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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第132話 屋台対決④

第132話 屋台対決④


 ――ギュ、ギュイィィーーーン。


金属を擦るような音が会場に響き渡り、ざわめきが波のように広がった。

私も思わず調理の手を止め、中央の仮設舞台へ視線を向ける。


次の瞬間、幕が勢いよく落下し──


 ――ポン。


空砲とともに、銀色の花吹雪が一気に噴き上がった。


 ――カシャ。


虹色の光路が舞台を照らし、眩い光が会場を無造作に駆け巡る。

観客たちの顔を舐めるように照らし出し、空気が一変した。


「えっ……なに、なにが始まるの……?」


胸が高鳴る。

まるで知らない世界へ引き込まれるようだった。


光の中に浮かび上がったのは、

淡い色彩の衣装をまとった二人の少女。


(えっ……アフロディテ様に、イリス様……!?)


会場の視線が一斉に中央舞台へ吸い寄せられる。


ひとりは、桃色の華やかな舞姫衣(ぶきい)を纏った歌姫(かき)愛麗(あいれい)

膝上まで露わになった足、しなやかな白い腕が琴機(ことき)の鍵盤を軽やかに叩く。


早い調べが会場に広がり、

袖がふわりと揺れ、胸元の花飾りがきらりと光った。


(あの魅了する笑顔……間違いない、アフロディテ様だ!)


愛麗が視線と手を流すと、それに応えるように金属音が響く。


 ――ギュギュギュギュイーーーン。


もうひとりは、虹色の彩衣(さいい)を纏った歌姫・虹麗(こうれい)


肩から下げた戦絃(せんげん)が鋭い光を放ち、

音の余韻を楽しむように垂直に掲げてニヤリと笑う。


(うっそ……やっぱりイリス様!)


二人が同時に収音器へ口元を寄せる。


舞台後方からは協力音華隊(おんかたい)と夢咲舞踊団が姿を現した。


「みんなーっ! 準備はいいーっ!?」


愛麗の明るい声が響いた瞬間、虹麗が戦弦をかき鳴らす。


 ――しゅわっ……しゅわーん……!


(えっ、音が変わった……なに、なに、なによー!)


軽やかで弾けるような調べが会場を包み込み、

観客たちが一斉に歓声を上げた。


あっという間に舞台の周りへ人が押し寄せる。


「きゃあああああっ! 麗麗姉妹だーっ!」

「音華隊もいる! 夢咲舞踊団まで!?」

「なんでここで奏演!? 最高すぎるーっ!」


舞台の上では、愛麗と虹麗が完璧に声を重ね、歌声を紡いでいく。


「「夢に飛び込め──しゅわしゅわしゅー☆!」」


弾ける歌声と、舞踊団の華やかなステップが舞台いっぱいに広がった。


私はただ呆然と立ち尽くす。


「……え、ええええええええ!?

 なんで奏演が始まってるの!?」


琴葉と燈澄(デンチェン)は音楽に合わせて跳ね回り、

完全にノリノリだった。


屋台対決は、日没へ向けて。

華やかな突然奏演とともに、いよいよ後半戦へ突入しようとしていた。


もう、屋台の前にいる人はまばらだった。

奥の方を見ていると、荷車を引きながら屋台を一軒ずつ回る人影が見えた。


(ゴミを集めている人たちかしら……ひょっとして華蓮様?)


