第25話 許都遠征 〜月英と尚香〜
湖面に薄い霧が立ち込める桟橋に、神軍の衣を纏った女兵士たちが整列していた。
神軍の衣は上品な絹の光沢を宿し、絹ではなく、芳美<テイア>の作る光の粒子で編まれた、地上界には存在しない、刃をも跳ね返し、矢も通さない強靭な編み目を持つ衣だった。
それでいて、光の粒子で編まれているため重さもなく、また、暑い日は身体を涼ませ、寒い日は暖める衣で、女性らしさを失わない漢服の可愛い衣です。
朱色の君山楼を背にして、妃良<ヘラ>女王を中心に、左に芳美<テイア>軍師、右に理沙<テミス>将軍が許都遠征隊を前に並び立った。
向って左から、私は、白地に赤い炎をモチーフにしたデザインが施された神軍の衣を纏った列の前に立った。
碧衣は、青地に白い双翼をイメージしたデザインが施された神軍の衣を纏った列の前に立ち。
紗良<アルテミス>は、夜の空をイメージした濃い紺地に白い月をイメージしたデザインが施され神軍の衣を纏った列の前に立つ。
美優将軍とロクサ歌姫は、ピンクの地に赤い牡丹をイメージしたデザインが施された神軍の衣を纏った列の前位に立つ。
そして、その列の横には、濃い紫の地にまっ直ぐに伸びる白い糸をデザインした神軍の衣を纏う華蓮<カレンドール>と白い蜘蛛の糸をデザインした琴葉が立つ。
妃良が透き通った声で「これより、あなた達は長旅に出てもらいます。この長旅の目的は曹操との会談と、不可侵条約の締結です。成功には幾つもの課題に取り組み、成功させていく必要があります」
―――
「でも、私は信じています。あなた達の成功を」 ……
最後に妃良は、「夢咲に未来を」と大きな声で鼓舞しました。
私達も妃良に続き ―― 「夢咲に未来を」と声を張り上げ、450人の兵士が、それぞれの船に乗船していきました。
―――
一番艦、二番艦を先頭に2列に並び、十二、十三番艦は我が艦に続き、隊列を崩さず微速ぜんしーん!!」と碧衣が叫ぶと、ゆっくりと指示された隊列を崩さずに、船はゆっくり前進を始めた。
13艘の軽戢舟の蒼翼艦隊がゆっくり湖面の霧にゆっくり消えていった。
◆孔明と黄月英◆
華蓮は残された妃良、芳美、理沙を見つめると、口を開いた。
「さて、私たちも工作の仕事に出ることにしますわ。
行くわよ、琴葉ちゃん。蜘蛛の姿になってくれるかしら?」
「ほーい」
琴葉は蜘蛛の姿になり、華蓮の肩に飛び乗った。
「まずは、船団が漢江に入る前に、『漢江渡河許可書』を入手ですわね。
まったく、妃良の思い付きで立てた、許都入り計画にも困ったものですわね」
妃良はニヤリと笑い口を開いた。
「そうさせたのはあなたの情報でしょ。
あなたの人形劇にまんまと乗った形になったかしら?」
華蓮のニヤリと笑い、妃良の問いかけには答えず深く頭を下げ、次の瞬間 ――
―――
下から見ると豆粒くらいの大きさに見える高さまで一気に身体が上空に浮き ――
一瞬にしてその姿は、荊州方面へと姿を消した。
―――
次の瞬間には、黄月英の庵の前に立っていた。
「さあ、琴葉ちゃん、この周辺の主だったところに蜘蛛の巣を張ってきなさい ――
ちゃんと私の神衣にも蜘蛛の糸を残しておくのを忘れなくてね」
「もちろん、離れ離れになるのは嫌ですよー」と琴葉は答えて、
蜘蛛の糸を出し風に乗り飛んでいった。
その姿を見送ったあと、華蓮はため息をついた。
(本当は劉備に直接と言う方法もあるけど、彼を神候補に挙げるには時期早々。
神候補出ない人の子に私が神と言う事を伝える気はないし…
孔明の側には技術的な師として澪が居て、澪と会うのは50年に一度だけ。
孔明と会うには私が禁忌を犯すリスクが高すぎる ……
やっぱり、私の聖女候補の黄月英ちゃんにお願いするのがいいわね)
華蓮は庵の戸を開け、机で書き物をしていた女性に声を掛けた。
「月英ちゃん、お元気していたかしら?」
「あっ、神様、どうして急に来られたのですか?」
華蓮はもともと断絶神として地上で活動していて、
魂を奪うものと、次の転生で聖女へ推薦する物には自分が神であることを伝え、
絶対的な信用を得てきた。
黄月英にも同様に、神の神能を見せ絶対的な信頼を得ていた。
「嫌ですわよ、人前で神であることは言わない約束でしょ…
華蓮でいいのよ ……
ところで、月英は諸葛孔明の事は知っているかしら?」
「知っているも何も、私の婚約者なので…」
月英は少し頬を赤らめた。
「実はね、お願いがあって、――
劉備にね『漢江渡河許可書の推薦書』を書いてもらいたいの」
華蓮は防護岸の設計図を月英に見せると、
月英は目を輝かせた。
(実はこの設計図は澪が考案したものを華蓮が譲ってもらったものだった)
「華蓮様、これは素晴らしい!
