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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第44話 希望のパン


沙市の澪工房の見学の翌日、美優から召集の使者が来た。

私、紗良、碧衣、琴葉、曹英、澪の五人は澪星(船)から、夢咲星環府の会議用の天幕へと足を運んだ。


天幕の入り口には二人の衛女が左右に立ち、私たちの顔を見ると入り口の帳を明けたので、「ありがとう」と声をかけ、中に入った。


防水シルクの天幕は柔らかな光を通し、風に揺れた時、波紋のような影が揺れ、まるで水面の下にいるような静けさを漂わせていた。

中に置かれた卓には、美優を中心に左右に、麓沙と孫尚香が座っていた。

何やら、地図を見て話し合っている最中だった。


美優が私たちに気付き顔を上げて、声をかけた。

「皆さん、おはよう。取り敢えず空いている席に座ってくれるかしら?」

私たちは挨拶をして、席に着いた。


天幕の中は、静けさが漂い、これから大切な話があることを物語っていた。


衛女が私たちにお茶を持ってきて、私たちの前に置いていった。

コト、コト、コト…湯飲みを置く音が天幕に響き、ほのかに茶の香りが漂った。


美優が衛女が下がるのを待って口を開いた。

「実はね、今日来てもらったのは星環征途旅団のことなのよ」


私たちは静かに頷いた。


「曹操が北方を平定したのよ」と美優が言った。

澪が言った。「では、次は南下してくるわね」

美優が頷き、話を続けた。

「その通り、私だったら間違いなく病弱な劉表の土地、荊州を狙うわね」

曹英が頷き応えた。

「もし、劉表が亡くなれば、曹兄は間違いなく荊州を落とします。

そして、長江を使いさらに南下を始めると思います」

尚香が眉をひそめて言った。

「でも、孫兄の水軍がいる…それだけじゃ、足りないの?」

曹英は首を振った。

「戦をする時は、曹兄は数で勝負してくるわ。曹兄はそういう人よ」

澪が少し寂しそうな表情になった。

「劉備が動くわね。

劉備も生き残りをかける場面になるわ…

孔明が黙って指をくわえているわけないでしょ」


私は、何故澪が寂しい顔をするのか、疑問に思い聞いてみた。

「澪さんは、何でそんな寂しい顔をするの?」

「私はね孔明と黄婉貞こうえんていの師匠なのよ。

弟子の側で見守るのが筋よ…」


美優は両手で頬を支え、にこやかに皆のやり取りを観察していた。

そして席が静まるのを待ち話し出した。


「皆さん、いい読みをしているわね。

この機を逃すつもりはないわ…

華蓮の見立てだと、二か月後の八月にはペルセポネの前だそうよ」


曹英が「ぺるせぽね?」と呟き、隣の澪が耳打ちした。

「もうこの世にはいないっていう事よ…ペルセポネは冥府の女王。

華蓮は、時々こういう言葉で未来を語るの」

私も、澪の話を聞き納得した。


美優が真剣な表情で私たちに話した。

「だから、八月前には私たちは、江陵で拠点を構える準備をし、

曹操が来た時には江陵を私たちの拠点として認める交渉をしたいの」


一同は、それが容易いことではないと理解しながらも、

やってやるという意思を表情に出しながら頷いた。


「曹英は元々魏の国の人だから分かるかしら…

もともと、沙市に住んでいた人が私たちの事をどう思っているか」

曹英は言葉は飾らず本音を口にした。

「ただのよそ者。よそ者が幸福を掴むことを望む者は少ない――

ましてや、南州夜影賊衆に捕らわれ、かつて男相手の仕事に従事していた。薬で操られていたとしても、子どもは蔑まれる――

そう、この土地では『産まれ』こそが汚点になるのよ」


私はそこまで言うかと一瞬思ったが、神ではない限り平等には見られないのは事実と思い、曹英の言葉をそのまま受けとめた。

紗良はトガを握りしめ、その手は震えていた。


美優は悲しい眼差しを私たちに向けて言葉を続けた。

「曹英、冷静によく観察していますね。

人の子は自分を優位な立場に置きたい生き物なのです…

これは、よそ者に対しては顕著に出ます」


碧衣が質問した。

「だから、武力で押さえ、先住の民の優位性を無くす必要があるのですか?」


美優は頷いた。

「そして、団結心の強い集団は皆殺しにされる――そういう時代なの。

少し話がそれましたが、私たちは違うところを見せたいと考えています」


澪が美優に質問した。

「で、どのような方法で、住民たちの理解を得ていくつもりなの?」

美優は頷き応えた。

「まずは私たち夢咲舞踊団の演劇で人心を掴んでいきます」

