第24話 夢咲の想い
洞庭湖の湖面は銀鱗のように春の陽を穏やかに反射させていた。
そんな穏やかな湖面を11層の軍船が風を切り、白い波しぶきを上げ、突き進んでいる。
「おらおらおら、いけいけいけ―!!」威勢のいい、そして美しく透き通った声 ――
くの字に整列して突き進む船団、その一番奥の頂点に位置する大将船で指揮を執るのは、僅か8歳の碧衣だった。
(思えば、初めて船団を指揮した時の碧衣ったら、「いざ前進せよ!左翼、右翼同時に開け!」と声を張り上げていたけど … 今じゃ、「おらおらおらー!!」で船団が手足のように動いている)
私は碧衣の成長に目を見張った。
「ねえ、碧衣ちゃん、今日も天気が良くて気持ちいね」私は風になびく髪を押さえながら碧衣に話しかける。
私も芳美軍師の娘として恥じずに、8歳の子とは思えぬ堂々とした風格で碧衣の横に立つ。
紗良が船主に立ち、200m先の的に矢を放った。
矢は綺麗な放物線を描き … カーン … 矢が的に当たった音を合図に左右の10隻の船から一斉に矢が放たれた … と同時に左右に船が分かれ、ハート形を描きみるみる船団は的から離れていく。
まるで渡り鳥のように、船団は斜めに並び、夢咲島へと戻っていく。
夢咲島の湖畔では、琴葉と麓沙が美優に歌と舞の稽古を受けていた。
麓沙が歌い、琴葉が舞う ―― 春の調べ、新たな命の息吹がゆっくり目覚める美しさを感じられる舞と歌だった。
稽古をつけている美優も思わず微笑んでいた。
その横の桟橋に、碧衣の船団が船を付けた。―――
桟橋を私と紗良、碧衣がゆっくりと歩き、私は稽古をしている三人に手を振る。
琴葉が私達に気付き、笑顔で手を振る「みんな、おはよー!今日も朝演習性が出るわね」
私が言葉を返す。「琴葉たちも毎日の朝稽古お疲れさま ―― 麓沙、琴葉の舞の呼吸も毎日の稽古で磨きがかかってきたね」
紗良が私に寄り添ってきて「そうだよ、二人とも羨ましいくらい息があっているよね」何故だか紗良が私の手を強く握り、照れ笑いをしています。
美優が「さあ、宮廷で妃良達がお腹を空かして待っているわよ」と言い、移動を促します。
毎日の日課を終わらせ、いつもと変わらぬ朝が始まりました。
◆朝食後の君山楼◆
朝食後のひと時を妃良女王、芳美軍師、理沙将軍、美優将軍がお茶を飲みながらおしゃべりを楽しんでいた。
いつも忙しい4人は、この時間が唯一顔を合わせた話せる時間だった
「子供達、また訓練にでていったわね」にこやかに芳美が話す。
美優が嬉しそうに、「あれで8歳なんだから … 神核が封印されているとは言え、実力は人の子と比較するのも憚れるって感じよね」
妃良が満足げに頷き、「これから先が楽しみに思えるな。夢咲の明日を十分に担える4人じゃないか」 ――
妃良を見つめ、一同が微笑みながら頷くと……階段をきしませ昇る足音が聞こえてきた。一同の視線が階段に集中した。
「来たようね華蓮、こちらの席にどうぞ」と妃良が華蓮を誘い、華蓮もニヤリと笑い頭を下げて、上品な絹のすれる音を鳴らしながら茶の席に座った。
―― 妃良が「50年に一度の澪との密会を終えてきてどうでしたか?」と、尋ねるとゆっくり頷く華蓮。
芳美が「あら、華蓮…その表情を見ると恋の進展は無かったみたいね…また50年待たないといけないのね。まるで華蓮も呪縛を受けているみたいね……」
妃良が「アルティメットの悪い癖ね、思い付きで50年に一度って言ったに違いないわ……本当に男って、単細胞が多いのよね」と、本気で怒る妃良。
理沙が「ところで、澪の導き神として何か導いてきたのかい?」
華蓮はニヤリと笑い「劉備のところに孔明と名乗る軍師がいるのはご存じかしら?」