この背水機構とその間隔が防護岸をより強固な物にしていますね」
「そう、これを夏口太守・黄祖に渡して、その調査を口実に『漢江渡河許可書』が欲しいの ……
黄祖が許可書を握っているのよね……
そのために、孔明から劉備にお願いして、私の推薦状を書いて欲しいのだけど ……
孔明にお願いできるかしら?」
「大丈夫よ、あの人の尻を叩いてでも推薦状を書かせてあげるわ」
「月英ちゃん、ありがとう」
ニコリと笑い、頭を下げる華蓮だった。
◆長江の蒼翼艦隊◆
蒼翼艦隊は長江の本流の逆流をゆっくり進んでいました。
紗良が船の上で弓の鍛錬をしていました。
よく見ると、いつもとは違う弓だということに気付き紗良に尋ねてみました。
「ねえ、紗良。その弓だけどいつも使っているのとは違うわね」
紗良がにっこり笑いこちらを振り向き応えました。
「この弓ね、華蓮が私にと許都雪が決まった時に持ってきたものだよ。
今日初めて使ってみたんだけど ……
見ていてね」
と言い、矢を番えて、力強く引きます。
ギュイーンと音が鳴り、照準を合わせ放つと ……
矢が3本に割れて、弧を描き飛んでいき、やがて河に飲まれていきました。
そう、この弓はアクエス島の転生の時に、ミオがサラのために作った弓で、
華蓮が大切に保管して、900年の時を超えて紗良に帰した弓だったのです。
「ねっ、凄いでしょ」私の方を振り向きにっこり微笑みました。
「えっ、一度に3本の矢を放つことが出来るなんて ……
飛距離も他の弓より長いし …… 凄すぎる」
紗良は自慢げに、「でしょ、何でも他の国で作られた弓で、
『半月の弓』って言うんだって」
これを作った人はミオと言う人らしんだけど …… 」
そんな話をしていると、最前列を走る船から手旗信号が送られてきた。
即座に碧衣から指示が飛びます。
私は初めて見る賊船に心がしぼむ感じを覚え、頬を両手でたたきます。
「パーンッ」と大きな音がし、気合が入った。
碧衣が碧衣艦を先頭に、後続艦が斜めに並ぶ梯形陣の指示を出します。
そして、美優艦、運搬艦はその後ろに待機した。
水しぶきを上げ、賊の船5艘がみるみる大きくなっていきます。
私は盾隊を側面に配置し、その後衛に弓隊を配置、時を待った。
(一瞬、盗賊団にも家族がいるのかな…と考える)
賊船の櫂の音が聞こえたところで、ハッと我に帰り腕を振り下ろした。
矢が賊船めがけて、降り注いでいくのが見える。
次の瞬間、船がぶつかり合う音と同時に、波しぶきが立ち上がった。
賊は鍵付きの縄を投げ込んできた。
カラン …… ガシッ ―― と鉤が船に食い込む音、
「オラー、相手は女だけだ、一気に乗り込めー」
ここで、前後の艦が賊の反対側に回り込んだのを見て、
再び手を振り下ろし矢を賊船に叩き込んだ。
カン、カン、カン、カン、カン!
乾いた音が賊船の甲板に鳴り響き、それに交じり悲鳴も 「ギャー」
賊船と繋がる縄を斧で切断させると、徐々に賊船は下流に流れ出した。
再び矢を放つが半分は届かなかったが、撤退させるには十分な効果だった。
ウオーッ!!
