第35話 許都遠征 ~許都城門にて~
暫くすると、城門から走り出してきた騎馬が土煙を上げて、
紗良たちに近づいてきた。
馬上から見下すように、紗良たちに一喝を入れる兵士。
「貴様ら、ここで何をしておるのじゃ」
漆黒の槍をもつ華蓮が睨みつける。
「降りなさい、それともそこで魂を転生させるかしら?」
華蓮の断絶神の気の押され、馬から飛び降り片膝をつく兵士。
「はっ、これは失礼つかまつりました」
華蓮は大胆に微笑んだ。
「フッ、それでいいのよ」
曹英は困った表情で紗良の脇腹を突き、囁いた。
「ねっ、華蓮様を止めてよ」
暫くすると、城門の兵士が十数人が走り寄ってきて、騎馬の兵士の様子を見て、同じように片膝ついて頭を下げた。
華蓮は周りの様子を見て騎馬で駆け付けた男に言いました。
「髭顔、顔を上げていいわよ」
「はは」
「ところで、私たちに何か用かしら?」
「はっ、物見が馬に乗った賊らしきものが四人の女子供に向かっていった、との報告を聞いて駆け付けた次第です」
「あなたの目は節穴かしら?…こんなか弱い娘が盗賊に見えまして?」
「い、いえ、滅相もござりません」
「その盗賊とやらは、そこでもう魂を帰して伸びていましてよ」
華蓮が指さした方を見ると、そこには眉間に矢を立てた男が三人、倒れていた。
髭の兵士は華蓮の方を向き尋ねました。
「こ、こ、これは一体どういうことですか?」
「どうもこうも、ないですわよ。この紗良ちゃんが射抜いたの」
「えっ、え、どう見ても七つか八つの娘にしか見えませぬが」
「あなた、私が言うことを信じられないというの?いい根性しているわね」
「い、いえ、滅相もございません」
華蓮と騎馬の武将のやり取りを見て、たまりかねた曹英が割って入ります。
「これ、守備兵よ、曹操に曹英が戻ったと伝えてくれまいかのう?」
「えっ、えー、そそ、そうえいさまでございますか?」
華蓮にひれ伏す城門の兵たち。
「ばかね、私は華蓮、曹英はこの子よ」
兵士たちは唯々ひれ伏すばかりだった。
―――
私たち後発隊もゆっくりと移動をし、城門の見張りの兵の目に留まった。
二百五十の女の集団で、美しい身なりに、手には武器。
目立たないはずがない。
直ぐに城門の高台から赤い狼煙が上がった。
赤い狼煙は軍隊の進行があった時の狼煙。
一瞬、町が静まり返り、そのあと安全な場所へと逃げる人々。
その狼煙を見ていち早く駆け出したのは曹仁だった。
「ええーい、馬を引け―、儂の槍を持てぇーぃ」
流石に歴戦の将は動きが速い、脱兎のごとく門を走り抜け、訓練が行き届いた二十の兵が槍を担ぎ後を追う。
混乱する人ごみをすり抜け、風に髪をたなびかせ、街中に響くその姿に、子供は羨望の目を向けた。
「曹仁様、いつ見てもかっこいいなあ」
そんな声を後ろに置きざり、あっという間に城門を抜け、華蓮たちの下に走り寄ってきた。
安心したのは曹英だった。
(あっ、運がいい、よく知っている曹仁がきた)
曹仁が声を上げる前に声をかけたのは曹英だった。
「曹仁!!わたしです。そうえいです」
「えっえー」
今度は驚くのは曹仁だった。
―――
曹仁は馬を降りて曹英に事情を聞いた。
「私と従者三人だけで、孫権のとこを抜け出してここまで来て、
最後のそこに転がっている盗賊三人に襲われたのです」
「うむ、それで助けてくれたのが、ここにおわす華蓮様、紗良様、孫尚香…
孫尚香…孫権の妹であろう?」
曹英は困った顔をして頷いた。
「でも、助けてくれたのは事実よ」
遠くから、馬の歩く音や、荷車の音が聞こえてきてそちらに顔を向ける曹仁。
「なっ、なんと」
目に入ったのは艶やかな神軍の衣に包まれた兵士の集団だった。
