環を、貂蝉と劉明が行いました」


華蓮が目を細めた。

「貂蝉がそこまで人の子の身体を理解していたと考えて良いのかしら?」


琴葉の表情が緩み、口調が変わった。

「そうなのです、私もびっくり……長坂に着くまでは紗良に無駄口叩いていたんですよ。

それが、糜夫人を見るや人が変わったみたいに、血液のことも理解していたみたいで、洞庭湖に着いてからも手際よかったですよ」

「フフフ、貂蝉ちゃん、しっかり私の教えを実践に使っているわね……

劉明は麻酔係りで呼ばれたって感じでしょ?」


琴葉は頷いた。

「はい、私の蜘蛛の巣の応急処置の傷と、脚と肩を開いて骨を綺麗に修復していたよ……

骨まで見えて怖かったけど……糜夫人はぐっすり、スヤスヤでしたよ」


(貂蝉様は普段はそんな感じしないけど……やっぱり凄い人だったんだな)


私は新たな貂蝉の一面を聞き、とても誇らしく感じた。

「琴葉、糜夫人は、修復後はどうなったのかしら?」


遠くを見つめ、琴葉が答えた。

「まだ、意識は戻っていませんが、貂蝉様の話だと完治まで一ケ月はかかると言っていたよ」


一安心し、紗良のことが気になり琴葉に尋ねた。

「わかりました、ところで紗良はどうしているのかしら?」

琴葉はにっこり笑い、

「紗良は、朝一番の定期船に乗り、ここに向かっているよ」と答えた。


私は糜夫人が無事と聞き一安心したが、難民のことが気になり琴葉に尋ねた。

「琴葉、劉備と難民はどうなったのか知っていますか」

「糜夫人の肩と髭だるま(張飛)の肩を行き来していたからよく分かるよ」


私は逸る気持ちを抑えながら、「お願い話を聞かせて」と言った。


琴葉の目が輝き、遠くを見るように語りだした。

「実は髭だるまが大活躍だったんだよ……

長坂橋の中央に、髭だるまが鬼の形相で一丈八尺(約4.4メートル)の涯角槍をね、地を穿つように構えて立ちはだかっていたんだよ……」


私と芳美は真剣な表情で、華蓮は足を組み、腕を組んで、悪戯っぽい笑みを浮かべ琴葉の話に聞き入った。


「髭だるまの後ろの方では、バラバラになった劉備軍の兵と民が、夏口へ向けて逃げていったよ……

でね、髭だるまは一歩も退かないで、橋の向こうに迫る曹操軍の騎馬を睨みつけたの。

そして『我こそは燕人張翼徳なり!命惜しき者は近づくな!』って言っちゃって」


「フフフ、やっぱりあの三兄弟は面白いわねー …… もっと話を聞かせてちょうだい」

華蓮は目を輝かせて話を催促した。


得意になった琴葉は華蓮を見てニヤリと笑い話を続けた。


「髭だるまの咆哮は川面に響いて、敵の先鋒は驚いて馬の足を止めちゃって、もう髭だるまの満天星場だったよ。

その間に、橋の下では、兵が斧で一生懸命、橋脚を切り崩していて、橋が崩れ落ちる寸前で、槍を肩に担ぎ、静かに背を向けて、『兄者、民は守ったぞ……』と言って、どや顔で長坂橋を後にしたんだよ」


華蓮がお腹を抱えて笑い出した。


「キャ、ハッハッハ……良いわねー、あの三兄弟……久しぶりに面白い話が聞けたわ」


私は華蓮の態度が嫌で、頬を膨らませながら華蓮に一言。

「華蓮様、私は華蓮様の鬼女の方が、よほど面白かったです」


華蓮は目に涙をためながら私に言う。

星愛(ティア)ちゃん、怒らないの……まるで人形劇みたいで痛快じゃないの――

私、とても褒めているのですよ」


芳美は小さくため息をつく。

「もう二人とも、大切なことを聞き洩らしていないかしら?」

芳美がたしなめるように私たちを睨んだ。


(うゎー、これ、お母様怒っているわよね、怒っているわよね)


