第136話 激闘たらい船④
私たちは“劉備の平岱さん”を降し、次なる戦場へと漕ぎ出した。
「みんな、待って」
声の主を見ると、恬香が思案するように立っていた。
私たちは恬香の乗るたらい船の周りに集まった。
なぜか敗退した馬岱と関平も、そっと船を寄せてくる。
碧衣が冷静な目で二人を見ると、恬香が微笑みながら首を振った。
「碧衣、その二人はすでに敗退しています。
試練の中では亡くなった彷徨う魂と同じ……聞かれても何もできません。
そのまま聞いてもらって構いません」
馬岱と関平は顔を見合わせ、ほっとしたように頭を下げた。
馬岱が丁寧に口を開く。
「秦の四女神様は、扶蘇様、胡亥様、蒙恬様、李斯様の生まれ変わりの女神と聞いております。
そして夢咲の五華とどのような作戦を立てるのか、この五感で感じたく思っています」
関平が頷き、私を見つめて続けた。
「父上からは星愛様たちの話をよく聞いております。
規則では、負けた者が勝者に同行してはならないとはありません……
邪魔はいたしません。ぜひ同行させてください」
私は腕を組み、頬に指を当てて思案するふりをした。
(華蓮様、絵蓮様……聞こえてますよね?)
――ええええ、よく聞こえてますわよ。
面白いんじゃありませんか。わたくしは認めますわ。
――うん、加勢しなければいいよ。
でも今日は星愛と思念がよく繋がるねー。
――うふふ、面白いものが見られるかもしれませんわ。
(何ですか、その面白いものって……)
思念を切り、真剣な眼差しで私を見つめる関平に向き直る。
「私たちや敵に加勢しないのであれば、自由についてきていいですよ」
私がにこりと笑うと、馬岱と関平は深く頭を下げた。
私は恬香へ視線を戻し、続きを促す。
恬香は頷き、話し始めた。
「ねえ、私たちは劉備の平岱さんの兵を全滅させたわよね……
攻め手を全滅させたということは六点加点されています」
曹英が指を折りながら言う。
「それに旗を三枚落とした十五点もあるから、合計二十一点ね」
恬香は続ける。
「今、黄河の猪親子と玄さん一族がぶつかっているはず。
でも、敗退したほうが二十一点を超えるのは無理よね」
琴葉が手を叩き、たらい船の上で跳ねながら叫んだ。
「わーい! 二位確定、決勝進出だねー!!」
「ちょっ、琴葉! 跳ねないで、たらい船がひっくり返るから!」
私が慌てて声を上げると、恬香が微笑んで言った。
「ね、それでどうするの?
黙ってここで待っているだけで決勝には進出できるわよ」
皆の視線が私に集まる。
「もちろん行きます。……特に玄さん一族にはいろいろ世話をしたので、
返してもらわないとね」
皆の表情が一斉に明るくなり、力強く頷き合う。
「さあ、行くわよ!」
私がたらい船を漕ぎ出すと、皆も一斉に続いた。
まるでカモの行軍のように、私たちは次なる戦場を目指した。
北側の運河は、驚くほど静かだった。
「玄さんたち、待ち伏せしているかと思いきや……いないわね」
隣を並走する沙良に声をかけると、沙良も不思議そうに頷いた。
「おかしい……。まさか黄河の猪親子と共闘するつもりなのか」
反対側から曹英が並び、低い声で言う。
「何か嫌な予感がするわね。
この静けさが怖いくらい。遠くから声援は聞こえるのに……」
曹英が言いかけたところで、馬岱が音響器を抱えて私の隣に寄ってきた。
「話の途中、申し訳ありません。
南の運河で何やら怪しい動きがありまして……
これは携行用の音響器で、華蓮様からお借りしたものです」
私は驚いて声を上げた。
「何よそれ、私たち何ももらっていないんだけど!」
馬岱は申し訳なさそうに俯く。
代わって関平が説明を始めた。
「じ、実は華蓮様が……
『あなたたち、これ貸してあげますわよ。
多分、あなたたちは灯花庵の偉い人に遣られましてよ。
それまではこれを貸してあげますわ。
その代わり、敗退したらこれを星愛たちに渡していただけるかしら。
うふふふふ』……と」
「これ、関平! 笑い声まで真似する必要はなかろう!」
「いや、すまぬ。一度やってみたかったんだ」
「主が華蓮様推しなのは分かるが……
そういうのは一人の時にやってくれぬか」
二人が言い争いになりそうだったので、私は慌てて割って入った。
「馬岱さん、私たちに渡せということでしたよね。
少し周りの空気が気になります。
音響器、貸していただけますか?」
「おお、そうであったな。この黒いでっぱりを倒すと……」
カチリ。
音響器から、絵蓮と華蓮の実況が流れ始めた。
すぐに絵蓮の声が音響器から飛び込んできた。
『攻めの極振り、黄河の猪親子。
片や守りの極振り、玄さん一族……にらみ合ったまま動きません』
『このままだと、北の運河にいる灯花庵の偉い人が来ますわよ』
『華蓮、それはそれで三つ巴になって面白さ倍増だね』
『ええ、面白いとは思いますの。
でも、もっと面白いことを仕込んでいますわよ』
『華蓮、また何かやったの?』
『うふふふ。蓋を開けてのお楽しみですわ』
「ウフフではありません、華蓮様!」
『あら、星愛ではありませんか。
こうして話しているということは、音響器が馬岱から届いたのかしら』
「そんなことより……」
『おっと、ここで玄さん一族に動きがあったー!』
皆が驚いて私を見る。
曹英が声を上げた。
「ちょっと星愛!
