第128話 八柱の女神を探せ 後編:灯花庵を追跡せよ!
「み、みず……みずをくれんか……」
私は白けた目で玄さんを見つめ、静かに給水所を指さした。
「も、持ってきて下せ――」
曹英が横に来て、冷めた声で言う。
「そんなの、自分で行きなさいよ」
そう言うと、曹英は私の耳元に唇を寄せ、小声で囁いた。
「面倒なことになりそうね……
あの六人、第一走班の『劉備の平岱さん』の馬岱たちよ」
「そうね。女神発見の知らせもないし、誰もまだ見つけていないみたいね」
私が答えると、曹英は給水所の玄さんたちを見て不安げに眉を寄せた。
「私、嫌な予感しかしないのだけど……馬岱まで戻ってきている。
しかもニコニコ手まで振っているわよ」
私は馬岱たちを見ながら静かに頷いた。
「私たちを追いかけるつもりね」
灯花庵の面々に、不安の色が走る。
「星愛さん、これから出走ですよね」
馬岱が声を掛けてきた。
「あら、最初に出走した馬岱さんたちじゃありませんか。
関平さんはどうしたんですか?」
私が尋ねると、馬岱は頭を掻きながら苦笑した。
「関平たちは女神を捜索中でして。
玲玲が足が痛いと言うので、取りあえずここで休もうということになったんですよ」
「あら。でも玄さんたちの後ろを走って追ってきたように見えましたが……
あれは空目だったのかしら」
「その様ですね」
(なに、この人狸かしら……間違いなく走って来ていたわよね)
――うふふ、ほんと飽きないわね……もう答えは出てるじゃない
(やっぱり、私たちを追跡しておこぼれを貰うつもりね)
――これから、まだまだ厄介な輩が出てくるわよ。可笑しいわねー
私は皆に目で合図を送り、玄さんと馬岱から少し離れた場所に集まった。
カタ、カタ、カタ――
牛に乗った華蓮も荷車を引きながらやって来て、私たちの後ろで聞き耳を立てている。
私はそんな華蓮を一瞥し、頭を寄せて作戦会議を始めた。
「どうする? 誰か良い案あるかしら?」
そう言った瞬間、音響器から絵蓮の大音量が響き渡った。
キィーーン……トントントン……
「あっ、あっ、あ、皆さん聞こえますかーー!」
一斉に視線が音響器へ向く。
「今回の女神を探せは難しかったみたいですねー!
未だに一柱の女神も見つかっていませーーん!」
私たちは顔を見合わせ、キョトンとした表情になる。
ぽつりと曹英が呟いた。
「絵蓮様は、また余計なこと言いそうですね……」
「大ヒントです! 今回は神話にまつわる場所に女神は潜伏していません。
私生活にまつわる場所に潜伏しています!」
私は固唾を飲んで次の言葉を待った。
「皆さん、女神の私生活なんて分かりませんよねー?
でも安心してください!
今回は女神の家族の人たちが出場しています!」
碧衣が叫ぶ。
「言っちゃダメ――!」
しかし絵蓮の声は止まらない。
「第三走班の『灯花庵の偉い人』だー!
彼女たちはまだ北東の起点で出走待ちだよー!
彼女たちを追えば必ず女神に会えまーす!
まだ間に合うよー! 『灯花庵の偉い人』の下に皆急げー!」
玄さんと馬岱がこちらを見てニヤリと笑った。
牛に横乗りしている華蓮は腹を抱えて笑う。
「あらあら、いやよねー。絵蓮ったら、可笑しくて涙が出てきますわ」
こうして私たち『灯花庵の偉い人』は、皆から追われることになった。
「どうするのよ。誰か良い案あるかしら?」
「逃げるのよ」「逃げるの」「逃げ切れる?」
碧衣、曹英、亜亥は口々に逃走案を推す。
琴葉がニヤニヤしながら言った。
「何もしなーい。そしたら女神は見つからずおしまいでしょ?」
「ねぇ、ねぇ、おねーちゃんたちどうするの?
