第42話 澪工房の産業革命
澪に連れられ、五人は造船所へ来た。
新しい木の香りが鼻をくすぐり、心が静かにほどけていくようだった
大型輸送船の建造が急ピッチに進められていて、木を叩く音や、図面を見ながら話す人、荷車を押す人々で、造船所は賑わっていた。
その中に一艘、異彩を放つ船が隠されるように建造されていた。
全長二十五間(45.5m)、幅十間(18.2m)、定員は八十名の船だった。
曹英が目を見張る。
「こんな、大きな船見たことない…」
もう船体はほぼ完成していて、下から見上げると、三本の帆柱が陽に透けるように眩しく、気高さを放っていた、そして船底は気圧されそうな迫力だった。
私は感嘆の声を漏らした。
「わあ、凄いです…澪さんが全部設計したの?」
澪は得意げに笑いながら、語った。
「そうよ、千七百年以上…いえ、十八年温めてきた、私の夢なのよ。
創造を図面に落としても、それを実現する技術が追い付いてこなかったのよ…
あの頃は本当に悔しかったわ」
紗良が何かを見つけたみたいで、黒光りする物に近づいた。
それは、黒く光り、五枚の花びらを模した形をしていた。
「ねえ、華蓮さん、この黒光りする物は何なの?」
と、紗良が尋ねると、澪が満足げに答えた。
「紗良ちゃん、いいところに気付いたわね。
これは、推進花と私たちは呼んでいるわ」
「すいしんか?何なんですか、これ」と、琴葉も興味津々だった。
澪は推進花の前に立ち自慢げに語りだした。
「推進花が回転することで、船が前進するのよ。
この推進花は、星環院の鍛冶師が七種の鋼を折り重ね、夢咲の律動に合わせて鍛えたものよ」
曹英は見ほれるように、推進花を見上げた。
「凄くきれい、七種の鋼が波のような層を形成している」
「そうでしょ、私たちはこの合金を黒層鋼と呼んでいるわ。
そして、この技術を実現させた物が船内にあるわ…ついてきなさい!」
私たちは、澪の後を追って船内へと入っていった。
—――
澪は二間(3.64m)幅の立方体の箱の前に立ち、前に置いてある樽に手を入れて、中にある物をすくって、手のひらにのせて私たちに見せた。
「この、オリーブの実と同じ大きさの粒一粒が、オリーブの実十万個相当の火力を生み出すのよ」
私は目を丸くして聞いた。
「全然、意味が分かりません…もう少し詳しく教えてください」
と、澪にお願いした。
「えっとね、この箱はこの船の心臓なのよ」
私たちは真剣な表情で頷きました。
「この心臓が動くことで、推進花が回って船は前に進むのよ」
澪の話を聞いている私たちは、目が輝きだします。
「そして、この濃縮オリーブチップ一粒で、馬百三十頭の力を生み出すの…
そうね、推進花の力だけなら、人が歩く速度の三倍、帆を張れば、風を受けて四倍、五倍にもなるわ」
計算が得意な碧衣が感嘆の声を上げた。
「すっ、すごい、一日で百二十里も進むことが出来るの…」
曹英が目を丸くした。「なによ、洞庭湖まで半日、海まで二日で出られちゃうの?」
「でも、蜘蛛にはかないませんぞ」と、どや顔で呟く琴葉。
私と紗良は顔を見合わせて、私から話した。
「星環征途旅団の仕事もかなり捗りそうね!」
私と紗良は両手を繋いで喜び、紗良も嬉しそうに言った。
「ホントだね!」
二人は抱き合い喜び、曹英が「ずるい」と言い抱きつき、
碧衣も琴葉も抱きついてきた。
澪はそんな私たちを見て、微笑みながら呟きました。
「これが私が千七百年、温めてきた図面。
そしてもう一つあるのよね…」
澪は今度は、私たち全員に聞こえるような声で話し始めた。
「夢咲で私が実現した夢は全部で三つ!
