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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第39話 歯に詰まる再会


星紡ぎの舞宴のあと、一日準備期間を置いて沙市へ移動することになった。


許都を出立する時、曹操をはじめ荀彧、曹仁などの主だった官が、迎賓楼に見送りに来た。

これは、異例中の異例という出来事だった。

曹英は曹操や曹仁などの血縁者との長い別れ、場合によってはもう会えないかもしれないのである。 少し目を潤ませ、最後の言葉を交わしていた。


「曹兄は本当に疑い深いとこあるから、そこが心配だけど…

志を忘れずに、自分の道を歩んでください」


曹操は曹英の頭を撫でながら、笑顔で、

「あまり、曹英のことを見ることはできなかったが、

お前も、やはり曹家の血を引いていたな。達者でな…」


風が静かに吹き抜け、灯花の香りが残る中、曹英は最後の言葉を口にした。

曹英の横に立っていた私は、曹英の手を引き曹操たちの前を後にした。


私は紗良に話しかけた。

「ねえ、許都に来るまではいろいろあったけど、許都着いたらあっという間に終わっちゃったね」 「うん、そうだね。妃良や芳美は、色々戦略を考えていたみたいだけど、曹英が城門近くで賊に襲われたのが、逆にいい方に転んだよね」


曹英が頷く。

「何度も話したけど、あの時の紗良の弓は本当に神業でしたよ」

琴葉が「私も見えないとこではいろいろ活躍していましたよ」と続き、

私が「でも、碧衣の守りがあったからここまで、順調に事が進んだんだよね」

と言うと、碧衣が頬を赤らめ、照れ笑いを浮かべた。


ここまで、一人でも欠けていたら、こうも順調には事が運ばなかった。

結果的には運が味方した遠征だった。


―――


許都から沙市までは、南州夜影賊衆の本拠地を潰したこともあり順調だった。

およそ二百里の徒歩と船の旅路を終えようとしていた。


順流を進む船から、沙市の城壁が見えてきた。

二十日近い旅路を経て、ようやく夢咲の玄関に辿り着いた。

沙市を出立して二か月近い時が過ぎていた。

沙市の船着き場には、ずらりと夢咲の商船と軍船が並んでいた。


私が紗良に「沙市の港が見えてきたよ」

と教えると紗良と曹英が私のところに来た。


紗良が「ねえ、チェニックやトガを着ている人がちらほら見えるね」

と言うと、聞き慣れない言葉に、曹英が紗良に尋ねた。


「ねえ紗良、それって、夢咲独特の衣装なの?」

「うん、今まで洞庭湖を出たことないから気付かなかったけど、特別みたいだね」

「ふーん、後で私も着ることできるのかしら?」

「うん、動きやすいし、涼しくて気持ちがいいよ」


私は夢咲の人々が、もう沙市に入っていることに驚き、 また、自分が立案した計画が着々と進んでいることに心が弾んだ。

やがて、船が静かに桟橋に着岸した。


桟橋を降りると、二人乗りの二輪の馬車が待っていた。


曹英が馬車に近づき、驚きの表情を浮かべた。

「なに、この馬車…凄く速そうだし、これって何?」

折りたたまれた幌に手を伸ばし、触れてみせた。


碧衣が、「こうやるんだよ」と言って、力いっぱい引っ張り出す。

「わあ、屋根になるのね」曹英は目を丸くして、驚いた。


このまま、これからの事について話し合いを行うことになっていて、 馬車は会議に参加する者のために用意されていた。


華蓮は事情があり参加が出来ないという事だった。

華蓮と一緒に貂蝉も行動するらしく、ここで別れることになった。


(あれ、貂蝉が華蓮に寄り添って、慰めているみたい…どうしたのかしら)


