第32話 許都遠征 ~三人の親友~
舞い降りた星の粒子は、やがて夜風に溶け、紫の残光だけが空に漂っていた。
陽が沈みかけた頃に始まった、
星愛救出劇も、気付けば深い夜に時を移していた。
その光を仰ぎ見た曹英は、言葉もなく立ち尽くす。
瞳の奥には驚きと憧れ、そしてわずかな決意が芽生えていた。
――あの舞を、私は一生忘れない。
彼女の横顔を、関羽は静かに見つめる。
歴戦の将の目にも、その少女が背負う運命の影が映っていた。
広場の周りでは、救い出された人々がまだ火の温もりに包まれている。
だが、焦げた匂いと微かな煙が、ここが戦場だったことを告げていた。
星愛は炎の揺らぎを見守り、紗良は半月の弓を抱きしめたまま動かない。
その背後で、美優が短く息をつき、広場を見渡した。
「……ここからが本当の始まりよ。」
―――
妃良が焚火の前に立ち、新たな思いを伝える
その姿は神の女王としての威厳に満ちていました。
「皆の者聞きなさい」
夢咲の神々と聖女たちから、囚われの身で会った者たちすべてが、
その威厳に膝まづき、頭を垂れ続きの言葉を待ちました。
「もう、夜も深くなり、皆には休息の時間が必要です。
直ぐに食事の準備も整いましょう」
囚われていた者たちからは安堵の表情が漏れます。
「これから名を呼ぶ者は、明日の日の出とともに軍議に参加してもらいます」
私は期待と不安の表情で、妃良を見つめました。
他の者もみな、同じような表情で妃良を見つめます。
深い夜を灯す、焚火の爆ぜる音が聞こえるほど静まり返り、
妃良の次の言葉を待ちます。
火の粉が夜空に舞い、誰もが呼吸を潜めた。
「夢咲からは、芳美、理沙、美優、華蓮、星愛、紗良、碧衣、琴葉、貂蝉。
そして今は夢咲の家族となりましたが、呉の立場として孫尚香」
私は、嬉しいと思う反面、
将としての不甲斐なさから不安な気持ちが入り混じり、
心の中に靄がかかったような気持ちになりました。
「荊州からは関羽殿、張飛殿、趙雲殿。また、曹英女史もお願いするわね。
そして夢咲の黄月英は荊州の立場として参加してください」
関羽が呟きます。
「劉表陣営の名がない…
つまり、夢咲は劉表を統治者としてみていないのか!?」
現在、荊州は劉表が統治しているにもかかわらず、
荊州の代表として劉備陣営の将と、曹操の妹を軍議の席に呼ぶという事は、
劉表以上に劉備と曹操を認めているという意味と、
大陸を揺るがす内容であることが、皆に伝わった。
「さて、他の者たちはゆっくり休むが宜しいでしょう。
今からこの地は夢咲が管理します。
皆の者には、この地では戦が起こらないことを約束しましょう。
家も仕事も用意しましょう。
ここを安住の地とするものは残り、
そうでない物は旅立つことを止めません。
答えは何十年かかっても構わないのですよ」
賊に囚われていた者たちの表情に希望の光が灯ったように、
どの顔も安堵の表情が浮かび上がりました。
尚香の解散の号令がかかると、人々は大鍋の周りに集まり、
久しぶりの温かい食事に悦びの表情を浮かべていました。
関羽は神妙な面持ちで呟きます。
「我らにとっても重要な局面になりそうだ…慎重に臨まなければならないな」
曹英は自分の名前を呼ばれたことに戸惑いを覚えました。
「そうだ、星愛と紗良とよく話した方がいいかも…」
と、呟き、星愛達の下に歩み寄っていきました。
◆生涯の親友 ◆
「ねえ紗良、私達どこで寝ようかしら?」
紗良の頭に、あの大麻草の東屋の光景が蘇りました。
『あっ、かれんさま…あいしています…』
あの時の月英の甘美な声と、溶け合う二人の神核と魂。
紗良は突然顔を赤らめ、しどろもどろに…
「えっ、え、どうしようか … 星愛達が監禁されていた小屋は?」
「えー、あそこは嫌かな。なんか、いつもの紗良と違うよ」
「えっ、そうかな。はは、そんなことはないと思うよ」
「そうかしら?なんか違うような気がするんだけどなあ…」
私達が寝る場所探しにもめていると、声を掛けてきた少女がいました。
「星愛に紗良、あなた達の『炎月星紡ぎの舞』素晴らしかったわよ」
振り向くと曹英が可愛い笑顔を浮かべて立っていました。
何故だか紗良は安堵の表情を浮かべていました。
私は、曹英に声を掛けられて嬉しくなりました。
「あっ、ありがとう、曹英。
あの舞は初めて聞いたんだけど、なんか身体が勝手に反応しちゃったの」
「ふーん、そんなこともあるのかしらね」
曹英は、とても淑やかな微笑みを浮かべ、話を続けました。
「ところで、お二人さん、何かもめごとでもあったの?
