第124話 卵一個の罪
第二の試練『蕪でぽん』を、辛くも最後に通過した私たち。
今、私たちは第三の試練が行われる区画に立っていた。
クッ、クッ、クッ、クケェーッコ! クケェーッコ!
「キャッ、鶏だらけで楽しー!」
琴葉が満面の笑みで周囲を見回す。
それとは対照的に、燈灯は不安げに眉を寄せた。
「星愛、この鶏……玄冥原にいる鶏とは違うみたい。かなり気性が荒いわ」
周囲を見渡すと、羽根を大きく広げて争い合う鶏たちが目に入った。
キッキッキッ! キーーッ! ――バサバサバサ!
「ええ、普通の鶏とは違うみたいね……」
私は鶏から視線を外し、試練を通過した二百八十八人の強者たちを観察した。
「あっ、あそこにいるの、程普さんと諸葛謹さんだ!」
紗良が私の視線を追って頷く。
「ホントだ。呉から来た人たちも、ちゃんと試練を乗り越えてきたんだね」
曹英は腕を組み、厳しい表情で通過者たちを見渡した。
「ほら、あそこ……許褚と、その隣に郭淮がいるわよ」
私たちも視線を向けると、許褚と郭淮が談笑している姿が見えた。
その周囲には、老若男女の九人が取り囲むように集まっている。
曹英は納得したように目を細める。
「力役は許褚、知のまとめ役が郭淮。そして……あの九人は、いわゆる女神狂ってところかしら」
「なんか、他の班も似たような構成が多いみたいね」
碧衣が周囲をゆっくり見回しながら言った。
私は碧衣に頷く。
「みんな、智遊祭のことを調べ上げて、人選してきているのね……」
胸の奥に、不安の文字がよぎった。
ジャーン!!
その不安を打ち消すかのように、大きな銅鑼の音が会場の空気を震わせた。
一斉に、流星に立つ仮設舞台へと視線が集まった。
「いやー、みんないい顔しているねー!
さすが、千人の中から残った三百人の勇者たち!」
「ウォー!」「女神を守るのは我なりー!」「絵蓮さまーー!!」
あちこちから黄色い声援が飛び交う。
「さてここで、新しい女神の登場だ!」
「えっ、えーー!」「どんな女神様なのー!」「うそでしょー!」
期待と不安が入り混じった声が会場を揺らす。
「星の乙女、女神アストレイア様の登場だ!」
「キャァー!」「私の憧れのアストレイアさまー!」「正義の降臨だー!」
私は思わず隣の曹英に身を寄せた。
「ねえねえ、ここの人たち……どれだけ女神のこと詳しいの?」
曹英も驚いた表情で頷く。
「ほんと、どれだけ調べているのかしら。まさに女神狂ね」
すると後ろから燈柚が静かに声を掛けてきた。
「星愛様、学術院の中等部では普通に教えている内容ですよ。
恐らくは、それ以上のことは知らないはずですから……
知識的には私と同等か、それ以下かもしれませんね」
その言葉に私は思わず笑みをこぼし、振り返った。
「燈柚、まさに私たちの勝利の女神様だわ」
皆も同じ気持ちだったのか、安堵の表情で燈柚を見つめていた。
その時、舞台の上でアストレイアが姿を現したのだろう。
黄色い声が、さらに一段と大きく膨れ上がった。
「うわっ、さすが“正義”だの“純潔”だの……眩しすぎて目が痛ーい!」
絵蓮がアストレイアを見ながら叫ぶと、黄色い声がさらに盛り上がった。
「純潔よ、純潔の女神さまー!」「眩しい、眩しすぎまーす!」
アストレイアはふわりと浮かび、絵蓮の横へと軽やかに降り立つ。
「エレシュキガル……いえ、ここでは絵蓮でしたね。
あなたの冥界は暗くて、静かで落ち着いていて、とても素敵ですよ」
微笑みながら語りかけるアストレイアに、絵蓮はジト目を向けた。
「今の言葉、褒めているの?」
「もちろん褒めているわ。
あなたの重さがあるから、私の軽さが際立つの」
絵蓮の赤い瞳が、一瞬だけ怪しく光る。
「……その言い方、昔からちょっとイラッとするのよね」
そんな絵蓮を前にしても、アストレイアは微動だにしない。
「いいぞー!」「やれやれ!」「光と影、どっちが勝つんだー!」
どこからともなく心無い野次が飛び交う。
見かねた理沙が、スッと席を立ち前へ出た。
「お二人とも、そこまでです。
智遊祭は“秩序ある祭典”です。光と闇の張り合いは後にしてください」
理沙(女神テミス)の登場に、アストレイアの目がぱっと輝く。
