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創世神話Ⅰ 女神たちが紡ぐ三千五百年物語  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第125話 襄陽天華温泉苑


陽がまだ傾く前に、智遊祭初日の試練はすべて終わった。

勝ち残った参加者たちが、次々と舞台の周りへ集まってくる。


皆が揃ったのを見計らい、絵蓮が舞台に立って声を張り上げた。

「みなさん、今日はお疲れさまでした!

千名の参加者のうち、三つの試練を乗り越えたのは二百四名でした。

二百四名の強者に、もう一度大きな拍手をお願いします!」


大きな拍手が会場全体を包み、あちこちから声援も飛び交った。


私は周囲の班を見回した。

どの班も強者ばかりというわけではなく、老若男女が混ざった構成が多い。

私たちのように十代の女性ばかりの班や、男性だけの班はむしろ珍しいようだった。


私は曹英に身体を寄せ、そっと尋ねた。

「ねえ、やっぱり班の構成もバランスが大切なのかしら」

曹英は静かに頷き、目を細めて答える。

「ええ。少人数の班は別として、この智遊祭の試練は体力だけじゃなく、

いろいろな能力が求められているのかもしれないわね……」


絵蓮が再び声を張り上げた。

「さて、今日の勝者には――『襄陽天華温泉苑』にご招待します!

