第131話 屋台対決③
竈は休むことを知らず、次々と小籠包が蒸しあがっていく。
立ちのぼる湯気は竹の香りを含み、皮の中に閉じ込められた旨味をそっと守っていた。
ゴマ団子は、蒸気とともに甘いごまの香りを広げ、まるで客を呼び寄せているようだった。
いつしか私の髪は、湯気でしっとりと湿っていた。
「もう具材が無くなりまーす!」
燈灯の声が容赦なく飛んでくる。
私は小籠包とゴマ団子を蒸し始めたタイミングを見計らい、
一気に食材の細切りに取りかかった。
黒ごまを鉄鍋で軽く炒ると、香ばしい香りがふわりと立ち上る。
私はすり鉢に移し、曹英を呼んだ。
「曹英! 黒ごまをすり潰しておいてくれる?」
「はーい、今行くわ!」
曹英は嬉しそうに私の横へ駆け寄ってくる。
「これ、華蓮様が昨日のうちに煮てくれた黒ごまよ」
匙でひとすくいすると、黒い粒がきらりと光った。
砂糖と少しの蜂蜜を加えて練り合わせると、
すり鉢の中に黒い艶がゆっくりと広がっていく。
弱火にかけて水分を飛ばすと、
とろりと落ちて形を保つ、ちょうど良い固さになった。
「うん……いい香り」
私がそう言うと、曹英も鼻をひくひくさせて香りを確かめる。
「ほんと、いい香りね」
そう言いながら、匙で少しすくって私の口元へ差し出した。
「味も、美味しい」
私が微笑むと、曹英は嬉しそうに残りを自分の口へ運んだ。
「ほんと、美味しいわね」
「そこの二人、何しているの!」
ゴマ団子を丸めながら、燈柚が怒鳴った。
「ごめんごめん」
私は苦笑しつつ、竈の火加減を調整する。
「もう許しません。今日は私が星愛お姉さまの隣で寝ます!」
燈柚が声を張り上げた瞬間、今度は紗良が怒った。
「何を言っているの。曹英に燈柚はもう……
しっかり仕事しなさい!」
「私は仕事をしています」
燈柚は手を止めず、淡々とゴマ団子を丸め続ける。
たまりかねた燈灯が大きな声を上げた。
「もう、みんなしっかりしなさい。
揉めてる暇なんかありませんでしょ!」
「うふふ……あなた達、お互い謝って仕事に専念する方が身のためよ」
華蓮の意味深な一言に、紗良が珍しく引いた。
「うん、内輪もめしている場合じゃないね。
曹英も燈柚も、お互い謝って頑張ろうよ」
「それもそうね。ごめんね、燈柚」
「いえ……私も少し苛ついていたのかもしれません。
ごめんなさい、曹英様」
二人が頭を下げると、燈灯がほっとした顔で声を上げた。
「さっ、頑張るわよ!」
「うん」「そうね、頑張りましょう」「そうだよ、頑張らなくちゃ」
燈柚、曹英、紗良が顔を見合わせ、にっこりと笑い合った。
昼を迎えると、ある屋台を除いて、どの屋台も忙しさの頂点を迎えていた。
私たちの屋台は、思わぬ理由で注目を集めていた。
「おいおい、女神様が直々に具材を練ってるぞ!」
「いやーん、斯音様すてきー!」
「恬香様の手って細くて綺麗……」
「ええ、見えるわ。肉と筍と茸から星の粒子が散っている……」
「ほんと!?」
「売り子には扶美様と亜亥様もいるのよ!紙幣を手渡ししてくれるんだって!」
「絶対並ぶ!」
――そう、女神目当ての客で大賑わいだった。
ふと牛車を見ると、そこに座っていたはずの華蓮の姿が見当たらない。
と思った瞬間、音響器から絵蓮の声が響き渡った。
中央舞台に目を向けると、赤い衣装の絵蓮と、
桃色の衣装に着替えた華蓮が並んで立っていた。
「みなさーん、お昼は美味しく食べているかなー?」
一斉に視線が舞台へと吸い寄せられる。
「キャー!華蓮さまー!」
「蓮蓮姉妹の揃い踏みだー!」
会場が一気に沸き立つ。
「これから私たちで、各屋台の出し物を試食していきまーす!
華蓮もいいでしょ?」
「まあ、仕方ないですわね。
公務で今日はずっと忙しいのですけど……少しだけ協力いたしますわ」
大きな拍手と歓声が巻き起こる。
(嘘でしょ……ずっと牛に乗って食べ歩いていたじゃない)
華蓮の視線がこちらに向けられた。
――あら、試食ですもの。食べるのも大切な仕事ですわよ?
