第55話 世代交代
白みかける襄陽のふ頭を私たちは甲板に出て眺めた。
予め琴葉蜘蛛が関羽に知らせていたためか、
朝靄の中に馬に乗った三人の男と空馬二頭が待っていた。
荊州水軍の一件があるため澪星は静かに船を埠頭に接岸させた。
甲板で張飛、趙雲を見送る私たち。
澪星から静かに桟橋を下ろすと、三人の男が渡ってきた。
私が良く見知った顔が一人、後の二人は初めて見る顔だった。
出迎えた美優に恭しく頭を下げた三人。
「劉備玄徳です。
どうしても挨拶をしたく、参った無礼ご容赦下さい」
美優は微笑み、会釈をした。
「黄巾の残党のときにお会いした劉備殿でしたか」
「はい、あの時以来ですね。
南州夜影賊衆の件、関羽から色々と話を聞きました。
本来はいろいろと話をしたいのですが ……」
「そうですね、今回は事情が事情、
蔡瑁陣営に気付かれる前に、私どもはそうそうに引き上げるのが良いと思います」
美優が答えると、孔明が頭を下げた。
「初めてお目にかかります、諸葛亮孔明です。
南洲夜影賊衆の件といい、今回の劉琦護衛の件といい ……
大変、見事な戦術で、感心いたしました」
美優は孔明を見て微笑み話した。
「華蓮からはいろいろと話を聞いています。
皆さんの助力があっての成功と思っています ……
黄婉貞とは仲睦まじくされていますか?」
孔明が微笑んだ。
「もちろんです …… 月英は元気にしていますか?」
美優は孔明の目を見て頷いた。
「今は夢咲にはなくてはならない人材です ……
華蓮とは家族同様に暮らしています」
「ほほう」と、目を細めて華蓮を見つめる孔明。
「あら、いけないことしましたかしら?」と孔明に微笑む華蓮。
「いえいえ、あなた様と一緒であれば、月英も幸せと存じます」
関羽は私たちを見て、私と曹英を肩に乗せた。
「聞いたぞ、星愛に曹英、お前たち立派な交渉官になったのう ……
儂はお前たちがそうなることをあの沙市の軍議のときから思っておったぞ」
私と曹英は顔を朱色に染めた。
「関羽さん、私たちまだ見習いです ――
全部、美優様がお膳立てしての成功です」
私が答えると、曹英も答えた。
「そうです。
華蓮様や紗良、碧衣などの武に秀でたもの ……
そして夢咲の優秀な衛女さんたちがいたからの成功。
それ一つ欠けても成功はしませんでした」
(やっぱり、曹英も私と同じことを思っているのね)
私は曹英が孔明に言った言葉に背中を押された気がした。
孔明が目を細めて曹英を見つめた。
「あなたが曹操丞相の妹の曹英様でしたか。
一度お目にかかりたいと思っていました」
曹英は目を細め、孔明の目を見、胸を張り答えた。
「確かに私は曹兄の妹であり、兄として大切に思っています。
でも、今は夢咲星環府の交渉官曹英です」
孔明が微笑み頷いた。
「気丈な女官ですな ……
近い将来、お世話になることがあるかもしれませんね。
その時はよろしくお願いします」
この時、孔明は曹操の面影を曹英に見た。
そして、決して曹英の逆鱗に触れてはならぬと思っていた。
「あらあら …… あなたたち。
せっかく、私が荊州水軍に気付かれないように、
ここまで澪星を導いたというのに ……
私の手柄を台無しにしないでくださいまし。
もう、荊州水軍が来ても、おかしくない時間ですわよ」
美優が頷き、劉備に話した。
「またいずれ、協力し合うことがあると思います。
お話は、それまで取っておきませんか?」
劉備も頷いた。
「そうですな、その時は助け合える関係を望みます」
一同が頷き合い、挨拶を交わし、小さな交流の時間はお開きになった。
船が静かに離岸し、朝靄の中に劉備たちの姿が霞んでいく
澪星は静かに漢川の上流へと移動して、向きを下流に向けた。
川面を渡る朝の風が、甲板の旗をわずかに揺らした。
バシャッ ―― ガラ、ガラ、ガラ、ガラ ――
錨を降ろす音と一緒に船が少し揺れ、襄陽の港を遠く見るように停泊した。
ここで、荊州水軍の船が帰港するのを静かに待つとのことだった。
