第45話 攻めと守り
美優の顔が優しい表情から真剣な表情に変わった。
私たちも、これからの話は聞き逃すまいと真剣な表情になった。
美優が澪を見つめ尋ねた。
「澪、澪星と同じ船はあとどれくらいで完成しますか?」
「澪星より一週間遅れくらいね」と澪が応えた。
澪の返事を聞いて、美優が微笑んだ。
私たちは、澪星と同じ船がもう一艘あることに驚いた。
紗良が「澪さん、本当にもう一艘あるのですか?」と尋ねた。
澪はにっこり笑い
「誰も“一艘しか作っていない“なんて言ってないでしょ」
澪は得意げに応えた。
「彗星はね、積載量を増やす構造にしたのよ…
一回り大きくて、蒸気機関も強化してあるのよ」
澪はどや顔で付け加えた。
私は澪星が二艘並んで航行する様子を頭に描き、心が躍り、思わず微笑んでしまった。
琴葉が「星愛、何を笑っているの?」と囁いた。
私は「ごめん、澪星が二艘並んでいる様子考えたら、顔に出ちゃったみたい」と応えた。
美優が天幕の中が静まるのを待ち話し出した。
「星環征途旅団は澪星型の船二艘で旅をします。
後から完成する船の名前は彗星とすることが、五華のお茶会で決まりました」
(えっ、またお茶会で決めちゃったの…お母さんたち、私たちとは違う高さで楽しんで見ているような気がするのは、私だけかしら…)
皆は納得しているのか、真剣な面持ちで頷いた。
「まずは澪星の乗組員から発表します…
澪星には夢咲舞踊団と交渉官が乗船します」
私たちの視線は美優に集中していた。
「夢咲舞踊団からは『希望のパン』を公演する団員から…
座長は麓沙、副座長は孫尚香」
美優は二人を見つめ、二人は恭しく頭を下げた。
「謹んで、お受けします」と麓沙が応えた。
「二人を含めて、四十名の人員で『希望のパン』の公演を実現できます?」
麓沙は微笑み、応えた。
「もちろんできます」
尚香も「麓沙と力を合わせて、必ず成功させて見せます」
と、孫軍だった頃の将としての自信の表情を見せた。
美優は「頼もしいですね」と頷いた。
「尚香には舞姫として、演技全般の指導をお願いするわ。
そして麓沙は歌姫として劇の音楽の監修をお願いしますね」
尚香と麓沙は顔を見合わせて微笑んだ。
「そう、そして貂蝉もこの劇に加えてね…
貂蝉は智女の曹英役がいいと思うの」
曹英の頬が朱色になり、尚香、麓沙の顔がほころび、尚香が応えた。
「誰よりも、一番合っている配役だと思います。
劇は間違えなく成功すると思います」
美優は満足げに頷き、話を続けた。
「しっかり稽古をし、舞台装置の準備もお願いしますね」
尚香と麓沙は深く頭を下げた。
―――
「次は、交渉官ね
交渉官は私がやるので――
星愛と曹英は、十六歳になった時、
完全に独り立ちできるように、見習いとして私と常に一緒にいて、勉強するのよ」
私と曹英は思いがけない役割に、喜びの声を上げた。
「私たち、まだ八歳なのに…本当にいいのですか?」
私が美優に尋ねると、美優が答えた。
「それでいいの、可愛い娘がいつも一緒にいるだけで――
噂は広まるからね」
曹英は嬉しさと、不安が入り混じった表情で美優に尋ねた。
「交渉官って、具体的にどのようなことをするのですか?」
美優が逆に私に質問した。
「星愛、星環征途旅団の目的は何かしら?」
私は今まで、皆と色々な事を話し合ってきた。
そのことを思い出し、上から順番に話していった。
「第一に、新しい紙幣『星』の流通です。
長江、黄河、海岸にある都市に夢咲の拠点を置き――
拠点から流通させていきます」
美優は頷き、さらに話を促した。
「では、拠点を置くにはどうするつもりなのかしら?」
「曹操、劉備、孫権と結んでいる、不戦条約と星を使った交易条約を根拠として
その都市を治める領主に夢咲の拠点を置くことの許可を得ます」
「そうですね。
麓沙、交渉官覚書として紙に書き残してくれるかしら?」
麓沙は頷き、夢咲特製の楓草紙を広げ、筆を走らせた。
楓草紙を開く音と、墨の香りが天幕内を満たした。
「では、拠点が置いたら次にすることは何かしら?」
美優は私を見つめ、問いかけ、少し考えて答えた。
「その土地で商いする物の理解を得ることです…
商いの組合、有力者と、拠点内では星を使った商いを認めさせる、商いの交渉です」
「他に理解を得るために必要な交渉はないのかしら」
曹英が続いて答えた。
「夢咲の灯花、薬、食品の提供による民心の獲得交渉です…
