第60話 街を築く
私は再び、地上に目を落とし、人の流れに目を移した。
美優が後ろから私の両肩に手を置いた。
(美優様の手、温かくてとても落ち着くなあ ……)
「ねえ、人の流れって面白いわよね」
私が黙って頷くと、美優が私の頭を撫でた。
「換金する物が家にある者は、城門に戻って行っているでしょ」
私が西城門に目を移すと、戻って行く者に声をかけているものがいた。
「はい、そして戻ってくるものに声をかけているものも」
「そして、一緒に引き返して行く者 ……
換金する物がない者は、話し合ってこちらに向かいだす」
ポン!
煙と音と共に琴葉が姿を現した。
「琴葉ちゃん、月英と劉明の反応はどうだったかしら?」
美優が琴葉の顔を覗き込んだ。
「二人とも喜んでいたよ」
何故喜んでいたのか知りたくて、私は琴葉の瞳を見た。
「どうして、喜んでいたの」
「うん、今は洞庭湖や沙市は、黒層鋼の精錬、船や玉筒、薬の製造で猫の手も借りたいんだって……
だからね、少しでも製造工程を引き受けてもらえると助かるんだって」
美優は顔をほころばせながら私を見た。
「良かったわね、これで路頭に迷うものはなくなるわね」
私も嬉しくなり、つられて顔の頬が緩くなった。
「はい、これで一安心ですね ……
ところで美優様、中央広場がこのままだと人で溢れかえると思います」
美優は中央広場の方を見て、私に尋ねた。
「さて、星愛ちゃんはこの状況どうしたらいいと思うかしら?」
「はい、広場に集まっている人は、おそらく星を持てない人たちだと思います」
美優は頷き目を光らせた。
「星愛ちゃん、もうここは戦場みたいなものよ」
「えっ、戦場ですか?」
「そうよ、星愛ちゃんが経験したことのない戦場よ」
沙市での南州夜影賊衆の討伐や、夏口での劉琦逃亡での荊州水軍との駆け引きは、見ているだけだった。
そして、どちらかと言えば、華蓮や紗良、碧衣などの個人に頼った戦いで、戦と言えるものではなかった。
私は美優の顔を見て、「本当の戦って、戦場って ……」と呟いた。
「戦にはいろいろな陣形があって、集団を自分の手足のように動かすの」
「自分の手足ですか ……」
「そうよ、臨機応変に動かさないといけないのよ」
私は再び地上の人々に目を落とした。
人々の流れが止まり、あちこちで迷う人々が増えて来ていた。
「ねえ、星愛ちゃん ……
いま予想外のことが起こっているわよね。
でも、それは戦場では当たり前に起こるの ……
そして自軍が持っている、限られた部隊、装備を活用して立ち回らないといけないの」
私は、美優が言わんとしていることが、徐々にわかってきた。
「美優様、私たちは今日の公演のためにいろいろ準備してきました。
でも、この状況では、準備してきたものを活用して、混乱を解消する時なのですね」
美優は満足げに微笑み頷いた。
「ここからは、星愛ちゃんが自分の資源を活用して、混乱なく公演を終わらせてみましょうか?」
「はい、やらせてください」
気付いたら私は、そう返事をしていた。
美優は頷き、真剣な表情になった。
「星愛ちゃんが大人になったときに、大きな戦と向き合うことがあると思います。
その時は、星愛ちゃんが中心に座り、各部隊を手足のように動かすことになります ……
そ、星の宿命とでも言っておきましょうか。
だから、今日は公演が終わるまで皆が迷わないように、しっかり指揮を取ってみてね」
私は街全体に目を配った。
まずは、北西門と西門から中央広場が混雑することが予測できた。
理由は、公演を待つ者と、星紙幣を持たない者が溜まる場所だからだ。
(星紙幣に換金できない人たちは、裕福とは言えない層だ。
いえ、待って、この人たちが明日からここで、働くとしたら ……)
ふと、今建設中の居住区に目を移す。
「琴葉、頼まれてくれるかしら?」
「えっ、何かな …… 星愛の頼みなら何でも聞くわよ」
「今から、港に行って停泊している澪星に直ぐに洞庭湖に向かうように行って」
「はい、お安い御用ですー」
「まだ行かないでね ……
その後、洞庭湖の月英に今日の夕方前には澪星が着くから ……」
「着くから ……」
「建設資材を二つの浮桟橋に積み込んで、明日の日の出前に江陵に到着できるように澪星を出向させるように伝えてくれるかしら?」
「ほいほい、お任せあれ」
新五華の中では一番小さい琴葉がとても大きく見えた。
「じゃあ、伝えたらすぐにここに戻って来てね」
「うん、じゃあ行ってくるねー」
ポン!