美優が「知っているわよ …… こちらから劉備陣営と交渉するときは、いつも孔明を指名しているわ …… 人の子なのに頭の切れる、そして魂が真っすぐな男よね …… 次の転生では神に昇格を進言しようと思っている人よ」
「まあ美優、それを言うにはまだ早いと思いますよ…」と妃良が口を挟む。
華蓮は話しがそれない様に、自らの話しを続けた。
「その孔明に澪を技術的な師匠として紹介して、孔明も澪の話を聞いて快諾しましたのよ…… おかげで、私は澪との距離を縮めることが出来なかったの」
美優が「華蓮の片思いはいばらの道ね」と呟く。
華蓮がニヤリと笑い「誰が恋していると言いまして…?」
一同の視線がにやけながら華蓮に集中したが、華蓮は顔色一つ変えなかった。
◆夢咲回想シーン ◆
「夢咲でこうやって5人集まると、あの時の事を思い出すわね」と、理沙が呟く。
5人の女神は目を瞑り、天界での回想シーンへと意識を共有しました。
―――
意識を共有したのはヘラ(妃良)がゼウスの浮気に業を煮やし、
仲のいい女神達を呼び、ある計画を持ち掛けたシーンでした。
結婚・産時・主婦の女神ヘラ(妃良)が今の天界の状況に憤りを感じている姿がありました。
カレンドール(華蓮)はヘラ(妃良)の荒れようを見て尋ねました。
「ねえ、ヘラ(妃良) … 私達を呼び出したのはゼウスの浮気の愚痴を言うためなの?
それとも、結婚・産時・主婦の女神ヘラ(妃良)としてなの?
「もう、ゼウスの浮気は治りませんし、それより今の天界が心配になり…」
テイア(芳美)が、「何が心配なの?」と問いかけると、
ヘラ(妃良)は深くため息をついて、話し出しました。
「ねえ、みんな … 天界は神が飽和状態にあるわよね。
もう、これ以上神を増やせないのです」
4人の女神が頷くのを見て、ヘラ(妃良)は話を続けました。
「子供が生まれたらすぐに神核にして、冬眠状態にしているのよ…」
そして、かなり憤りを感じる口調で話を続けました。
「なのに、男神達ときたら本能が赴くままに情事を重ね…
こっちはどういう気持ちで、生まれる神の子が産声を上げる前に、神核にしているのか分からないのかしら?」
テミス(理沙)が「ホント、人との交わりを禁止したのもそのためなのに…あいつらは何言っても無駄よ」
ミューズ(美優)も続けて「私は今、ロクサ(麓沙)と言う可愛いパートナーがいるんだからと言うと、3人ですればいいじゃないかと平然と言ってのける、面の皮の厚さときたら……」
……
ヘラ(妃良)がニコリと笑い私達に提案する、「ねえ、いっそのこと女神だけの世界を作りません?ほら、テイア(芳美)とテミス(理沙)が目を掛けている、ヘスティア(星愛)、アルテミス(紗良)の処女神たち…」
暫く黙り、再び話しだすヘラ(妃良)。
「彼女たち宇宙神になるでしょ?そしたら地球とは別の場所に天界ならぬ、女神界を作れるわよ」
テミス(理沙)が微笑みながら同意しました。
「そうよね、宇宙神から生まれる子は宇宙神 … 」
私が頷く。「女神の神核を彼女たちに宿せば、宇宙神になれるわよね …
そすれば女神界、作れると思わない?」
余程、男神達のしつこさに嫌気を指していたのかミューズ(美優)が即答する。
「良いわね、ぜひ作りましょう。男神なんていなくても、宇宙神だったら女神同士で神の子も作れるしね」
華蓮も「そうね、大体魂を差し出す人の子は色ボケした男が殆どだし、女神の国を作るのも悪くはないわね」と頷く。
テイア(芳美)とテミス(理沙)も同意した。それは、二人が聖母としての役割をこなすことで、徳を重ね宇宙神を目指していたからだ。
華蓮が「で、どうしますの?宇宙に出るには地上界を経由する必要がありますわ」
………