あなた、音響器越しに華蓮様と絵蓮様と話せるの!?」
「できるというより……赤い瞳の絆というか、何というか……」
「赤い瞳の絆ですかー」琴葉がニコニコしながら頷く。
沙良が手を上げ、唇に指を当てた。
「いま、大事なところだよ」
『あれー、玄さんが水竹筒を頭上に掲げて、
黄河の猪親子の陣内に入っていきました……
華蓮、これは降参ということでしょうか?』
『違いますわ。私が仕込んだ“種”が芽を出したのよ』
『はぁ? どういうことなの?』
私たちも思わず顔を見合わせる。
『私、教えてあげましたの。
灯花庵の偉い人は秦の四女神と五華のうち、
星愛、沙良、碧衣、琴葉は神が産んだ人の子。
神に関係ないのは曹英と燈三姉妹だけだと』
『それがどうしたの?』
『冬の市と、その下で行われる智遊祭は神が企画した祭り。
そして灯花庵は試練を終えるたびに勢いを増しているでしょう?』
『はあ、それがどうしたの』
絵蓮の声に、私たちも同じように頷く。
『だから言ってあげたの。
決勝は人の子同士でやったほうがまだ望みがある。
共闘して灯花庵を潰しなさいってね』
『えっえーー!!』
「えっえーー!!」
私たちは絵蓮の驚きに合わせて叫んだ。
「う、嘘でしょ……」
――嘘ではありませんわよ。
『おっとー! 玄さんが黄河の猪親子の陣地の中で手を振る!
そして動き出す、玄さん一族の十一人を乗せたたらい船!
ここに――黄河の猪親子と玄さん一族の共闘成立だー!!』
「華蓮様、なんでそんな入れ知恵したんですかー!」
――あら、いけないことかしら?
「そ、それはー……で、でもですね」
「星愛、星愛!」
「えっ、何、曹英」
「何もへちまもありません……
なに、一人で大きな声出しているんですか!」
沙良も心配そうに声をかけてきた。
「驚くのは分かるけど……独り言何て、星愛らしくないと思う。
大丈夫?」
(そうだ、みんなには華蓮との心話は聞こえないんだっけ……
えー、私声に出していたの)
私は顔を赤くし、「ご、ごめん、つい声を荒げてしまったね」
と謝ると、括香が頷き口を開いた。
「大丈夫です、私たちが壁になり皆を支えます。
私たち守りのたらい船が盾となり前に押し出します」
沙良が驚いた表情で止めに入った。
「いや、応戦する武器もない守りのいかだで、
あまりにも危険すぎます」
括香は口元を隠し、頭をかしげ微笑んだ。
「うふふ、信じてくださいな。
水は全部はじいて見せます」
碧衣が頷き沙良にいう。
「ここまで言うんだから、勝算はあると思う。
括香……いや、秦の四女神を信じましょう」
私たちは一斉に頷き、さらもそれを見てしぶしぶ頷いた」
「私の作戦を言う前に、もう一度聞きます。
ここにいれば、間違えなく決勝に進出できる点数はあります」
その言葉に私は即座に答えた。
「戦わずしての勝利はいらないです……戦いましょう」
皆が自信に満ちた表情で頷き、それを見た括香も頷き口を開いた。
「先ほども言いました通り、私たちの船が盾となります。
星愛、曹英は怯んだ相手を射抜くそれだけです。
沙良と碧衣の船は少し離れた位置で見守ってください。
そして射程に入った敵を間違えなく射抜く」
沙良が手を上げて聞く。
「待つだけでは、相手は警戒して射程に入ってこないと思います」
括香はにっこり笑い答えた。
「沙良と碧衣のたらい船を中心に、射程内を円を描くように周回します。
でも少しづつ、相手の守りのいかだに近づきます。
沙良と碧衣は射程を保ちつつ、
私たちのたらい船の後に続いてください」
私は、大きく頷き「わかったわ」と答えた。
皆も同じように頷いた。
「では、まいります」
斯音の凛とした声が響き、皆の気が引き締まった。
秦の四女神が乗るたらい船を先頭に、
その少し後ろの左側に私と琴葉の船、右側に曹英と燈柚の船。
さらにその後方、私と曹英の船の中央に、
沙良と燈澄、碧衣と燈灯の狩射手の船が続く。
少し離れて、見学の馬岱と関平のたらい船が後ろをついてきた。