みんなニヤニヤこちらを見ているよ」
燈澄が心配そうに覗き込むので、私は頭を撫でた。
「大丈夫よ、食べられたりしないから」
恬香が諭すように言う。
「いずれにしろ私たちが多く見つけることになるから、負けはないわ」
私は少し考えて頷いた。
「負けは無いけど、引き分けの可能性はあるわよね……
勝てる試練なのに、あまりにも理不尽だと思わない?」
皆が静まり返り、深く考え込む。
その時、斯音がもっと近づくように合図した。
頭が触れ合うほど寄り集まると、斯音が小さな声で話し出す。
「私、アストレイアのいる場所はもう見当がついています。
そこは、誰も気付かないと思う場所です」
皆の視線が斯音に集まり、扶美が真剣な眼で言う。
「さすが法と秩序の番人ね。
正義と秩序の象徴の女神が考えることが分かるのね」
斯音は静かに頷き、続けた。
「はい。ここは私からの提案です。
私たち第三走班の出発は間近ですし、まだまだ人が集まってくる気配があります」
私は周囲を見回す。
無数の小さな人影がこちらへ近づいてくるのが見えた。
「皆さん、囮になってそれぞれの女神へ導いてください。
全員が私たちと同じ数の女神を見つけるわけにはいきません。
そして最後に私がアストレイアを見つけ……私たちの完全勝利です」
恬香がニヤリと笑う。
「そうね。私たちの後を付けても、最初に走り出した班は時間切れ。
第三走班が動く頃には、別行動の私たち全員は追いきれないわ」
私はゆっくり頷いた。
「適度に女神を見つけて注目を集め、
その間に斯音は誰にも見つからずアストレイアのもとへ……
いいわね、この作戦で行きましょう」
私が真ん中に手を差し出す。
続いて紗良が手を重ね、皆が次々と手を重ねていく。
最後に愛の手が一番上に重なった。
私は皆を見回し、静かに言った。
「存分に暴れましょう」
十二本の重なった手が花のように開いた。
私は第二走班の砂時計に視線を移した。
「あと少しで私たちの出走ね」
皆が静かに頷く。
私たち十二人はまとまって給水所へ向かい、水筒を受け取った。
玄さんや馬岱、さらに新たに加わった他の班の者たちが、じっと私たちを目で追っている。
私たちはおしゃべりをしながら給水所の裏手へ回り込んだ。
静かに腰をかがめ、給水所の卓の下へ潜り込む斯音。
驚いた給水所の女官が私を見る。
私は首を左右に一度振った。
女官は何かを察したのか、片目を閉じてニヤリと笑った。
(あらあら、この女官、相当腹黒いわね)
――そんなことありませんわよ。
うふふ、人の子は強くて、楽しそうなものに巻かれたくなるものよ
(華蓮様、突然人の心を読まないでください)
――さてさて、十二人が十一人になったことに誰か気付くかしら。
見ものよね。
私は少し離れた位置で、牛の上で足を組み頬杖をつき、
こちらをニヤニヤ見ている華蓮に視線を送った。
――もう始まりますわよ。
星愛はゆっくり牛が歩いて付いていけるように配慮して、芳美探しに行きなさい。
(華蓮様は私についてくるつもりですか?)
――あら、いけないかしら。だってあなたは真ん中に座る人……
情報は必然的にあなたに集まるのですもの。
十一人になった私たちはゆっくり第三走班の起点に立った。
無数の視線が私たちの動向を追っているのを感じる。
「良かった、誰も斯音がいないことに気付いていないみたい」
皆が静かに頷き、出立の合図を待つ。
「さてさて、八柱の女神を探せが、灯花庵の偉い人を追えになった第五の試練……」
(まだそんなこと言うの……絵蓮様は意地悪過ぎる)
――あら、メソポタミアの頃と比べたら可愛いものですわよ
「さあ、はじめー!」
ピッ、ピーー!