テイア(芳美)が提案する。「ねえ、まずは地上界に拠点を置くことを試してみない?経験することって、何よりも一番の勉強になるんだから」
ヘラ(妃良)がニヤリと笑い「じゃあ、女神の夢が咲き誇る、夢咲計画ってどうかな?」
ミューズ(美優)が「うーん、なかなかいい響きですね。私達の思いが伝わりますね」
こうして、初期の夢咲計画は立ち上がった。
◆回想シーンから君山楼の談話に戻る ◆
5人の女神は回想していた意識を君山楼に戻し、芳美が笑いながら話し始めます。
「まさか本当にこうやって夢咲を作っちゃったんだよね…」と言うと、
理沙が頷き、「私達がこの地に降りたこと覚えている?」と全員に聞く。
華蓮が「えーえー、よく覚えてますわよ。地上は酷い有様でしたわよね…」と答えると、
理沙は悲しい顔で、「そう、乱後の村を襲う残党趙党、黄巾残党、や傭兵として動いていた群雄、勝てばその村の男を兵士にし、従え、従わぬ者は女子供の前で切り捨て…子供は奴隷にするため荷車に集められ…年寄りはその場で切り捨てられていた」
芳美も続ける「金品、食料は全て略奪 そして女は ……」 怒りで言葉が出てこなかった。
「許せないから、私、女性達の記憶を通じて人形の糸を空へばらまきましたわ …… 女性の記憶を除くのは辛かったけど ……
……
しっかり人形劇の準備をしましたわよ」と華蓮が言うと、妃良が笑います。
「今回のカレンのは、人形劇では無いですよね …… 糸は女子を手籠めにした兵士に残らず刺さり、華蓮が近づくと …… 糸から魂が華蓮に渡される ―― まさに死神ですよね」
碧衣が吐き捨てるように言います。「まあ、人形劇で苦しまずに死ねるのだから、華蓮からすれば優しい配慮だよね」
華蓮は笑います。「糸が刺さった者には、額に小さな痣が浮かび上がるのですわ …… 今も魂を捧げていない兵士は、痣と見えない私の足音に怯えてましてよ。フフフ」
「でも、漢もいましたわよ。上空から見ていた時3人の男が女たちに着るものを与え、女性たちをまとめてましたわよね」と少し明るい表情で答える、華蓮。
「おうおう、そうでした。桃園の誓いを立てたとか言ってましたよね。私達の夢咲の誓いと似ているからよくあの時のことは憶えてます」と、懐かしむように妃良が言うと。
私が「劉備、関羽、張飛の3人でしたよね。私達が女の事は任せるように進言すると、深く礼を言って去っていったのを覚えてます。そのことがあったから、今も彼らとは深い繋がりがあるんですよね」
「それに、路頭に迷う女子を救いながら大きな集団を形成しながら、流浪の旅を続けていた私達に、黄巾討伐の混乱のさなか、長沙刺史に任じられた孫堅が私達にこの地を譲ってくれた」と碧衣が話した。
最後に妃良がまとめます。「でも良かった…劉備、関羽、張飛そして孫堅に会えたことは、強運に恵まれたとしか言いようが無いですよね。この強運を無駄にしてはなりませんよ」
妃良達はお互い頷き、夢咲計画の成功を誓い合いました。
◆華蓮の思惑と妃良の決断◆
妃良がテーブルに両肘をつき、両肘を立て手に顎乗せ、目を細めて華蓮を見つめ話しかけた。
「ところで華蓮、ここにわざわざ、澪の話しや、思い出話をしに来たわけではないでしょ?」
ニヤリと笑い華蓮が答える。「実は孔明からの情報で、曹操は許都を拠点に、後漢朝廷への禅譲形態での『丞相就任』を打診・準備しているみたいですわ」
「それに、まだあるわよ …… 地方官吏や群雄上層に勅書を発して、自身への忠誠を固める儀礼・宴会を開くなど、内政・外交を並行して行っているのよ」
「…… 何かあると思うでしょ?」
理沙が難しい顔で腕を組み、「官との戦いで袁尚を下し、北の憂いが無くなった今、目指すは荊州で勢力を伸ばす劉備、そして南の孫堅……兆候が戦場になるな」