紗良は耳まで赤くしているけど?」
紗良は慌てふためき、耳を押さえながら応えました。
「いや、その、どこで寝ようかという話をしていたんだ」
「あら、それなら私達と一緒に来ない?」
「えっ、いいのかい、どこで眠る予定だったの?」
「私達が監禁されていた家よ。
広くてね、私の従者も一緒だけど部屋は別にするからいいでしょ?」
紗良が安堵の表情を浮かべます。
「是非頼むよ。星愛もそれでいいかな?」
「うん、私もいいわよ。曹英は私達と同じ部屋で寝るの?
「もちろんよ。あなた達とたくさんお話したいしね」
「私もいろいろお話したいなって思っていたの」
「じゃあ決まりですね」
曹英は私の右腕を組み歩き出しました。
(えっ、いきなり腕を…でも、お花のいい香りがするな)
すかさず紗良は私の左腕を組んで歩きだします。
(あら、紗良まで腕を組んできたわ。紗良は頑張った汗の臭い。
でも、私達を守って走り抜けた気高い香りよね)
私は、両手に花の気分を味わい、にんまり頬が緩んでしまいました。
曹英は私と同じ背の高さ、紗良は私より握りこぶしくらい背が高い。
流石に、少し歩きづらく思い、声に出しました。
「えっ、え、何だか歩きづらいよ」
「いいのよ、私と星愛、紗良は今日から親友なのです」
「そっ、そうだよ、私たちは親友だよ」
何となく私は連行されるような感じがしていましたが、
まっ、これも悪くないかと納得させました。
歩きながら私は曹英に聞いてみました。
「尚香が呉にいたって言っていたけど、許都に帰る途中だったんでしょ?」
「うん、そうよ。孫権のとこに客人として呼ばれてはいましたが、
半分は人質の役割も持っていたのです」
紗良が曹英を見ながら話しました。
「人質か…中立の立場の夢咲にはあまり関係ない話だけど、
将来はそういう話もあるかもしれないね」
曹英は微笑みながら人質の話をします。
「人質と言っても、軟禁されているわけではないのです。
客人扱いですので、自由ですし、
だから尚香とは友達のように接していました」
紫の残光が月明かりとまざり、歩く道と家々、
そして、一緒に歩く聡明な曹英の顔を静かに照らしています。
紗良は少し考えてから、曹英に話しかけました。
「ところで、よく孫権のところから出てこれたね」
「曹操から密使がきて、許都に戻れと言われました。
勿論、そんなことを孫権には言えません」
「だから、旅人を乗せる船に乗っていたのか」
紗良は納得した表情で頷きました。
私は事情を聞いて、思い切って曹英を誘ってみました。
「ねえ、私たちは曹操に謁見するために許都へ向かっているの。
私達の船で一緒に行かない?」
曹英の顔が明るくなりました。
「えっ、いいの?
