第128話 屋台対決①
小春日和の穏やかな昼前、私たちは中央広場へ向かって歩いていた。
「星愛、全然連絡しても返事ないし、星紡ぎの呼吸もしていなかったのでしょ」
曹英が少し責めるような口調で言う。
「ごめんね。お母さんの顔を見たら、つい……。
本当に久しぶりで、昔のことを思い出していたの」
「親子水入らずですもの。邪魔する方が野暮ですわよ」
華蓮が珍しく私を庇うように微笑んだ。
「まあ、勝てたから良かったけれど……」
曹英が肩をすくめる。
「そういえば、斯音はアストレイアを見つけたんでしょ? しかも屋根の上にいたって」
驚いて尋ねると、曹英は頷いた。
「ええ。斯音は考え事をするとき、よく屋根に登るのよ。
同じ“秩序”を司る神同士、通じ合うものがあったみたい」
「それって“通じた”じゃなくて、密かに答えを教えたってことじゃない?」
「声が大きい」
曹英が人差し指を口に当てて制した。
「でも、アストレイア様って正義の女神なんでしょ?」
「それは人の子の都合ですわ。
アストレイアは最後まで地上に留まり、正義を訴え続けたわよ。
それでも人は殺戮をやめなかった。
それに比べれば、答えを教えるくらい、神にとっては小さなことですわよ」
華蓮の言葉に、胸の奥がふっとざわめいた。
私は曹英の方へ向き直る。
「ところで、みんなは?」
「もう中央広場に集まっているわよ。
星愛がいないって、大騒ぎだったんだから」
そんな話をしているうちに、前方から民衆のざわめきが一段と大きくなってきた。
そして、絵蓮のよく通る声が響いた。
「はーい、みなさん! 第四の試練『灯花庵を追跡せよ』──」
少し間があき、
「違うだろー!」
「八柱の女神を探せだ!」
「そうだそうだ!」
わははは、と笑い声が広場いっぱいに広がる。
盛り上がる中央広場。その熱気に、なぜだか私は少し恥ずかしくなり、頬が温かくなった。
「そうだったねー。一時は誰も女神を見つけないで終わるかと思いました!」
「ははははー!」「そうだ、そうだ!」
「でもー、灯花庵の偉い人たちのおかげで、なんとか勝敗が決まりました!」
と・う・か! と・う・か! と・う・か!
わあーーっ!
「なに、この掛け声……」
思わず呟くと、曹英がジト目で私を覗き込んだ。
「星愛が薬屋でお茶とお菓子を楽しんでいる間、ずっとこの声援が会場を沸かせてたのよ。
ほんと、恥ずかしかったんだから」
(ああ……曹英が不機嫌だった理由はこれね)
「ごめんね、曹英。もっと早く薬屋を出て戻ればよかった」
「はあ……もういいわよ。星愛も楽しかったんでしょ」
「うん」
私が素直に頷くと、曹英はそっと私の手を取り、皆が待つ場所へと歩き出した。
「わあ、来た来た!」
私に気付いた琴葉が嬉しそうに手を振る。
燈澄が駆け寄ってきて、勢いよく抱きついてきた。
「ねえ、星愛姉ちゃん! 私たち一番だよ、一番!」
本当に嬉しそうに笑う。
斯音がこちらを向き、静かに親指を立てた。
(えっ、嘘でしょ……斯音ってそんなタイプじゃないのに)
――四百年も地上界にいれば性格も変わりますわよ。
それに、女神になったばかりだから最初は色が無いの……
あなた達の色に染まってきているのかしら。
(それは……きっと良いことよね)
――さあ、神のみぞ知るってことかしら。
(華蓮様は神ではないのですか)
――その突っ込みは聞こえないかしら。
華蓮を見ると、すまし顔で牛の背に座り、腕と足を組んでいた。
「さて、結果発表だよ!」
絵蓮の声が中央広場に響き渡る。
「一位は──“灯花庵の偉い人”だー!」
拍手と声援が一気に湧き上がる。
「なんと、二位以下を大きく引き離す、八柱すべての女神を発見したー!」
再び割れんばかりの拍手と歓声。
「いやー、なんだか恥ずかしいですねー」
さすがの琴葉も、この熱狂ぶりにはたじたじのようだった。
他の者たちも、どこか顔が引きつっている。
「さて、残り七つの席! 勝ち残ったのは──!」
絵蓮は会場を盛り上げながら、次々と班を紹介していった。
二位:許褚と郭淮が率いる “黄河の猪親子”
三位:馬岱と関平が率いる “劉備の平岱さん”
四位:隣の襄陽城 “静かなる事務の人”
五位:遥々ここまで来た楼蘭の “西域隊商”
六位:程普と諸葛瑾が率いる “長江のナマズ”
七位:因縁の相手 “玄さん一族”
八位:洛陽から来た騒がしい集団 “洛陽の迷子隊”
以上の八班が、準々決勝へと駒を進めた。
再び絵蓮の声が中央広場に響き渡る。
「みんな、なんで第五の試練が昼前に終わったか、わっかるかな〜!」
「ヤッタイ! ソレ! ヤッタイ! ソレ!」
手拍子を交えた屋台の大歓声がどっと上がる。
「えっ……なに、この大歓声……?」
私は思わず皆に尋ねたが、全員が一斉に首を横に振った。
華蓮は牛の背で足を組み、楽しそうにこちらを見て微笑んでいる。
(華蓮様、何か知っているのですか?)
