第56話 新夢咲星環府
洞庭湖の君山楼が朝日を浴びて眩しく輝いていた。
私たちは朝一番に君山楼に入り、五華を待っていた。
昨日の夜は、突然の新夢咲五華に任命され、
これからの方向性について、急遽会議を行うことが決定された。
私たちは、昨晩は遅くまでその会議準備をした。
「みんな、大丈夫かしら …… 会議準備で疲れていない?」
私が皆の顔を見て聞いた。
昨日の夜遅くまで情報収集に奔走した琴葉が口を開いた。
「そうですねー ……
江陵、夏口に蜘蛛の巣を張っていて良かったです。
情報はばっちりですよー」
紗良が昨日のことを振り返るように話した。
「でも、急にあなた達の意見を聞きたいから ――
明日の朝集まりなさいって言われたときは驚いたよ」
「そうよね、そこからみんなで話し合って ……
でも、琴葉がいたから、関係する人への声掛けと、情報集めは助かった」
私は琴葉に微笑み、さらに話を続けた。
「曹英は私の話から新夢咲星環府の組織の案を考えてくれたし ……
紗良と碧衣は、琴葉が集めた情報を分析し、まとめてくれた」
曹英と紗良の頬がほんのり朱色になり、碧衣は静かに微笑んだ。
「私たちの新夢咲星環府 …… きっとうまくいくよね」
皆はお互いの目を見つめ、頷き合った。
新緑の枝には早起きの鳥たちがさえずり、
その声に誘われるように、階下から足音が聞こえてきた。
私たちは最上階の吹き抜けの会議室から見える階段に注目した。
階段を上がってきたのは、黄英月、劉明、孫尚香、貂蝉、麓沙の五人だった。
私は五人の顔を見て、微笑み挨拶をした。
「皆さん、おはようございます」
黄月英と貂蝉、麓沙は私たちを見て優しく微笑み、
孫尚香は私の肩を叩いて、「おはよう」と皆に挨拶をした。
劉明は私の顔を見るや、駆け寄ってきた。
タッ、タッ、タッ、タッ、タッ ――
サッ ――
両手を広げる劉明。
劉明の優しい香りと抱き寄せられる感触が伝わってきた ……
「お久しぶりです、星愛様 …… ご無事で何よりです」
私が物心ついた頃から、私の従者を務めてきた劉明。
事あるごとにいつもこうやって私を抱きしめてくれた ……
慣れ親しんできた、劉明の柔らかい胸の感触に安堵した。
「劉明、ありがとう …… でも、本番はこれからよ」
劉明は眼鏡の下に指を入れ、涙を拭き頷いた。
「星愛様も、本当に大きくなられました …… 私の誇りです」
(劉明はいつも泣き虫で、心配性なのよね ……
でも、今は私を本当に信頼しているし、私もそれに応えるわね)
後から来た五人を加え、私たちは十人で五華が来る前に打ち合わせを始めた。
私たち新五華は、五人に私たちの構想を伝えた。
黄英月は真剣な表情で話に聞き入り、顎に片手を当て、考え込みながら、
劉明は膝に手を置き、眼鏡の奥の大きな瞳で私を見つめ、しきりに頷き、
孫尚香は腕を組み、目を細め頷き、
貂蝉は胸の前で両指を絡めながら、興味深そうに微笑み、
麓沙は自分の娘を見るように、優しい面持ちで、私を見守った ……
この場にいる皆が真剣に新五華の話を聞いた。
そして、打ち合わせが終わるのを計ったように、階下から階段を上がる足音が聞こえてきた。
皆の視線が階段に集まった。
陽の光も初夏の明るさを宿し、
木々の緑から眩しい光が漏れるようになっていた。
優しく包まれる空気の中に、緊迫の糸が張られる感じがした。
階段から現れた五華はいつにもまして、大きく見えた。
正装の白いトガに身体を包み、気品と神々しさが溢れていた。
一瞬、君山楼の最上階がまばゆい光に包まれた錯覚を覚えた。
五華が席に着き、夢咲星環府の方針会議が始まった。
