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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第126話 襄陽闘陣・群雄乱戦


朝と言うにはまだ早い、薄暗い部屋で目が覚めた。

私のお腹の上には、曹英の手がそっと乗っている。

起こさないように指先をそっと外し、彼女の胸の上へ戻してから半身を起こした。


その気配に気づいたのか、燈灯(でんでん)もむくりと上体を起こす。


「う、うーん……」

隣で寝ていた琴葉が寝返りを打ち、布団がかすかに揺れた。


でんでんと目が合い、二人でニヤリと笑って頷き合う。

周りを起こさないように、そっと絹の肩掛けを羽織り、静かに部屋の外へ出た。


「ひやっ……」


廊下の冷たさに思わず声が漏れる。


「お待たせ」

白い息を手に吹きかけながら、でんでんが後から出てきた。


黒光りする廊下は、灯花の明かりをうっすらと映している。

顔を見合わせ、音を立てないようにそろりと歩き出した。


ミシッ。


小さな軋みに、二人で顔を見合わせて苦笑する。

目指すは炊事場だ。


ミシッ……ミシッ……ミシッ……パタ、パタ、パタ。


静かに歩くのを諦め、急ぎ足で廊下を進む。


炊事場の戸をそっと開けた瞬間、でんでんが「キャッ」と小さく声を上げた。

その視線の先を追うと――


赤い目を光らせ、足を組み、腕を組んだ華蓮が、

薄闇の中でニヤリと笑って座っていた。


「あら、思ったより遅かったわね」


私たちは顔を見合わせて驚いた。


「華蓮様、ひょっとして私たちを待っていたのですか」


赤く光る瞳を見つめながら尋ねると、華蓮はまたニヤリと笑った。


「あら、いけないかしら……でも、あなた達って本当に私の思った通りに動くのね」


私は一歩近づき、軽く首を傾げる。


「もし私たちが来なかったら、どうするつもりだったのですか」


今度は私がニヤリと笑う番だった。

しかし華蓮は怯むどころか、目を細めて私を射抜くように見つめた。


「私の言葉にもしは無くてよ。私の行動はすべて必然。さあ、早く蒸し饅頭を作りなさいな」


今度は燈灯(でんでん)が目を丸くした。


「えっ、どうして私たちが蒸し饅頭を作るって分かったんですか」


華蓮はでんでんに視線を移し、首を小さく傾げる。


「さあ、どうしてかしらね……ところであなた達、蒸し饅頭にここにある具材を入れてみなさいな」


華蓮の後ろへ視線を向けると、

あんこ、肉の煮込み、野菜ときのこと肉の炒め物――


色とりどりの具材が大皿に盛られ、テーブルいっぱいに並んでいた。


「えっ、華蓮様……私、塩で味つける簡単な饅頭を考えていたんですけど……」


燈灯(でんでん)が驚いたように見つめると、華蓮はふわりと微笑んだ。


「きっと役に立つわよ。今日の朝食分も作って、皆で試食してみるのも良いかもしれませんわ」


燈灯が私を見上げ、判断を求めてくる。


「まあ、朝から楽しい時間が過ごせそうだし、作ってみようか」


「はいっ」

ぱっと笑顔になったでんでんは、小麦粉や塩などの材料を集め始めた。


華蓮はテーブル席に腰掛け、頬杖をつきながら足を前後に揺らし、

楽しそうに私たちの動きを眺めている。


私が竈の火を起こしていると、手を後ろに組んだ華蓮が近づいてきた。

上から覗き込むようにして、声をかけてくる。


「ねえ、あなたたちが来た時に食べた田螺焼きを覚えている?」


燈灯の目がぱっと輝いた。


「はい、覚えています。あのほくほくした生地に、出汁のきいた田螺の切り身。

コリコリした食感と、口の中で広がる旨味……忘れられません」


華蓮は満足そうに目を細め、ニヤリと笑う。


「ところで、小籠包も、口に入れて潰した瞬間に広がる出汁が魅力でしょう?