琴葉が「たいしゅうげき?」と質問した。

麓沙が琴葉の質問に応じた。

「私たちの歌劇『アクエス神話』に代表される演目は、どちらかと言うと、見識のある人向けの劇なの」

尚香が麓沙の話を引き継いだ。

「それで、もっと一般の人も分かりやすい劇にしてはと、私と麓沙が美優様に進言したというわけさ」

美優が頷き話した。

「二人の意見を取り入れて、話し言葉を中心に、喜怒哀楽を感じられる劇を考えたの…

題材は、私たちの南州夜影賊衆の討伐をそのまま劇にしたの…

演劇の名前は『希望のパン』」


私は興味を惹かれ、劇の内容を聞いた。

美優は微笑み内容の説明を始めた。


「曹操の大陸北方遠征が激化し、孫権のところに居る曹英に、囚われる前に脱出するように曹操から手紙が届く」


ドキドキしながら美優の話を聞いた。

曹英が目を伏せ、何かを思い出しているようだった。


「しかしながら、呉の国から脱出は成功したけど、南州夜影賊衆に襲われ囚われの身となり、沙市の側の本拠地に連れてこられてしまう」


皆悔しい表情になった。

特に、碧衣は銀の鉄扇を持ち、鋭い眼になった。


「そこへ現れたのが、夢咲入りを決めた孫尚香と、夢咲と交易の交渉で着ていた劉備配下の三将軍、関羽、張飛、趙雲」


私たちは目を輝かせ話に釘付けになった。

琴葉が髭だるま(張飛)を思い出したのか、手を叩いて喜んだ。


「一方、曹操に手紙を書けと脅されていた曹英は、頑なに拒否するが、従者の一人が目の前で複数の男達に弄ばれようとしていた」


話を聞き、私たちは、南州夜影賊衆に怒りを露わにしていた。

紗良の目が鋭く光り、今にでも月弓を持つのではと感じた。


「孫尚香と関羽は、お互いの国のいざこざより儀が大切だと手を取り、立ち上がる」


私たちは美優の話を聞き、将軍たち間に合って欲しいと手を合わせていた。

尚香の顔を見たが、台本を知っているのか、表情の変化がなかった。



「従者の衣服をむしり取ろうとした時に、孫権と劉備の四将軍が敵を薙ぎ倒し、最後に従者に手をかけていた賊を、四将軍の刃で切り捨てる」


皆は拳を握り、やり切った表情になった。

私と紗良、曹英は抱き合って喜びを露わにした。


「賊が討伐された後、残された子女には握りこぶし大のパンが配られた。

でも小さいパンだけど、空腹を癒し、心を温め、希望をもたらせてくれた。

そして、希望を糧に、この地の復興に取り組んで幸せを掴んでいった」


皆が、涙し「良かったねー」と呟いた。

美優が微笑み話した。


「大分、省いているけど、こうすることで、受け入れやすい内容になったと思うけど、どうかしら」


私はあの時のことを思い出し、少し流れた涙を拭きなら、

「美優さん、とてもいい話だと思います」と言った。

紗良も続いて、言葉を紡いだ。

「私たちが当事者だけど、とても感動できる内容だと思います」


私たちは、あの解放された直後の夜を決して忘れていない。

南州夜影賊衆に捕らわれ、見知らぬ地で、望まぬ仕事をさせらていた、女たちの気持ち…

そして配られたパン。

小さなパンだけど、解放されたという実感を持つには十分な大きさだった。


美優は頬杖をついて、話を続けた。


「公演は陽の入りに合わせて行うつもり。

そうする事で灯花による照明効果が十分に得られるでしょ」


私は演劇が夜終わることで、子どもや女性の足が遠のくことを心配し質問した。


「美優様、暗い時間に演劇が終わるとなると、子どもや女性の足が遠のくのでは?」

「そおね、私たち星環征途旅団の目的が演劇なら、明るいうちに二公演、夜に一公演が妥当な線ね…

星愛ティアちゃん、私たちの旅の目的は憶えているかしら?」

「私たちは夢咲の物品、紙幣を普及させ、もう不幸な人たちを作らない社会作りだと思います」


美優はにっこり微笑んだ。


「その通りです。

「『希望のパン』の公演は麓沙と尚香を中心とした夢咲舞踊団が専任で行います。

重要なのは、それ以外のことになります…」


美優は、間を置き、会議に出席している全員の顔を見渡した。

皆は、真剣な表情で美優を見つめ、その言葉を待った。


「これから、星環征途旅団の役割分担と配置を発表します」


天幕内は、自分の役割を待つ者たちの緊張の糸が張られた。

外では、鳥のさえずりが聞こえ、天幕が風で揺れ、穏やかな影を作っていた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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