音響器から鳴り響く笛の音が、空気を切り裂くように広がった。
私たちはゆっくりと前へ歩み始めた。
私たちは分かれ道まで来て、お互いの顔を見合い、頷いた。
「さあ、いっけーー!」
私の声を合図に、十一人が一斉に散り走り出す。
「きゃはは、こっちだよー! こっち、こっち!」
笑いながら走り回る琴葉。その後ろを、お目付け役の燈灯がニコニコしながら追いかける。
二人は給水所の前を円を描くように走り回っていた。
その後を、数人の参加者たちが必死に追う。
「あー、お腹空いたね!」
「はい、空きました」
そんな会話をしながら走る琴葉と燈灯。
追っていた者たちは顔を見合わせ、焦ったように碧衣や紗良の方へ走り去っていった。
北東の起点に残されたのは、私と琴葉、燈灯の三人だけ。
その様子を察したのか、給水所の下に潜んでいた斯音が静かに姿を現し、
私たちに頷いてから近くの建物へと消えていった。
「さて、みんないなくなったし、甘いもの食べたいな」
琴葉は新しい紙幣を握りしめ、ゆっくり甘味処へ入っていく。
華蓮がニヤリと笑った。
「お母さん、やっぱりここにいたー」
「あら、琴葉ちゃんに見つかっちゃったー」
「うーん、ギュッーとして」
中から聞こえる声に、私はそっと甘味処を覗いた。
町娘姿の美優が、琴葉を優しく抱きしめていた。
外から覗く私たちに気付いた美優が微笑む。
「やっぱり、芸事のあとは甘いものが一番なのよね」
その言葉の直後、音響器から絵蓮の声が響く。
「おっとー! 早くも琴葉が美優を発見したみたいだー!」
「あら、もう知らせちゃうのね。ここにいると他の人も押し寄せてきそうだから、
私たちは行くね」
そう言うと、美優が慌てて呼び止めた。
「あっ、ちょっと待ってね」
奥からゴマ団子の包みを持ってきて、私に手渡す。
「お腹すいたでしょ。これ持っていきなさい」
その瞬間、子供の頃の記憶がよみがえる。
琴葉の家に遊びに行った帰りに、美優がいつも渡してくれたゴマ団子。
「芳美と一緒に食べなさい」
あの優しい声が蘇る。
私は「ありがとう」と言い、包みを抱えて芳美のいる場所へ向かうことにした。
ゴマ団子を一つ華蓮に手渡し、もう一つを口に入れる。
まぶされた白ゴマの香ばしさと、中の黒ゴマあんがふわりと広がった。
「美味しい」
私と華蓮が微笑み合う。
そのひと時の幸せを破るように、ものすごい勢いで迫ってくる影――
巨大な猪……ではなく、許褚率いる『黄河の猪親子』と、
襄陽城の『静かなる事務の人』たちだった。
「みつけたぞー!!」「うぉーー!」「いたぞー!」
大声が響き渡る。
「嫌ですわね。まるで私たち罪人みたいですわよ」
華蓮が呟き、許褚が私の目の前で立ち止まった。
「おう、これはこれは、星愛殿ではありませんか」
(何を白々しく言っているの、この人は……)
「ごきげんよう、許褚さん。
そんなに息を切らして、何かの修練ですか?
それに、そちらにいる方たちは、襄陽城の事務官の皆さんですね」
私は静かに全員を見回した。
(確か、黄河の猪親子は第三走班、静かなる事務の人は第一走班だったわね)
「これから星愛殿は、どちらに向かわれるのですか」
許褚が探るような目で私を見る。
(ほんと白々しいわね……でも華蓮と牛、荷車……逃げられないわ)
私は気持ちを決めて、一言。
「ついてきなさい」
黄河の猪親子と静かなる事務の人たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「後は任せたぞ!」
許褚が大声で笑い、それぞれの班は体力のなさそうな女子を一人ずつ残して走り去っていった。
「せわしないお方たちですこと」
袖で口元を隠し、ニヤニヤ笑う華蓮。
私は残された女子たちに声を掛けた。
「あなたたちはどうするの?」
女子たちは顔を見合わせ、揃って頷く。
「芳美様のもとへ、お供します」
(お供なんていらないわよ……私一人で行けるわよ)
――ホントおかしな人たちですこと。うふっ
華蓮は両手を胸に当て、珍しいものを見るような目で
私と二人の女子を見つめていた。
ガタ、ガタ、ガタ――
牛が引く荷車の音が、ゆっくりと商業区の街並みに溶け込んでいく。
私は落ち着いた歩調で、芳美のもとへ向かった。
落ち着かないのは、第一走班の『静かなる事務の人』の女子。