一つは全ての力の源のオリーブチップ、二つ目は蒸気機関…
そしてもう一つあるんだよね」
私たちは興味津々に澪を見て、私が聞いた。
「三つめは何ですか?」
「それは明日のお楽しみ」と言い、「ゼウスがヒントをくれたわ」
と、言葉を付け足し、澪はにっこり笑った。
「さあ、お風呂にしましょう」と最後に言った。
私は「えっ、お風呂あるのですか?みんなで入れるんですか?」
と澪に尋ねると、「大きいのがあるから、安心して」と笑顔で応えた。
私たちは澪を先頭に浴室へと向かった。
―――
澪が浴室のドアを開けた。
脱衣所は畳にして六畳ほどの広さがあった。
私は浴室が気になり、真っ先に開き戸を空けた。
湯気が立ち込める浴室は、十畳の広さがあり、浴槽は木製だった。
オリーブ油灯が淡いオレンジ色の灯りで浴室を照らし、湯気に灯りが揺れて、壁に柔らかな影を落としていた。
真新しい木の香りと、先に入っていたのか二人の工女の身体を洗う石鹸の香りが混ざり、私はとても幸せな気持ちになった。
私は笑顔で後ろを振り向いて、澪に声をかけた。
「澪さん、すごーい!まさか船でお風呂に入れるなんて思わなかったよ」
澪と他の四人はトガを脱ぎ、浴室に向かおうとしていた。
小さいけど、白くてきれいな肌に、澪の優しい女性らしさが滲んでいるのを見て、何故だか私は顔が熱くなった。
「澪さん、身体は小さいけど、私のお母さんみたいに、綺麗だね!」
と、思わず言うと、澪は苦笑いをして微笑んだ。
「その“小さい”は余計よ。あなたも早くトガを脱いで、お風呂にいらっしゃい」
と言い、他の四人と一緒に湯気が立つ浴室に入っていった。
私は五人の背中を見て、慌ててトガを脱ぎ捨て浴室へ急いだ。
浴室では先に入っていた工女が澪に声をかけていた。
「澪さん、可愛い子たちですね。
澪さんのお知合いですか?」
二人の工女は私や紗良、碧衣、琴葉、曹英のことは知らなかった。
恐らく、南州夜影賊衆に捕らわれ、奴隷のように扱われていたのだろうか…
でも、そんなことは露ほども感じられず、私たちに明るく家族のように接してきた。
もう、夢咲の風土に馴染み、家族の一員になっていた。
澪が、「この子たちは、妃良達の子よ。あっ、曹英は曹操の妹だったわね」
と言うと、工女の一人が、
「そうなんですね、みんな可愛いね。私たちがきれいに洗ってあげるね」
腕を掴まれ、二人の工女の前に座らされ、頭や身体を洗ってもらうことになった。
かつては影の中にいた彼女たちが、今は光の中で誰かを洗っている。
工女の一人が澪を見て、微笑んだ。
澪は焦って答えた。「私は、十八歳よ。…だから、ちゃんと自分できるの」
といい、耳まで赤く染め、自身で頭を洗い始めた。
お姉さんに頭を洗ってもらいながら、背中に柔らかな感触があり、
私もお姉さんたちみたいに、胸が大きくなるのかなあ…
と、お姉さんの胸の柔かさを心地よく感じた。
沙市の者たちも、もう夢咲の風土に馴染んでいるようだった。
―――
私たちは、澪に連れられて食堂へと来た。
食堂は、白く発光するオリーブ灯が使われ、とても明るい雰囲気を醸し出していた。
スープの香りと、ニンニクと香菜が焼けた香りが食欲を刺激し、
奥の調理場では鍋と金杓子が威勢良く当たる音が響いてきた。
壁際には細い卓が置かれ、汁物鍋、主菜を綺麗に並べた皿、副菜を並べた皿、幸福パンを並べた皿、焼き菓子を並べた皿、飲み物は緑茶、紅茶、水が用意されていた。
オリーブ灯の白く柔らかな光が卓の上に落ち、料理の彩りを際立たせていた
私たちは大きなお皿に、料理を盛り付け、
八人が余裕で座れる卓が二台あり、その片側に私たちは座った。
澪は紅茶を一口飲んでから、語り始めた。
「明るい食堂でしょ。
ここで、八十人分の食事を朝、昼、晩作るのよ」
私は調理場について聞いてみた。
澪は私の気持ちを知ってか、こういいました。