あれ、田螺焼きと似ていると思わない?」


「はい。この季節は特に、あの熱さが病みつきになります。

ほくほくで、白い息が出るほど熱いのに……つい食べちゃいます」


「でしょう? ねえ、饅頭より小籠包を作ってくれないかしら。

生地より皮の方が早く作れるし、甘味にゴマ団子を添えて、

蒙頂茶のお茶で香りを楽しむ……素敵だと思わない?」


「華蓮様、蒙頂茶をお持ちなんですか。

ぜひ朝食と、試練中の間食はそれにしましょう」


話がまとまり、二人の視線が私に注がれる。


「うん、美味しそうだし、そうしましょう。

その代わり、火を起こす竈用の煉瓦も忘れないでね」


その瞬間――

華蓮の瞳が、赤くきらりと輝いたのを私は見逃さなかった。


そして、私たちはこのあと、小籠包とゴマ団子を作り上げた。

皆でアツアツの小籠包を頬張り、最後にゴマ団子と蒙頂茶で心を満たす。

その余韻を抱えたまま、第四の試練が行われる区画へ向かうことにした。


そのとき華蓮が言った。

「第六の試練を終えたあと、皆に小籠包を振る舞うのも悪くないものよ」


そう言われ、牛が引く荷車に私たちの荷物と、追加の食材をたっぷり積み込み、

私たちは試練会場へと向かった。


会場に着くと、すでに熱気が渦巻いていた。

二日目の観客は昨日よりさらに多く、ざわめきが空気を震わせている。


華蓮が私たちに声をかけた。

「さあ、出番ですわよ。私はここに座って見物させてもらいますわ」


荷車に腰を下ろし、足を組んでニッコリ笑う。

「次の試練は、ちょっと痛みを伴うかもしれないわね」


軽く手を振り、私たちを送り出す華蓮。


私は手を前に出し、皆が円を描くように手を重ねていく。

最後に亜亥の手が重なったのを確認し、声を上げた。


「まだ先は長いけど、気を抜かずに行くわよ」


「おう!」


十二人の手が一斉に開き、私たちは参加者の群れへと歩み出した。


東の空が、紫から赤へとゆっくり色を変え始めていた。


「キャー! エレンさまー!」「えれーーん!!」


絵蓮が舞台に立った瞬間、会場は歓声の渦に包まれた。

今日の絵蓮の衣装は、赤を基調に桃色の飾りをあしらった膝上丈の漢服だ。


ふと華蓮が気になり、荷車の方へ視線を向ける。

黒の足首まで隠れる漢服に、黒紗帽(こくしゃぼう)で顔を覆った華蓮が、静かにこちらを見ていた。


(あれでは誰も華蓮とは気づかないわね……完全に鬼女の姿)

――あなた、何か言いたいの?

(いえ……普段桃色の漢服を着ているのは、身を隠すためなのですか)

――そうね。襄陽の府民は皆、華蓮と言えば桃色だと思っているもの

(それに深紅の血のりを塗れば、本当に鬼女ですね)

――そうそう。今度の試練は血のりを付け合う試練でしたわね。

   しっかり絵蓮の話を聞きなさい


華蓮に促され、私はハッとして絵蓮へ視線を戻した。


「さあ、今回の試練は武器を使って戦ってもらうわよ!」


「おーっ、儂の出番だな!」

許褚の大声が会場に響く。


「負けませんぞ!」

目の前の関平が胸を張る。


「お二方、よく聞いてください。使うのはこの武器です」


絵蓮が武器を手に取り、勢いよく振り下ろした。


フニャ――。


情けない音とともに、武器は簡単に曲がって折れた。


「見ての通り、すぐに折れる武器です」


恬香(しずか)がニヤリと笑う。

「これでは力の強さは関係ありませんね」


「そうね。男も女も子供も関係ないわ」

私は頷いた。


試験会場は、折れやすい武器を見た参加者たちのざわめきで満ち始めた。

絵蓮が手を上げ、声を張る。


「でも、何本折れても大丈夫です! 武器は試練会場にたくさん散りばめられています!」


「そんなの、三本まとめて持てば簡単には折れませんぜ!」


玄さんの声が届いたのか、絵蓮がニヤリと笑った。


「武器を二本以上持った時点で失格です」


「じゃあ、試練が終わるまで隠れていればいいですねー!」


琴葉の叫びに、絵蓮は唇に指を当てて左右に振る。


「試練会場は縄で囲まれていて、徐々に範囲が狭まります。

縄の外に出たら失格。

そして武器には赤い墨汁が塗られていて、衣服に付いた時点でも失格です」


会場が一瞬で静まり返った。


「あれー、難しかったかしら……簡単に言うと、

赤い墨汁が付いたら失格!