『先ほどまで止まっていた灯花庵の偉い人、
北の運河を進みだしたー!』
絵蓮の実況に、華蓮が楽しげに答える。
『そのまま北の運河に止まっていれば、
決勝には進出できるのに……ふふふ』
『わーー!』
携行音響器からは、観衆の大きな声援が遠くで響いてくる。
「みんな! 見えたわ、南西の角。
外側から入っていくわよ!」
「了解!」
先頭のたらい船が大きく舵を切り、
対岸へ向けて運河を斜めに前進していく。
「ご武運を!」
馬岱と関平は運河の内側に残り、
邪魔にならない位置で戦況を見守るようだ。
二人は深く頭を下げた。
私は軽く手を上げて応え、四女神の船を追う。
流れに乗ったたらい船はぐんぐん加速し、
遠くにあった南西の角が一気に近づいてくる。
括香と亜亥が傘を開き、括香の声が鋭く響いた。
「警戒!」
たらい船を漕ぐ私の頭上で、琴葉が静かに水竹筒を構えた。
たらい船が加速しながら、南西の角へと滑り込んでいく。
見えた。鶴翼に構えた、たらい船の列。
中心には郭淮と玄さん。
左右には黄河の猪親子の攻め手が広がり、
その奥では許褚が傘を片手に構えている。
さらに後方には、玄さん一族の守り手十一人を乗せた大型船。
八本の傘が開き、私たちを待ち受けていた。
「ははーん、生意気に鶴翼なんて組んでるわね」
括香の声が耳に入る。
彼女は傘を前にかざし、鋭く叫んだ。
「左の翼をへし折るわよ! 皆、私に続けー!」
その姿はまるで戦場の蒙恬のようだった。
左翼へ向けて加速するたらい船。
「ふー……ふー……ふー……」
呼吸を乱さないように、私は全力で漕ぎ、四女神に続く。
「まだだ、撃つな! 撃つな!」
郭淮の声が聞こえる距離まで迫る。
鶴翼左端の二艘の間へ、四女神の船が突っ込んだ。
「鶴翼はね、足が速いから意味があるの!
遅けりゃ囲むこともできないわよ!」
括香が叫びながら、左二艘目を弾き飛ばす。
ガンッ!
同時に、沙良が左端を、碧衣が二列目を射抜いた。
「うわぁ!」「きゃあ!」
悲鳴が上がる中、琴葉が頭上で叫ぶ。
「面白ーい!」
「ぎゃあ!」
おそらく琴葉か燈柚が左三列目を射抜いたのだろう。
新たな悲鳴が水面に響いた。
左翼は残り二艘。
四女神の船は間髪入れず急停止し、反転する。
私も足を逆回転させ、操舵桿を大きく切った。
同じように停止し、反転。
すでに四女神の船は中央へ向けて加速していた。
私も遅れまいと全力で漕ぐ。
「相手は水竹筒を撃ったばかりで中身は空よ!
給水の時間を与えない! 続けー!」
括香の声が響く。
中央では、左側の四・五列目が郭淮と玄さんを守るように前へ出る。
しかし、四女神の船はお構いなしに突っ込んだ。
弾かれた四・五列目を、沙良と碧衣が確実に射抜く。
「うわあ!」「ぎゃー!」
悲鳴が次々と上がる。
郭淮が叫んだ。
「許褚! 退け! 退けーーー!」
「おう!」
右翼の五艘を引き連れ、許褚は南東の角へと退散していく。
「引き際、見事」
括香が小さく呟いた。
「ふぎゃー!」
郭淮は燈柚の水竹筒を浴びて情けない声を上げる。
私はにんまり笑い、玄さんの前に立った。
「へへへ、どうですか。私たちは守り手も攻め手も、
誰一人離脱してませんぜ」
「だからなに」
意地悪い笑顔を作り、琴葉から水竹筒を受け取る。
「私たちと組みませんか?
この後の決勝は譲り――」
ビューッ!
玄さんの顔めがけて水を放つ。
「終わったーーー!!」
玄さんの絶叫が水面を揺らした。
その後、玄さん一族は黙って三本の旗を差し出した。
私は括香の顔を覗き込む。
「どうする? 残党狩りでも始める?」
「うふ、うふふふ」
皆が一斉に吹き出した。
「許褚の首なんていらないわよ」
昼にはまだ早い水面に、私たちの笑い声が溶けていった。
戦いの終わった水面を、鴨たちが羽音を残して飛び去っていった。
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