私たちは二輪の馬車にそれぞれ分乗し、南州夜影賊衆の本拠地跡へ向かった。


私と曹英は、母(芳美)が手綱を握る馬車に母を挟んで乗った。


移動中私は華蓮のことが気になり母に尋ねた。

「ねえ、お母さん、華蓮は何で参加しないの?」

「それはね、ある禁忌を犯す可能性があるからなのよ…

みーんな、華蓮のお爺さんが悪いのよね」

「ふーん、ところで華蓮のお爺さんって誰なの?」

「すごく遠い国の人、アルティメットっていう人なのよ」


曹英は横で二人の会話に驚きを隠せずに聞いた。

「あるてぃめっとって、異国の人なのですか?」

「そう、ずっと遠い国の人なのよ」と芳美は答えた。


―――


遠くに、朱色の大楼が見えてきた。

跡地の道は人の往来も多く、建築材を積んだ馬車をよく見かけた。

次第に門が見えてきて、大きな朱色の真新しい門が見えた。


門の中心には『夢咲』の文字が書かれていた。


私と曹英は、二か月くらい前の様相とは、大きく異なっていることに驚きを隠せなかった。

門をくぐると新しい木の香りに満ちていて、道行く人は活気に溢れていた。

皆、馬車に向かって、挨拶をし、私たちも笑顔で手を振った。


私は曹英に話しかけた。

「ねえ、私たちが許都に向けて出立した頃とは全然違うね」

曹英は感心して頷いた。

「そおね、でもこんな光景はなかなか見れないわよ。

普通は、ここまで活気は無いし、建物だって、前よりしっかりした造りに建て替えているし…

それに、漆喰の壁にカラフルな屋根…ここは本当に荊州なの?」


「私はあまり気にしたことがなかったけど、他の土地を知るようになって、確かに、造りが違うよね」


曹英にとっては、夢咲の世界は初めての物ばかりだった。


そして、大きな天幕が見えてきた。 天幕の前では迎えの女性が立って待っていた。

私は母に聞いた。

「迎えの人、左の人は劉明、右の人は黄月英だけど、真ん中の人は誰?」

「ああ、真ん中の人はみおよ。孔明と黄月英の師匠よ」


そこまで話したところで馬車が大きな天幕に到着した。


私たちを見る、澪の瞳は潤み、唇は歪み、肩を震わせていた。

私の星紡ぎの呼吸は、心の声を他の四人に届ける域まで達していた。

私は星紡ぎの呼吸を使い、他の四人に聞いてみた。


(ねえ、みんな、真ん中の人、澪って言う名前だけど、知っている人いるかな)

皆の回答は左手を上げた。『知らない』だった。


私はなんで、澪さんは泣きそうな顔をしているのだろうと不思議に思った。

私たちが馬車から降りると澪が駆け寄ってきて、私と紗良、琴葉を抱きしめた。


「みんな、また小さくなっちゃって」

澪は満面の笑顔で抱きついたまま、涙が頬を伝っていた。


(小さくなってって、何!?大きくなっての間違えでは…)


私の疑問は大きくなったが、私の表情に気付かないのか澪さんが私に尋ねた。

「ねえ、ティア、こちらの方たちは?」


私は澪が私の名前を知っていることで、更に謎が深まったが、気を持ち直して他の二人を紹介した。

「こっちは妃良総帥の子で碧衣、こちらの子は曹英です」


澪は二人を眺め、目を細めます。


「碧衣ちゃんは妃良の聖女かしら…、曹英ちゃんは人の子ね」


私が怪訝な顔をして、澪の顔を見つめていたことに、気付いた澪はにっこり笑い、自己紹介を始めた。

「皆さん、初めまして。私は夢咲の客員技師として呼ばれた澪です。

皆さんよろしくお願いします」

澪の涙は、記憶の奥底からこぼれ落ちたようだった。

けれど、彼女の口は“初めまして”と告げた。


(なんで、さっき私の名前を言ったのに…

初めましてって、一体どういうことなの)