薄く笑っているようで、どこか睨まれている気がしてならない。
再び絵蓮の声が響く。
「それでは、最下位の班から順に試食していきまーす!」
会場は歓声と拍手の渦に包まれた。
「第八位は──長江のナマズだー!」
絵蓮の声が響くと、屋台の品が蓮蓮姉妹の前へ運ばれてきた。
「あら、この月餅……あんの甘さも程よくて、中に入っている実も香ばしいわね。
果実の酸味も程よい刺激ですわ」
「でも、ちょっと重いと思わない?」
「そうね。屋台で食べるというよりは、家でゆっくり味わいたいかしら」
絵蓮が次の品を手に取る。
「ところでこの白酒……銘柄は“赤壁の涙”ね」
そう言って、絵蓮は白酒をそっと口に含んだ。
「透き通った涙って感じで、美味しいね。
これから日没にかけて寒くなる身体にはちょうどいいよ」
「あなた、仕事中なのですから、口に含むだけにしておきなさい」
「はーい」
そのやり取りに、会場のどこかしこから──
「プッ」
と、小さな笑いが漏れ、会場が少し和やかな空気に包まれた。
その少し離れた片隅では──
「第八位は──長江のナマズだー!」
その声が響いた瞬間、会場の片隅で二つの影が同時に肩を落とした。
「……やっぱり、月餅は祭り向きじゃなかったかのう」
程普が腕を組んだまま、深いため息をつく。
「いえ、味は悪くありませんでしたよ。華蓮様も褒めていましたし」
諸葛瑾は静かに言うが、その眉はわずかに下がっている。
「褒められても八位じゃ意味がないわい!
わしらの月餅、そんなに重かったか……?」
「……まあ、多少は。お茶が欲しくなる重さでしたね」
程普がガーンと固まる。
「お、おぬし……もっと早く言わんか!」
「三回ほど申し上げましたが、程普殿が聞いていなかっただけです」
周囲からクスクスと笑いが漏れる。
そのとき、絵蓮の「赤壁の涙」の感想が耳に入った。
「ほう……白酒は褒められたようじゃの」
程普の目がキラリと光る。
「ええ。そこは誇っていいところです」
諸葛瑾も珍しく口元を緩めた。
「よし! 月餅は売れんでも、酒は売れる!
夕方からは“赤壁の涙”一本で勝負じゃ!」
「……程普殿、それはそれで極端すぎますよ」
二人はそんなやり取りをしながら、
それでもどこか誇らしげに胸を張っていた。
敗退は敗退――
だが、呉の男たちはどこか爽やかだった。
「続いて──七位! 静かなる事務の人の団子だ!」
素朴な団子が運ばれてくる。
「形が綺麗に揃ってますわね」
「んっ、意外と美味しい!甘さ控えめで食べやすいよ」
「素材の味を大切にしている感じがしますわ」
「でもちょっと地味だね」
「ええ、賑やかさには押されますわね」
事務の人たちは無表情のまま、ほんの少し胸を張った。
「続いて──第六位! 洛陽の迷子隊、洛陽鴨の炙り焼きだー!」
香ばしい鴨肉が運ばれてくる。
「美味しい!皮が香ばしくて味噌とネギが合うね!」
「ええ、脂の旨味が豊かですわ」
「でも豪華すぎて一人じゃ食べきれないかも」
「お祭り向きではないかもしれませんわね」
「それに……迷子隊の皆さん、全員違う方向を向いてますわよ」
「ほんとだ……あれじゃ回転率悪いよね」
会場が笑いに包まれた。
「続いて──第五位! 黄河の猪親子、猪火鍋だー!」
絵蓮の声と同時に、ぐつぐつと煮立つ大鍋が舞台へ運ばれてきた。
蓋を開けた瞬間、濃厚な香りが一気に広がり、観客席から歓声が上がる。
「うわっ……すごい香り! これ絶対おいしいやつだよ」
絵蓮が思わず身を乗り出す。
「ええ。猪肉の旨味がしっかり出ていますわね」
華蓮が湯気を避けながら、そっと具材をすくい上げる。
「いただきまーす」
絵蓮が熱々の肉をふうふうしながら口に入れた。
「んっ……! やわらかい! 味が濃くて、体が一気に温まるよ!」
「確かに美味しいですわ。香辛料の使い方も上品で、後味がすっきりしています」
華蓮も満足げに頷く。
「ただ……」
絵蓮が鍋を覗き込みながら言う。
「これ、昼に食べるにはちょっと重いかも」