私と紗良、曹英、碧衣、琴葉の五人は手すりに肘をつき、
遠くに見える襄陽の港と、行き交う船を眺めていた。
私は曹英に港を見ながら話しかけた。
「ねえ、曹英もきっと同じこと思っているでしょ ……」
曹英が私の方を振り向いたのを感じたが、私は話を続けた。
「関羽さんに言った言葉よ ……
『華蓮様や紗良、碧衣などの武に秀でたもの ……
そして夢咲の優秀な衛女さんたちがいたからの成功。
それ一つ欠けても成功はしませんでした』
私、それで感じたの」
私は曹英の方に顔を向けた。
曹英は、口を結んで私の言葉を待っていた。
その表情を見て、安心して私の思いを伝えた。
「前にも話したけど、私、このままでは夢咲は駄目になると思うの」
言った後に後悔はなかったけど、胸の奥がざわついた。
私の言葉に皆が注目したのを感じながらも、
私は港を見て話を続けた。
「いままで、皆の特別な力に頼り過ぎてきた。
妃良様の威圧する力、華蓮様の武神のような戦闘力 ……
月弓を持った紗良、銀の鉄扇を持った碧衣の信じられない能力 ……
そして琴葉の、人とは思えない蜘蛛への変身 ……
どれが欠けても、今までのことは成しえなかったわ」
曹英が頷き、同調するように話した。
「私もそう思う ……
でも夢咲の人も頑張っているわよ」
碧衣が話を続けた。
「夜間の無灯航行は、水音さんの卓越した操船技術と、
澄火さんの冷静な計算と判断があったから、
無事に私たちがここにいると思う」
皆が碧衣の言葉に頷いて、私を見つめたのを感じた。
私は港から目を離し、一歩さがり、皆を視界に入れた。
皆が私に注目し、私の考えを伝えることにした。
「みんな、各地に星澪郭のような拠点を作る計画はどう思う?」
碧衣が答えた。
「安全で、だれしも守れる夢咲の城を作るのはいいことと思うわ」
私が首を振り答えた。
「江陵の人口は十二万人だからまだいいかもしれないけど、
夏口は一万人程度 ……
そこに、あんな大きな施設は必要?
それに、維持できるかしら?」
皆が顔を見合わせ、首を振った。
「その少ない人口の中で、基本は子女にのみ市民権を与えるなんて ……
直ぐに人手が無くなり、逆に破綻すると思うわ」
紗良が頷き同意をした。
「そうだね、それに、町を作るにしろ、守るにしろ ……
男の力は必要になってくるよね」
私は自分の持っている不安を話し続けた。
「それに、夢咲を大きくするには人材が少ないと思うの …… 」
ここまで話したところで、皆の視線が私の上を見ていた。
私は何だろうと思い、後ろを振り向いた。
そこには真剣な面持ちの美優と、意地悪に微笑む華蓮がいた。
私は二人の顔を見て驚いたが、不思議と緊張はしなかった。
不思議と心が曇りのない鏡のように、平静を保っていた。
「あら、随分と成長したみたいね、星愛 ……
あなた、今何を言ったか分かるかしら?」
私は華蓮を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じながらはっきり言った。
「本当のことを言いました …… 私は間違っていますか?」
「フフフ …… あなた、変わらないわね」
美優が話に割って入った。
「もう、およしなさい、華蓮。
八歳の娘を捕まえて、脅すような真似して ……
全く大人気ないわよ」
「あら、そうかしら?
嫌ですわ …… いつものやり取りをしただけですわ」
「あなた、星愛は、今は人の子です」
私は脅された感じはなかった。
ただ、このやり取りをどこか遠くで良くしていたような気がした。
私は二人を見つめてはっきり言いました。
「美優様と、華蓮様 ……
今の夢咲の計画はやがて終わりを迎えると思います。
理由は、人が少なすぎるからです」
「あなたの話は聞いていたので、説明するまでもありません」
美優は腕組みをし、神能を発動した。
二人の瞳が淡く光り、空気が静かに震えた
そして、華蓮と音なき会話を交わした。
(華蓮はどう思うかしら?)