今日は貸し切り、自由に利用できまーす!」


会場、とくに参加者から歓喜の声が上がった。

「これで疲れも癒せるー!」「風呂だ、風呂に入れるぞー!」


「もちろん、同行した家族も利用でき、食事も自由にどうぞ」


今度は観客席からも喜びの声が上がった。


「では、最後に……お疲れ様でしたーー!!」

絵蓮の声に合わせ、一斉に「お疲れ様でしたー!」と声が上がり、

皆の拍手で初日は閉会となった。


これで一息つけると思っていたところ、燈澄(デンチェン)が私の袖を引いた。

「ねえ、星愛姉ちゃん……お腹すいたよー」

「あら、そういえば朝に少し食べただけで、何も口にしていなかったわね」

「うん。あっちに人が集まっているけど、炊き出しじゃないの?」

「煙も立ち上ってるし、そうかもね……みんなも行く?」


振り返って皆に尋ねると、全員が頷いた。


「じゃあ、行こうか」

燈澄の手を引いて歩き出そうとしたとき、後ろから声が掛かった。


「あなたがた、どこへ行くつもりかしら」


華蓮の声だ。振り向くと、黒の漢服をまとった華蓮が立っていた。


「えっ、華蓮様、桃色の漢服は……」

華蓮は指先を頬に当て、ふわりと微笑む。

「仕事の時間はおしまいよ。私も一緒に襄陽天華温泉苑に行くわ」


「えっ、華蓮様も一緒ですか」

同じ屋根の下で宿泊したことがほとんどなかったため、思わず声が上ずった。

「あら、嫌なのかしら……たまにはいいと思わない?」

「いえ、構いませんけど……コロシアムの奏会はどうするんですか」

「今日は麗麗姉妹の奏会だから、私には関係ないわ」


「で、でも今日は冬の市初日だし、挨拶とか大丈夫なのですか」

「あら、あなたたちが智遊祭で楽しんでいる間に済ませてきたのよ」

「はあ、そういうことでしたら……」


再び、燈澄が袖を引いた。

「ねえ、星愛姉ちゃん、おなかすいたよーー」

両頬をぷくっと膨らませ、限界の表情をしている。


「ずっと立ちっぱなしだったんでしょ。ついてきなさい」

そう言うと、華蓮はすっと前を歩き出した。


行きついた先は、流星の甲板だった。

卓と椅子が並べられ、その上にはおにぎりと汁物が用意されている。


「お邪魔しますわよ」


華蓮が給仕の船員に声を掛けた。

突然の襄陽府長の登場に、給仕は目を丸くした。


「華蓮様、い、一体どうされたんですか」

「どうもこうもありませんわ。この子がお腹が空いたと言うから、

おにぎりと汁物で満たしてあげようと思って来たのです」


「こ、これは失礼しました。すぐに新しい物を――」

「あら嫌だわ、これで十分ですの」


そう言って燈澄を椅子に座らせ、自分も隣に腰を下ろす。

華蓮はおにぎりを半分に割り、片方を燈澄に手渡した。


「さあ、召し上がりなさい」

残りの半分を自分の口に運び、満足そうに微笑む。

「あら、美味しいわね」


私たちの方を見て、

「あなた達も召し上がったらどうかしら」

と声を掛けてきた。


突然の行動に皆驚いていたが、華蓮の一言で我に返り、

席に着いておにぎりと汁物をいただくことにした。


「あら、美味しいわね」

私がそう言うと、給仕がさらに驚いた。


「えっ、星環府長の星愛様に、防衛学術院の紗良様まで……

え、えーっ、す、すぐに船長を――」


「お待ちなさい。煩わしいことはいらないわ。

今の私はただの断絶神カレンドールよ。

余計な気を遣わないでくれるかしら」


(えっえー……襄陽府長より断絶神の方が格上なのに……

ただの断絶神って何よ)


――あなた、相変わらず細かいことを気にしますわね


(いえいえ、誰だって気になります!)