――あら、私ならここにいますわよ。


後ろを振り向くと、卓にカップを置き、紅茶を楽しむ華蓮がいた。


「えっ、華蓮様いつの間に戻ったの? えっ、えっ、えっ……」


いつの間にか黒衣に着替えた華蓮と、同じく黒衣の絵蓮が並んでいた。


「な、なんで絵蓮様までここにいるのですか」


「いやー、私だって休憩は欲しいでしょ。

 それに、ここに来れば美味しいものが食べられるって、

 華蓮に誘われたんだよね」


「そんなことより、アフロとイリスの演奏を聞いて差し上げないと、

 失礼ですわよ」


「おっ、そうだね。あの二人、いつの間に楽器を覚えたんだろ」


「あなたも信仰の力が欲しいなら、楽器くらい覚えた方が良いわよ」


絵蓮は小籠包を箸でつまみ、「そーだねー」と答えて口に入れた。


「熱っ! でも美味しー」


にこにこ顔の絵蓮だった。


舞台の方では一曲目の演奏が終わり、

愛麗アフロディテが語り始めた。


「みんな、驚いたー!私、琴機覚えたんですよー♡」


「プッ」


華蓮と絵蓮が同時に吹き出した。


「ど、どうしたんですか?」


私が聞くと、絵蓮が涙目になりながら答えた。


「いやいや、あの二人、天界ではあんな話し方しないから」


絵蓮が涙を人差し指で拭うと、華蓮がすかさず言う。


「あなたも信仰の力が欲しいなら、あのくらいやらないといけませんわ」


「華蓮様だって、舞台の上でもあまり変わらないじゃないですか」


「あら嫌ですわ。断絶神の私は信仰の力は必要なくてよ」


舞台では、愛麗が琴機を奏でながらソロで歌い始めていた。


(たしか……届かない乙女の想いを曲にしたって言っていたような)


ふと店先に目を移すと、紗良、曹英、亜亥、燈柚が胸に手を当て、

うっとりと聞き入っていた。


(えっ、何あの四人……)


そんなことを考えていると、音楽に混じって荷車の音が聞こえてきた。


「あら、ゴミ屋さんがここまで来たのかしら」


視線を向けると、そこには程普と諸葛瑾、

そして荷車を引く従者の姿があった。


絵蓮がニンマリ笑い、「待っていました」と声を掛けた。


匂いに釣られて、琴葉と燈澄(デンチェン)が荷車に駆け寄り、身を乗り出した。


「うわぁー、美味しそう!」


声を合わせて目を輝かせる二人に、程普が声をかける。


「本当に琴葉殿は食べ物には目がないですな」


琴葉はにこにこ顔で答えた。

「程普爺や謹叔父さんとこのお茶菓子、美味しいものね」


「今日も月餅や蜜菓子をたんと用意していますぞ」

諸葛瑾はそう言いながら、自分たちの屋台の菓子を卓に並べていく。


しかし琴葉は首を傾げた。

「うーん、今日はお菓子はいらないかな……それより他のがいいな」


程普が諸葛瑾を見て鼻を鳴らす。

「ほれみろ、だから菓子は絶対駄目じゃと言ったのだ」


諸葛瑾は苦笑しながら返す。

「それは私が程普殿に、再三申し上げた言葉ではないですか」


「はは、そうであったかのう……。

 権侯から突然、冬の市に出ろと言われたじゃろ。

 権侯も権侯だ……出し物に困っていたところ、

 たまたま女官たちが摘まんでいた色とりどりの菓子が目に入ったのじゃ」


諸葛瑾がやれやれと肩をすくめる。


「私は寒い季節、皮肚麺(ピードゥーミェン)が絶対に良いと言ったではないですか」


「がはは! 建業の秦淮(しんわい)八絶の軽食から菓子を取ったのじゃぞ。

 月餅、梅花餅、甘い餅菓子、どれもすぐに用意できて準備もいらぬ!」


二人は反省会をしながらも、手際よく卓に料理を並べていく。


「ふふふ、して、これじゃ……赤壁の涙」


三人で酒甕(さかがめ)を持ち上げ、地面に置く。


(どすん)


地面が揺れたような気がして、私は思わず声を上げた。


「ちょっ、いったい何を始めるのですか!」


程普は目を細め、にやりと笑う。


「見ての通り、宴席だよ。奏会をたしなみながら飲む酒は格別であろう。

 星愛殿に聞きたいこともあるしのう……商売の邪魔はせんよ」


(えー、十分に邪魔なんですけど)


「さあ、手が空いた者は宴じゃ、宴じゃ!」


舞台の歌に負けないほどの程普の声が響く。


その瞬間、私は一瞬だけ、程普に向けられた

愛麗の殺気を孕んだ視線を感じたのだった。


腰を曲げ、大きな声を張り上げる愛麗。

「さあ、次の曲いっくわよーー!!」


いえぇーー! いけいけー! キャー!