(そうですわね、いずれ私たちはこの娘たちの前から消えますわよね)
(ええ、この娘たちに、夢咲を託さねばなりませんね)
(私たちは神でしてよ …… 物事を神の視点で見てしまいますわね)
(ええ、そうですね …… でも夢咲を大きくするのは人の子たち)
(そうですわね、人の子の視点を持つヘスティアたちに託すのが、筋だと思いましてよ)
(でも、極度の男神不信の妃良を説得する必要があるわね)
(少なくとも、私と美優はこの娘の肩を持つことでいいかしら?)
(それに、星愛と紗良の地上界の母二人も賛成しそうね)
長い沈黙の後、美優が話し出した。
「良いでしょ、私と華蓮はあなたの意見に賛同しましょう ……
そして、先ずは芳美と理沙に、星愛の考えを話してみなさい」
華蓮が微笑み同意した。
「芳美と理沙は、あなた達の成長を喜ぶと思いますわ ……
そして妃良を説得しなさいな」
美優も微笑み私たちに問いかけた。
「あなたたち四人は、星愛を守れるかしら?」
紗良、碧衣、琴葉、曹英は見つめ合い、そして私を見て力強く頷いた。
「もちろん守ります」
四人は声を合わせて返事をした。
やがて、襄陽の港に、くたびれた荊州水軍が入港するのが見えた。
そして澪星は補給と交渉の地、洞庭湖を目指した。
澪星は静かに舵を切り、霧の向こうに広がる新たな地を目指した。
◆洞庭湖 君山の芳美の館 ◆
紅茶と焼き菓子が香る、芳美の館の居間には芳美と理沙が待っていた。
荊州を陽が昇り始めた時刻に出て、百里(400Km)の距離を、
陽が沈む前には洞庭湖に着いていた。
改めて、澪星の船足の速さを感じた。
到着した私たちを母(芳美)は優しく迎えてくれた。
「おかえりなさい、星愛ちゃん」
そして他の者たちにも、微笑み、優しく声をかけた。
「皆さんも、今回の旅ではお手柄でしたね」
理沙も同様に皆に声をかけた。
「紗良は月弓を、碧衣は銀の鉄扇を使い ……
星愛と曹英は交渉官として、琴葉は情報官として、
皆の成長は聞いた」
美優が口に袖を当て微笑んだ。
「芳美も理沙も本当に親ばかですこと ……」
芳美がニヤリと笑い答えた。
「美優も人のことは言えないでしょ ……」
椅子に座り、脚を組み、ティーカップの紅茶の香りを楽しむ華蓮。
「あなたたち、世間話をするために集まった ……
ではなく、これからのことについて話し合うために集まったのよね」
「話は琴葉ちゃんから聞いたわ ……
私と理沙が反対する理由はありません。
妃良にも声をかけたので、仕事が片付きしだい、来るでしょう」
芳美は私の成長が嬉しいのか、笑顔が絶えなかった。
「あら、そう言うことでしたら、紅茶と焼き菓子を楽しみますわよ」
にっこり笑い、紅茶の香りを楽しみ、ティーカップを口に運ぶ華蓮。
私たちは星紡ぎの呼吸で話を始めた。
(ねえ、あなた達のお母さんと言い、華蓮と言い ……
これから、妃良様との話し合いだと言うのに、一体どうなっているの?)
紗良が答えた。
(いつも、こんな感じだよ ……
五華は何よりも紅茶と焼き菓子を愛しているんだよ)
琴葉が同意した。
(そうですよ、なんでも遠い国から取り寄せているみたいですよ)
碧衣も頷く。
(私のお母さんの妃良も一緒 ……
従者に紅茶セットを持たせて、どこでも楽しめるようにしている)
(あら、あら、あらー …… 皆さんで、何を話しているんですか?
