第130話 屋台対決②
商業区の中央広場は、まだ入場制限中のため入場券を持つ観客だけが入っていたが、 運河の向こうからは、次第に大きな人々のざわめきが風に乗って届いてきた。
私たちの屋台では、小籠包とゴマ団子の仕込みで大忙しだった。 幸い、華蓮に夜明け前から言われていたおかげで、具材だけはすでに準備してある。
私は火を起こして湯を沸かし、冷ましたお茶と蜂蜜柑酸水の仕込みに取りかかった。 飲み物は手が空いた者が作れるようにしたかったので、 小籠包とゴマ団子の皮作りをしている燈灯と燈柚以外を集める。
「みんな、手が空いたときに飲み物を作ってほしいの」
そう言うと、琴葉がニコニコしながら「任せて!」と胸を張った。 私は頷き、説明を続ける。
「この大きな瓶三つに蜂蜜柑酸水を作り置きするわ。 まず、酸柑(檸檬)を十個、こうして輪切りにするの」
サク、サク、サク──。
「見ていないで、紗良も手伝ってくれるかしら」
「うん、私にできるかなあ……」
そう言いながら紗良は包丁を手に取り、レモンを切り始めた。
サク、サク、サク──。
(えっ……早い。私より手際がいいかも)
「いやー、包丁がよく入るから、あっという間に終わったね」
紗良がニコニコしながら私を見る。
「ありがとう」
私はそう言って、切った檸檬を瓶に入れ、落とし蓋をのせた。
「あとは、こうして重石を置いて半時待つの」
隣の瓶から落とし蓋を取り出し、瓶に水を満たしていく。 檸檬はそのまま瓶の中だ。
「それから、この勺で蜂蜜を量って入れて、よくかき混ぜれば出来上がり」
亜衣が微笑みながら言う。
「これなら簡単にできますね」
私は頷き、次の瓶を指さした。
「こっちは冷やし茶用の瓶。 この勺五杯の茶葉を入れて、お湯を注ぐだけだから大丈夫よね」
皆がにっこり笑って頷いた。
「うん、みんな大丈夫そうね。 水物は稼ぎ頭だから、手が空いたときに補充をお願いね」
「まかせてー!」
琴葉と燈澄が元気よく返事をする。
そして皆、再び自分の持ち場へ散っていった。
私は次に燈灯と燈柚に声を掛けた。
燈灯と燈柚は、すでに粉の山の前に座り込んでいた。 二人の指先は白く染まり、まるで雪の中で遊ぶ子どものようだが、 その手つきは驚くほど慣れている。
「まずは小籠包の皮ね。強粉と薄粉を半々……そう、そのくらい」
私が声をかけると、燈灯が嬉しそうに頷き、熱湯を少しずつ回しかけた。 湯気がふわりと立ち上り、粉の香りが鼻をくすぐる。
「熱いから気をつけてね。最初は箸で混ぜて……」
しゃっ、しゃっ、と箸が粉を切り裂く音が響く。
「そしたら手でまとめていくの。耳たぶより少し硬いくらいがちょうどいいわ」
燈柚が両手で生地を押し込み、丸くまとめていく。 その動きは柔らかく、まるで生地と会話しているようだった。
「星愛姉ちゃん、こんな感じ?」
「うん、上手よ。じゃあ布をかけて少し休ませて」
生地を寝かせている間に、今度はゴマ団子の皮づくりに取りかかる。
「白玉粉は水を少しずつね。入れすぎると戻せないから」
燈灯が慎重に水を垂らし、燈柚が手のひらでこねる。 もちもちとした音が、竈の火のはぜる音と混ざり合う。
「耳たぶくらいの柔らかさ……あ、これ気持ちいい」
燈柚が笑い、私もつられて笑ってしまう。
「じゃあ小さく丸めて、中に餡を入れて閉じていくわよ」
二人は器用に餡を包み、ころころと丸い団子を作っていく。 その手際の良さに、私は思わず感心した。
「最後に表面を少し湿らせて、白ごまをまぶすの」
ぱらぱらと白ごまが落ち、団子の表面に美しい模様が浮かぶ。