船の上では一斉に雄叫び上がった。
私は今更ながら、身体が震え、紗良が優しく抱きしめてくれた。
碧衣は冷たい目で、賊船が消えていくのを目で追っていた。
そして振り向き、負傷者の確認を命ずると、
神軍の衣に守られた兵士たちに負傷したものは誰もいなかった。
「紗良、これが戦なんだね」
紗良は黙って頷いていた。
夕陽が西に沈みかけていたが、
賊が戻るとも限らないので江陵をそのまま目指すことになりました。
◆初陣の後◆
船はゆっくり江陵を目指す。
私は賊船団との小競り合いを思い出しながら星を眺めていた。
(必死に襲ってくる賊の顔が脳裏をよぎった。害虫のようだと思いながら、でも向こうにも家族がいるはずだ)
そんな考えが頭の中を堂々巡りしていました。
私の右に紗良が、左に碧衣が静かに座り、二人とも私の肩に頭を乗せてきた。
「碧衣は凄いね、何の迷いもなく指示を出していた。
それなのに …… 私は軍師として失格だね」
碧衣が優しい顔になり話しかけてきた。
「私も迷いはあるよ、出なければ盗賊を殲滅する戦術を取っていたと思う。
でも、この船の兵士や舞踊の人たちを守る義務もある。
ただ単に守りに徹しただけ。
勝利は考えていなかったよ …… みんなで生きることだけ考えていた」
碧衣の顔を見ると、輝いて見えた。
紗良も私に話してくれた。
「私もね、修練の様にはいかなかったよ。
やっぱり、この1本の矢が人の命を奪うと考えるとね、
的は狙うのは楽しいけど、人を狙うのは …… 辛いね」
私は「みんな同じだね、でもそれでいいのかな ――
私達、夢咲、経済で国をまとめようとしているんだよね。
強力な武力を持つ意味は、攻撃を受けないため ――」
碧衣が「そうだね、そういった意味では今回の初陣は成功だったんだよね」
私達は小さな肩を寄せ合い星空を眺めながら、そのまま眠りについた。
船が静かに水を切って進む音が心地よい夜だった。
星はきっと私たちを責めない。私たちが守るために戦った夜だったから。
◆江陵入り◆
朝も靄の中に大きな影が…近づくにつれて大きな城郭に姿を変えていった。
「うわー、おっきいね!」初めて見る城郭に驚く私。
船着き場には6人の女兵士が手を振っていた。
紗良がそれを見つけ大きく手を振る。
桟橋にゆっくり船が付くと、手を振っていた女性が紗良を抱き上げる。
「紗良ちゃん元気だったかな。サラちゃんと旅ができると聞いて、3日前からここで待ってたんだから」
紗良を抱き上げた女性は孫尚香、孫権の妹です。
「尚香お姉ちゃん、恥ずかしいから、もう私は8歳よ」
「私から見ればお子様よ」
二人のやり取りを見て微笑みながら美優が下船してきた。
「尚香さん、お元気にしていたかしら?」
「美優さん、今回の許都遠征、同行させていただきありがとうございます。
兄の孫権も曹操の動きには敏感になっていて ――
許都の様子をしっかり見てくるように言われてきました」
「ねえ、尚香さん、その物々しいかっこじゃあ警戒されちゃうわ ……
取り巻きの兵士さん含めて、磨かないとだめね」
孫尚香の顔色が変わる。
「いえいえ、自分でやるので …… ね、美優さん」
「大丈夫よ、あなた達のための神軍の衣も用意しているし、
美しくて可愛い女傑 ―― 何て素敵な言葉なんでしょう
さあ、宿屋に行きますよ」
夢咲の舞踊の女性集団に囲まれ渋々従う孫尚香でした。
紗良が「あーあ、行っちゃった …
尚香お姉ちゃんに半月の弓を自慢したかったのに」
とても、残念そうな顔をする紗良だった。
碧衣が「さあ、ここで目薬と絹を商家に卸さないといけないから、
碧衣隊でやるから、紗良隊は野営準備、星愛隊は食事の準備を頼む」
「了解しました、夕飯作りは任せておいて」と笑顔で応えました。
蒼翼艦隊は着ているものも美しく、可憐で十分人の目を引くのですが、
平均年齢も10代後半で道行く人は足を止めて眺めていく人が多くいました。
そして私が竈を作り、火をくべ、料理を始めると野営の広場には香りにつられて、
多くの人々が覗きに来ました。
陽が落ち、オリーブ灯に灯をともすと、私達の野営地は明るく灯され、
美味しい料理にうら若き女性の会話が更に空間を明るく照らしていました。
(そう言えば、このオリーブ灯もミオと言う人の発明品とお母さん(芳美)言っていたな。
販売すれば、夜の街も明るくなるし、きっとたくさんの人が買うだろうな)
一方宿屋では美優が張り切っていました。
「さあみんな手伝って、これから尚香ちゃんと兵士さんたちの採寸するから」
「キャー、美優さん、恥ずかしいからやめてください」
「何を言っているの?採寸して、芳美の作った生地であなた達の神軍の衣を作るのよ」
「いやーん、は、恥ずかしいです …… 」
―――
「ほら着てみて、どうかしら?」
孫尚香の目が輝き、「えっえー、何も身につけていないような軽さ、そして温かい」
「ちょっと待ってね」、と美優が言い徐に剣を持ち孫の女兵士を切りつけました。
「キャーー!!」大きな悲鳴を上げるが、その後は驚きの感想になる。
「えっ!?嘘でしょ、痛くもなければ、生地に傷ひとつ入っていない」
切りつけられた女兵士が驚きの声を上げました。
「でしょ、ねえ、尚香ちゃん、この神軍の衣はね、神器と一緒なのよ。欲しいでしょ?」
「えっ、譲ってくれるんですか?」
「うーん、どうしようかな … 許都遠征終わって、帰るなら、その衣は返してね。
でもー、夢咲で働いてくれるなら、それは支給品だからあげちゃうわよ」
「もちろん…」と言いかけた尚香だったが、
「少し考えさせてください」と寂しい面持ちで口を噤んだ。
(義理硬い子だから、孫権に曹操に報告したら、こちらに靡きそうね)
昨日の賊船との戦う様子を見て、星愛の代わりに尚香を置いて、星愛は内政で力を発揮してもらおうと考えていた、美優だった)
こうして、江陵の夜は更けていきました。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
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