全部筒抜けでしてよ。悪口は厳禁ですわよ)
華蓮が星紡ぎの呼吸の会話に割り込んできた。
面白そうに笑いながら、頬杖をついて私たちを見ていた。
―――――
「でも、妃良遅いわね ……」
美優がなかなか来ない妃良が心配になり、芳美に声をかけた。
芳美も少し心配な様子で答えた。
「これから話す内容がね ……
考えようによっては、妃良に反旗を翻すようなものだから」
「私に反旗を翻すのは誰かしら?」
声がする方を見ると、そこに妃良が立っていた。
「あなたたちは、どんな風に私を見ているかよくわかりました」
微かに絹の擦れる音をさせ、透き通る白い肌、金色の髪が揺れ
ゆっくり席に座り、私を見て繊細な顔が微笑んだ。
「星愛、思ったより早く成長しているわね ……
紗良、碧衣、琴葉、曹英のおかげかしらね」
私は妃良を見て、お辞儀をしました。
そして口を開こうとしたところ、妃良が手で制した。
「星愛、言いたいことは分かっているわよ ……
将来はあなた達が夢咲星環府を運営していくことになるわね」
私たちは臆することなく頷いた。
その様子を見て、満足したのか五華が頷き、妃良が話を続けた。
「私たちの視点で見れば、人不足の問題は気にならないけど ……
でも、将来を担っているのはあなたたちなのよね」
妃良はティーカップを口元まで持ってきて、神能を発動した。
私たちは香りを楽しんで、言葉を選んでいるのかと思い、黙って言葉を待った。
妃良を含む五華の瞳が淡く光り、空気がわずかに震えた。
五華は音なき会話を交わし始めた。
(ウフフ、今日の妃良は妙に素直ね)
華蓮が妃良に声をかけた。
妃良は目を瞑り、紅茶の香りを楽しみながら答えた。
(いつもの私ですよ。
私たち神はこの地上界の他に、転生を希望せぬ人の子の魂が天界に留まり、
私たちに信仰の力を与えています)
芳美が妃良を見つめて微笑んだ。
(そうね、だから地上に人の子がいなくなっても困らない)
そして理沙が続いた。
(だから夢咲は子女だけでいいという発想になったんだよね)
妃良が頷き、美優が話す。
(それに、人の子は転生者の魂と、
新たな魂の二種類の魂を身籠ることができる ……
だから、地上界で活動する、断絶神の華蓮も困ることはないのよね)
華蓮が苦笑いをし、クッキーを口に運びながら妃良に聞いた。
(妃良は夢咲の最終目的は、宇宙への足掛かり作りと言ったわよね ……
宇宙神になれば、この星の天界にも、冥界にも行けなくなりますわ ……)
妃良が、芳美、理沙、華蓮、美優を見回し頷いた。
(宇宙神って、女神社会ですよね。
なら、地球の拠点には男はいらないと思いました。
でも、これから夢咲星環府を大きくしていくのは、ここにいる娘たち。
最初から、この娘たちに託そうと思いました ……
それでいいですよね)
他の四華はみな微笑みながら頷いた。
ここまでの音なき会話を一瞬で終わらせ、
紅茶を一口含み、ティーカップをゆっくり卓の上に置いた。
カチャ ――
ティーカップの音を合図に妃良が再び話す。
「星愛、紗良、琴葉、碧衣、そして曹英 ……
あなたたちに夢咲の将来を託すことにしました」
私たちは信じられないと思い、お互いの顔を見ました。
妃良はさらに話を続けた。
「まずは、江陵と夏口の開発をしなさい ……
あなた達が思う、将来への希望が持てる開発をしてください」
私たちは、手を繋ぎ喜びの声を上げた。
五華たちも微笑んでいた。
「ただ、他の人から見れば、あなたたちは八歳の娘 ……
表向きは私たちが動きます。
そして十八になったとき、今度はあなた達が夢咲の五華となるのです」
私たちは抱き合い、喜び、涙した。
妃良が咳払いをしたので、私たちは再び妃良を見た。
「これは私の友達に作って貰ったものです。
日付が書いてあります。
人材に困ったときに、一番近い日付の物を開きなさい。
そこに答えが書いています」
私はその封書を妃良から貰いうけ、頭を下げた。
(どうしても、妃良様には深く頭を下げられないのよね ……)
こうして、五人の娘たちは夢咲星環府の五華への階段を上り始めた。
外の月と湖面に映る月が、五人の未来を二重に照らしていた。
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