私はますます不思議に思った。


私の表情に気付いた芳美が澪の耳元にそっと囁いた。

「あなた、昔からおっちょこちょいなんだから…

いま、ここにいる四人は転生中だから、あなたの記憶がないのよ。

また、禁忌に触れるようなことすると、更に今の呪縛に三千年の呪縛が加えられるわよ。

皆のことは知らないふりを通しなさい」


澪は寂しそうな顔で頷いた。


―――


天幕に入ると私たちがここを出立する前に取り決めていた品々が並んでいた。

私たちが席に着くのを待ち、澪が説明を始めました。


「まずは、薬剤の品目で、目薬と鎮痛薬」

衛女が真ん中の卓に三種類の薬を並べた。

「目薬は洞庭湖の従来品で、楓丸と楓軟膏は楓草の鎮痛成分を抽出したものよ」


理沙が澪を見て、質問した。

「その効果は確認したの?」

澪は楓丸を手に取り、頷いた。

「家畜の動物で安全性を確認し、洞庭湖と沙市の医院で使ってもらっているわ…

評判は上々で、丸薬は解熱、鎮痛、軟膏は外傷や打ち身に効果が診られているわ」

理沙は「それなら、安全ね」と腕を組みながら、頷いた。


一緒に開発に携わってきた、劉明は胸に両手を当て、ホッと安堵の息が漏れ、頬と耳を赤く染めた。


妃良が頷き、次の商品の説明を促した。

「次は、照明ね。

オリーブ油灯は全部で三種類用意したわ」

衛女がオリーブ油灯に火を入れると、幕内が明るくなった。

「一つは二間(3.64m)の高さから照らす物、もう一つがぶら下げて使うもの、

そしてもう一つが手で持って使うもの」


芳美が質問した、「燃料のオリーブ油は従来の物かしら?」

澪の目が輝いた。

「オリーブ油を濃縮して固形化に成功したわ。

蝋燭と同じでも香りと明るさは段違いよ。澪流の濾過法を使ったの」

澪は自慢げに手のひらに、黄色の円柱物をのせた。

「これ一つで一日燃え続けるわよ」


会議に出席している者は、曹英を覗いて皆微笑んだ。

曹英だけは驚きの表情を隠せず私に話しかけてきた。

「星愛、ちょっとあの明るさを一日、しかも花の香りがしているのよ、

何で、みんな驚かないの?」

「うーん、ここにいる人は、みんな、それが当たり前と思っているんだよ」

「…あんたたちは、一体…」と口をつぐみ、目を伏せた。

しばらくしてぽつりと呟いた。

「これからは、私もこれが普通と思うようになるのかしら」


澪は私たちの話が終わるのを待って、深く息を吸った。

そして、澪が真ん中の卓に図面を開いた。

紙が広がる音が幕内に響いた。


「これが、新たに開発した八十人乗りの船の図面よ。

はっきり言って早いし、海にも出れるわ」


皆が図面に注目した。

今までにない三本の帆を備え、

全長二十五間(45.5m)、幅十間(18.2m)、定員は八十名の船だった。


曹英が完成図に釘付けになる。

「なによ、この帆柱にいっぱい帆が付いている。

こんなの見たことないは」

私も「すっごく、美しいわね」とため息をついた。


腕を組んでいる澪はどや顔で頷いていた。

「この船で、美優たちは長江、黄河、海を走り抜けるのよ」


私は皆でこの船に乗っていることを想像して胸が高鳴った。


妃良が澪の方を見て問いかけた。

「ところで、まさかこの船を売るわけではないでしょ?」

澪は頷いた。

「これは、夢咲専用船。

販売する船は従来線でも、皆が欲しがるわよ」


美優がにっこり笑い、澪に質問した。

「ところで、これだけの船、どこまで出来上がっているの?」

「一番最初に船の設計に取り組んだから、

もう外殻まで出来上がっているわ。二か月あれば完成するわよ」

「ねえ、澪、これだけの船操船も大変そうね」

澪は頷き「操船の練習を含めると、半年は時間が必要ね」

「うん、分かったわ」と言い、考え事をする美優。


妃良がここまでの説明を聞き、満足げな表情をしていた。

そして一言、「さて、最後は紙幣ね」


澪は大きく頷いた。

「まずは、紙幣の紙よね。

原料には神にした時に耐水性の高い、楓草の茎を使用しているわ」

理沙が腕を組み質問をした。

「許都で見た時は紙幣が光っていたが?」

そうね、それはインクに秘密があるの。


澪がインクについて説明を始めた。

「インクに星の粒子を混ぜているわ」

芳美が、「星の粒子はどこから手に入れるの?」と聞いた。

澪は頷き、「信仰の力を利用しました」


曹英が声を上げた。「信仰の力って何?」

澪はにっこり笑い説明を始めた。

「ギリシャと言う国で信仰されている、女神ヘラの神殿を作りました。

女神ヘラは女性の守護者と言う役割を持っています。

そして、子女の力で成り立っている夢咲では、受け入れやすい女神だったのです」

妃良はニコリと笑い話を引き継ぎます。

「そおね、ヘラは私の考えと同じ女神でしたね。

妃良への祈りの一部を星の粒子に変えているというわけね」


芳美と理沙、美優がクスクスと笑った。


澪もニコリと笑い「妃良さま、少しくらいくすねても罰は当たりませんよね?」

「そうね。ヘラは美しく、心の広い女神様よ」と、妃良が言うと、

場が和んだ空気の中で、澪が冗談めかして言った。


「美しいとは誰も言っていませんよ」


妃良、芳美、理沙、美優、澪は目を合わせてクスリと笑った。


「印刷は数字の部分に星の粒子を混ぜた染料を使い、後は色ごとに転写刷りを施していきます。


妃良が微笑んだ。


「良いですね。もう、澪と月英、劉明は大量に作る方法も考えているのでしょ。

これから、その準備に入ってください。

三カ月後には澪星船に満載できるだけの品を用意してください」


澪は微笑み、月英、劉明は頭を下げた。


会議は次の議題へと進んでいった。


妃良は感慨深い表情になり語りだしました。


「私たちも二十年前に、この地に降りて十八年過ぎました」

芳美、沙羅、美優が頷き芳美が引き継ぎます。

「そうよね、あの頃は路頭に迷う子女を連れ、安寧の地となるところを求めていたわよね」


妃良が微笑みます。


「でも、ここまで来ました。

私たちは国を持たない家族です。

これからは、星の下に集まる民と共に、星のつながりを広げていきたいと思います。

なので、夢咲と言う単独の名前ではなく、これからは夢咲星環府を名乗りましょう」


会議に出席した全員が拍手で同意しました。


この瞬間、夢咲星環府が誕生した。

星の下に集う者たちの、新たな名乗りである。


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