「ああ、心のお姉さま……お会いしたかったです」
私は舞台上の茶番劇を眺めながら、紗良に身体を寄せて小声で尋ねた。
「ねえ、アストレイアって……紗良のお母さんの妹なの?」
紗良は首を横に振る。
「違うわ。愛弟子って言っていたもの」
「ふーん……」と頷き、私は再び舞台へ視線を戻した。
絵蓮は、理沙の「張り合う」という言葉に反応するように口を開いた。
「私は張り合ってないわ。ただ事実を言っただけ」
アストレイアも続く。
「私もただ、素直な気持ちを伝えただけよ」
「……だからこそ危ないのです。
あなたたちの素直は、世界の均衡を揺るがします」
理沙が二人をなだめるように見つめると、
試練を乗り越えた者たちも観客も息を呑み、成り行きを見守った。
やがて、絵蓮は少し俯き、手を後ろで組んだまま右足をぷらぷら揺らしながら言った。
「……まあ、あなたの言い方は昔から癪に障るけど。
悪気がないのは分かってるわ」
アストレイアは腕を組んだまま、優しく絵蓮を見つめる。
「ええ、分かっているわ。
あなたの重さは、私にとって安心できる地面みたいなものだもの」
理沙は二人を見て静かに頷いた。
その視線を受け、絵蓮とアストレイアは同時に頬を染める。
「……まあ、仲良くやるわ」
絵蓮がぼそりと言うと、
「ええ、仲良くしましょう」
アストレイアも柔らかく微笑んで頷いた。
そして絵蓮は観客の方へ向き直り、声を張り上げる。
「では、第三の試練の説明を始めまーす!」
待っていましたと言わんばかりに、会場から一斉に歓声が上がった。
アストレイアが観客に向かって微笑み、澄んだ声を張り上げた。
「第三の試練は『アストレイアの天秤』。
あなたの罪の重さを量り、卵で釣り合わせてください」
絵蓮がため息をつきながらアストレイアを見る。
「罪の重さ、ね。私のところに来る魂は、卵じゃ釣り合わないのばかりよ」
アストレイアは真顔で大きく頷いた。
「だからこそ、軽い罪を選ぶのが大切なの」
絵蓮が不思議そうに眉を寄せる。
「軽い罪……?
『寝坊しました』とか『お菓子を勝手に食べました』とか?」
アストレイアは袖で口元を隠し、にっこり微笑んだ。
「ええ。そういう可愛い罪が好き」
「……私の冥界に来る罪じゃないわね」
絵蓮が肩をすくめる。
静かに腕を組んで聞いていた理沙が確認するように尋ねた。
「罪が軽いほど、卵の数が少なく済むということで良いんだね」
「ええ、お姉さま。そういうことです」
アストレイアは嬉しそうに理沙へ笑顔を向けた。
そして三人は観客へ向き直り、絵蓮が声を弾ませる。
「さあ、みんな、分かったわね!
罪は天秤の横の紙に書いて、罪の重さの数だけ卵を乗せてね。
待っているのは卵を守る“広東三黄鶏”。
気が強くて縄張り意識の強い鶏さんだから、気を付けてね」
「みんな、がんばってね。正義は、いつもあなた方の中にあるわ」
アストレイアが小首を傾げ、優しく微笑む。
絵蓮が笛を口に当て、勢いよく吹いた。
ピッ――!!
「うぉーー!!」
第三の試練参加者たちが一斉に走り出す。
「さあ、私たちも負けていられないわよ、行けーー!!」
私は大きく手を上げて皆に声を掛け、
広東三黄鶏が待つ木立の広がる放牧地へと駆け込んでいった。
恬香の声が響く。
「あなたたち、卵は一個で良いわよ!
その代わり、走りながら軽い罪を考えなさーい!」
「まかせて!」「悪戯はたくさんしたから罪には困らないよ!」
琴葉と燈澄が元気よく返す。
「そんなことで自慢しないの!」
紗良がすかさずツッコミを入れた。
そこへ扶美が大声を上げる。
「李斯の粛清劇は罪が大きすぎるかしら……」
斯音を見ながら、わざとらしく言う扶美。
顔を伏せた斯音を庇うように、曹英が鋭く声を上げた。
「扶美は本当に女神様なの……そんな冗談にもならないことは言わないの!」
扶美は舌を出し、可愛く笑った。
「ごめーん、何となく言ってみたかった――キャッ!!」
バサバサバサ!
悲鳴を上げた扶美の頭に、鶏が羽を広げて覆いかぶさっていた。
「もう、変なこと言うからこうなるのですよ」
碧衣が素早く鶏を払いのける。
クック、ケーーー!!