愛麗はくるりと一回転し、琴機の前に戻ると、鍵盤を優しく叩き始めた。

その横で虹麗の戦弦が小刻みに音を刻む。


舞台の周りでは、人だかりが一斉に手を上げ、踊り出していた。


その光景に圧倒されつつ、屋台の裏の宴席場を見ると、

顔を真っ赤にした程普と諸葛瑾が楽しそうに踊っている。


「はあ、この人たちって何しに来たのかしら……」


私が小籠包の蓋を開けながら呟くと、


「もう、そう怒んなさいな」


曹英がそう言って、私の口に田螺焼きをそっと入れてきた。


モグ、モグ……「あら、美味しいわね」


「でしょ」

曹英は嬉しそうに微笑む。


紗良が隣に来て、他の屋台を見回しながら言った。


「他の屋台は結構客足が途切れてるのに……ここは全然途切れないね」


私は視線を秦の四女神へ向ける。


そこには、黙々と具材をこねる斯音、笑顔で会計をする扶美と亜亥、

そしていつの間にか客席で接客をしている恬香の姿があった。


さらに、その四人を羨望の眼差しで見つめる女子たちの姿まである。


「四女神様様だね」


私が苦笑いを浮かべると、紗良と曹英も笑いながら頷いた。


奏会の曲調が緩やかで静かになっていく。

それに合わせるように、程普が私に声をかけてきた。


「のう、星愛殿。いま夢咲には小喬と子供たちがおるじゃろう……

儂は思うのだが、周瑜殿は洞庭湖で亡くなっておらぬのではないか?」


(きたー。さっきも同じこと聞いてきてたわよね)


私は平静を装って答えた。


「周瑜殿はお亡くなりになられたと聞いています。

孫権殿もそのように言っていたのでは?」


「じゃがのう……夢咲の水軍の動き、

どうも周瑜殿が率いていた水軍と同じ気がするのじゃ」


「気のせいだと思いますよ」


今度は諸葛瑾が白酒を口に含んだ後、静かに尋ねてきた。


「では、小喬とその子たちは、なぜ夢咲にいるのであろう」


「それは……小喬は貂蝉に師事して医術を学んでいますし、

子供たちも夢咲学術院に通うために洞庭湖へ移り住んだのですよ」


「そう。しかし、なぜ亡くなったと思われていた貂蝉がいるのですか」


その瞬間、華蓮が腕を組み、二人を細めた目で見つめた。


「あら、生きていてはいけませんの?