「わあ……可愛い」
燈灯が目を輝かせ、燈柚も満足そうに頷いた。
「よし、小籠包の生地もそろそろいい頃ね。棒状にして切っていくわよ」
生地を細長く伸ばし、均等に切り分ける。 一つひとつを掌で丸め、麺棒で円形に伸ばす。
「縁を薄く、中心を少し厚めに……そう、それが小籠包の皮よ」
二人は真剣な表情で麺棒を動かし、次々と美しい皮を作り上げていく。
(本当に……頼もしいわね)
「うん、いいわね。 二人は皮を成形して、具を詰めて、詰め終わったらこのお皿に載せてね」
「わかったわ」にっこり笑い、燈灯が小籠包作りに取り掛かる。
「あっ、こっちは豚と筍とキノコの具材の小籠包で、 こっちは白身魚と青菜とネギの小籠包を置いてね」
「うん、大丈夫」
燈灯は真剣な顔で小籠包を作りながら返事をした。
燈柚もゴマ団子作りに集中していた。
「ねえ、星愛お姉ちゃんが一番大変そうだから、 手が空いたらすぐに手伝うからね」
ゴマ団子作りの手を止めて、燈柚が優しい顔で微笑んだ。 私が「ありがとう」と言うと、顔を赤らめて、再びゴマ団子作りを始めた。
皮づくりが進む横で、私は具材の仕込みに取りかかった。
まずは豚と筍ときのこの餡だ。
「豚肉は細かく叩いて……そう、これくらいの粗さでいいわ」
包丁を入れるたびに、肉の弾むような音がまな板に響く。 刻んだ筍の香りがふわりと立ち、きのこを加えると一気に深い香りに変わった。
「筍は歯ごたえが命だから、あまり細かくしすぎないようにね」
私は三つの具材を大きな鉢に入れ、塩と酒、少しの醤油を加えて練り合わせる。 手のひらに伝わる冷たさが、次第にしっとりとした粘りに変わっていく。
(よし、これで豚の旨味がしっかり出るはず)
次に、青菜と白身魚の餡。
「こっちは軽い口当たりにしたいのよね」
茹でて水気を絞った青菜を細かく刻み、白身魚の身をほぐして加える。 魚の繊維がほろりと崩れ、青菜の緑が鮮やかに混ざり合う。
「ネギは香りが飛ばないように、最後に混ぜるの」
刻んだネギを加えると、鉢の中に爽やかな香りが広がった。 塩と少しの生姜を加えて練り合わせると、ふわりとした軽い餡が出来上がる。
(これなら子どもでも食べやすいわね)
そして最後に、黒ごまあん。
「これは昨日のうちに華蓮様が煮てくれた黒ごまよ」
香ばしい黒ごまをすり鉢で丁寧にすり潰し、砂糖と少しの蜂蜜を加えて練り上げる。 火にかけて水分を飛ばすと、艶のある黒い餡がゆっくりとまとまっていく。
「うん……いい香り」
匙ですくうと、とろりと落ちて形を保つ。 団子に包むにはちょうどいい固さだ。
三つの具材を並べて見比べると、どれも灯花庵らしい優しい香りが漂っていた。
(よし、これで準備は整ったわ)
私は深く息を吸い込み、蒸し器の方へと向かった。
具材を包み終えた小籠包とゴマ団子を、私は一つひとつ丁寧に蒸籠へ並べていった。
「星愛姉ちゃん、これで全部だよ!」
燈灯が誇らしげに皮を伸ばした手を見せ、燈柚も胸を張る。 二人の手で作られた皮はどれも均一で、まるで職人の仕事のようだった。
「ありがとう。じゃあ、蒸すわよ」
私は竈の上に置いた大鍋の湯気を確かめ、蒸籠をそっと重ねた。 湯がぐらりと揺れ、蒸籠の底を優しく叩く。
──しゅううう……。
蒸気が立ち上り、竹の香りがふわりと広がった。
「まずは小籠包から。強火で一気に蒸し上げるの」
蓋を閉じると、蒸籠の中で小籠包がわずかに揺れた気がした。 生地が蒸気を吸い、少しずつ透明感を帯びていく。
(中の煮こごりが溶けて、今ごろスープになっているはず……)