鶏が反撃態勢に入り、奥の方から太い声が響いた。
「うぬらは、なかなかやるよのう!」
両手を大きく広げ、威嚇するように許褚が鶏と対峙していた。
(うわー、思ったより凶暴なのね……あっ、卵!?)
私は見つけた卵へ走り寄り、腰をかがめて手に取った。
「キャーー!! いたーーい!」
お尻に鋭い痛みが走り抜ける。
「あー、許さないわよ!」
紗良が、私のお尻を突いた鶏の尾を掴んで放り投げた。
くけーー!
羽根を広げて飛んでいった鶏は、今度は男の顔に覆いかぶさる。
「うわっ、この鶏っ子、何するだーー!」
玄さんの叫びが響いた。
「今よ! 早く空いた巣から卵を取るの!」
周囲の悲鳴を切り裂くように、曹英の声が飛ぶ。
皆が一斉に卵を拾いに走る。
「きゃーー!! 星愛様、助けてー!」
四羽の鶏に追われ、亜亥が必死に逃げ回っていた。
そんな亜亥を見て扶美がニヤリと笑い声を掛けた。
「いいわよ、そのまま亜亥は鶏を引きつけなさーい!
あなたの骨は……いえ、卵は拾っておいてあげるー!」
「嫌よー! 何とかしてーー!!」
私たちの班が鶏と格闘していると、奥から集団が近づいてきた。
「おお、これはこれは琴葉殿ではないですか」
声を掛けてきたのは馬岱だった。
「あっ、関平に馬岱兄ちゃん!」
馬岱は私たちを見てニヤリと笑う。
「まだ拾えていないと見えますが、私たちは全員拾いましたよ。
ふふふ……まあ頑張ってください」
関平も続ける。
「そうそう、程普殿と諸葛謹殿も卵を集め終えたようですぞ」
琴葉が口を尖らせる。
「えー、お兄ちゃんたちの卵、分けてほしいなあ」
「うむ、どうしたものかのう」
馬岱は本気で考えるように顎に手を当てた。
(えっ、嘘でしょ……こんなにあっさり卵を渡そうと考えているの!?)
「ダメですよ、馬岱殿!
親父や劉備様、諸葛亮様まで……それに張飛様まで……
皆さん琴葉殿に甘すぎませんか?」
関平が馬岱を睨みつける。
「左様か……いや、決して甘くはないと思うぞ。
たかが卵、いつも一緒に楽しんでいる茶や菓子よりは安いと思うが」
あと少しで卵が手に入る――そう思った瞬間。
「うりゃー!」
バサバサバサ――!
複数の鶏を引き連れ、卵を拾い集める許褚の姿が飛び込んできた。
「よっしゃー!! 全員拾えたな!」
その声を聞いた関平が叫ぶ。
「ほら、馬岱殿! このままだと許褚に出し抜かれますぞ!」
「おお、このままだと漢中の劉備様や超兄者にどやされますな……
すまぬが琴葉殿、先に行かせてもらうわい!」
そう言い残し、劉備の班は走り去っていった。
「キャーー!! また鶏が増えたーー!!」
亜亥の悲鳴と共に、卵を抱えた許褚が迫ってくる。
「みんな! 亜亥の分も含めて卵は拾えたかしら!」
紗良の声が響く。「大丈夫、全員分あるわ!」
その声を聞き、私は亜亥の手を取って走り出そうとした――その瞬間。
「悪いな、先に行かせてもらうぞ」
許褚たちの班が風のように走り抜けていった。
私たちもそれを追うように、アストレイアの元へと駆け出した。
私は走りながら曹英に声を掛けた。
「これで、劉備さんから送られてきた参加者も分かったわね……
やっぱり送り込んできていたのね」
曹英は息を整えながら頷く。
「ええ。劉備さんのところもそうだけど、孫権さん、曹兄のところも……
皆、手強いわね。それに――」
「えっ、それにって、まだ何かあるの?」
「ええ。襄陽城からも武官と文官が来ているわ。
私が知っているということは、かなりの上位者だと思う」
「襄陽城からってことは……智遊祭慣れしているってことかしら」
「うん。この試練も、多分一番に抜けているわよ」
曹英の言葉に、胸の奥が引き締まった。
木立の広がる放牧地を抜けると、鶏たちも追いかけるのを諦めたようで
やがて、遠くに仮設の舞台が視界に入ってきた。
ちょうど関平と馬岱の班の試練が終わり、
許褚と郭淮班の、最初の一人目の試練が始まろうとしているところだった。
「わはは!」
なぜだか、舞台を囲む観客の大笑いが遠くまで響いてくる。
「ねえ、何で笑っているか分かるかしら」