貂蝉は私の大切な聖女ですわよ。

あなた方から見れば神ですのよ……

亡くなってほしいと言うのなら、

あなた方を断絶してさし上げてもよろしくてよ?」


程普は只ならぬ殺気を感じたのか、慌てて手を振った。


「いや、酔っぱらいの戯言と思っていただければ……

しかしながら伏皇后も命を救われ、今や星蓮として夢咲におるし」


諸葛瑾も続ける。

「そうです。亮の手紙には、龐統が生きているやもと書かれていました」


華蓮はさらに目を細めた。

「あら、余程断絶してほしいみたいですわね?」


「まあまあ」


絵蓮が両手を広げて間に入り、軽やかに笑う。


「華蓮怒らせると怖いからねー。

この断絶神は魂を墨で黒くして、

『あら黒い魂みつけましてよ』って言いながら

断絶したこともあるんだから」


程普と諸葛瑾は顔を見合わせ、青ざめた。


絵蓮は二人の肩に手を回し、明るく言った。


「さあ、飲み直しましょう……

楽しみましょーー!!」


ちょうどその時、奏会も最後の曲へと移っていった。


最後の一曲が始まった瞬間、空気がふっと軽くなった。


愛麗の声は、夜の湖面に落ちる光の粒のように澄み渡り、

虹麗の戦弦が柔らかく寄り添う。


静かに、けれど確かに胸の奥を震わせる旋律。

まるで襄陽の空そのものが歌っているようだった。


観客たちは自然と息を呑み、手を止め、ただその光に包まれていた。

屋台の灯りが揺れ、灯花がほのかに瞬き、風がそっと頬を撫でる。


――この瞬間だけは、世界が優しくなる。


そんな錯覚すら覚えるほどの、透明な曲だった。


曲が終わると、鳴りやまない拍手が広がり、

中には涙を拭う者の姿もあった。


幕がゆっくり閉じていき、声援と拍手はいつまでも続いた。


……ただ、その余韻に浸っている場合ではなかった。


奏会が終わると同時に、夢咲の街は一気に慌ただしくなる。


屋台の片付け、会計、食器の回収、客の誘導。

あちこちで声が飛び交い、笑い声とため息が混ざり合う。


ふと顔を上げると、襄陽の西の山脈が赤く染まり始めていた。

夕陽が山脈に溶け、ゆっくりと影が伸び、東の空が静かに暗くなっていく。


(ああ……今日が終わるんだな)


忙しさの中にも、胸の奥にじんわりとした温かさが残っていた。


陽も沈み、灯花の灯りが中央広場を明るくし始めた頃、

絵蓮の元気な声が響き渡った。


「それでは――屋台対決、順位発表を行います!」


その声が合図のように、ざわめいていた人々が一斉に静まり返る。

屋台の灯りが揺れ、風が止まり、まるで世界が息を潜めたようだった。


名前が呼ばれるたびに歓声が上がり、涙ぐむ者、抱き合う者、跳びはねる者。

第六の試練が、一つの物語として幕を閉じていく。



そして――


「第一位は……!」


一拍の沈黙。


「――灯花庵の偉い人だー!!」


割れんばかりの歓声が夜空に響き渡った。

私たちは驚きと喜びで目を見開き、互いに抱き合った。


汗が目に沁み、胸の奥がじんわりと熱くなる。


結局、昼から日没まで客足が途切れなかった私たちが一位だった。


二位は、気温が下がり販売が落ちた羊肉串の劉備の平岱さん。

三位は田螺焼きの玄さん一族。

四位は、気温が下がって売り上げを伸ばした猪火鍋の黄河の猪親子。


ここまでが明日の準決勝進出を決めた。


五位は楼蘭料理の西域隊商。

六位は洛陽鴨の炙り焼きの洛陽の迷子隊。味は良かったが高級すぎた。

七位は団子を販売した静かなる事務の人。

最後は菓子を販売した長江のナマズだった。


こうして、第六の試練――屋台対決は幕を閉じた。


夜風が頬を撫で、遠くでは五華彩音(ごかさいおん)の音楽が響く。

観客の声援が、襄陽の夜空にこだましていた。


私はみんなの顔を見て、「行く?」と尋ねる。

すると、全員が一斉に首を横に振った。


私はにっこり微笑み、蒸気で湿った髪を撫でて安心する。


「さあ、帰ってお風呂にしましょ」


みんなが私に身体を寄せてきた。

汗と、小籠包やゴマ団子の香りが混ざり合い、どこか心地よかった。


忙しくて、楽しくて、少しだけ泣きそうで。

そんな一日が静かに終わっていく。


明日の準決勝と決勝が頭をよぎる。

私たちは身体を寄せ合いながら、

今日宿泊する華蓮の寺院へと歩みを進めた。


――明日は、どんな夢が咲くのだろう。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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