その集団から一頭の馬が抜けだし、蹄の音が大きくなりやがて馬の嘶きとともに止まる。
そして風の流れが変わった。
馬上の人は芳美だった。
「どうされましたか、斥候に出した華蓮と紗良、尚香が戻らないと思ったら、
ここで何かありましたか?」
澄んだ芳美の声が美しく響く。
華蓮から事情を耳打ちされ、おおよそを理解した芳美。
「曹仁と言いましたね、私は夢咲の芳美です。
おおよそのご事情は承りました」
曹仁は芳美から出る神威を感じ取ったのか自然と片膝をつき頭を下げた。
芳美は優しく微笑み曹仁に話しかけた。
「ここで出会えたのも何かの縁でしょ、私たちは曹操殿に会いたく、遥々、長江の洞庭湖より参りました。まずは私たちが許都に入ることを願いたいと思います」
曹仁は面を上げることが出来ず地を見たまま話した。
「これだけの軍装備をそろえたものを容易く許都に入れることはできません。
どうかご理解ください。
しかしながら私めが、許可を貰ってきます故、しばし、城門にてお待ち頂きたくお願いいたします」
「宜しいでしょう」
芳美はにっこり微笑み了承した。
曹仁は深く芳美に頭を下げ馬上の人となり曹英に声をかける。
「主も儂と一緒にいくんだよ」
と、曹英に手を差し伸べ、持ち上げ、自分の前に座らせ馬の腹をける。
馬は、嘶きを残し城門へと走り去っていった。
「まずい、まずい、まずい」
「あら、曹仁どうしましたの?」
曹仁は唾をのみ、目を細めました。
「どうも、こうもない!あれは人であり、人ではない」
「曹仁の目にはそう映りましたか?」
「ああ、それに華蓮と孫尚香もじゃ、あれも人ではない」
馬は城門をくぐり、一気に街中を走り抜けます。
ぐんぐん迫る建物、避ける人々。
「もう、これは荀彧に相談せねばなるまい」
午前の仕事が始まり、人々が動きだしている中、一頭の馬が駆け抜けていった。
―――
荀彧の館に着くと曹仁は馬を降り、荀彧を大声で呼ぶ。
「王佐の才」と呼ばれ、曹操の参謀中の参謀とされる人物で、話すにはこの男しかいないと考え、ここまで来た。
「荀彧!荀彧!」
館の土塀に曹仁の声が反響する。
「これ、そんなに大きな声を出さなくとも聞こえてる」
「おお、荀彧居ったか」
「どうしたのだ、そんなに慌てて、何か火急の用向きか?」
荀彧の視線が曹英に移る。
「おや、珍しい客人だな。
どうやら呉から無事に戻れたようですな」
ニコニコ笑いながら…瞳の奥には思慮する光りを宿していた。
曹英は微笑み、頭を下げ挨拶した。
「荀彧、久しぶりです、お変わりない様で…
でも、その値踏みするような瞳、私好きではありません」
「おやおや、一本取られました。さすが、曹操様の妹様です」
荀彧は曹仁の方を見つめ、真剣な表情になった。
「曹英様がおられるという事は、孫権のことかな?」
「いえ、全く関係ないと言えば噓になりますが、別の件でございます」
「ふむ、申してみ」
曹仁は事細かに城門前で起きたことを説明した。
荀彧の顔が次第に思慮深くなり、片手は顎に手をやり、もう片手はひじに当て考え込んでいた
庭に来た鶯の声に気付いたのは曹英だけだった。
話を聞き終えた荀彧が口を開いた。
「まずは、私が合わねばならないようだな…
曹英様を助けてくれた件もあるから、曹操様に合わせぬわけにはいくまい」
「はは、御意にございます」
荀彧は手を叩き、声を出した。
「だれか、馬を持ってきてもらえぬか」
直ぐに使用人が馬を引いてきて、荀彧は馬にまたがった。
「さて、曹英様もご同行願いましょうか」
「もとより、同行するつもりでした」
曹仁が曹英を馬に引き上げ、再び来た道を戻りました。
まだ、城門には赤い狼煙が焚かれているのに気付いた荀彧が叫びます。
「誰か狼煙を消すように言ってまいれ!