「この船にはもう専任の調理師がいるから、彼女たちの仕事は奪わないでね」
そして更に、付け足しました。
「星愛ちゃんはこれから、お金と物の真ん中に座るのよ。
だから、竈の中心は調理師さんに任せてね」
私は澪の言葉を噛みしめました。
「はい、これからは経済の中心に座り、皆に安らぎを与えられるように、私、頑張ります」
澪は私の頭を撫で、にっこり笑いました。
「だからこそ、星愛ちゃんには“安らぎの経済”を築いてほしいの。
そこまでいくには、もっともっと、たくさん外を見て、人との関係を築かないとね」
私を含め皆が頷きました。
一方食事はと言うと、船の上で作った料理とは思えないものだった。
琴葉が「この白身魚の料理、骨もないし、ニンニクの香ばしさと、香菜の瑞々しさが混ざり合い…たまりませんな」
と言いながら、頬張るように食べていた。
その横の、お嬢様育ちの曹英は静かに味わいながら食べていました。
「あら、香菜の緑が白身に映えて、まるで春の風が皿に吹いているよう…
この黄色い汁はトウモロコシね…それと、チーズが隠し味かしら、とても優しい味ですね」
皆、満足そうに微笑んでいた。
紗良が「この焼き菓子、紅茶とよく合うよ」
と、言われ碧衣も試した。
「本当だ、甘くておいしい。
お風呂と言い、料理と言い、多分旅に出ていることを忘れそうだ」
澪は満足げに微笑んだ。
「さあ、明日は早いから、もう寝ましょうか」
と言い、私たちは寝所へ向かった。
―――
寝所のドアを開けると、大きな寝床が用意されていた。
澪が寝床に座り、話し始めた。
「他の部屋は3段の寝床が向かい合う様に配置されていて、真ん中に卓があるのよ。
でも、この部屋はあなた達のために用意したの。
これなら、みんな仲良く一緒に寝れるでしょ」
「うん、なんだか嬉しいですー」と琴葉が大喜びした。
澪が「さあ、着替えてみんな寝ましょう」
と言いながら、着心地の良いチュニックに着替え、私たちも習って着替えた。
真ん中に澪が寝て、左側に紗良、私、曹英が、右側には琴葉と碧衣が天井を見て横になりました。
天井は濃い紺色と、真ん中に天の川が描かれていた。
澪が言いました。
「あなた達は、これから長い旅に出るのよ…
何十年もこの船と付き合うことになるかもしれないしね」
澪の言葉を噛みしめながら、皆は静かに耳を傾けた。。
「だから、この船は星環征途旅団の皆が、安らぎを感じられるように設計したの」
私たちは、天井を見ながら話す澪を見つめました。
「実はね、私の頭の中にはもっと凄い技術を使った設計図が一杯あるのよ。
この船は、今の時代に人の子が作れる限界の物を選んだものなの」
私は驚いて聞いた。「人の子ですか?…澪さんはひょっとして」
澪は少し遠くを見るような目で、笑った。
「妃良の口調が移ったみたいね。
人が作れる最高水準の船と言う事は間違いないわ。
私はあなた達とは一緒に行けないけど、この船を私と思っていてね」
「澪さん…」皆が澪に身体を寄せた。
澪は思い出したように、皆に聞いた。
「この船、まだ名前がないのよね。何かいい名前ないかしら…」
曹英が目を光らせた。
「澪星はどうかしら…
澪と私たち夢咲の星々の友情の証」
私も頷き、「うん、私も賛成」と言うと、皆も「さんせい」と声を合わせた。
澪は、「あなた達は、…少し照れちゃうわね」
と、頬を赤く染め、目を少し潤ませ同意した。
澪はそっと手を伸ばし、寝床の脇に置かれた設計図に『澪星』と記した。
こうして、澪星の夜は更けていき、やがて静かな寝息が寝室を満たしていった。
対照的に、外では交代で工女たちが船で作業をする音が絶え間なく、澪星の鼓動のように響いていた。
月明かりが静かに照らす夜だった。
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