――そんなことありませんのよ


私と華蓮が睨み合っていると、紗良がおにぎりを食べながら給仕に尋ねた。


「この食事は誰かのために用意されたのかな」

「ええ、女神様用に用意していた物です」

「ああ、お母さんたちの残りなのね」


紗良は納得したようにおにぎりを口に運んだ。


「でも、私たちが来なかったら、どうするつもりだったのですか」


給仕は汁物を椀に移しながら答えた。

「はい。おにぎりは粥にして、夕飯として船員で食べようかと」

「うん、そうだね。食べ物は粗末にしない方がいいね」


納得したのか、紗良は手渡された汁を静かにすすった。


「さて、皆さんよろしければ、そろそろ出かけますわよ」


琴葉が何か言いかけた瞬間、華蓮が鋭く視線を向けた。


「華蓮さまー、もうくたくたで、歩け……ます、けど……」


琴葉は一瞬で真顔になる。その様子を見ていた給仕が、慌てて声を掛けた。


「華蓮様、出かけられるのであれば、この流星でお送りいたします」


「ありがとう。でも結構ですわ。あなた達は仕事があってここにいるのでしょう。

その仕事を反故にして私共を送るなど、言語道断ですわよね」


「は、はい!華蓮様のおっしゃる通りであります!」


「いいのよ。逆に気を遣わせてしまって悪かったわね」


華蓮は片手を軽く上げて流星をあとにした。


「そうそう、あなた達の荷物はあの荷車に載せてあるから、

着替えなどは心配しなくていいわよ」


「あっ、ありがとうございます!」

紗良が驚いたように礼を言ったそのとき、燈澄が華蓮の袖を引っ張り、顔を覗き込んだ。


「ねえ、華蓮様、乗ってもいい?」


「ええ、いいわよ」

そう言いながら華蓮は琴葉に視線を向ける。


「琴葉も乗りたいのでしょう?乗っていいわよ」


「やったーー!」


二人は勢いよく荷車に飛び乗った。


荷車を引く牛の横に華蓮が立ち、ゆっくりと襄陽天華温泉苑へ向けて歩き出した。


十一月の風もなく、陽の温もりが心地よく降りそそいでいた。

私は牛の頭を挟んで華蓮の横に並び、ゆっくりと歩いていた。


牛の足音と荷車の回転音が心地よいのか、

琴葉と燈澄は荷物の上で丸くなり、すやすやと眠っている。


華蓮がおもむろに口を開いた。

「ねえ、あなたたち。この襄陽府をどう思うかしら」


真っ先に反応したのは扶美だった。

「運河で区画分けされた土地が物流の基盤を作り、

すべての流れが滞ることなく自然に巡っています。

道行く人々も、まるで運河の水のように淀みなく流れている印象です」


紗良が頷き、言葉を継ぐ。

「なにより、自然の理を活かした街づくりが素晴らしいと思います。

南は漢水、北は長江、東は大運河、西は襄陽城。

そして河を守る第七機動艦隊……。

これだけの防御があるからこそ、人々の安寧が保たれているのです」


曹英も静かに頷いた。

「どこにも見られない街づくりです。

そもそも遊技場がある都市など他にありません。

余暇を考えた街づくりなど、戦乱の世では想像もできませんでした。

皆、生きるために食を求め、住まいすら満足に持てない。

豊かな生活など夢のまた夢でしたから」


華蓮がニヤリと笑い、私を見る。

「そうですね、とても豊かな街だと思います。

でも……良いところばかりではない気がします。

まだ始まったばかりですが、見えない部分もあるような」


「あなた、たまにはいいこと言うわね。

いい?信じられないかもしれないけど、襄陽府でも黒い魂は生まれるのよ。

どんなに豊かでもね……不思議でしょ。

そうそう、斯音はなぜ扶美と恬香を粛正し、亜亥を利用したのかしら」


斯音は遠い目を向け、しばらく沈黙したのち、重く口を開いた。

「……理由など、ひとつで足りると思いますか。

人は皆、己の影を恐れています。

あの当時、扶蘇も蒙恬も胡亥も、私の影を映しすぎた。

ただ、それだけのことです」


恬香がゆっくりと斯音の頬を拳で押す。

「なに格好つけてるのよ。

華蓮様があなたを断絶しなかったということは、魂は黒くなかったのでしょう?」


華蓮がくすりと笑う。

「人の魂の干渉って、複雑なのよね」


「魂の干渉……ですか?」

私は思わず問い返した。


「まだ私にも完全には理解できないけれど、

魂は見えない波長で結ばれている……私はそう思っているの」


そんな話をしているうちに陽は暮れはじめ、

私たちは襄陽天華温泉苑へと到着した。


襄陽天華温泉苑は、夕暮れの光を受けて静かに輝いていた。

白壁と朱柱が水面に映り、まるでもう一つの宮殿が運河の底に眠っているようだった。


門をくぐった瞬間、空気が変わる。

香木の匂い、柔らかな灯花の光、遠くで響く水音。

胸の奥に溜まっていた疲れが、ふっと溶けていく。


「ようこそ、天華温泉苑へ」と書かれた看板が目を引いた。

女神の加護を受けた湯が、淡く光を返している。


荷車で揺られていた琴葉と燈澄が目を覚ました。

琴葉は両手を伸ばして大きく背を反らす。


「ふあー、もう着いたの?」

「琴葉はゆっくり眠れたみたいね」

「うん……うわあ、卵の匂いがするね」