試練の制限時間が迫っているのだろう。
「あの……星愛様、芳美様のところまでは、まだ遠いのですか」
痺れを切らしたように尋ねてくる。
私は答えず、薬屋の前で立ち止まり、戸を開けた。
「ただいま、お母さん」
「あら、星愛ちゃん。思ったより早く来たわね」
そこには、十七歳の姿に若返った芳美がいた。
「お母さん可愛いね。でも、姿は十七でも昔と同じだね」
私たちが話していると、外の音響器が空気を震わせた。
「今度は星愛だ! 星愛が芳美を見つけたー!」
(うわっ……せっかくのお母さんとの時間を壊す気かしら)
「さあさあ、あなた達もお入りなさい。私たち、少しゆっくりしたいのですよ」
華蓮が外で立っている二人の背中を押し、薬屋へ押し込む。
その後、左右を見て戸を閉めた。
「あら、そちらの方たちは?」
芳美が不思議そうに尋ねる。
「あっ、この人たちは途中で会った、自称お供です」
私がすました顔で言うと、華蓮が吹き出した。
「点数も稼げたし、あなた達はそちらの角に座っていなさい」
華蓮が視線を送った縁台に、二人の女子は安堵の表情で腰を下ろした。
私は履き物を脱いで上がり、芳美の横に座布団を敷いて座る。
華蓮は芳美を挟んで反対側に座った。
目の前には長火鉢。
赤く鼓動する炭に手をかざすと、じんわりと温もりが広がる。
「懐かしいね。こうやって子供の頃、お母さんの横に座って手を温めていたわね」
芳美はにっこり笑い、私を抱き寄せた。
「そうよね。小さい子も、こんなに大きくなって……
でも、いつまでたっても私の子供よ」
「お母さんは、私と同じ年齢になっているけど……香は変わらないね」
「あら、そう。懐かしいわね。
私が目薬を作っている横で、頬杖をついて飽きもせずに見ていたあなたを思い出すわよ」
「えっ、そうだっけ……だって、水に光が宿るとき、とても不思議だったんだもの」
「あっ、そうだ。ゴマ団子を美優様から貰ってきたんだ」
私は長火鉢の網にゴマ団子を並べ、ゆっくり温めた。
真ん中の鉄瓶から立ち上る湯気と、焼けたゴマの香りが部屋を満たしていく。
芳美が手を叩くと、女官が茶器を乗せた竹製の茶台を二脚運んできた。
芳美は茶器挟みで一椀ずつ丁寧にお湯にくぐらせ、温めてから茶台に並べていく。
温まったゴマ団子は女官が小皿に取り分け、縁台の二人へと運んだ。
「懐かしいわね。ここからは私の仕事ね」
私はにこにこと笑いながら鉄瓶を手に取る。
芳美は静かに微笑み、華蓮は腕を組んで私の所作を見守っていた。
縁台の女官は、私の動きを真似しているようだった。
竹製の茶台に並ぶ茶器に、丁寧にお湯をかけて温める。
「おかあさん、今日の茶葉は何かしら」
私が尋ねると、芳美は柔らかく微笑んだ。
「今日はね、星愛の好きだった白牡丹よ。ほら、香りを嗅いでごらん」
茶葉の筒を開けると、ふわりと白牡丹の香りが広がった。
「ほんと、白牡丹ね」
私はふわりと広がる白牡丹の茶葉を茶則ですくい、急須へ静かに落とす。
芽先には白い産毛が残り、牡丹の花びらのように柔らかく揺れた。
少し高めの位置からお湯を注ぐと、白牡丹の香りが一気に立ち上る。
最初の一煎目は茶碗を温めるために使い、二煎目をそっと注ぐ。
外の光に白い湯気が揺れた。
茶碗を口元に運び、香りを楽しんでから一口含む。
白牡丹の甘みが口いっぱいに広がった。
「あー、幸せ」
私と芳美、華蓮は目を合わせて微笑む。
続いて、白ゴマの香りに誘われて竹製の菓子切りでゴマ団子を割る。
白い皮が破れ、中から黒光りする黒ゴマあんがとろりと流れ出た。
「美優のゴマ団子は美味しかったわよね。味、変わってないかしら」
芳美がゆっくり口に運ぶ。
白ゴマの香ばしさと黒ゴマあんの深い甘みが混ざり合う。
「美味しい」
三人の口から、同時にその言葉がこぼれた。
どんどん、ドン――。
薬屋の戸を叩く音が、静かな空気を乱した。
女官が慌てて戸を開けると、腰に手を当てた曹英が立っていた。
「もう第五の試練、終わったわよ!
最後はアストレイアを屋根の上で斯音が見つけて、
私たち八柱の女神、全員発見の完全勝利!」
その言葉に、私は思わず瞬きをした。
どうやら薬屋の中だけ、外とは違う
ゆっくりとした時間が流れていたようだった。
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