煙とともに消える琴葉。
私は自分の指示に自信が持てず、美優に視線を向けた。
「どうしたの …… ちょっぴり不安なのかしら?」
私が頷くと、美優は優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、私はあなたを信じているわよ」
良いのか、悪いのか何も言わない美優だったが、『信じている』の言葉が何よりも励ましに感じた。
再び、北西の門から西の門へと目を移すと、人の流れは止むどころか少しずつ増えているようにも見えた。
私は屋上から広場へ行って、手伝いたい気持ちを押さえ、静かに琴葉を待った。
広場のざわめきが、風に乗って屋上まで届いてきた。
私は焦る気持ちを押さえて、じっと琴葉が来るのを待った。
ボッ、ボー!
風に乗り、澪星の乗組員を招集する汽笛が聞こえた。
(琴葉がしっかり伝えたみたいね …… それに澪星の動きも早い)
私の頬が綻び、美優が優しく肩に手を添えた。
ポン !
琴葉が帰ってきた。
「どうだった、月英は引き受けてくれたかしら?」
琴葉は満面の笑みを浮かべた。
「直ぐに準備するって …… なんでも集合住宅の建材をのせると言っていた」
(ああ、さすが月英 …… 少しの言葉で直ぐにこちらの状況を理解したみたい)
私は嬉しさのあまり、琴葉を両手で抱きしめ瞳を見つめ喜んだ。
「ありがとう、琴葉」
「そうかなあ …… てへへへ」
頬を朱色に染め、頭を掻いた琴葉だった。
「ねえ、今度は劇場の販売所に行って、公演の予定を書いたものと、入場券の販売状況が分かるようにした紙を張り出すように指示を出してきてくれる?」
「了解でーす」と言い残し、琴葉は販売所へと移動した。
(公演は今日一回、明日以降は一日三回の六日間だから ……
全部で十九回公演するのよね)
私は卓に座り計算をし、その結果を地図の劇場に書き込んだ。
「劇場は千人収容できるから、全部で一万九千人の席があるということ」
美優は頷き、微笑む。
「そうね、いい所に気付いたわね ……
今日、劇を見れなくても、まだ見る機会はあるって思えるようになるわね」
「はい、それに江陵の人口の一割六分、府民権の付与を予測している人数のほぼ倍の人数です」
「一万九千人は十分な人数と言うことね」
私は自信をもって、美優の言葉に頷いた。
「はい、十分な人数です」
「ただいまー、行ってきたよ」
声をする方に振り向くと、琴葉が手を振り立っていた。
「ありがとう …… そしたら、建設現場にいる紗良と碧衣と曹英をここに来るように行ってくれるかしら?