私、たくさんあなた達とお話したいと思っていたの」
ただ、その後表情を暗くして話を続ける曹英。
「ただ、私はあなた達が謁見できるように口添えはできないわ。
曹操の子や私の兄弟たち…荀彧や程昱、侮れない切れ者たち。
私が口添えすることで、私の首が危うくなります」
「いいのよ、そんなこと気にしないで。
私達も何も考えずに許都に行くわけではないのよ」
と、私が曹英に声を掛けると、紗良が励ますように言葉を続けました。
「そうだよ、私達なりにしっかり根回ししているから…
劇の観客気分で見ていればいいんだよ」
「あら、まるで華蓮様みたいな言い方するのね」
私が言うと、紗良の顔が再び赤くなり、
紗良が組んでいる私の腕を抱きしめてきました。
(紗良、様子が変だけど、何か華蓮様と何かあったのかな…)
そんな話をして歩いていると、
曹英が監禁されていた家が見えてきました。
私は同じ年頃で、夢咲以外の女の子と親しく話したのは初めてでした。
とても嬉しく、この関係を永遠に紡ぎたいと思いました
夜は長いのです、たくさんお話をしたいと思いました。
―――
家に入り、私が蠟燭に火を入れると、
部屋の中が温かい光に包まれました。
私は卓に紗良と曹英を座らせ、
私たちがやりますと言って譲らない曹英の従者三人を無理やり卓に座らせました。
竈に火を入れ、お湯を沸かし始めると、
卓を囲っている五人は不思議と落ち着き、
団欒を楽しんでいました。
私は広場の炊き出しで貰った、蒸かし饅頭に塩を振り、
もう一度蒸かしなおしました。
そして、こっそり華蓮から貰った茶葉でお茶を入れました。
竈からの暖かい湯気が部屋を満たし、幸せな気分を満たしていきました。
「はい、お待たせ」
私が卓に蒸かし饅頭とお茶を置くと、
一斉に安堵の空気が流れます。
紗良が一言、「やっと、終わったんだね」
曹英も安堵の表情を浮かべ言いました。
「何の変哲もない蒸かし饅頭とお茶。
でも、こうやって温かくして、みんなと顔を合わせて食べられるんですね」
私も頷きながら言いました。
「この当たり前の光景が、当たり前じゃなくなるんだよね。
戦なんて無くなればいいのに」
一同静かに、噛みしめるように、蒸かし饅頭を口にしました。
一息入れたところで、従者の一人が寝所を整え声を掛けました。
「お嬢様方は、あちらの寝所でお休みください。
後は私達が片付けますので」
有無を言わせない表情で私達を見つめる従者でした。
私達は肌着だけになり布団の中に潜り込みました。
ひんやりした布団は三人の温もりで徐々に温かくなり、
心地よい気持ちになりました。
私を中心に夜の話がはじまりました。
◆星愛の計画 ◆
「私ね、思ったの」
紗良が私の右腕を持ち尋ねてきました。
「何を思ったのかな?ひょっとしてまだ軍師が嫌とかそういうこと?」
「ううん、違うわよ。
今回の遠征で気づいたのだけれども、
私たちって、旅をする時大きな荷物を持って、
必要なものは物々交換しているでしょ」
曹英が私の右腕を持って頷きます。
「五銖銭はあるけど偽物とか多いし、
信用が無いし、意味をなしていないですよね」
私は頷き考えを伝えました。
「今の時代、国が入れ替わる事情で物々交換が主流よね」
二人は私の腕を抱きしめながら頷きます。
二人の息が耳にかかり、こそばゆく感じましたが、話を続けました。
「場合によっては証文で取引することもあるけど、
これも戦乱のこの時代では信用が低いでしょ?」
二人のキラキラした瞳が話を促していました。
「だから、証文や銭に変わるものを作るの。
そう、丈夫な紙と真似のできない印刷でね」
曹英が思慮を巡らし質問しました。
「でも、それをどうやって普及するの?
また、国が滅びれば一緒でしょ」
私は自信をもって言いました。
「夢咲よ、夢咲の取引は全てその紙でするのよ」
紗良が心配そうに聞きます。
「でも、まだ長句流域でしか商売していないけど、
そんな簡単に普及できるの?」
私も頷き話を続けました。
「まずは、長江を夢咲の商店で埋め尽くし、
次に海岸線、そして最後は黄河まで範囲を広げていくの」
曹英が目を輝かせます。
「でも、夢咲って絹と目薬が中心だと思うのですが、
それだけで、そこまで範囲を広げることが出来るのでしょうか」
私も今まではそう思っていましたが、今は違います。
この遠征で気づいたことがあったのです
「そうね、絹、目薬と、私、今まで気づかなかったんだけど、
オリーブ油灯って夢咲では当たり前に使われているけど、
他の国は蝋燭油が主流でしょ?