「そうですわね。夕方以降なら、もっと売れたでしょうけれど」
会場から「確かに〜」と笑いが起こる。
「それに、煮込むのに時間がかかりますわね」
華蓮が鍋の深さを見て言う。
「うん、回転率は悪そうだね。でも味は本当においしいよ!」
その頃、舞台の下では──
「おい郭淮! なんで五位なんだ! 味は一位だろうが!」
許褚が腕を組んで吠えていた。
「……昼に火鍋を食べる客は少ない。それだけの話だ」
郭淮は涼しい顔で答える。
「ぐぬぬ……! 夕方なら勝てたのに!」
「夕方は夕方で、また別の問題が出るだろう」
「なんだと!?」
「……あなたが毒味と称して食べすぎて鍋の中身が減る問題です」
周囲からどっと笑いが起き、許褚が真っ赤になる。
「な、なんだとぉ……!」
そんな二人のやり取りに、観客席から温かい拍手が起こった。
「味は間違いなく上位ですわね」
華蓮が微笑む。
「うん! 夕方の部で必ず伸びてくるよ、これは!」
絵蓮も元気よく頷いた。
第五位──
惜しいが、確かな実力を感じさせる順位だった。
「続いて──第四位! 西域隊商、楼蘭料理だー!」
香辛料の香りが風に乗って広がる。
「わあ……香りがすごい!」
「クミンに花椒……香りの層が深いですわ」
「辛いけどクセになる味だよ!」
「ええ、後を引きますわね」
「でも夕方は辛さがきついかも」
「香りが強い分、好みが分かれますわね」
隊商の長は腕を組んで頷いた。
「四位か。悪くない」
副隊長も頷く。
「夕方はもっと売れるはずだ」
第四位──
強烈な個性と確かな実力を持つ、堂々たる順位だった。
「続いて──第三位! 玄さん一族、田螺焼きだー!」
鉄板の上で油が弾ける音が響く。
「たこ焼きみたい!でも田螺の香りが混ざっててクセになる!」
「外はカリッ、中はとろり……旨味が閉じ込められていますわ」
「でも焼くのに時間かかるよね」
「回転率が惜しいところですわ」
舞台下では──
「よっしゃあああ!三位じゃあああ!」
玄さんが鉄板返しを振り上げる。
「お父ちゃんすごーい!」
「田螺焼き百個食べたー!」
「嘘つけ!」
姉、爺、婆、子どもたちが入り乱れ、会場は爆笑の渦に包まれた。
「……人気があるのも納得ですわね」
「うん!家族も味も賑やかで楽しいね!」
第三位──
玄さん一族の“愛され力”がそのまま順位に現れた結果だった。
「続いて──第二位! 灯花庵、小籠包とゴマ団子だー!」
絵蓮の声が響いた瞬間、会場がどよめきに包まれた。
蒸籠が運ばれてくると、竹の香りを含んだ湯気がふわりと立ちのぼる。
「わあ……いい香り! 皮がつやつやで、絶対おいしいやつだよ」
絵蓮が身を乗り出す。
華蓮は蒸籠の蓋をそっと開け、上品に一つ摘んだ。
「皮が薄くて美しいですわね。中のスープが透けて見えますわ」
「いただきまーす」
絵蓮が小籠包をレンゲに乗せ、ふうふうしてからぱくり。
「んっ……! スープがじゅわっと広がる! これ、すごく美味しいよ!」
「ええ。旨味がしっかりしていて、後味が軽やかですわね」
華蓮も満足げに頷く。
「それに、回転率がとても良いですわ。蒸し器が常に動いていますもの」
「うん! 次から次へと蒸しあがるから、お客さんが途切れないよね」
絵蓮がゴマ団子を手に取る。
「これも……香りがすごい!」
「黒ごま餡の練り方が丁寧ですわね。甘さも上品です」
絵蓮がぱくりと食べて、目を輝かせた。
「ん〜〜っ! これ、絶対人気出るよ! 温かいし、食べ歩きしやすいし!」
華蓮も微笑む。
「ええ。特に夕方以降は、温かい料理が恋しくなりますもの。
この小籠包とゴマ団子は、間違いなく売れ行きが伸びますわ」
会場から「確かに〜!」と声が上がる。
その頃、灯花庵の屋台では──
「に、二位……!?」
私は蒸籠を抱えたまま固まった。
「すごいすごいすごい! 二位だって!」
曹英が私の腕を掴んで跳ね回る。
「星愛お姉さま、やりましたわ!」
燈柚が珍しく満面の笑みを浮かべ、私に抱き着いてきた。
紗良も手を止め私に抱き着く。