妃良が「劉備、孫堅を下し中華統一も可能かもしれない……でも、この広大な大地を統一するのは、いずれ漢王朝と同じ運命をたどるように思う……時はまだ早い」
華蓮が、「私も妃良と同意見ですわ、今は天下三分の計に乗るのが得策。いずれかの国が台頭する時が来ると思うけど……夢咲も経済力を盤石なものにし、経済を掌握する準備をする時と思わないかしら…」
芳美が、「今夢咲には、絹はこの国一番の生産量を誇り、私の目薬も常に在庫切れ、商業船団はこの国一、軍事については呉と肩を並べつつあるし、十分に掌握できると思うわ」
華蓮が目を光らせ、「曹操は冬から着手していた南方征討へ向け、軍船の建造や兵糧の集積を指示を出しているらしいのよ……もう決定ですわ、間違えなく長江を曹操の船団が埋める日が近いわ」
妃良がいつになく厳しい表情になる。
「まず、私達の目的は、国盗りではない。宇宙へ向けた基盤となる拠点の構築です」
妃良は一同を見回し、頷くのを確認し続ける。
「戦については、中立。
但し、私達の活動を阻害するものの排除は辞さない……
長江が戦になった折は、私達の経済活動を守るための軍船を長江に入れるが、どの国にも関与はしない」
理沙が「長江が戦になったとしても参戦はしないという事でいいのかな?」
妃良が大きく頷き、話を続ける ――。
「劉備、孫権とは今までの政治と経済活動で揺るぎない信頼関係は築けています ――
ただ、曹操とは面識がないのが現状です」
美優が「そこで、私達の軍が曹操との信頼関係を築くのね」
妃良が頷く「……武ではなく、私達の得意とするものを売り込むのよ」
「そうね、絹、薬、そして神の舞踊を武器とするのね……違うかしら?」と美優が妃良に尋ねた。
妃良は「私達は極力、人の子には干渉せず、私達独自の力を築き上げる …… それが、地上界に溶け込む最善の策だと思うでしょ」と全員に尋ねると、皆が黙って頷いた。
◆許都への使者◆
妃良は思慮深く考え話し出す――
「理沙」
呼ばれた理沙はテーブルの上に手を乗せ、両手を組み妃良を見つめ微笑む。
妃良は理沙に、「軽戢舟を13艘直ぐに用意できるかしら?」と問いかけると ――
理沙は「直ぐに、用意できるよ」と答えた。
次に妃良は芳美を見つめ、「400人の兵士と、450人分の1か月分の食料、武器、許都に持ち込む特産品、そして神軍の衣を用意して、船に今日中に詰めるかしら?」 ――
「簡単な事ですね」と、言い余裕の笑顔を見せる。
そして、美優を見て…「30人神舞を舞える巫女たちと、明日の早朝船に乗り出立はできそうかしら?」
美優は嬉しそうに微笑み、「もちろん、できるわよ」と右小手で口元を隠し、余裕の笑顔を見せた。
―――
妃良は目を細めて告げる。「さて、巫女たちを守る兵士は、総大将を碧衣、軍師は星愛、攻撃隊大将は紗良らが率いる蒼翼艦隊に命じます」
誰も、8歳の子に任せるなんてと言うものはなく、余裕の微笑みを見せていた。
―――
「さて、今回の遠征での本来の目的である、工作は、華蓮と琴葉に任せることにします。
船団が許都に到着するまでに、曹操との会談ができるところまで話を進め、要所には琴葉の蜘蛛の巣を張って欲しいの。
できるわよね、華蓮」
華蓮はニヤリと笑い…「優しい顔の奥に潜む炎、見えましてよ ―― 嫌とは言わせないつもりでしょ。
良いわよ、やって差し上げますわ」
こうして、星愛、紗良、碧衣、琴葉の初陣ともいえる「許都遠征」が始まった。
もう昼の柔らかい陽がさす洞庭湖には春ののどかなが風が吹いていた。
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