――あら、絵蓮がこれから説明するわよ。
私はあなた達が途方に暮れる顔を楽しみにしているの……うふふ。
私は絵蓮へ視線を移した。
「みんな、わかっているねー!
第六の試練は──みんな大好き、屋台対決だーー!」
「待ってましたー!」「食い倒れマース!」「やったー!」
観客の声が一斉に上がり、会場は大盛り上がりだ。
「いえいえ、何……屋台対決って……?」
私は呆然とし、他の皆も同じように口を開けて固まっていた。
「うふふふ、面白いわねぇ」
華蓮がニヤニヤしながら私たちを観察している。
「さてさて、必ず行われる屋台対決がこれから始まりまーす!
出場者は、食材の準備は万全ですかー!」
「おうっ!」
参加者たちが一斉に賛同の声を上げた。
「えっ……えっ……食材って何……?」
絵蓮の説明は容赦なく続く。
「では、一位のチームから広場に設営された屋台を選んで、
仕込みに入ってくださーい!
一番いい場所を選んでね!」
私たちは何も返事ができなかった。
「そして、八位まで屋台を選び終えたら、敗退した班も参加してくださーい!
せっかく用意して持ってきた食材は、ここで消化してくださーい!」
さらに絵蓮は続ける。
「準々決勝進出の班、売り上げ上位四班が明日の準決勝進出でーす!」
私たちが何の準備もしていないことなどお構いなし。
大盛り上がりの中央広場で、否応なしに屋台対決が始まった。
「始まっちゃったよー」
琴葉が他人事のように言うのを聞いて、私は気を引き締めた。
「まずは場所選びよ……」
曹英が頷き、北西にある屋台を指さす。
「あそこしかないわ。大通り沿いは良さそうに見えるけど、
人の流れが邪魔になるもの」
恬香が相槌を打つ。
「それに、船着き場も避けたいし、奏会のコロシアム側も混むわ。
となると……曹英の言うあの屋台ね」
皆が頷いたのを確認し、私は声を掛けた。
「行きましょう」
私たちは静かに北西の屋台へ向かった。
華蓮の乗る牛が、荷車を引きながらゆっくりと後に続く。
「あっ、あった! 私たちの食材!」
思わず声を上げると、燈灯がにこやかに頷き、私と目を合わせた。
「小籠包とゴマ団子!」
私と燈灯は同時に声を上げ、思わず笑い合った。
そして華蓮の方へ向き直る。
「華蓮様、ありがとうございます。
このことがあったから、食材まで用意して、
私と燈灯が来るのを暗いうちから待っていてくださったんですね」
そう言うと、華蓮は荷車の方を見たまま答えた。
「あら、嫌ですわ。何か勘違いしているようですね……
私はただ、昼餉に小籠包とゴマ団子を食べたかっただけですのよ」
振り向かずに言う華蓮の背中を見て、私は思った。
(きっと、華蓮様らしからぬ顔をしているのよね)
――あら星愛、何か言ったかしら。
(い、いえ、何でもありません)
私たちが動き出すと、他の班も屋台を選び、それぞれの持ち場へ散っていった。
屋台に着くと、まずは担当決めから始めた。
「この中で料理できる人は……」
秦の四女神は揃って目を逸らす。
琴葉は妙な手の動きをしながら「任せて!」と声を張り上げ、
曹英は「な、な、なんでも……ござれよ……」と慌てふためく。
紗良と碧衣は堂々と「料理は無理!」と言い放った。
(はいはい、そうですよね)
――あなたたち、本当に大丈夫?