私は冷静になり話を思い返し、あることに気付いた。


「あっ、江陵ではなくて、直接夏口に……長坂からだと孝感(シャオガン)星還区を通過しますね」

芳美は満足して頷いた。

「で、星愛はどうするつもりかしら?」


私は真剣な表情になり、芳美、華蓮、琴葉を見つめた。

一陣の風が、執務室を吹き抜け、朝の蝉の声が遠ざかり、代わりに静寂が満ちた。


私が深く吸う息の音が他の三人にも届いた。

「十万の難民のうち二万五千を夢咲で引き受ける策があります」

この言葉の重みが静かな部屋に響いた。


「襄陽に(くさび)を打ちます」


静寂が弾け、三人が一斉に私を見つめた。


「琴葉、今の襄陽に残っている将は誰かしら?」


私が琴葉に尋ねると琴葉は腕組みをして、しばらく頭を傾けていた。

「えっとねぇ、劉琮、蔡瑁、張允、蒯越、傅巽、文聘ですね」


私は皆を見つめ低い声で言う。

「そして、曹操軍は、今は江陵と烏林……いわば襄陽は政治的に空白のとき」


華蓮が頬を緩め、目を光らせた。

「あら、嫌ですわ……あの、お漏らし大将の蔡瑁と張允がいるのね」

私は華蓮の言葉に、微笑んだ。

「私と曹英、劉明、そして華蓮様で星環府樹立交渉に入ります」

「素晴らしい人選だわね」

芳美が気付いたのか表情が明るくなった。


「はい、曹操の妹の曹英、夏口の鬼女(華蓮)……

これだけで十分かと思いますが、さらに――切り札として、漢王室の末裔の劉明。

交渉が失敗するわけがありません」

私がそう答えると、華蓮が微笑みながら、

星愛(ティア)、あなた抜け目ないわね……

でもね、小便小僧の蔡瑁と張允は狡猾だから、油断はできなくてよ」と言った。


「ありがとうございます、華蓮様……

ここで襄陽に星環府を置けば、漢川はその上流老河口(ろうかこう)のみとなります。

これで、夏口、孝感区(シャオガン)、襄陽、老河口(ろうかこう)を結ぶ――

全長、八十七里半(約350㎞)に渡る夢咲星環府漢川網は構築できます」

私の言葉に芳美が微笑みながら答えた。

「星愛……あなた、短い間に本当に成長しましたね」


私は、母であり軍師である芳美の言葉に熱くなるものを感じながら話を続けた。


「そして、ここ夏口にさらに五千人、襄陽に一万人、老河口(ろうかこう)に五千人、鉱山の黒鉱谷に五千人の……合計、二万五千人の難民を受け入れます」


芳美が、「老河口(ろうかこう)も難民の受け口に入っていますけど……

老河口にも星環府を置くのね」


「はい、襄陽と一緒に老河口も許可を貰う予定です。

とても合理的ではありませんか?」


華蓮が腕を組み、「いいんじゃないかしら」と言い、

芳美と琴葉もにっこり笑い、頷いた。


そして、ドアを開け紗良が入ってきた。

「おかえりなさい、紗良」私が微笑んで声をかけると、紗良もにっこり笑い、「ただいま」と答えた。


もう一度、簡単に紗良にこれからのことを説明し、紗良も了承した。

ただ、私が曹英と一緒という話を聞いた時に、少し顔が曇ったような気がした。


「紗良には、芳美様と一緒に夏口を守って欲しいの」

私がそう言うと、紗良は芳美を見てから私を見て頷いた。

「わかった、しっかり守るよ」

その表情は、星環夏口区を守りきる自信に満ち溢れていたが……

ほんの一瞬、笑みが揺らいだ。


私は紗良の言葉を聞き安心して次の議題へと話を進めた。


「これから、孝感(シャオガン)に入ってくる劉備軍と難民についてですが……

夏口まで移動が困難な者は、定期便に無償で乗船許可を与えるつもりです」

「あら、星愛(ティア)ちゃん、良いこと言うわね」と、華蓮が微笑みながらこちらを見た。


「はい、それと増便も考えています……

朝、昼、夜の便をそれぞれ二艘同時就航しようと思います」

紗良が目を細めて、「そうすると、一度に三百人以上の人を輸送できるね」と言った。

「はい、場合によっては怪我や病気の者は、洞庭湖の診療院への輸送も考えています」

星愛(ティア)、いいと思うわよ、困っている民には躊躇なく手を差しのべる方針で行くといいと思います」芳美は満足気に頷いていた。

「はい、兵士とは中立を貫き、民には手を差し伸べる方針で行きます」


こうして、襄陽への進出と、難民への対応が決まった。

戦乱は急速に進行しつつも、夢咲の歩みはその戦乱を力とし、着実に前へと進んでいった。

だが、その歩みの先に待つものを、まだ誰も知らなかった