胸が高鳴る。
次に、別の蒸籠にゴマ団子を並べる。 白ごまをまとった団子は、蒸気に触れるとほんのり艶を帯びた。
「ゴマ団子は中火ね。焦らず、じっくり蒸すのよ」
蒸籠を重ねると、甘い黒ごまの香りがふわりと立ち上がり、 竈の周りにいた皆が思わず振り返った。
「いい匂い……」
燈澄が目を輝かせ、琴葉が鼻をひくひくさせる。
蒸籠の中では、小籠包がぷっくりと膨らみ、 表面にうっすらと肉汁の影が浮かび始めていた。
(もうすぐ……)
私は蓋の上に手をかざし、蒸気の強さを確かめる。 竹の蓋がわずかに震え、蒸気が勢いよく漏れ出した。
「よし、頃合いね」
蓋を開けた瞬間──
ぱあっ、と白い蒸気が立ち昇り、 小籠包の丸い姿がふわりと現れた。
皮はつやつやと光り、中心には肉汁が透けて見える。 蒸したての香りが鼻をくすぐり、思わず息を呑んだ。
「わあ……!」
燈灯と燈柚が同時に声を上げる。
続いてゴマ団子の蓋を開けると、 黒ごまあんがほのかに香り、白ごまの粒が蒸気で輝いていた。
「これなら……勝てるわね」
私は小さく呟き、蒸籠をそっと持ち上げた。 屋台の前には、すでに人々のざわめきが押し寄せている。
灯花庵の屋台が、いよいよ本気を見せる時だった。
蒸し上がった小籠包とゴマ団子を並べ終えた頃には、 屋台の前には黒山の人だかりができていた。 ざわめきが波のように押し寄せ、熱気が肌にまとわりつく。
(……すごい。もうこんなに)
ふと視線を反対側へ向けると、そちらにも大きな人だかりがあった。 風に揺れる巨大な旗が目に入る。
『元祖・玄さんの田螺焼き』
その文字の下で、両手を腰に当てて仁王立ちする玄さんと目が合った。
にやり、と口角を上げる玄さん。 こちらも負けじと視線を返す。
──静かな火花が散った。
(来たわね、玄さん……)
気を取り直し、私は灯花庵の仲間たち十二人を見渡した。
「みんな、行くわよ」
右手を差し出すと、次々に手が重なっていく。 燈灯、燈柚、琴葉、燈澄、 紗良、碧衣、扶美、亜亥、斯音、恬香、そして曹英。
華蓮はというと、牛の背に座りながら小籠包を一足先に口へ運んでいた。 「熱っ……!」
思わず吹き出しそうになるが、ここは堪えた。
十二の手が重なった瞬間──
「さあさあ皆さん! お待ちかね、屋台対決の開幕でーす!」
絵蓮のよく通る声が広場に響き渡った。
「これよりカウントダウンに入りますよー! 灯花庵のみんな、準備はいいねー!」
観客が一斉に沸き立つ。
「しー!(十)」 「じぅ!(九)」 「ばー!(八)」
声が重なり、地面が震えるような熱気が広がる。
「さん!(三)」 「あーる!(二)」 「いー!(一)」
「──りんっ!(零)!」
その瞬間、私たち十二人の手が一斉に高く掲げられた。
「灯花庵、いくわよーーっ!」
掛け声とともに、円陣が弾けるように解ける。
燈灯と燈柚は蒸籠へ、琴葉と燈澄は客引きへ、 扶美と亜亥は会計へ、紗良・恬香・斯音は補充へ、 曹英は全体の指揮へ。
華蓮はというと、お茶をすすりながら牛車の上から全体を見渡していた。
そして私は──竈の前へ走り出した。
屋台対決が、ついに幕を開けた。
「さあ、入場制限を解除しましたー!」
絵蓮の声とともに、観客の黒い波が一気に流れ込む。 あっという間にどの屋台も人の波に飲み込まれた。
「さーて、始まりました!
ここで、上位八班の屋台を紹介しまーす!」
「うぉー!」「待ってましたー!」
中央広場は、さらに大きな歓声に包まれた。
絵蓮の声が響き渡り、観客が一斉にざわめく。
「まずは第一位!