そうそう、広場を星馳で通ると、また混乱するから裏から来るように言ってね」
「ほーい」と言葉を残し、姿を消した琴葉。
「琴葉がいると本当に助かる」と、私が呟いた。
「そうよ、情報は何よりも大切なこと ……
生ものでもあるから、早いほど情報は生きてくるわよ」
私は美優の言葉を心の中で反芻し、さらに気持ちを引き締めた。
屋上から居住区を見ると、一般居住区と子女居住区から土煙を上げてこちらに向かってくる、星馳が目に入った。
(うんうん、みんないい動きしているわね)
私は、皆がいち早く行動しているのを見て、とても安心したのと同時に、誇らしく思えた。
そして、屋上に届いていた広場のざわめきが少し小さくなったような気がしたので、広場の劇場前に目を落とした。
劇場前の入場券売り場の後ろには、大きな看板が立てられ、入場券の販売状況が張り出されていた。
その看板を見た入場券を求める人たちが、安心したのか、入場券売り場には購入しに来る人だけになっていたのだ。
(やった、これで少しは混乱が緩和できたわね …… あれ?あれは、周靖の家族かしら)
江陵城城主の周靖が家族を連れて入場券を購入しているのを見て、心が少し和み、余裕が出てきた。
「星愛、ただいまー」
琴葉が帰ってきた。
「ねえ、星愛 …… 私、色々な場所見て思ったんだけどー」
「えっ、何かしら?」
「うん、試食と言う形で、希望のパンにチーズを挟んで、葡萄水と一緒に配ったらどうかなあ?」
私は、琴葉の言葉に道に光が差した気持ちになった。
「良いわね、やりましょう!」
「うん」
琴葉は満面の笑みを浮かべて、喜んでいた。
琴葉と試食を提供する場所を決めていると、紗良と碧衣、曹英が返ってきた。
「おかえりなさい」
曹英が屋上から広場に目を移し心配な表情になった。
「なんか、広場は大変な騒ぎになっていますね」
紗良も心配な表情で広場に目を落とす。
「こんなに早くから …… 予想外だね」
碧衣が目を細めて、広場から私に目を移した。
「でも、何か策があるから私たちを読んだのよね?」
私はニヤリと口元を緩めて、皆に考えを伝えた。
「これから、この混乱している人たちを流れにのせます」
美優を含め、紗良、碧衣、琴葉、曹英は真剣な表情で私を見つめた。
「まずは、紗良と碧衣は、広場にいる人たちの中で、居住区の住宅を見学したい人たちを募って案内する班を指揮して欲しいの」
「分かった、私は一般居住区の建設の指揮をしてきたから、私が一般居住区を案内するね ……
碧衣は子女居住区でいいかな?」
「うん、それでお願いするわね」
続いて、私は曹英に声をかけた。
「曹英は仕事を斡旋する班の指揮をお願いしたいの ……
港や建設現場の仕事を希望する人たちに、見学と仕事の条件を説明する班をお願いするわ」
曹英の目が光りを一瞬宿した。
「ありがとう、実は建設の仕事あまり得意じゃなかったの …… だから嬉しい」
いきなり私に抱き着いて頬をすり寄せてきた曹英。
「そ・う・え・い!あなた、どさくさに紛れて」
中に割って入ってきた、紗良。
「全く、あなたたちは沙市の頃から成長ないわね」
冷ややかに言う碧衣。
琴葉はニコニコ笑いながら私の袖を引いた。
「私は、試食班の指揮でいいでしょ?」
「もちろんよ、お願いするわ …… そうそう、狼煙が上がったらここに帰って来てね」
「ほーい」
「班の人選はみんなに任せるから、適任者を選んでね」
皆が笑顔で頷いた。
それを優しい笑顔で見守る美優が私の肩に手を添えた。
「さあ、みんな …… 自分の思うように動いてみてくださいね」
皆が笑顔で頷き合い、それぞれ屋上を後にしていった。
―――
私が指示を出した後からは、人の流れが出来、混乱は収まった。
気が付けば、夜空には星々が光り、街は碁盤のように並んだ灯花が、行き交う人たちを映し出していた。
劇場前では麓沙、孫尚香、貂蝉をはじめとした役者たちが、劇場出口で観客を見送りしていた。
私たち五華は、夜に浮かぶ街を誇らしげに見つめていた。
美優が私たちに、「みんな、良くできたわよ」と言い、女神のような満面の笑みを浮かべていた。
そう、仲間と共に未来を築いたのだ。
私は美優に言われた「情報は生もの」の意味を理解し、心の奥に書きとめた。
街に灯る灯花が、未来の江陵夢咲星環府の将来を照らしているように感じられた。
私は胸の奥で、初めて自分が街を導いたのだと実感していた。
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