「そうね、これは硫黄の匂いだね」


遠くからは、子どものはしゃぐ声や大人の笑い声が聞こえてくる。


私は華蓮の方を向いた。

華蓮は私たちの気持ちを察したように、ふわりと微笑んだ。

「私たちは目の前の大きな建物ではなくて、

その向こうに見える塀に囲まれた館に泊まりますのよ」


目の前の白壁と青瓦の二階建てとは対照的に、

奥には少し焼けたような黒い木の塀と、黒く輝く瓦。

その向こうには黒瓦の平屋と、緑の木々が点々と覗いていた。


「随分と落ち着いた雰囲気のところに泊まるのですね」

曹英が微笑みながら呟く。


踏みしめる砂利の音、牛が引く荷車の音が心地よく混じり合う。

子どもたちの声は、青い屋根の建物に近づくにつれ大きくなっていった。


琴葉が笑いながら言う。

「あっ、これ玄さんたちの子供の声だ!」

曹英が苦笑しながら頷く。

「この大きな声は許褚に、他の武将の声も聞こえるわね」

琴葉がしたり顔で続けた。

「うん、馬岱に関平の声も混じってるよ」


私たちは大きな建物を横目に、奥の平屋を目指した。

「言い争いにならなければいいのだけど……」

私がぽつりと言うと、華蓮が微笑む。


「大丈夫ですわよ。みなの魂の波長は子供のようですもの。

騒いでも、童心に帰っているだけですわね」


やがて、開け放たれた大きな黒塀の門が見えてきた。




門をくぐると、平屋の大きな建物が目に入る。

そして、塀の中には手入れが行き届いた庭園が広がっていた。

心地よく配置された木々と、その間を流れる小川と、

奥には夕日に染まる池が目に入る。


「なんか、落ち着くね」

私が呟くと燈灯(でんでん)が感心しながら微笑んだ。

「灯花庵は星愛の温もりを感じる安らぎがあるけど、

ここは心も身の赤を洗い流すような癒しがあるみたいね」

曹英が横になる微頷く。

「灯花庵は家庭の温もり、ここは女神の休息の場って感じね」


華蓮が私たちの会話を聞いて、目を細めた。


「ここはね、私が依頼して作った建物よ。

人の子が入るのは今日が初めてよ」


皆驚きの表情を華蓮に向けた。


「さあ、部屋に入って落ち着きましてよ」


私たちは建物の中へと華蓮衣連れられ入っていった。


「履物はここでお脱ぎなさい」

そう言い、華蓮が先を行く。


木の床の感触が伝わり、歩く音が心地よい。


「さっ、ここがあなた方のお部屋よ……

好きにお使いなさい」


「わーい、どこの部屋を使おうかな」

琴葉がはしゃぐ、私は琴葉の横を通り抜け奥の部屋の戸を開けると、

正面は大きな池が広がっていた。


「私ここにするわ」

私が部屋に入ると、皆もぞろぞろついてきた。


「あら、いいお部屋ね」、「木の香りと畳の香りが落ちつくわね」


私が振り向くと、皆同じ部屋に入って来た。


「えっ、他にも部屋がるわよ」


亜亥が私に擦り寄ってくる。

「そんなこと言わないでください、この広さならみな一緒に寝れます」


紗良が頷く。

「そうだよ、私たちの結束を高める意味でも同じ部屋がいいと思う」


碧衣がジト目で紗良を見る。

「あなたたちは、他の意味で同じ部屋が良いんではないですか」


皆がお互いの顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。


「もう仕方ないなあ……じゃあ、みんな一緒に寝ようか」


「そうね」皆が相槌を打った。




やがて、夕食の時間になり膳が運ばれる。

部屋いっぱいに湯気と香りが広がった。

炊きたての米の甘い匂い、出汁の湯気、焼き魚の香ばしさ。


琴葉が「おいしそう!」と目を輝かせ、

燈澄は湯気に顔を近づけてくすぐったそうに笑った。


皆の笑い声が重なり、温かい空気が部屋を満たしていく。


食後、私たちは温泉へ向かった。

夜風が頬を撫で、湯面には灯花の光が揺れている。


湯に足を沈めると、ふわりと体がほどけていくようだった。

見上げれば、星が湯面に反射して瞬いている。


「きれい……」と誰かが呟き、湯気の向こうで皆が静かに微笑んでいた。


部屋に戻ると、畳の香りと木の温もりが迎えてくれた。

布団に体を沈めた瞬間、今日一日の疲れがすっと溶けていく。


隣では琴葉が丸くなり、燈澄はすでに小さな寝息を立てていた。

紗良も碧衣も、皆が安心しきった顔で眠りにつこうとしている。


私は天井を見上げ、そっと息を吐いた。

――ああ、幸せだな。

智遊祭の試練には不安もあったけれど、

こうして皆と笑って、同じ布団の中で眠れる夜がある。


それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

耳を澄ませば、規則正しい寝息が重なり合っていた。

その音に包まれながら、私の瞼もゆっくりと落ちていく。

こうして、私たちの長い一日が静かに終わった。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

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