いつもは妃良に集まる皆の視線が、私に集まった。
(皆の注目を集めるって、何だか気持ちがいいわね ……)
「皆さん、今日は夢咲五環府の方針会議にお集まりいただきありがとうございます」
下げた頭を上げると、私の母の芳美が優しく私に微笑んでいた。
私はその微笑みに背中を押されるように、本題を語り始めた。
「私たち夢咲が、ここまで大きくなれたのは、特別な力があったからです」
新五華が頷き、他の者は次の言葉を待った。
「華蓮様、紗良、碧衣などの武に秀でた者、
澪様の創造に秀でた者、
琴葉の蜘蛛に変化しての情報収集力 ……
どれも、天下にかなうものがない能力です」
私は一旦話を切り全員を見回すと、妃良が頷き話を促した。
「夢咲五環府の拠点が増えれば、増えるほど ……
頼る人に仕事が集中し限界が見えてきます」
(このことは皆も納得しているようね)
「また、各地の拠点ですが、星澪郭の設計図を見た時は私も心が躍りました。
正に難攻不落の城です ……
ただ、裏を返せば閉鎖された空間になりえるのともう一つ問題があります」
私は曹英を見て促しました。
「曹英、説明をお願いします」
曹英は頷き、椅子を引き、立ち上がり、皆を見回し説明を始めた。
「先ずは、現状です。
私たち夢咲五環府の府民権を持つ民は、洞庭湖に一万五千、沙市に五千です。
いずれも、戦で家を焼かれ、家族を失った流浪の民中心です」
芳美が手を上げ質問をした。
「合計二万の府民ということね …… 構成する層は子女だけなのかしら?
曹英は頷き答えた。
「そうです、今の夢咲五環府の制度では男性には府民権は与えられません。
そして、男性との関わりが無いということは、いずれ人口減少による弊害が生まれます」
芳美が腕を組み、片方の手の人差し指をこめかみに当てながら質問した。
「そうね、自然の摂理には逆らうことができないわよね ……
何か打開策はあるのですか?」
曹英は自信に満ちた表情で答えた。
「はい、府民は極度の男子不振に陥っている者が多くいます。
ですので、居住区を子女と一般に分けます。
これは、これから私たちが拠点を置くことで、新たな府民への対応がとりやすくなります」
理沙が手を上げて質問した。
「それは、各拠点を置く土地の者も男女を問わず住まわすということか?」
曹英は頷き答えた。
「はい、望む者は基本的には、拒まずに受け入れていくつもりです。
これから拠点を置く江陵の人口は12万人と見積もっています。
その内の一割、1万二千人を ……
夏口の人口は1万人、うち千人を受け入れたいと考えています」
理沙は頷き答えた。
「ふむ、人口に合った拠点をと考えているのかな?」
曹英は頷き答えた。
「そうです、その点は紗良が説明します」
曹英が紗良の方を見て、お互い微笑んだ。
私が描いたシナリオのように会議が進んでいた。
紗良は、各都市の機能について説明を始めた。
「まずは、要となるのは洞庭湖のここ、君山です ……
ここは周りが湖に囲まれ、守るには適した島です。
ここで、夢咲の極秘の先端技術の研究、開発、製造を行います。
例えば、オリーブチップ、蒸気機関、発雷機、黒層鋼のような合金 ……
他にもいろいろあります」
脚を組み、頬杖をついて聞いていた華蓮がニヤリと笑った。
「フフフ、確かに先端技術の漏洩は困りますわよね ……
一局に集中すれば守りやすいし、他にも何か考えていそうね。
いいわ、お楽しみは後に取っておくから、話を進めてくださいな」
紗良は頷き、話を続けた。
「もう一つの、府民が一万人を超える予定の江陵は、商業を中心とした発展を考えています。
この地域内での取引は無税として、持ち出すときに税をかける予定にしています。