私が紗良に尋ねると、紗良は苦笑いを浮かべた。
「たぶん……罪の内容を聞いて笑っているんだと思う……」
どこか浮かない顔の紗良。
「どうしたの?」と不安になって尋ねると、
紗良は神妙な面持ちで答えた。
「うん、実は……自分の罪が思い浮かばなくて困っているんだ」
その言葉に、曹英が少し怖い顔で口を挟む。
「何言っているのよ。あなたいつも寝る前に、
星愛と頬合わせてから寝ているでしょ?」
「えっ、それって子供の頃からそうしてきたのよ」
私がそう言うと、亜亥が勢いよく首を振った。
「私から見れば、それは罪です!」
燈柚も大きく頷く。
「そうです! 私の星愛姉さまになんてことを……十分な罪です!」
「そうよ、罪よ!」「許せないんだから!」
曹英と亜亥が続けて声を上げる。
今度は紗良が怖い顔になった。
「どさくさに紛れて燈柚は何てことを言うの……それこそ罪だ!」
慌てて斯音が割って入る。
「これで四人の罪は決まりましたね。
さあ急ぎますよ! 直に玄さんたちも鶏から逃げて追いかけてきますから!」
再び私たちはアストレイアの元へと足を速めた。
アストレイアの元へ到着すると、最後の許褚が試練を受けるところだった。
許褚は罪を紙に書き終え、大きな声で言った。
「そうじゃ!
儂、昨日……昼寝しすぎて郭淮殿に怒られたんじゃ。
あれが卵一個分の罪でええじゃろ!」
そう言い、書いた紙を天秤の左側に置き、右側に卵を一個置く。
アストレイアはぱあっと笑顔になり、天秤に手をかざす。
「ええ、とても可愛い罪ね。
許褚、あなたは合格よ」
天秤が柔らかい光を放ち、卵は軽やかに釣り合った。
観客から歓声が上がり、許褚は照れくさそうに頭をかいた。
許褚たちは全員合格し、舞台をから下がり、合格者の集まる場所へと移動していった。
いよいよ私たちの番がきた。
私たちが舞台に上がると、アストレイアは私の顔を見て微笑んだ。
「あら、星愛、この時代を楽しんでいるみたいですね」
絵蓮がアストレイアを小突く。
「あまり、微妙な発言はしないでね」
「あら、微妙かしら……そんなんことは無いと思うけど」
私は二人のやり取りをポカンと眺めていた。
そんな私にアストレイアは気付き、ニッコリ笑った。
「ごめんなさいね、あなたとは初めてではない気がして……
では、あなたの罪を皆に伝え、紙に認めてくださいな」
私は一瞬躊躇し、大きな声で言い放った。
「私の罪は、いつも事あるごとに燈澄と琴葉の両頬を引っ張ることです。
この柔かい頬を引っ張ると、幸せな気分になれます」
と言いながら、燈澄の両頬を引っ張って見せた。
「あなたは変わらないわね、さあ紙に認めて天秤に置きなさい」
私は頷き、紙に認め天秤の上に乗せ、片側には卵を乗せた。
天秤が柔らかい光を放ち、卵は軽やかに釣り合った。
観客からは、「何その罪!」、「可愛すぎ!」、「可愛いのが罪よー」
と様々な声が上がり、私は耳まで赤くなる。
「ふふ……可愛い罪ね。
誰かを笑顔にするための罪なら、光はいつでも許すわ。
でも、あまり引っ張りすぎないようにね?」
こうして私はアストレイアの試練を突破した。
意外だったのは他の十一人。
皆が寝ている私に何かしらの悪戯をしていたのに気付かされた。
あの碧衣までが寝ている私の髪を誰にも気付かれないように弄ぶのが罪と言ったことだった。
最後の碧衣の罪を聞きアストレイアは優しく微笑んだ。
「ふふ……可愛い罪ね。
でも、ここで話したということは、今度からはやりづらくなりそうね」
皆の罪の内容はどうであれ、私たちは無事第三の試練を通過することができた。
アストレイアが柔らかく微笑む。
「あなたたちの罪は、どれも光に届く優しいものばかり。第三の試練――全員合格よ」
「まったく……可愛い罪ばかりで拍子抜けね」と絵蓮がぼやく。
そんな絵蓮を見て、理沙が苦笑いを浮かべる。
「さあ、次の試練へ進みましょう。智遊祭はまだ明日も続きます」
歓声が上がり、私たちは明日の試練へ向けて歩き出した。
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