星愛率いる夢咲の五華、秦の四女神、そして灯花庵の三姉妹──
“灯花庵の偉い人”だー!
屋台料理は、口の中で熱々の汁が広がる小籠包!
ゴマの風味と甘みが癖になるゴマ団子だー!」
「私、秦の女神様の推しになりましたー!」
思わぬ歓声に、秦の四女神たちが微笑んだ。
「続いて第二位!
許褚と郭淮が率いる、豪快さなら右に出る者なし──
“黄河の猪親子”!」
「うぉおおおっ!」
巨大な鉄鍋では猪の火鍋がぐつぐつと煮立ち、
許褚が腕を組み、郭淮が涼しい顔で火加減を見ていた。
「第三位!
馬岱と関平がタッグを組んだ爽やか青年コンビ!
その名も──“劉備の平岱さん”!」
「かわいいー!」「がんばれー!」
黄色い声が飛び、馬岱が照れ笑いし、関平が真面目に手を振る。
屋台には、唐辛子をまぶした羊肉串が香ばしく焼かれていた。
「第四位!
隣の襄陽城から参戦、静かなる実務の鬼!
“静かなる事務の人”!」
観客が「誰!?」とざわつく中、
無表情の書記官たちが淡々と団子を並べていた。
「第五位!
遥々ここまで来た異国の風!
楼蘭の──“西域隊商”!」
「おおお……!」
香辛料の濃厚な香りが風に乗り、観客が思わず鼻をくすぐられる。
羊肉の炙りと、それを包む青葉が鮮やかに並んでいた。
「第六位!
程普と諸葛瑾が率いる、長江の恵みを丸ごと味わえ!
“長江のナマズ”!」
「ナマズ!?」「絶対うまいやつ!」
程普が豪快に笑い、諸葛瑾が優雅に手を振る。
屋台には、綺麗に焼かれた月餅と色とりどりの菓子が並んでいた。
「第七位!
因縁の相手──“玄さん一族”!」
「きたああああ!」
玄さんが仁王立ちで腕を組み、背後で一族が炎のように揺れていた。
「待ってました、元祖・田螺焼き!」
大きな声援が飛ぶ。
「そして第八位!
洛陽から来た、今日も迷子の騒がしい集団!
“洛陽の迷子隊”!」
「わあああああっ!」
なぜか全員が違う方向を向いており、観客が笑いに包まれる。
焚火の上には鴨肉が吊るされ、くるくると回りながら香ばしく炙られていた。
曹英が私の耳元で囁く。
「あれ、洛陽鴨の炙り焼きよ。
長く切ったネギと味噌を、甘辛い鴨の皮で巻いて食べるの。
ねっ、一緒に食べに行こうよ」
「えっ……敵の料理を食べに行くの?」
亜衣も嬉しそうに言う。
「絶対美味しいです。無くなる前に交代で行きましょうよ」
「仕方ないなあ……そんなに美味しいなら、行ってみましょうか」
「きゃー! やったー!」
曹英と亜亥が手を合わせて喜び合った。
絵蓮は大きく息を吸い込み、最後に叫ぶ。
「以上、上位八班!
さあ、どの屋台が勝つのか──
陽が落ちるまでの売り上げ勝負です!
皆さん、しっかり見届けてくださいねーっ!」
「おーー!」
観客の声が一斉に上がり、広場は熱気に包まれた。 昼時と重なり、私たちの屋台は一気に忙しさの頂点を迎えた。
「紗良ー! 手伝ってー!」 「釣銭がないよー!」 「あっ、お客さーん! お勘定置いていってー!」
商売に慣れていないせいか、あちこちから声が飛び交う。 それでも、誰かが困ればすぐに誰かが駆けつけ、 互いを信じて支え合う――そんな、慌ただしくも温かい時間だった。
(……みんな、本当に頼もしいわ)
ふと視線を向けると、 そんな私たちを微笑ましそうに眺めながら、 華蓮が洛陽鴨を上品に頬張っていた。
……美味しそうに食べてるわね、華蓮様」
思わず苦笑しながら、私は再び竈へと向かった。
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