『希望のパン』公演と一緒に進めるのが良いと思います――」
私は曹英の顔を見て、頼もしく感じた。
曹英と目が合い、私は頷き、民心獲得の方法を説明した。
「灯花による夜間照明、鎮痛剤・目薬の提供、保存食品の販売などを通じて、都市住民の生活改善を図ります。
このことで、夢咲は戦を持ち込まず、光と癒しを持ち込むことを示す交渉材料となります」
「凄いわね、あなた達…まるで、小さな孔明と荀彧みたいね。
まだ、続きはあるかしら――」
紗良、碧衣、琴葉は私たちに応援を送るように、私と曹英を見つめた。
そして、三人の応援に応えるように、曹英は頷き、続きを話した。
「免税区・星紙幣特区の設置交渉です」
私と曹英は頷き、私が説明をした。
「拠点周辺を『星紙幣特区』として認定し――
税制優遇を受けることで商人の流入を促します。
こうすることで、都市経済の活性化と夢咲紙幣の流通促進を両立できます」
「まだあるでしょ、あなた達の提案は…」
美優が期待する眼差しで私たちを見た。
私が「技術院・開植院の設置交渉です――」と言うと、今度は曹英が説明をした。
「澪工房式の技術院や農業支援の開植院を都市内に設置し、
地元民の雇用と技術教育を提供します。
こうすることで、“夢咲は人を育てる“という信頼構築の交渉材料になります」
美優が頷いた。
「人の子を育てることは大切ね。
これから夢咲は、大きくなっていきます。
そして、人材不足に悩む前に手を打っておくことは私も賛成よ」
私は美優を見て、さらに話した。
「市民権付与・保護対象者の登録交渉も必要と考えます――」
曹英が頷き、説明を始めた。
「南州夜影賊衆などに囚われていた者や、
戦乱で流浪の民となった者たち、身分のない子女に――
夢咲市民権を付与する制度の導入するのです。
『希望のパン』公演と連動し、実際の救済制度として交渉します」
「いいわね」と言い、美優はにっこり笑い、話し出した。
「それと、夢咲舞踊団による祝祭・儀礼の協力交渉ね」
私が美優の言葉を受けて、その内容を話した。
「市の祭礼や儀式に夢咲舞踊団が協力することで、文化的な融合を図る。
そのことで、都市の伝統を尊重しつつ――
夢咲の美学を浸透させることが出来るのですね」
美優は満足した微笑みを浮かべ頷く。
「交渉する内容はこれで全部ね。
それと、これから話す交渉の順序と戦略も書き記してくれるかしら?」
麓沙は頷き、美優から話を聞き、交渉官覚書に書き記した。
―――――――――
交渉官覚書き
一.不戦条約、交易条約を根拠に、拠点を置くことを領主と交渉
二.商いの組合、有力者と、夢咲拠点内での星紙幣を使っての商いの交渉
三.『希望のパン』の公演許可の交渉
四.星紙幣を使った都市内の商い交渉
五.灯花・医薬・食品の提供による民心獲得交渉
六.免税区・星紙幣特区の設置交渉
七.技術院・開植院の設置交渉
八.市民権付与・保護対象者の登録交渉
九. 夢咲舞踊団による祝祭・儀礼の協力交渉
交渉の順序と戦略
一.領主・行政との不戦・拠点交渉(政治)
二.商人・組合との星紙幣交渉(経済)
三.文化層・民衆との演劇・灯花交渉(文化)
四.技術院・医薬提供による民心獲得(生活)
五.市民権・保護制度による信頼構築(倫理)
―――――――――
美優は一同を見回し、微笑み、話を続けた。
「ここまでが、星環征途旅団の攻になります。
そしてこれから、守りの説明を始めます」
「澪星は私が指揮を取り、彗星は華蓮が指揮を取ります」
彗星の指揮は芳美か理沙だと思っていた者が多く、皆は顔を見合わせた。
華蓮の名を聞き、澪の表情が寂し気に見えたが、直ぐに元の表情に戻った。
そんな会議の雰囲気を知ってか、知らぬか、美優が話を続けた。
「澪星が攻めの船としたら、彗星は守りの船になります――
彗星には夢咲の物品をたくさん積んでもらいます。
それだけに、守りが鍵となるのです」
皆は頷くのを見て、美優が話を続けた。
「紗良と碧衣は彗星に乗船して、あなた達の能力を存分に発揮してもらいます。
そして、琴葉は伝令役として頑張ってもらいます」
紗良が少し不安な表情を浮かべ美優に聞いた。
「私たちの能力って…なんですか?」
美優は意外そうな顔を紗良に向けて、その後澪を見て問いかけた。
「澪は、月弓と銀の鉄扇について、二人に説明したのかしら?」
澪が表情を変えずに答えた。