◇◆◆ 襄陽 ◆◆◇


長坂から孝感まで五十里(約200㎞)の移動になる。

劉備たち難民の歩では十日はかかる距離だったので、私たちは先に襄陽と老河口での交渉を済ませることにした。


夏口から襄陽までは、およそ四刻(およそ8時間)の船旅になる。

私たちは、夢咲の武威を見せつけるため、第三機動艦隊で移動し、夜には襄陽に船を停泊させた。


澪星三号艦の甲板には、夏口の鬼女の化粧を施され、衣装を着た華蓮と私と琴葉……

そして孝感(シャオガン)で合流した曹英がいた。

琴葉が「華蓮様……やはりお似合いですね」

「そうかしら……」まんざらでもない笑顔を見せる華蓮だった。


「はい、どうぞ」曹英が含み笑いを浮かべ大鎌を華蓮に渡す。

そう手渡された大鎌は、澪星が荊州水軍を抜き去るタイミングで、華蓮が漢川に放り投げた物だった。

華蓮がニヤリと笑い、舌なめずりをした。

「やるわね、曹英……どうせ碧衣に川の中を探索させて見つけたのでしょう?」

「ウフフフフ……華蓮様、感が良いようですね」

「何を、私の真似をしているのかしら……ウフフフフ」


「キャハハハハ――」琴葉が腹を抱えて笑う。

私はいつまでたっても話が終わりそうもないので、華蓮に声をかけた。


「華蓮様に曹英まで……何をしているの――

華蓮様……そろそろ、お願いします」

「あら、私と曹英の仲を妬いているのかしら?」

「そんなことありません!」

「そう、私はあなたと紗良か曹英がくっつくと思っているのだけれども……

それとも三人一緒かしら?」


みるみる曹英の頬が朱色に染まり、耳まで赤くなった。

私の方は、華蓮の言っている意味が分からず、頬を膨らませた。


「お願いします、華蓮様」私が懇願すると、華蓮が口角を上げた。

「もう少し話を楽しみたかったけど、仕方ありませんね」


刹那、大鎌を肩に担ぎ、腰を落とした。


ダン!!


澪星型戦艦が揺れたかと思うと、人並み外れた跳躍を見せ、天高く飛んだ。


「おやおや、小便小僧の蔡瑁はもう寝ようとしているわね」


グワッシャーン!!――ザシュ!


屋根を突き破り、仰向けに寝ていた蔡瑁の股の間に大鎌の歯を立てた華蓮。

反射的に半身を引き起こし、目を見開き、華蓮を見つめる蔡瑁。

華蓮は蔡瑁と顔を突き合わせ、薄笑いを浮かべた。


「この汚い顔……口が臭いわね――

憶えておきなさい、死ぬまで付きまとうわよ……ウフフフフ」


蔡瑁は過呼吸となり、心臓が喉から飛び出しそうだった。


ダン!!


床を突き破りながら再び大きな跳躍を見せる華蓮。


「嫌ね、小便小僧が本当に小便している……あそこには落ちたくないわね」


ビュン!――

華蓮の回し蹴りが張允の腹部を捉えた。


バキャーン――

板塀を突き破り吹き飛ばされる張允。


ザーッ

砂地にそのまま滑りながら倒れ込んだ。


ビュン!ザッ――

華蓮が大鎌を投げ、張允の顔の横の地面にはが突き刺さった


ダン!

張允の目の前に飛び降り、顔を突き合わせた。


「みーつけた、臆病者の張允さん……お久しぶり」

声が出せずに、腰を抜かしぶるぶる震える張允だった。

「あら、こんなに暑い夜なのに震えちゃって……可愛くないわよ――

あなたが死ぬまでこうやって付きまとうから、ウフ、ウフ、ウフフフ」


顔がみるみるうちに青ざめ、目の下が痙攣した張允だった。


ダン!


地面に素足の足跡を残し、大きく跳躍した華蓮。


ダン!


再び澪星は、沈み込むように揺れた。


「おかえりなさい、華蓮さん」私は華蓮に声をかけた。

「華蓮様、随分早かったですね」と曹英が驚いた表情になった。


「ウフフフ、蔡瑁と張允には恐怖を刻み込んできたわよ」

「華蓮様、やり過ぎていませんよね」

私は心配になり華蓮の顔を覗き込んだ。

「大丈夫、私とはばれないように……鬼女の記憶だけ植え付けたわよ」


私はにっこり笑い、「明日の人形劇の仕込みは十分ですね」と言うと――

「星愛、それは私のセリフですよ」と華蓮が返してきた。


激しい滑りだしとは対照的に漢川の川面が静かに灯花の灯りに揺れが戦乱の嵐の前の静寂を感じさせた。

明日は、劉明が合流しいよいよ襄陽での交渉が始まるのだった。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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