この地が星紙幣(夢咲通貨)の普及に大きな鍵を握ります」
理沙が娘である紗良の成長に、目を細めていた。
そんな、理沙の様子に気付かずに話を続けた紗良。
「府民が五千人程度の中規模の拠点は、物作りや農作に力を入れます。
そして、夏口のような小さい拠点は私たちの拠点とそれを結ぶ川の安全を守るための自衛組織を置きます」
美優が片方の人差し指をあてながら質問した。
「これだけ、分散させて拠点のやり取りはどうするのかしら?」
紗良が碧衣を見て頷き、今度は碧衣が答えた。
「蒸気機関の船を使います。
今回の襄陽までの航行で一つ分かったことがあります ……
それは、澪星には帆が必要ないということです」
華蓮も同意するように頷いた。
「そうよねぇ …… 私も無用の長物と思っていましたわ」
碧衣が頷き話を続けた。
「帆を無くすことでいいことが沢山あります。
先ずは操船する際の、複雑な帆の操作が必要なくなった ……
そして、船を製造する時間が短くなるということです」
碧衣が、黄英月を見て頷き、説明を始めた。
「船については、大きく分けて三種類を考えています。
一つは遠征用の長期滞在可能な澪星級の船。
二つ目は人や荷物を運ぶ彗星級の船。
三つめは蒸気機関を二つ積んだ、一回り小さい、流星級の船。
いずれも製造は可能です。
そして、流星級はすでに試作の船で航行できるまで完成しています。
しかも、軽量の黒層鋼で澪星や、彗星と同じ速度で、小回りもできます」」
理沙が少し驚いた様子で質問した。
「流星級が完成していたのだな ……
乗員は四十名の大きさで、ひょっとしてあの武器も完成しているのか?」
黄月英は華蓮ゆずりの微笑みを浮かべて答えた。
「ウフ、澪様の考案した黒筒とまではいきませんが、
玉筒も完成しています …… 劉明見せてくれるかしら?」
劉明は、四尺(120㎝)はあろうかという杖のような物、細長い黒い小さな金属を取り出した。
そして、袋から黒い粉を出してみせた。
そして、隅に置いてあるテーブルに従者が瓦を十枚重ねて縦置きした。
劉明は長い棒の後方を折り開き、黒い金属を入れた。
両足を肩幅まで開き、黒い棒の柄のように幅が広い部分を右肩に押し当て、
脇を締めて立ち、先端にある照準を見て瓦に狙いを定めているようだった。
「いきます!!」
劉明の緊張した大きな声とともに、引きがねを引いた。
パン!! ――
ガシャン ――
大きな音と瓦の割れる音が、君山楼の最上階の空気を震わせた。
劉明の身体は反動で反り、火薬の匂いが漂った。
そして、十枚の瓦が粉々に砕けていた。
五華はさほど驚いた様子はかったが、
劉明から音が大きいもとを聞いていたけど、お互い顔を見合わせた。
華蓮がニヤリと笑う。
「玉筒を作ったのは月英、黒色火薬を作ったのが劉明かしら?」
月英と劉明は頭を下げ、月英が話をした。
「この玉筒と玉は、いつでも大量に生産ができます」
妃良が瓦を見つめて、目を細めた。
「玉筒は毒にも薬にもなりますね ……
注文生産とし、信用ある者だけに持たせるようにしてください」
月英と劉明が碧衣を見て頷き、碧衣も頷いてから話を始めた。
「流星級の船は乗員四十名です。
その内、三十名に玉筒を持たせます」
碧衣は皆が自分に注目していることを確認し、話を続けた。
「江陵から夏口までは十二刻(六時間)です。
十二艘の流星を二刻(一時間)おきに、往復するように稼働すると、
一刻ごとに見回りができます。
そして有事に六艘だけ集めたとしても、百八十の玉筒が敵を狙います。
また、六艘集まる時間はかかっても二刻(一時間)です」
芳美が目を光らせて頷いた。