「紗良と碧衣なら、説明しなくてもそのうち使えるようになると思って――
説明していないわよ」
「今、使い方を説明してくれるかしら?」
美優は澪を見つめた…視線を感じた澪は頷き、説明を始める。
「まずは月弓ね。
矢を射抜きたいものを想像し、弦を弾くと想像したものだけを射抜くのよ――
そうね、私がこの湯飲みを投げるから、湯飲みを想像し弦を弾いてみて」
紗良は月弓を構え、ゆっくり頷く。
頷く紗良を見て、澪は湯飲みを高く投げた。
刹那、紗良は弦を弾くと、青白い閃光が走る。
ゴロ ――
真っ二つになった湯飲みが地面に転がった。
パチ、パチ、パチ
乾いた澪の拍手が天幕内に響く。
「紗良ちゃん、何も言わなくても練習はしていたのね――
ところで今は、いくつまで射抜くものを想像できるかしら?」
紗良は右手の指を立てて、真剣な面持ちで答えた。
「五つまでなら、何とかできる」
澪は満足げに頷き、微笑む。
「人の子にしては、上出来ね。
この弓はね、想像した数だけの矢を放ち、確実に射貫くのよ――」
紗良が頷くのを見て澪は話を続けた。
「そうね、百くらいまで一度に想像できれば、星環征途旅団も安泰ね。
しっかり修練を続けなさい」
「はい」引き締めた顔で、気持ちを引き締め返事をした紗良だった。
澪はそんな紗良を見て頭を撫でながら話した。
「これはね、女神アルテミスが持つ弓と同じもの――
人の子が扱える代物ではないけど、しっかり使えているね。
頑張りなさい」
紗良は頭を撫でられ、朱色に染めた頬で頷いた。
続いて、澪は碧衣の方を見て、話しかけた。
「碧衣ちゃんも、紗良と一緒で、銀の鉄扇を使ってみたでしょ?」
碧衣は、キリっとした表情で答えた。
「はい、使いました」
碧衣は銀の鉄扇を開いて、顔の高さまで鉄扇の上面を見つめた。
「こうすると、鉄扇の上で私の周りのもの全てが見えて――」
碧衣が鉄扇の上を指で押した。
ズゴン!
天幕内の人がいないところに、人が落ちる穴が開いた。
澪以外の者たちは、驚いた表情でその穴を見つめた。
澪はにっこり笑い、手を叩いて碧衣に声をかけた。
「じゃあ、次は穴を壁にしてみて」
碧衣は澪を見て頷き、銀の鉄扇の上で何かを摘まむように持ち上げた。
ゴゴゴゴゴ!
今度は、穴がせり上がり壁のようになった。
澪が満足げに頷き、碧衣に声をかけた。
「じゃあ、元に戻して」
碧衣は頷き、鉄扇の上をならすようになぞると、地面は平地に戻った。
「碧衣ちゃんも、何も言わなくても使えるようになっているわね」
澪は碧衣を自分の前に立たせて、頭を撫で上機嫌で話し出した。
「この銀の鉄扇は使い手が見ている物で、自身の力となるものが浮き上がるの――
そして浮き上がったもの全てが、自分の意のままに操れるのよ」
先程動かした土の煙が、天幕から漏れる陽に浮き出て、波のように舞っていた。
私は水が、土が、自然全てが防壁になることを想像した――
他の皆も同じ想像をしているのか、驚き、静かに考えているようだった。
そんな皆を見て、澪は満足した表情になり、碧衣に話しかけた。
「今はどのくらいの範囲が、銀の鉄扇の扇面に現れているかしら?」
碧衣は澪を見つめ答えた。
「五間(9.1m)と言ったところだと思います」
澪はニッコリ微笑み口を開いた。
「見えるもの全て、扇面に乗せられるようになさい――」
そして、皆を見渡して話を続ける。
「これは、私の作った神器よ――
『月弓』と『銀の鉄扇』二つあれば、この国を武力で統一できる代物――
でも、それでは面白くないでしょ?
星愛ちゃんと曹英ちゃんの武力ではない統一で、この国の安寧を作り上げてね」
そう言うと、ゆっくり席に着く澪だった。
私は、面白くないって…
澪さんは今の大陸の状況を楽しんでいるみたいと感じた。
美優が自信に満ちた面持ちで皆に伝えた。
「攻めの澪星と、守りの彗星でこの大陸に安寧をもたらせましょう。
星が動く、劉表の死をもって、出立とします。
いつ出航になってもいいように、皆準備を怠らぬように」
皆は席を立ち、美優に頭を下げた。
夢咲絹でできたトガが擦れる音が天幕内を満たし、
昼の陽が大陸の安寧を示唆するかのように、皆を優しく包んでいた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
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