武器を二本以上持ったら失格!

但し、弓は武器とはしません。

この場合、番える矢が武器になります。

縄の外に出たら失格!」


「おー!」「わかったどー!」


一気に盛り上がる会場を見て、絵蓮が笛を吹いた。


ピッ――!!


「さあ、みんな散りなさーい! 流星の空砲が鳴ったら、武器を持って戦の始まりよ!」


「うわーー!」


叫びながら走る者、静かに駆ける者。

それぞれが距離を取りながら、思い思いの方向へ散っていった。


「待って! あまり奥に行くのは得策ではないわ」


恬香の声が私たちを止めた。


クケー、コココ……クケー、クケー。


「昨日のこと忘れたの? ここは広東三黄鶏(かんとんさんこうけい)の巣窟よ。

それに、外側に行きすぎると縄が狭まってきて……

背水の陣なんて言っていられなくなるわ」


恬香の言葉に、紗良が頷く。


「中心がどこかは分からないけど、この区画の中心に近い方が良いね。

罠を張って待つのはどうだろう?」


恬香がニヤリと笑う。


「武器が確保できる範囲の外側に、草を結んで足が引っかかるようにしましょう。

空砲が鳴ったら、できるだけ武器を集めるの」


紗良が「うんうん」と頷く。


「そして、私たち十二人はおとりになって、足を引っかけて転ぶのを待つ」


私も頷き、「そこを打つのね」と言った。


琴葉が手を挙げる。


「ねえねえ、広東三黄鶏の巣がたくさんある場所から、少し離れたところに陣張らない?」


「おー、いい案だね」

紗良がにこりと笑う。


私たちは一斉に草を結び、小さな穴を掘り、

琴葉と燈澄(デンチェン)が枝と枯れ葉で丁寧に穴を隠していった。


罠を張り終えた私たちは、その中心に集まり、流星の空砲を待つ。

今日も空は青く、小さな雲がゆっくりと流れていた。


ドォーン!


流星の空砲が鳴り響く。


私たちは一斉に動き、武器を一つずつ拾って中心に集めた。


紗良が嬉しそうに声を上げる。

「あら、弓があるね」


そう言いながら矢を拾い、弦を引く。


キューン――。

しなる弓が心地よい音を立てた。


碧衣も弓を取り、矢を番える。


広東三黄鶏の巣を背にした私たちの陣に、緊張が走った。


クケー、クケー、キキキキ――。


「きゃー!」「うわっー!」「巣から離れろー!」


「碧衣! 背中は任せたわよ!」

「任せて、紗良!」


紗良の弓が広東三黄鶏の巣の方向へ向く。

続けて燈澄(デンチェン)に声を飛ばす。


「燈澄、私か碧衣が矢を放ったら、すぐに次の矢を渡して!」

「はい!」


緊張した燈澄の声が、陣の空気を引き締めた。


やがて木立の向こうから、若い男と女がこちらへ駆けてくる。


「キャー!」


頭に広東三黄鶏を乗せた女が、結んだ草に足を取られ、そのまま転倒。

手にしていた剣が自分の衣服に触れた。


「あー、自爆したー!」


琴葉の声が響いた瞬間、相手もこちらに気付く。


「このまま突っ込んで、鳥どもをなすりつけろー!」


主将らしき男が叫んだ直後、紗良の矢が放たれた。

矢は一直線に飛び、男の胸元へ吸い込まれる。


紗良が放つと同時に、燈澄は新しい矢を手渡していた。

次々と放たれる矢が、迫る敵を正確に捉えていく。

罠にかかって転倒する者も続出した。


すかさず琴葉が投げた短剣が、倒れた相手に命中する。


あっけなく、相手は全員失格となった。

鶏の卵を踏んだのだろうか、広東三黄鶏たちが執拗に相手を突き回していた。


私たちは静かに陣形を崩さず、次なる敵が現れるのを待った。


しばらくすると、遠くから声が響いてきた。


「よいか! 儂が剣を投げたら次の剣を渡せ!