街が大混乱ではないか、戯け!」
そして、独り言、いえ曹仁に聞こえるように言った。
「夢咲は許都には興味がない…もっと大きなことを考えているであろう」
荀彧は城門を出ると、直ぐに馬から降り、芳美の方へ近づいていきます。
そして、両手を頭の前に持っていき恭しく頭を下げた。
それを見ていた華蓮が、妃良、理沙、美優に囁いた。
「あの男、侮らないほうが良さそうね、何も言われずとも芳美の方に歩いていきましてよ」
頭を下げたまま自分の名を告げた。
「私、荀彧文若と申します。曹操陣営の参謀をしています」
芳美は頭を下げずに名を告げた。
「私は夢咲の軍師をしています、芳美と申します。
この度は参謀自らおいでいただき、ありがとうございます…
荀彧さん、顔を上げてください」
荀彧は顔を上げて芳美に尋ねました。
「して、此度はどのような趣で、遠い距離を許都までお越しになられたのですか?」
「曹操殿に夢咲の将来について、理解を示してもらうために来ました」
「将来とはどのようなことですか?」
「まだ、曹操殿と会えるかもわからぬのに、話せと言われるのですか?」
「いえ、ただ曹操様に説明しなければならないので…」
荀彧は平静を装っているが、背中は汗で濡れていた。
「私たちの商いを認めてもらうためと申しておきましょうか」
「商いですか、珍しい言葉を使われますね。
わかりました、曹操様に具申してみましょう。
早ければ、昼には会えると思います」
このような事を参謀自ら出てきて、対応すること自体珍しかった。
そして、曹操の謁見となると、一週間は待つ。
荀彧が夢咲を重要視したと言える一幕だった。
荀彧は恭しく芳美に頭を下げ馬に乗った。
「では、私どもは曹操様にお伝えしに行きますので、いましばらくここでお待ちください」
その後しばらく考え曹英に声をかけた。
「曹英様はここに残られよ、御子と共に時を過ごされたいのであろう。
曹仁は私と一緒に来なさい」
再び、荀彧と曹仁は門をくぐり、曹公の政庁(後の曹丞相府。以降、物語では曹丞相府を使用)と馬を走らせた。
―――
(ムフフ、荀彧の綸巾は隠れるのに丁度いいですな。この琴葉さんからは逃げられませんぞ)
…
(町の家並みが飛ぶように消えていきますなあ)
(オッ、あれがそうですね。見えてきた、見えてきた、大きい門ですなあ)
荀彧と曹仁の馬が蹄の音を轟かせ、曹丞相府の門を駆け抜け、荀彧が大きな声で命令を出した。
「きけー!!許都にいる将軍と文官をみな招集せよ!時間はないぞ、火急じゃ!」
曹丞相府の建物から見ると、蟻の子の様な兵士たちが一斉に各方面に散り、二頭の馬が石段まで駆け寄った。
荀彧と曹仁は馬から飛び降り、石段を急ぎ足で登っていった。
(うわー、上まで見えない高さに館があるんですね)
登り切った後、遠くから小さな蹄の音が聞こえ、もう招集を受けた将軍が入ってくるのが見えた。
(いや、動きが早すぎですね。鍛え上げられ、統率が取れた軍隊を持っていそうですね)
開かれた入り口の扉に立つ荀彧と曹仁。
奥から、少ししゃがれてはいるが大きな声が聞こえてきた。
「どうした、曹仁に荀彧」
荀彧が応じた。
「火急の用があり参りました。
あってもらいたい御仁、いや、人ではない人…神」
曹操が呆れた顔で荀彧を見た。
「何を言っておる、主らしくないぞ」
「恐れ入ります…夢咲の者と言っておきましょう」
「して、夢咲の者がどうした?」