街路灯にも使えるオリーブ油灯は絶対に普及するわ」
曹英の目が輝きます。
「えっ、なんですか、そのおりいぶゆとうですか?」
「ええ、そう、明るさは蝋燭油の比ではないのよ。
それに、その油の精錬も簡単にはできないの」
「と、言うことは、誰にも真似ができないものなのですね」
紗良が感心したように頷きました。
「それに、オリーブ油の需要が増えるね。
さすが、私の星愛だね。私も気づかなかったよ」
その言葉に曹英が反応します。
「私のって、星愛は私の星愛なんですよ」
二人の目線が私の上で衝突して火花を散らしているようでした。
その火花を消したいと思い、もう一つの提案を話しました。
「それと、大麻草畑あったでしょ」
「えっ!」
みるみる紗良の顔が赤くなり、
肌着を通して、心臓の鼓動が伝わり、
紗良の汗が私の肌着まで濡らしていました。
「紗良、いったい大麻草畑で何を見たの?
「ううん、心配ないよ、大丈夫だから」
その時、曹英の目は紗良の変化を見逃しませんでした。
「で、大麻草畑がどうかしたのですか?」
曹英は話を元に戻しました。
「そうそう、私の従者の劉明がいっていたの、
何でも、大麻草には鎮痛効果があるみたいなの。
これを精錬して薬にして販売するの」
曹英は目を輝かします。
「それは、多分、沢山売れるかもしれませんね」
「ふわぁー」
私は一通り話し、眠くなってきました。
二人の下着を通して伝わる温もりがさらに眠気を誘いました。
それを見ていた曹英が優しく話します。
「ねえ、星愛はもう眠いでしょ。
今の話、明日の軍議で議題として進言しましょうね。
私と紗良が一緒にいるから、ゆっくりお休みなさい」
私は曹英の優しい言葉に安心して、
二人に抱かれながらいつの間にか寝息を立てていました。
―――
「星愛、星愛」
曹英は私の肩をゆすり、目を開けないのを確認していました。
不思議に思った紗良が声をかけました。
「曹英、どうしたの?」
「ちょっと気になる事がありまして…
紗良、大麻畑で何があったか教えてくれませんか」
「えっ、どうして、そんなことを」
曹英は優しく紗良に語りかけます。
「部外者だった私が見ても紗良の行動は不自然ですよ。
このままだと、星愛の心も離れていくことになるかもしれません」
「えっ、そんなの嫌だ」
「悩みを打ち明けるのは、その悩みを分け合う事でもあると思うのです。
私に悩みを任せてくれませんか?
少しは軽くなると思います」
紗良は星愛の無邪気に眠る顔を見て意を決めて話ました。
静まり返った部屋には静寂が流れています。
静かな声で話し出す紗良。
みるみる二人の心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響き、
星愛を起こしてしまうのではと思えるほどでした。
話が終わり、二人は見つめ合い、
そして、星愛の寝息を聞き、寝顔を見て顔を赤らめています。
二人は同じように星愛に対して胸の疼きを覚えていました。
星愛を通り越して二人は手を繋ぎ、頷き合い、やがて眠りについていきました。
―――
この様子を琴葉蜘蛛の目を通し見ていた華蓮と月英、貂蝉。
貂蝉が華蓮を見て言います。
「華蓮さまー、気付いていたのではないんですか?」
「ウフフ、成長の過程では必要なことよ。
でも、曹英を加えてさらに大きくなっていきそうね」
月英は少し頬を赤らめ、頷き、華蓮が話を続けました。
「明日の軍議が楽しみね。
月英、澪と協力して紙の銭造りと、オリーブ灯とオリーブ油の精錬、
鎮痛薬の精錬できるかしら?」
暫く考え、月英は頷きました。
「澪師匠と一緒なら、必ずできると思います」
華蓮はにっこり笑い、呟きました。
「明日の軍議は夢咲が大きくなるかの転換の日になりそうね」
もう紫の残光は消え、その代わりに銀河が夜空を飾っていました。
(ウフフフフ、これは序章に過ぎないわね)