他の者は陣形を崩さず守るのだ!」


曹英が剣を構えたまま、私に身を寄せて囁く。

「許褚の声ね。多分、私たちと同じ陣形を組んでいるのね」


私は苦笑した。

「でも、弓じゃなくて剣を投げるって……許褚さんらしいわね」


「ウォーー!」「もうしまいかーー!」


雄叫びと同時に、班の全滅を知らせる空砲が鳴り響く。


曹英が呟く。

「許褚たち、勝負がついたみたいね」


そのとき、私はあることに気付いた。

目の前の敗れた相手が、立ち上がってこちらにお辞儀をしていたのだ。


「さすが、星愛様たちの班は格が違いますね」


相手の大将がそう言った瞬間――


(違う。まだ私たちの勝負は終わっていない……空砲が鳴っていない)


刹那、水平に走る剣が私へ向かって伸びてきた。


咄嗟に剣を構える私――

その横を短剣が鋭く飛び抜ける。

さらに、その短剣より早く、袈裟切りの一撃が振り下ろされた。


短剣は見事に相手へ吸い込まれ、

袈裟斬りの一撃が相手の鎖骨から下に向かって振り下ろされた。


ドーーン!


空砲が鳴り響いた。


短剣が飛んできた方向を見ると琴葉が構えを解き、

袈裟斬りを放った亜亥が鋭い眼で相手を睨んでいた。


「あなた、私の星愛に何をするつもりだったの……

百万年早いわ」


「す、すみません……せめて一矢報いようと思っただけです」


「まあ、亜亥、その辺にしてあげなさい。

最後まで戦うのは悪いことじゃないわ」


私がそう言うと、亜亥はにっこり笑って頷いた。

「そうですね。つい本気になりました」


こうして、私たちの班も間違いなく一班を全滅させたことになる。


やがて空砲が三度鳴り、

空高く青色の煙玉が打ち上げられた。


試練終了の合図だ。


私たちは再び、試練会場の舞台の前へ戻ってきた。


周囲を見渡すと、許褚と郭淮の曹操班、程普と諸葛瑾の孫権班、

関平と馬岱の劉備班、謎の襄陽城班、そして玄さん一族班が残っていた。


絵蓮が舞台に立つと、黄色い声援と拍手が渦のように巻き起こる。


「みなさーん、お疲れさまでした!

今回の試練は、軍師を抱えた班が圧倒的に有利でした!」


ざわつく会場に、絵蓮が手を上げる。

一瞬で静寂が広がった。


「勝ち残った班のほとんどが、試練区域の中央に陣取っていました。

逆に、敗れた班はいずれも外側に陣を張っていたんです」


私は恬香に身体を寄せて囁く。

「私たちも恬香がいなかったら、大変なことになっていたかもね」


恬香は静かに微笑み、首を振った。

「私がいなくとも、紗良もいます……勝利は約束されていたのかもしれませんね」


私と恬香は顔を見合わせ、そっと頷いた。


「さて、これで残りは十二班、百四十四人!

みんな、長江と黄河の旅に行きたいかー!」


「おーー!」


会場が一斉に沸き立つ。


「よーし、じゃあ私についてきなー!」


絵蓮が叫ぶと、流星がゆっくりと動き出した。

私たち勝者を先頭に、観客たちも後に続く。


私は牛に横座りで乗り、荷車を引く華蓮に声をかけた。

「華蓮様、次はどんな試練かご存じですか?」


「ふふふ……教えられるわけないでしょ。まあ、せいぜい頑張るのね」


絵蓮を乗せた流星は運河をゆっくりと進み、

襄陽の中心地へ向かっていった。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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