「紗良の月弓とまではいかないけど、十分に撃退できますね。
ちなみに玉筒は、連続で使用できるのかしら?」
劉明が答えた。
「筒が、黒色火薬で熱くはなりますが、引火することはありません ……
玉筒を扱う人の技量にも寄りますが、玉を素早く入れられれば、
弓を一本放つ間に、二から三は玉を放つことができます」
芳美は満足げに頷いた。
「これなら、十分に拠点を守れるわね」
ここで、階下から焼き菓子と紅茶のいい香りがしてきた。
妃良がにっこり笑い手を叩いた。
「少し、話が長くなったので一息入れましょう」
というと、階段を上る木が軋む音と、茶器の触れ合う音が聞こえてきた。
私は焼き菓子を一口食べ、紅茶の香りに心が安らぎ、一息入れた。
五華も楽しそうに談笑をしていた。
私は黒い漆塗りの書類箱の蓋を開け、書類を取り出し皆に配布した。
妃良が真剣なまなざしで目を通した。
パラ ――
パラ ――
書類をめくる音が昆山楼の最上階を満たした。
やがて、音も消え皆の視線が私に集まった。
私は全体を見回してからゆっくりと話し出した。
「私たちがこれから抱えそうな問題は三つあります。
一つは府民が子女のみの場合、府民の数が減っていくこと。
二つ目は人材が不足していること。
拠点が増えることで、さらに深刻化していきます。
三つめは、夢咲の各拠点の防御が弱いということです」
妃良が、頷き真剣な表情で話し出した。
「一つ目については、子女の居住区と、一般の居住区を作るということですよね」
私は妃良の優しい微笑みに答えるように頷いた。
「そして、三つめは流星級の船と玉筒だけでは不十分なのかしら?」
私はしっかり妃良の瞳を見て頷いた。
「そうです、今の夢咲星環府の体制を少し変える必要があると思います」
私が資料を手に取ると、皆が自分の手元にある資料に目が移った。
「先ずは、夢咲星環府の直属の組織を夢咲五業院と夢咲学術院に分けます」
美優が手を上げて質問した。
「夢咲学術院は五業院の下にあった、夢咲学舎のことかしら?」
私は頷いて説明を始めた。
「夢咲学術院は教育機関として、教育、研究、開発、戦略的極秘製品の製造を管理します」
芳美が頷き質問した。
「最初に話があったように、夢咲学術院は君山に置くのね」
「はい、院長は責任感が強く、誰からも信頼され、管理する能力に長けた紗良にしようと思います」
「では、五業院はどうするのかしら?」
「五業院は、交渉能力と、誰よりも信頼されている曹英にします」
「と、言うことは夢咲星環府の府長はあなたね」
「はい、そうです」
華蓮が含み笑いをして感想を話した。
「ウフフ …… 星愛のお友達を両院長にしたって感じですわね。
仲良し星環府と言われないように、お気を付けなさい」
(華蓮様はどうしていつも私には意地悪言うのかしら ……
でも本音を言うと、なんとなく憎めないのよね)
最後に妃良がまとめた。
「良いでしょ、この体制でやってみましょう。
でも、まだあなたたちは他の大人から見れば、娘……
十八になるまでは、他国との交渉では表向きは私たちが五華として立ちましょう。
ただし、実務はしっかりお願いしますね」
そして、少し間をおいて、さらに付け加えた。
「表向きの長は、それぞれ自分の娘の代わりを務めてください。
そして、曹英の母親代わりは私がします」
皆の頷きが、これからの道を照らす灯のように思えた。
こうして、夢咲星環府が新たに動き出した。
また、夢咲学術院が誕生することで、夢咲学園の歴史が始まった。
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