「まずは、城門前で賊に襲われていた曹英様をお助けになられていました」
「曹英が戻ったのだな、だが、それが火急の用ではあるまい」
思考を巡らす荀彧、外からは馬の嘶ぎ、鎧が軋む音が聞こえてきた。
そして荀彧が話し出した。
「商いの話と申していました。
恐らくは夢咲の特産品の販売の許可が欲しい、そしてそれ以上のことを考えていると思います」
「ほう、商いというのか…
董卓が洛陽を焼き払う暴挙に出たあと、停滞しておるが、まさか軍需品を扱うとかそういう事ではあるまいな?」
「そこを見極めたいと存じます」
二人が話し込んでいる間に、続々と将軍、文官が曹丞相府に集まった。
荀彧はそのことに気付き、後ろを振り向き、頷き、曹操の方に向き直りました。
「曹操様、今より始めたいと思います」
曹操は頷き、緊急の会議が始まった。
―――
陽には朝の空気が残り、謁見の間を柔らかく照らしていた。
最後に現れた武将が床を踏み、きしむ音が広間に響く。
ざわつく、広間に鳴り響く荀彧が手を叩く音。
パン、パン!
静まり返る緊急会議、会議に駆け付けた将たちの視線が荀彧に集まる。
荀彧の声は広間によく通り、将たちの耳によく届いた。
今朝あったことを説明し、将たちはその場にいた錯覚を覚えた。
荀彧の話が終わった後、古参側近の王必が前に出る。
「凡そのことは理解した。あって話を聞くのも良いと思う…
じゃが、夢咲には孫尚香と、亡くなったはずの貂蝉まで伴ったと言うじゃないか、
この憂いはどう説明するのかな?」
曹操は迷っていた。
正に王必が曹操の心を代弁してくれた。
元・呂布配下の張遼が声を張り上げる。
「生きていたとしても、貂蝉には油断してはなりませんぞ!」
一斉にざわつく会議の場。
その時、末席にいた青年が、大きな笑い声を上げながら中央に出てきた。
その青年は荀彧の館で仕官前に世話になっていた司馬懿だった。
「神ですよ、神!」
「馬鹿を申せ、そのようなものがあろうはずが無かろう」
一斉に罵声の嵐が鳴り響く。
ただその中で、神妙な面持ちで考える将が何人かいた。
荀彧が再び大きく手を叩き、大銅鑼が一回広間に鳴り響く。
ドオーン!
静まり返る広間で、音の余韻が冷めるのを待ち荀彧が司馬懿を見る。
「ほう、主には何が見える?」
司馬懿はニコリと笑い高天井を指さす。
「感じられませぬか?」
司馬懿の言葉に将たちが騒めく。
そして、ゆっくり天井を見上げる司馬懿、荀彧、曹仁 … そして曹操。
(えっ、見つかりましたか、まずいですねー、まずいですねー)
と言葉を残し消える琴葉蜘蛛。
「おや、消えましたね」
司馬懿、荀彧、曹仁、そして曹操まで呟く。
そして気付いた四人が目を合わせ、曹操が頷く。
「皆の者、これより夢咲を迎え入れる。
昼から夜まで、歓待する。
今日の予定変更と宴と会議の準備を頼んだぞ、王必。
決断を下した曹操陣営の動きは疾風の如く早い。
再び、夢咲の下に走る荀彧と曹仁。
―――
一方夢咲の妃良、芳美、理沙、美優、華蓮は水晶を覗き会議の様子を見ていた。
そして、華蓮が呟く。
「まったく、劉備と言い、孔明と言い、この国のこの時代には何人も神を見抜くものがいるみたいね。
面白くなってきたはね、ウフフフフ…さあ、時代が動きましてよ」
華蓮の言葉を聞き、顔を見合わせ微笑む女神たちだった。
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