(華蓮様がお手伝いしてくれるのですか)
――そうしたいのは山々ですけど……規則違反になりますわよ。
(逃げましたね)
――どうとでも言いなさい。
華蓮はニヤニヤしながら私の顔を見つめていた。
「私と燈灯、燈柚が料理を担当します」
「任せて!」
二人は自信満々の表情を見せた。
「琴葉と燈澄は、忙しそうにちょこまか動いて注文取りをお願いね。
それだけで十分可愛いから、客引きになるわよ」
「えへへへ、そうですよねぇ」
琴葉はもじもじしながら照れ笑いを浮かべ、
「お姉ちゃん、しっかりしてよ」
と、燈澄が袖を引っ張った。
(燈澄がいれば、大丈夫そうね)
私は二人に頷き、今度は扶美と亜亥に声を掛けた。
「扶美と亜亥は会計と接客をお願い。
看板娘として、愛想をたっぷり振りまいてね」
「ふふ」
二人は微笑みながら頷いた。
「紗良と碧衣、斯音は食材や部材集めをお願いできるかしら」
三人は安心したように頷いた。
最後に曹英へ視線を向ける。
「曹英は総指揮をお願い。
人の動き、材料、部材、売り上げまで管理してくれるかしら」
曹英の顔がぱっと明るくなる。
「大丈夫。私に任せてください」
そう言って微笑んだ。
私が右手を差し出すと、皆が次々と手を重ねてきた。
「さあ、始めるわよ!」
「おう!」
掛け声とともに、皆がそれぞれの持ち場へ散っていった。
斯音たちが食材と部材を集めに走り出すと、屋台の周囲は一気に慌ただしくなった。
「まずは竈ね……」
私は荷車の端に積まれていた煉瓦を一つひとつ手に取り、地面に並べ始めた。
華蓮が牛の背からこちらを見下ろし、口元に手を当てて微笑む。
「星愛、自分で積むのね。頼もしいわ」
「ええ。火加減は料理の命ですから」
煉瓦を積み上げ、空気の通り道を作り、底に薪を組む。
手のひらに土の感触が残り、自信からか胸の奥が少し熱くなる。
(よし、これで火は安定するはず)
次に、燈灯と燈柚が鍋や杓子を抱えて戻ってきた。
「星愛姉ちゃん、鍋あったよ!」
「杓子も、蒸し布も!」
二人は息を弾ませながら、嬉しそうに調理器具を並べていく。
「ありがとう。これで小籠包が蒸せるわ」
私は竹ざるを手に取り、竈の上に置いて高さを調整した。
蒸籠の代わりにするには十分だ。
「席はどうする?」
扶美が問いかけると、亜亥が木の板を抱えてきた。
「ここに並べれば、風も通るし、お客さんが座りやすいわ」
二人は手際よく板を並べ、布を敷き、簡易の食卓を作り上げていく。
琴葉と燈澄はその周りをちょこまか走り回り、客の導線を確認していた。
「お姉ちゃん、ここ通れる?」
「うん、いい感じ!」
その様子を見て、私は自然と笑みがこぼれた。
(この子たち、本当に頼もしいわね)
やがて、斯音たちが袋いっぱいの食材を抱えて戻ってきた。
「豚肉、玉ねぎ、調味料、全部そろったわ」
「皮の材料も確保した」
三人とも誇らしげな表情だ。
「ありがとう。これで準備は万端ね」
私は竈の前に立ち、深く息を吸い込んだ。
「さあ、灯花庵の屋台を始めましょう」
その声に、皆が一斉に頷いた。
屋台の周囲には、すでに人々のざわめきが広がり始めている。
火をつける音、鍋が触れ合う音、遠くから聞こえる他の班の掛け声。
そのすべてが、これから始まる戦いの合図のように思えた。
「よし……行くわよ、みんな」
私は火打ち石を手に取り、竈へと火を落とした。
ぱち、と小さな火花が散り、薪が赤く灯る。
屋台対決の幕が静かに上がった。
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