「……努力が報われたんだね」と呟いた。
「み、みんな……く、苦しいんだけど」
私は頬を染めながら困った顔で訴えた。
その横では燈灯が私たちの肩を叩き喜ぶ。
「みんなーっ! 二位よ! 二位なのよーっ!」
売り子の亜亥が、私に抱き着く三人を恨めしそうに接客しながら睨んでいた。
そんな亜亥を隣の扶美が抱きしめてきた。
「亜亥ちゃん、やったよー!おねえちゃん嬉しい〜!」と声を上げた。
「お、お姉ちゃん、く、苦しい」
抱き着いていた紗良、曹英、燈柚からやっと解放され、
私は胸に手を当て、深く息を吸い込む。
「……みんなのおかげだよ。本当に、ありがとう」
その言葉に、売り場と調理場のみんなは一斉に私を見て微笑んだ。
そんな中、琴葉と燈澄の悲鳴に近い声が届く。
「お姉ちゃんたち、注文が溜まっちゃうよーっ!」
「お客さんを待たせちゃダメー!喜ぶのは日没迎えてからにしてーっ!」
会場は笑いと拍手に包まれた。
第二位──
灯花庵の努力と人気が、そのまま形になった順位だった。
「いよいよ──第一位の発表です!」
絵蓮の声に、会場が一瞬静まり返る。
「第一位は──劉備の平岱さん! 羊肉串だーっ!」
その瞬間、会場が爆発したように沸き立った。
舞台へ運ばれてきた皿からは、
炭火で焼かれた羊肉の香りが立ちのぼり、
赤いしし唐と香辛料の粒がきらりと光っている。
「わあ……これはもう、香りだけで勝ってるね!」
絵蓮が思わず深呼吸する。
華蓮は串を一本取り、焼き目を確かめながら言った。
「香辛料の使い方が見事ですわね。
赤いしし唐の辛味が、羊肉の旨味を引き立てていますわ」
「いただきまーす!」
絵蓮が豪快にかぶりつく。
「んっ……! 外はカリッ、中はじゅわっとしてて……
これ、絶対お祭りで一番売れる味だよ!」
「ええ。香りが強くて、遠くからでも客を呼び寄せますわね。
それに、串焼きは回転率がとても良いですもの」
華蓮も満足げに頷く。
「昼からずっと売れてたし、夕方になっても勢いが落ちないよね」
「温かい料理は日没にかけて伸びますもの。
この羊肉串は、まさに“王道”ですわ」
会場から「そうだー!」「一位おめでとう!」と歓声が飛ぶ。
その頃、舞台の下では──
「や、やったああああああああっ!!」
馬岱が両手を突き上げて跳びはねていた。
「見たか平坊! 俺たちの羊肉串が一位だぞ!」
「見てるよ……耳が痛いほど叫んでるからね!」
関平は呆れたように言いながらも、口元は緩んでいる。
「いやあ、でも嬉しいよな! 平坊!」
「平坊って言うな! でも……まあ、嬉しいけど」
馬岱は関平の肩をがしっと掴む。
「よし! 今夜は祝勝会だ! 羊肉串食べ放題だ!」
「お前が食べる分、在庫が減るんだよ……!」
二人のやり取りに、周囲からどっと笑いが起きた。
舞台上では、絵蓮が締めの言葉を述べる。
「第一位──劉備の平岱さん!
祭りの王道、羊肉串が堂々の勝利です!」
華蓮も微笑む。
「香り、味、回転率……どれも申し分ありませんわ。
おめでとうございます」
会場は拍手と歓声に包まれた。
第一位──
羊肉串は、まさに“祭りの王者”として頂点に立った。
こうして、第三の試練──屋台対決の昼の部の順位発表はすべて終わり、
観客たちの腹も心も満たされたころだった。
そのとき、中央の仮設舞台の幕の奥から──
――ギュ、ギュイィィーーーン。
聞き慣れない金属音が響き渡り、会場がざわめく。
視線が一斉に舞台へ吸い寄せられた。
「えっ、なになに……いったい何が始まるの」
私も思わず調理の手を止め、舞台へ目を向ける。
次の瞬間、幕が勢いよく下ろされ、
眩しい光の中に複数の影が立ち上がった。
ざわめきが波のように広がる。
屋台対決は、日没へ向けて──
いよいよ中盤、後半戦へと突入していく。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
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